24 / 75
第4章
24
しおりを挟む
「お待ちしておりました」
藤城の後を追って建物の中に入る。宿泊施設か何かだろうか、最初に目に入って来たのはフロントだった。
何より驚いたのが、ずらっと二列に整列した従業員に出迎えられたことだ。
ぎょっとして固まる未紘の前で、何食わぬ様子の藤城がその中の一人に向かって歩み寄り握手を交わす。
「副社長、お会いできて光栄です。お忙しいところありがとうございます」
「ご苦労さま。進捗はどう?」
「客室棟もスパエリアも最終チェック中です。メールでもお伝えしましたがコンセプトルームの件だけ難航しておりまして……」
「わかった。じゃあ先にそっち見せてもらおうかな」
藤城がこちらを振り返る。入口の付近で突っ立っている未紘をみとめると、不思議そうな顔で声を掛けてきた。
「なにしてんの。置いてくよ」
「……おー……」
室内の奥に進んでいく彼の背を追い、一糸乱れぬ様子で頭を下げる数十人の従業員の横を、ぎこちない足取りで通り過ぎる。
彼らと藤城の姿を交互に見ながら、未紘の頭の中に一つの疑惑が浮かんだ。
(……え、いま副社長とか言った? 藤城って何者?)
そもそもこの遠出の目的は仕事の一環なのだろうか。だとしたら何故未紘を連れてきたのだろう。
(もしかしたら俺、めちゃくちゃ場違いなのでは……?)
疑惑はすぐに確信に変わる。話を盗み聞きする限り、どうやらここはオープン前のリゾートホテルで、藤城を案内している人物は支配人という立場の人間らしい。
二人は早歩きで客室に入っていくので、慌てて未紘も後を追った。
「天空をイメージしてる割にカーテンの色が少しくすんで見えるのが気になるかも。グレー寄りかはライトブルーの方が映えるんじゃないかな。ラグの色も今のままだと統一感ないから、ホワイトの方が合うと思う」
ぱっと室内を見渡しただけで全体図がイメージできているらしい彼は、いつもとは違う真剣な表情で言葉を連ねていく。その横顔は家にいるときとは別人のように見えた。
その後も客室や温泉施設、レストランなどを巡りながら、次々に指示を出していく藤城の後ろで、未紘はきょろきょろと辺りを見回してばかりいた。
「──ねえ、聞いてる?」
「うわっ……なんだよ急に。びっくりした」
海の見下ろせる展望デッキで休んでいると、背後から声を掛けられた。振り向くといつのまにか藤城が立っている。
「さっきから声掛けてんのに気付かないんだもん」
「マジか、黄昏てたわ。もう終わったの?」
「一応ね。この後十七時からディナーの試食できるから、それまでどっかで時間潰そ」
「え……俺もいいの?」
「ここまで来たんだから当たり前だろ」
当たり前なのか、そっか。藤城の言葉を咀嚼しながら、なんともむず痒い気持ちになる。
彼は未紘の隣に腰を下ろすと、さみーと言いながら手を擦り合わせた。
「なあ、藤城ってどっかの会社の偉い人なの?」
「別に大したことないよ。祖父が創業した会社を将来的に継ぐことになってるだけ」
「十分すげーじゃん。じゃあ今日のは視察ってやつ?」
「そんな感じ。ずっと来ようと思ってたんだけど、なかなか予定が合わなくて」
隣で藤城が白い息を吐く。その様子を眺めながら、ずっと抱いていた疑問を口にした。
「なんで俺のこと連れてきたの?」
どう見たって場違いのはずだ。
藤城の後をついて回る未紘の姿を、施設内の人達は不思議そうな顔をして見ていた。
それもそのはずだ。だってこんな場所にただの大学生を連れてくるなんて、やっぱり変だ。
(それに視察が目的なら、どうしてわざわざ海とか足湯とか寄ったんだろ)
午前中のゆったりとした時間を思い出すと、ますます意味がわからなくなってくる。
一人で来た方がきっと楽に違いないのに。
「……おまえが喜ぶと思ったから」
視線が絡まって、大きく鼓動が跳ねた。
普段とは違う穏やかな色を宿した瞳は包み込むように未紘を見つめている。
(それって、どういう意味?)
