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第1章
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「おいクソガキ、死にたいなら別の場所にしてくんない。ここ俺の家の前だから、事故物件にされたくないんだけど」
突然態度が変わったことに面食らって顔を上げた。
なるほどこっちがこの男の本性か。食い下がる未紘に痺れを切らしたのだろう。
彼は整った顔を不快そうに歪めていた。
「……知らねー。放っとけ」
「心底放っておきたいんだけど見過ごせないぐらい迷惑だから言ってんの。黙って言うこと聞けよ」
「……」
横柄な態度が気に食わない。馬が合わないと一瞬で察した。
つんと口を尖らせて無視を決め込んでいたが、急に下腹部がじわっと濡れるのがわかった。
雨のせいじゃない。パンツの中でなにか粘ついた感覚がする。
さーっと顔が青ざめた。オメガになると後ろが濡れるというのは本当だったのか。
身体の熱は一向に治らず、再び欲望は膨らんでいく。
──欲しい。誰でもいいから抱いてほしい。
浅ましい思いばかりが頭を駆け巡る。それを封じ込めるように奥歯を噛み締めて、ふうふうと息を整えた。
(俺はオメガじゃない。絶対にオメガになんてならない。簡単に股を開いたりなんかしない……っ!)
「…………なにこの匂い」
声にハッとして顔を上げると、男が眉根を寄せて腕で鼻を覆っていた。
「もしかしてオメガ?」
「……っ」
こいつ、アルファだったのか。そう気付いた瞬間に、さっと顔から血の気が引くのがわかる。
せっかく逃げてきたのに。
途端に全身に鳥肌が立って、未紘は何も返せずに視線を彷徨わせた。
「雨に紛れて全然わかんなかった。ヒートが来たからこんなところまで逃げてきたんだ?」
「……るせえ、クソアルファ、あっち行け。少しでも触れてみろ、殺す」
「……っはは、すげー強情。こんなオメガ初めて見た。こんなに震えちゃって……絶対しんどいでしょ、かわいそうに」
乾いた笑いが上から降ってくる。
アルファのおまえにわかるはずがない──全てを持ち合わせて、高みの見物をしているようなヤツになんて、俺の気持ちが。
「俺は、かわいそうなんかじゃない……」
言い返そうと思っただけなのに、自分に言い聞かせるみたいな響きになった。
乱れる息を抑えながら、嫌悪を丸出しにして男を睨み付けた。
「ぜってーおまえらアルファのおもちゃになんか、なってやらねー……!」
ヒートがきてオメガだと思い知らされてもまだ希望を捨てきれない自分は、だいぶ諦めが悪いみたいだ。
見上げた先で、男はぞっとするほど静かな眼差しで未紘を見下ろしていた。
少しの間の後、ぽつりと言葉を投げかけられる。
「名前なに?」
「言う必要がねえ」
「あー……そう、まあいいや。ねえクソガキ、おまえさ」
言いながら、そっと傘を傾けられる。ずっと自分に叩きつけていた雨が遮断されて、続く言葉はやけにクリアに未紘の耳に届いた。
「俺の番にならない?」
「……は?」
碌でもないことを口にした男は、うっすらと口角を上げている。
細められた瞳の奥はブラックホールのように光が見えなくて、ぞくっと背筋に冷たいものが走った。
これが藤城芹という男との、最悪の出会いだった。
突然態度が変わったことに面食らって顔を上げた。
なるほどこっちがこの男の本性か。食い下がる未紘に痺れを切らしたのだろう。
彼は整った顔を不快そうに歪めていた。
「……知らねー。放っとけ」
「心底放っておきたいんだけど見過ごせないぐらい迷惑だから言ってんの。黙って言うこと聞けよ」
「……」
横柄な態度が気に食わない。馬が合わないと一瞬で察した。
つんと口を尖らせて無視を決め込んでいたが、急に下腹部がじわっと濡れるのがわかった。
雨のせいじゃない。パンツの中でなにか粘ついた感覚がする。
さーっと顔が青ざめた。オメガになると後ろが濡れるというのは本当だったのか。
身体の熱は一向に治らず、再び欲望は膨らんでいく。
──欲しい。誰でもいいから抱いてほしい。
浅ましい思いばかりが頭を駆け巡る。それを封じ込めるように奥歯を噛み締めて、ふうふうと息を整えた。
(俺はオメガじゃない。絶対にオメガになんてならない。簡単に股を開いたりなんかしない……っ!)
「…………なにこの匂い」
声にハッとして顔を上げると、男が眉根を寄せて腕で鼻を覆っていた。
「もしかしてオメガ?」
「……っ」
こいつ、アルファだったのか。そう気付いた瞬間に、さっと顔から血の気が引くのがわかる。
せっかく逃げてきたのに。
途端に全身に鳥肌が立って、未紘は何も返せずに視線を彷徨わせた。
「雨に紛れて全然わかんなかった。ヒートが来たからこんなところまで逃げてきたんだ?」
「……るせえ、クソアルファ、あっち行け。少しでも触れてみろ、殺す」
「……っはは、すげー強情。こんなオメガ初めて見た。こんなに震えちゃって……絶対しんどいでしょ、かわいそうに」
乾いた笑いが上から降ってくる。
アルファのおまえにわかるはずがない──全てを持ち合わせて、高みの見物をしているようなヤツになんて、俺の気持ちが。
「俺は、かわいそうなんかじゃない……」
言い返そうと思っただけなのに、自分に言い聞かせるみたいな響きになった。
乱れる息を抑えながら、嫌悪を丸出しにして男を睨み付けた。
「ぜってーおまえらアルファのおもちゃになんか、なってやらねー……!」
ヒートがきてオメガだと思い知らされてもまだ希望を捨てきれない自分は、だいぶ諦めが悪いみたいだ。
見上げた先で、男はぞっとするほど静かな眼差しで未紘を見下ろしていた。
少しの間の後、ぽつりと言葉を投げかけられる。
「名前なに?」
「言う必要がねえ」
「あー……そう、まあいいや。ねえクソガキ、おまえさ」
言いながら、そっと傘を傾けられる。ずっと自分に叩きつけていた雨が遮断されて、続く言葉はやけにクリアに未紘の耳に届いた。
「俺の番にならない?」
「……は?」
碌でもないことを口にした男は、うっすらと口角を上げている。
細められた瞳の奥はブラックホールのように光が見えなくて、ぞくっと背筋に冷たいものが走った。
これが藤城芹という男との、最悪の出会いだった。
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