【完結】無関心アルファと偽りの番関係を結んだら、抱かれないうちに壊れ始めました

紬木莉音

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第4章

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 結局五日経つ頃にはヒートも落ち着いて、次の日には外に出ることもできるようになった。
 今回のヒートは今までにないぐらいキツかった。終始記憶が曖昧で、どうやってやり過ごしていたのかあんまり思い出せない。

(なんか藤城と電話したっぽい履歴があるけど、何にも思い出せねーんだよな……)

 大学から帰ってきた未紘は、ソファーに転がりながらスマホの画面を見つめて首を捻った。
 藤城とのトーク画面には十分ほどの通話履歴が残されている。ヒートの真っ只中にどうして彼と通話をしているのだろう。

(ひとりでしてるときに他人と話すなんて何を考えてんだよ。変な声とか聞かれてたら死ねる……)

 ヒートのときの自分は理性を失っている自覚はあるし、とても他人に聞かせられるようなものではない。一体どんな会話を交わしたのだろう。

 難しい顔をして考え込んでいると、がたっと玄関の方で音がした。藤城が帰ってきたのだろう。瞬時に察した未紘は慌てて起き上がり、跳ねた髪を直してなんとなく姿勢を正す。

「お、おかえり」
「ただいま」

 無駄にドキドキしてしまう未紘とは違って、約一週間ぶりに会う藤城はいつも通りの顔をしていた。
 高級そうなスーツをさらっと着こなしている彼は、さらりと金色の髪を靡かせながら、テーブルの上に持っていた紙袋を置く。

「っふ、なんでそんなかしこまってんの」
「いや、その……」
「これ、好きなの選んで食べていいよ」
「え?」

 ソファーから立ち上がりそばに寄ると、有名なケーキ屋の紙箱と目が合った。確か一つ千円とかする高級な店のものだ。
 彼がお土産を持って帰ってくるなんて非常に珍しい。

「なにこれ、美味そう。誰かにもらったの?」
「……まあそんな感じ。選び終わったら一個残しといて」

 どこか歯切れの悪い藤城は、ジャケットを脱ぎながら素っ気なくそう言った。
 箱の中にはケーキが五つも入っていた。未紘に四つも食べさせる気なのだろうか。
 リビングを出て行こうとする後ろ姿をじっと見つめる。考えるより前に、その背中に声を掛けていた。

「一緒に食おうよ」

 未紘のほうを振り向いた彼の目は、僅かに見開かれていた。

「会食だっけ、夕飯外で食べてきたんだよな。今お腹いっぱい?」
「いや、全然空いてるけど……」
「おっけ。コーヒー淹れるから先シャワー浴びてこいよ」

 まだぼんやりとしている様子の藤城を無理やり脱衣所に押し込んで、未紘はキッチンに立った。
 今までの自分だったらきっと誘わなかっただろう。
 でも今日は一人で食べるより、二人で食べる方が何倍も美味しくなるような気がした。

「──身体はもう大丈夫?」
「うん、いつも家空けさせて悪いな」

 ダイニングテーブルに腰掛けた未紘の正面には、部屋着に着替えた藤城が座っている。雑に乾かしたのか、その髪からはまだ雫が滴り落ちていた。 

 いつもは前髪をセンター分けしているから、完全に下ろしている姿は珍しい。
 切れ長の瞳に前髪が掛かっている様は、直視するのを躊躇うような色気を感じさせる。

(おかしいな……。やたらと藤城がかっこよく見えるような……)

 出会った頃から浮世離れした美しさを感じてはいた。だけど思い返せば、近頃はそんな上っ面の部分だけじゃなくて、彼の内面も含めた全てがどうしてか心臓を揺さぶってくる。
 今だってただチョコレートケーキを頬張っているだけなのに、ぼうっと見惚れてしまうほどには脳みそがおかしい。

「毎回あんなに酷いんだ?」
「…………ん?」

 藤城の顔に見惚れていた未紘は、その言葉の意味をすぐには理解できなかった。
 まるで未紘のヒートを見ていたかのような口ぶりだ。
 彼は家を空けていたはずなのに何かがおかしい。

「えっ、なんで知ってんの」
「は? いや、だって通話したじゃん」
「……えっ、あれって俺から掛けたの? 藤城が掛けてきたんじゃなくて?」

 目を丸くする未紘の前で、驚いたような藤城の顔はみるみるうちに険しくなっていく。
 暫しの無言の見つめ合いの後、とうとう眉根を顰めた彼は、片手を挙げて未紘の言葉を制した。

「ちょい待って。まさか、なに話したか覚えてないとか言わないよね?」
「いや、だから……なんにも覚えてないんだけど」

 未紘が白状すると、藤城は挙げていた片手でそっと自らの顔を覆った。

「……………………はあ」
「なあ俺なんか言ってた? つかなに聞いたんだよ、他人のヒート盗み聞きすんなよ変態!」
「ろくでもねえなコイツ……言っとくけど物欲しげに俺の名前呼んでたのおまえの方だからな。俺は不可抗力」
「…………はあ!? そ、そそそんなことするわけねーだろ!」

 聞き捨てならない言葉を聞いて、一瞬で顔がぼんっと噴火するように赤くなる。

 自分が彼の名前を? ヒートの最中に?
 しかもそれを本人に聞かれていたなんて──これ以上ないぐらい恥ずかしくてたまらない。

 真っ赤な顔でわなわなと震えながらコーヒーを飲み干す未紘とは対照的に、藤城は涼しげな顔をして腕を組んでいる。

(藤城は俺に名前を呼ばれてどう思ったんだろう。なに喋ったのか一つも覚えてないなんて、フェアじゃないだろ)

 オメガが嫌いなのに、突然電話が掛かってきたと思ったら発情してる様子を延々と聞かされるなんて、きっと嫌だったに違いない。
 それなのに恨み言ひとつ垂れないどころか、ケーキまでおすそ分けしてくれるなんて、気を遣われているのだろうか。

「ねえ、明日って暇?」

 互いにケーキを食べ終えて一息ついた頃、藤城が唐突にそう問いかけてきた。

「特に予定ねーけど」
「そ。じゃあ一日空けといて。朝から出掛けるから」
「え、藤城と? どこに?」
「さあね」

 相変わらずこの男は謎が多い。答えをはぐらかされた未紘は結局その晩、どこに行くのかとそわそわと気になってしまって、あまり深く寝付くことができなかった。


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