ただの形式上の番でしかないはずなのに、近頃の藤城は様子がおかしい。
きっと彼の言動には深い意味なんてないはずなのに、時々勘違いしてしまいそうになる。
「高い肉好きだろ。他人の金で食う肉サイコーって言ってたじゃん」
「……そっちかよ。確かに言ったけど……」
未紘がつっこむと、藤城は白い歯を見せながら肩を震わせて笑う。
頭を掻きながら、自分が少しだけ落胆していることがわかって、ばつが悪い気持ちになった。
その後は展望デッキで適当に駄弁ってから、施設の周りを二人であてもなくぶらぶらと散歩して時間を潰した。
夕飯の時間になると、貸し切りのレストランで用意されたすき焼きを心ゆくまで堪能した。
どこか名残惜しさを感じながら車に乗り込む。食後の睡魔に襲われて助手席で爆睡している間に、いつのまにか自宅に帰ってきていた。
藤城の後を追って建物の中に入る。宿泊施設か何かだろうか、最初に目に入って来たのはフロントだった。
何より驚いたのが、ずらっと二列に整列した従業員に出迎えられたことだ。
ぎょっとして固まる未紘の前で、何食わぬ様子の藤城がその中の一人に向かって歩み寄り握手を交わす。
「副社長、お会いできて光栄です。お忙しいところありがとうございます」
「ご苦労さま。進捗はどう?」
「客室棟もスパエリアも最終チェック中です。メールでもお伝えしましたがコンセプトルームの件だけ難航しておりまして……」
「わかった。じゃあ先にそっち見せてもらおうかな」
藤城がこちらを振り返る。入口の付近で突っ立っている未紘をみとめると、不思議そうな顔で声を掛けてきた。
「なにしてんの。置いてくよ」
「……おー……」
室内の奥に進んでいく彼の背を追い、一糸乱れぬ様子で頭を下げる数十人の従業員の横を、ぎこちない足取りで通り過ぎる。
彼らと藤城の姿を交互に見ながら、未紘の頭の中に一つの疑惑が浮かんだ。
(……え、いま副社長とか言った? 藤城って何者?)
そもそもこの遠出の目的は仕事の一環なのだろうか。だとしたら何故未紘を連れてきたのだろう。
(もしかしたら俺、めちゃくちゃ場違いなのでは……?)
疑惑はすぐに確信に変わる。話を盗み聞きする限り、どうやらここはオープン前のリゾートホテルで、藤城を案内している人物は支配人という立場の人間らしい。
二人は早歩きで客室に入っていくので、慌てて未紘も後を追った。
「天空をイメージしてる割にカーテンの色が少しくすんで見えるのが気になるかも。グレー寄りかはライトブルーの方が映えるんじゃないかな。ラグの色も今のままだと統一感ないから、ホワイトの方が合うと思う」
ぱっと室内を見渡しただけで全体図がイメージできているらしい彼は、いつもとは違う真剣な表情で言葉を連ねていく。その横顔は家にいるときとは別人のように見えた。
その後も客室や温泉施設、レストランなどを巡りながら、次々に指示を出していく藤城の後ろで、未紘はきょろきょろと辺りを見回してばかりいた。
「──ねえ、聞いてる?」
「うわっ……なんだよ急に。びっくりした」
海の見下ろせる展望デッキで休んでいると、背後から声を掛けられた。振り向くといつのまにか藤城が立っている。
「さっきから声掛けてんのに気付かないんだもん」
「マジか、黄昏てたわ。もう終わったの?」
「一応ね。この後十七時からディナーの試食できるから、それまでどっかで時間潰そ」
「え……俺もいいの?」
「ここまで来たんだから当たり前だろ」
当たり前なのか、そっか。藤城の言葉を咀嚼しながら、なんともむず痒い気持ちになる。
彼は未紘の隣に腰を下ろすと、さみーと言いながら手を擦り合わせた。
「なあ、藤城ってどっかの会社の偉い人なの?」
「別に大したことないよ。祖父が創業した会社を将来的に継ぐことになってるだけ」
