底辺令嬢と拗らせ王子~私死んでませんけど…まあいいか

羽兎里

文字の大きさ
104 / 109

朝ごはん

しおりを挟む
『ようやく戻ったか。いつまで遊び惚けているつもりだ、いい加減待ちくたびれてしまったわ』

えっと………リンデンさんですよね。

『姉さん、体はもう大丈夫なんですか?』
『無理してまた倒れられるのは困っちゃうのよね』

ピーちゃんにポッポちゃん。

『ご主人様ぁ、寂しかったですぅ』

ハルちゃん。

『主よ、よくぞ戻られました』

サラさん。


よく眠ったはずなのに、まだ眠気が取れない。
そんな時ってあるよね。
瞼が重くて目が開かない。
でももう起きなくちゃ。
今日はやらなきゃならない事が山のようにあるはずなんだ。


ようやく目は開いたけど、頭の中はまだボーッとしている。
今日しなきゃならない事って何だっけ………?
顔を上げると、遠くの山並みの稜線が、それを縁取るように輝いている。
あぁ、日の出だ……。
なんか久しぶりに見たな…………。

『大丈夫ですか~ご主人様ぁ?』
「あぁハルちゃん、おはよー。ねぇ、凄く綺麗だねぇ」

朝日を迎え、次第に明るくなっていく景色は、所々違った緑色を映し出し、その向こうに青の中には白金の光を湛えた海が輝いていた。
森の中に点在する家や、町の家からは、一筋の煙が上がっている。
もう起きて朝ごはんの支度をしているのか…みんな働き者だねぇ……。
わたしだって家で暮らしていた頃は、早いうちから起きて朝ごはんの支度をして……。

「お腹空いた」

私は今、ものすごい空腹感に襲われている。
そう自覚したら、お腹が空いてお腹が空いて、居ても立っても居られないくらいお腹が空いたんだよぉ。
なぜか無性に母様の作るご飯が食べたいんだよぉ。

「我慢できない。ちょっと家に行ってご飯食べてくる」

そう言い立ち上がった私を、皆が慌てて止めようとしていたけれど、惜しい事にその前にパッと私は転移した。



しんと静まり返った室内。
母様まだ起きてないのかぁ。
でも背に腹は代えられない。
仕方が無い、久しぶりに料理でもするかな。

食糧庫を漁り、朝ごはんの食材を物色する。
卵が有って、ほうれん草とマッシュルーム、ベーコンまであるじゃない。
何か私がいた頃より材料が豊富かな。
あれ?パンは?パンが無い。
パンを一から作るとなると厄介だぞ。
仕方が無い、この際だから買いに行くか。
って、私お金持ってなかったよ。
なんて思いながらゴゾゴソやっていると、トントンと階段を下りて来る音がした。




「誰かいるの?いつ帰って来たの?シルベスタ…?それともイカルスなの?」

階段を降り、そう言いながら音のする方を向いた。
朝日が眩しい窓の前には、金色の光をまとった一人の女性がいた。
逆光のためその輪郭しか確認は出来ないが、すらっとし、長い髪を蓄えたその人影に見覚えがあった。

「あー、お早う母様。ねぇパンは無いの?」
「エ……エレオノーラ…なの?」
「うん、急に来てごめんね。ねぇパンが無いならメイサおばさんの所に行って買ってこようか?ただ私、財布を持って来なかったものだから、出来れば貸してほしいんだけど、手持ち有る?」
「えっ?ええ……財布ね……」

そう言い引き出しに手を掛ける。
エレオノーラ…エレオノーラなの?
あなたはあの山の頂で、ずっと眠り続けているエレオノーラなのよね?
震える手で財布を取り出し、そっとそれを差し出す。

「ありがと、パンはいつもので良いの?あっ、バタークリーム買っちゃダメ?」
「あ…い、いいわよ……」

あなたはエレオノーラなのよね?
何度行っても触れる事も叶わず、何時めざめるのか誰にも分からず、ただリンデンさんと共に眠り続けているエレオノーラなのよね?

「他に何か買ってくるものは有る?」
「えっ、いいえ別に………」
「わかった。それじゃあパン買ったらすぐに帰って来るから」

そう言い、扉を開け、外に出ていこうとするその女性は、ふた月ほど前に見たエレオノーラと酷似していた。
エレオノーラ、エレオノーラ。
ようやく目を覚ましてくれたの?
そして私のもとに帰って来てくれたの?
手を伸ばし、出ていこうとするエレオノーラを呼び止めようとする。
このまま出て行って、もう二度と帰ってこないかもしれない。
そんな事を思い、恐怖を感じる。
でも、その思いが通じたのか、彼女は足を止めこちらを振り返った。

「そうだ、私がパンを買いに行っている間に、オムレツを作っておいてほしいな。久しぶりに母様のオムレツが食べたくなっちゃったの。そうそう、せっかくベーコンが有るんだから忘れないでね」

そう言い、溢れる光の中に飛び出していくエレオノーラ。
あぁ、私の娘はいつの間にこんなに美しくなったのだろう。
朝の光よりさらに輝く黄金色の髪をなびかせ、私とよく似た菫色の瞳。
生き生きとしたステップを踏み、動き出した朝の街に飛び出していく………。

じゃないでしょ。

「ちょっと待ちなさーーい!!エレオノーラーーー!!!」



「一体どうしたんだいジャクリーン!?」

エルが慌てた様子で二階から駆け下りてくる。

「あ、いえ、エレオノーラがメイサの所にパンを買いに行ったんだけど」
「えっ!?」
「ベーコン入りのオムレツを頼まれて、呼び止めたのにさっさと行っちゃったみたいなの」
「は?」
「パンなら昨日買ったのが、テーブルの上にあるのに、一体どこを見ているのやら」
「ジャクリーン………」

そう呼び、エルネスティはそっと私を抱きしめる。

「大丈夫だよ。エレオノーラはいつか必ず目覚める。そしてここに帰って来てくれるよ」

まあ、そうなったみたいだけど、とにかくあの子が帰って来る前にオムレツを作っておいてあげなくちゃ。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。 ◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

処理中です...