【完結】無関心アルファと偽りの番関係を結んだら、抱かれないうちに壊れ始めました

紬木莉音

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第4章

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「お待ちしておりました」

 藤城の後を追って建物の中に入る。宿泊施設か何かだろうか、最初に目に入って来たのはフロントだった。
 何より驚いたのが、ずらっと二列に整列した従業員に出迎えられたことだ。
 ぎょっとして固まる未紘の前で、何食わぬ様子の藤城がその中の一人に向かって歩み寄り握手を交わす。

「副社長、お会いできて光栄です。お忙しいところありがとうございます」
「ご苦労さま。進捗はどう?」
「客室棟もスパエリアも最終チェック中です。メールでもお伝えしましたがコンセプトルームの件だけ難航しておりまして……」
「わかった。じゃあ先にそっち見せてもらおうかな」

 藤城がこちらを振り返る。入口の付近で突っ立っている未紘をみとめると、不思議そうな顔で声を掛けてきた。

「なにしてんの。置いてくよ」
「……おー……」
 
 室内の奥に進んでいく彼の背を追い、一糸乱れぬ様子で頭を下げる数十人の従業員の横を、ぎこちない足取りで通り過ぎる。
 彼らと藤城の姿を交互に見ながら、未紘の頭の中に一つの疑惑が浮かんだ。

(……え、いま副社長とか言った? 藤城って何者?)

 そもそもこの遠出の目的は仕事の一環なのだろうか。だとしたら何故未紘を連れてきたのだろう。

(もしかしたら俺、めちゃくちゃ場違いなのでは……?)

 疑惑はすぐに確信に変わる。話を盗み聞きする限り、どうやらここはオープン前のリゾートホテルで、藤城を案内している人物は支配人という立場の人間らしい。
 二人は早歩きで客室に入っていくので、慌てて未紘も後を追った。

「天空をイメージしてる割にカーテンの色が少しくすんで見えるのが気になるかも。グレー寄りかはライトブルーの方が映えるんじゃないかな。ラグの色も今のままだと統一感ないから、ホワイトの方が合うと思う」

 ぱっと室内を見渡しただけで全体図がイメージできているらしい彼は、いつもとは違う真剣な表情で言葉を連ねていく。その横顔は家にいるときとは別人のように見えた。

 その後も客室や温泉施設、レストランなどを巡りながら、次々に指示を出していく藤城の後ろで、未紘はきょろきょろと辺りを見回してばかりいた。


「──ねえ、聞いてる?」
「うわっ……なんだよ急に。びっくりした」

 海の見下ろせる展望デッキで休んでいると、背後から声を掛けられた。振り向くといつのまにか藤城が立っている。

「さっきから声掛けてんのに気付かないんだもん」
「マジか、黄昏たそがれてたわ。もう終わったの?」
「一応ね。この後十七時からディナーの試食できるから、それまでどっかで時間潰そ」
「え……俺もいいの?」
「ここまで来たんだから当たり前だろ」

 当たり前なのか、そっか。藤城の言葉を咀嚼しながら、なんともむず痒い気持ちになる。
 彼は未紘の隣に腰を下ろすと、さみーと言いながら手を擦り合わせた。

「なあ、藤城ってどっかの会社の偉い人なの?」
「別に大したことないよ。祖父が創業した会社を将来的に継ぐことになってるだけ」
「十分すげーじゃん。じゃあ今日のは視察ってやつ?」
「そんな感じ。ずっと来ようと思ってたんだけど、なかなか予定が合わなくて」

 隣で藤城が白い息を吐く。その様子を眺めながら、ずっと抱いていた疑問を口にした。

「なんで俺のこと連れてきたの?」

 どう見たって場違いのはずだ。
 藤城の後をついて回る未紘の姿を、施設内の人達は不思議そうな顔をして見ていた。
 それもそのはずだ。だってこんな場所にただの大学生を連れてくるなんて、やっぱり変だ。

(それに視察が目的なら、どうしてわざわざ海とか足湯とか寄ったんだろ)

 午前中のゆったりとした時間を思い出すと、ますます意味がわからなくなってくる。
 一人で来た方がきっと楽に違いないのに。

「……おまえが喜ぶと思ったから」

 視線が絡まって、大きく鼓動が跳ねた。
 普段とは違う穏やかな色を宿した瞳は包み込むように未紘を見つめている。
 
(それって、どういう意味?)

 ただの形式上の番でしかないはずなのに、近頃の藤城は様子がおかしい。
 きっと彼の言動には深い意味なんてないはずなのに、時々勘違いしてしまいそうになる。

「高い肉好きだろ。他人の金で食う肉サイコーって言ってたじゃん」
「……そっちかよ。確かに言ったけど……」

 未紘がつっこむと、藤城は白い歯を見せながら肩を震わせて笑う。
 頭を掻きながら、自分が少しだけ落胆していることがわかって、ばつが悪い気持ちになった。

 その後は展望デッキで適当に駄弁ってから、施設の周りを二人であてもなくぶらぶらと散歩して時間を潰した。
 夕飯の時間になると、貸し切りのレストランで用意されたすき焼きを心ゆくまで堪能した。
 どこか名残惜しさを感じながら車に乗り込む。食後の睡魔に襲われて助手席で爆睡している間に、いつのまにか自宅に帰ってきていた。


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