「十分すげーじゃん。じゃあ今日のは視察ってやつ?」
「そんな感じ。ずっと来ようと思ってたんだけど、なかなか予定が合わなくて」
隣で藤城が白い息を吐く。その様子を眺めながら、ずっと抱いていた疑問を口にした。
「なんで俺のこと連れてきたの?」
どう見たって場違いのはずだ。
藤城の後をついて回る未紘の姿を、施設内の人達は不思議そうな顔をして見ていた。
それもそのはずだ。だってこんな場所にただの大学生を連れてくるなんて、やっぱり変だ。
(それに視察が目的なら、どうしてわざわざ海とか足湯とか寄ったんだろ)
午前中のゆったりとした時間を思い出すと、ますます意味がわからなくなってくる。
一人で来た方がきっと楽に違いないのに。
「……おまえが喜ぶと思ったから」
視線が絡まって、大きく鼓動が跳ねた。
普段とは違う穏やかな色を宿した瞳は包み込むように未紘を見つめている。
(それって、どういう意味?)
ただの形式上の番でしかないはずなのに、近頃の藤城は様子がおかしい。
きっと彼の言動には深い意味なんてないはずなのに、時々勘違いしてしまいそうになる。
「高い肉好きだろ。他人の金で食う肉サイコーって言ってたじゃん」
「……そっちかよ。確かに言ったけど……」
未紘がつっこむと、藤城は白い歯を見せながら肩を震わせて笑う。
頭を掻きながら、自分が少しだけ落胆していることがわかって、ばつが悪い気持ちになった。
その後は展望デッキで適当に駄弁ってから、施設の周りを二人であてもなくぶらぶらと散歩して時間を潰した。
夕飯の時間になると、貸し切りのレストランで用意されたすき焼きを心ゆくまで堪能した。
どこか名残惜しさを感じながら車に乗り込む。食後の睡魔に襲われて助手席で爆睡している間に、いつのまにか自宅に帰ってきていた。
410
あなたにおすすめの小説
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
捨てられΩの癒やしの薬草、呪いで苦しむ最強騎士団長を救ったら、いつの間にか胃袋も心も掴んで番にされていました
水凪しおん
BL
孤独と絶望を癒やす、運命の愛の物語。
人里離れた森の奥、青年アレンは不思議な「浄化の力」を持ち、薬草を育てながらひっそりと暮らしていた。その力を気味悪がられ、人を避けるように生きてきた彼の前に、ある嵐の夜、血まみれの男が現れる。
男の名はカイゼル。「黒き猛虎」と敵国から恐れられる、無敗の騎士団長。しかし彼は、戦場で受けた呪いにより、αの本能を制御できず、狂おしい発作に身を焼かれていた。
記憶を失ったふりをしてアレンの元に留まるカイゼル。アレンの作る薬草茶が、野菜スープが、そして彼自身の存在が、カイゼルの荒れ狂う魂を鎮めていく唯一の癒やしだと気づいた時、その想いは激しい執着と独占欲へ変わる。
「お前がいなければ、俺は正気を保てない」
やがて明かされる真実、迫りくる呪いの脅威。臆病だった青年は、愛する人を救うため、その身に宿る力のすべてを捧げることを決意する。
呪いが解けた時、二人は真の番となる。孤独だった魂が寄り添い、狂おしいほどの愛を注ぎ合う、ファンタジック・ラブストーリー。
学内一のイケメンアルファとグループワークで一緒になったら溺愛されて嫁認定されました
こたま
BL
大学生の大野夏樹(なつき)は無自覚可愛い系オメガである。最近流行りのアクティブラーニング型講義でランダムに組まされたグループワーク。学内一のイケメンで優良物件と有名なアルファの金沢颯介(そうすけ)と一緒のグループになったら…。アルファ×オメガの溺愛BLです。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる