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第4章
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(最っ悪、全然寝れなかった……)
翌朝、未紘は青白い顔のまま車に揺られていた。何せ初めての藤城からの誘いなのだ。まるで遠足に行く前の小学生ぐらい目がバキバキになってしまって、無駄に夜更かしをしてしまった。
助手席に座っている未紘の隣には、ハンドルを握る藤城の姿がある。
早朝に叩き起こされて彼の車に乗せられるまではあっという間の出来事で、今は高速をずっと走っている。
「ふ、おまえ今白目剥いてたよ」
「ガチやべー、眠すぎ……てか俺じゃなくて前見ろや」
「え、なに?」
指摘すると、藤城は大袈裟に顔を横に向けた。
「うわっ、ばか、マジで事故るから!」
驚いて大騒ぎする未紘を、彼はケタケタと楽しそうに笑い飛ばす。
「高速でそういうのシャレになんねーよ」
「未紘って意外とビビリだよね」
「うっせーな。それよりどこに向かってんのかそろそろ教えろよ」
高速道路に乗ってもう一時間は経つが、未だに行き先を教えてもらえていないのはどうかしている。
藤城はにこにこと意地悪く微笑むだけで、決して口を割ろうとはしなかった。
「着いたら起こしてあげるから少し寝てなよ」
「そうするわ……ふぁあ……」
車の揺れが眠気を誘い、欠伸が止まらない。藤城の車には彼の匂いが染み付いていて、酷く心地よかった。
(いつのまにか俺、コイツの匂いで安心するようになってんのか)
少し前まで互いに無関心を貫いていたはずなのに。
二年半もそんな生活が続いていたとは考えられないほど、今は彼の存在が近くに感じる。
そんなことを考えながら、そっと意識を手放した。
*
目が覚めると、目の前に海が広がっていた。清々しいほどの快晴の下で、砂浜に降り立って一面の青を見渡す。
遥か向こう側には緑の濃い山並みが横たわり、帽子を被るように白い雲に覆われている。
波の打ち付ける音が心地いい。背後に連なる木々からは雄大な自然を感じられる。深呼吸をして新鮮な空気を肺に取り込んだ。
「泳いできてもいいよ」
「藤城がお手本見せてくれんならいいよ」
「俺はちょっと、そういうのNGだから」
隣で大袈裟に肩を竦める男に、未紘は呆れたような眼差しを向ける。
車に揺られること二時間。連れてこられたのは岬のつけ根にある公園のようだった。
「落ち着くでしょここ。俺のお気に入りスポットのひとつ」
「うん。人少ないし穴場的な感じする」
「岬のはずれだからね。俺も仕事でたまたま通りかかって見つけた。都会に疲れたときに来たくなるんだよな」
水平線を見据える藤城の横顔は、十二月の柔らかな日差しを受けて爽やかに映る。
思えば彼の私服を見るのはこれが初めてだ。未紘がスウェットにバギーデニムというラフな格好なのに対し、彼はダークブラウンのチェスターコートに黒地のニットを合わせた綺麗めの格好をしている。
その目元はサングラスで覆われている。身長が高くてすらっとしているせいもあって、遠目から見ると芸能人のようだ。
いつもと違う雰囲気のせいか、隣にいるだけで妙に胸がくすぐったくなる。
「てかそんな格好で寒くないの? 上着は?」
「こんなに遠出すると思わなくて置いてきたんだよ」
「冬なんだし普通持ってくるだろ……。前も寒い夜にサンダルで繁華街に来てたし、でけえ子どもみたい」
「冬生まれだから寒さに強いだけだし。あんたの方が寒がりでガキじゃん」
ポケットに手を突っ込みながら煽るように舌を出すが、藤城がほいほいと乗ってくるはずもない。
サングラス越しにその瞳が冷静にじっとこちらを見下ろしている。
「鳥肌立ってるよ」
「マジで? どこ?」
「嘘」
目を瞠ると、彼はしたり顔でにやりと口角を吊り上げた。
「騙されやすいにも程があるだろ。おまえっていつか高い壺とか買わされそう」
「息を吐くように平然と嘘をつくあんたの性根が腐ってんだよ」
「未紘にだけだよ」
「……嬉しくねーし」
悪戯っぽい目をして腰を屈めた藤城に、顔を覗き込まれる。
一瞬、どきっとしたのは事実だ。この男にそんなことを言われたら、誰だって舞い上がるに決まってる。だけど顔に出したらきっと彼の思うツボだ。
一体どんなリアクションを期待してるんだろうか。正解がわからなくて、ふいっと顔を逸らした。
「じゃあそろそろ移動しようか」
「え、ここがゴールなんじゃねーの」
「違うよ。言っとくけど今日は分刻みでスケジュール詰まってるから。きびきび動いてね」
「は? ……あ、おいっ、待てよ!」
さっきまで呑気に海を見ていたくせに。さっさと海に背を向ける藤城の後を、未紘は駆け足で追い掛けた。
駐車場に戻ると、どこに行くのかと騒ぎ立てる未紘を無視したまま車は発進した。岬公園を出て市街を進み、道の駅で再び停車する。
軽食で腹を満たし足湯で温まった後、再び車に乗り込んだ。市街を抜けて山道に入ったらしく、地上から遠ざかっていくのが窓の外に見える。
くねくねとした道進んでいき、ペンションのような建物の前で車は停車した。
どうやらここが最後の目的地のようだ。
翌朝、未紘は青白い顔のまま車に揺られていた。何せ初めての藤城からの誘いなのだ。まるで遠足に行く前の小学生ぐらい目がバキバキになってしまって、無駄に夜更かしをしてしまった。
助手席に座っている未紘の隣には、ハンドルを握る藤城の姿がある。
早朝に叩き起こされて彼の車に乗せられるまではあっという間の出来事で、今は高速をずっと走っている。
「ふ、おまえ今白目剥いてたよ」
「ガチやべー、眠すぎ……てか俺じゃなくて前見ろや」
「え、なに?」
指摘すると、藤城は大袈裟に顔を横に向けた。
「うわっ、ばか、マジで事故るから!」
驚いて大騒ぎする未紘を、彼はケタケタと楽しそうに笑い飛ばす。
「高速でそういうのシャレになんねーよ」
「未紘って意外とビビリだよね」
「うっせーな。それよりどこに向かってんのかそろそろ教えろよ」
高速道路に乗ってもう一時間は経つが、未だに行き先を教えてもらえていないのはどうかしている。
藤城はにこにこと意地悪く微笑むだけで、決して口を割ろうとはしなかった。
「着いたら起こしてあげるから少し寝てなよ」
「そうするわ……ふぁあ……」
車の揺れが眠気を誘い、欠伸が止まらない。藤城の車には彼の匂いが染み付いていて、酷く心地よかった。
(いつのまにか俺、コイツの匂いで安心するようになってんのか)
少し前まで互いに無関心を貫いていたはずなのに。
二年半もそんな生活が続いていたとは考えられないほど、今は彼の存在が近くに感じる。
そんなことを考えながら、そっと意識を手放した。
*
目が覚めると、目の前に海が広がっていた。清々しいほどの快晴の下で、砂浜に降り立って一面の青を見渡す。
遥か向こう側には緑の濃い山並みが横たわり、帽子を被るように白い雲に覆われている。
波の打ち付ける音が心地いい。背後に連なる木々からは雄大な自然を感じられる。深呼吸をして新鮮な空気を肺に取り込んだ。
「泳いできてもいいよ」
「藤城がお手本見せてくれんならいいよ」
「俺はちょっと、そういうのNGだから」
隣で大袈裟に肩を竦める男に、未紘は呆れたような眼差しを向ける。
車に揺られること二時間。連れてこられたのは岬のつけ根にある公園のようだった。
「落ち着くでしょここ。俺のお気に入りスポットのひとつ」
「うん。人少ないし穴場的な感じする」
「岬のはずれだからね。俺も仕事でたまたま通りかかって見つけた。都会に疲れたときに来たくなるんだよな」
水平線を見据える藤城の横顔は、十二月の柔らかな日差しを受けて爽やかに映る。
思えば彼の私服を見るのはこれが初めてだ。未紘がスウェットにバギーデニムというラフな格好なのに対し、彼はダークブラウンのチェスターコートに黒地のニットを合わせた綺麗めの格好をしている。
その目元はサングラスで覆われている。身長が高くてすらっとしているせいもあって、遠目から見ると芸能人のようだ。
いつもと違う雰囲気のせいか、隣にいるだけで妙に胸がくすぐったくなる。
「てかそんな格好で寒くないの? 上着は?」
「こんなに遠出すると思わなくて置いてきたんだよ」
「冬なんだし普通持ってくるだろ……。前も寒い夜にサンダルで繁華街に来てたし、でけえ子どもみたい」
「冬生まれだから寒さに強いだけだし。あんたの方が寒がりでガキじゃん」
ポケットに手を突っ込みながら煽るように舌を出すが、藤城がほいほいと乗ってくるはずもない。
サングラス越しにその瞳が冷静にじっとこちらを見下ろしている。
「鳥肌立ってるよ」
「マジで? どこ?」
「嘘」
目を瞠ると、彼はしたり顔でにやりと口角を吊り上げた。
「騙されやすいにも程があるだろ。おまえっていつか高い壺とか買わされそう」
「息を吐くように平然と嘘をつくあんたの性根が腐ってんだよ」
「未紘にだけだよ」
「……嬉しくねーし」
悪戯っぽい目をして腰を屈めた藤城に、顔を覗き込まれる。
一瞬、どきっとしたのは事実だ。この男にそんなことを言われたら、誰だって舞い上がるに決まってる。だけど顔に出したらきっと彼の思うツボだ。
一体どんなリアクションを期待してるんだろうか。正解がわからなくて、ふいっと顔を逸らした。
「じゃあそろそろ移動しようか」
「え、ここがゴールなんじゃねーの」
「違うよ。言っとくけど今日は分刻みでスケジュール詰まってるから。きびきび動いてね」
「は? ……あ、おいっ、待てよ!」
さっきまで呑気に海を見ていたくせに。さっさと海に背を向ける藤城の後を、未紘は駆け足で追い掛けた。
駐車場に戻ると、どこに行くのかと騒ぎ立てる未紘を無視したまま車は発進した。岬公園を出て市街を進み、道の駅で再び停車する。
軽食で腹を満たし足湯で温まった後、再び車に乗り込んだ。市街を抜けて山道に入ったらしく、地上から遠ざかっていくのが窓の外に見える。
くねくねとした道進んでいき、ペンションのような建物の前で車は停車した。
どうやらここが最後の目的地のようだ。
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