2 / 75
第1章
2
しおりを挟む
「おいクソガキ、死にたいなら別の場所にしてくんない。ここ俺の家の前だから、事故物件にされたくないんだけど」
突然態度が変わったことに面食らって顔を上げた。
なるほどこっちがこの男の本性か。食い下がる未紘に痺れを切らしたのだろう。
彼は整った顔を不快そうに歪めていた。
「……知らねー。放っとけ」
「心底放っておきたいんだけど見過ごせないぐらい迷惑だから言ってんの。黙って言うこと聞けよ」
「……」
横柄な態度が気に食わない。馬が合わないと一瞬で察した。
つんと口を尖らせて無視を決め込んでいたが、急に下腹部がじわっと濡れるのがわかった。
雨のせいじゃない。パンツの中でなにか粘ついた感覚がする。
さーっと顔が青ざめた。オメガになると後ろが濡れるというのは本当だったのか。
身体の熱は一向に治らず、再び欲望は膨らんでいく。
──欲しい。誰でもいいから抱いてほしい。
浅ましい思いばかりが頭を駆け巡る。それを封じ込めるように奥歯を噛み締めて、ふうふうと息を整えた。
(俺はオメガじゃない。絶対にオメガになんてならない。簡単に股を開いたりなんかしない……っ!)
「…………なにこの匂い」
声にハッとして顔を上げると、男が眉根を寄せて腕で鼻を覆っていた。
「もしかしてオメガ?」
「……っ」
こいつ、アルファだったのか。そう気付いた瞬間に、さっと顔から血の気が引くのがわかる。
せっかく逃げてきたのに。
途端に全身に鳥肌が立って、未紘は何も返せずに視線を彷徨わせた。
「雨に紛れて全然わかんなかった。ヒートが来たからこんなところまで逃げてきたんだ?」
「……るせえ、クソアルファ、あっち行け。少しでも触れてみろ、殺す」
「……っはは、すげー強情。こんなオメガ初めて見た。こんなに震えちゃって……絶対しんどいでしょ、かわいそうに」
乾いた笑いが上から降ってくる。
アルファのおまえにわかるはずがない──全てを持ち合わせて、高みの見物をしているようなヤツになんて、俺の気持ちが。
「俺は、かわいそうなんかじゃない……」
言い返そうと思っただけなのに、自分に言い聞かせるみたいな響きになった。
乱れる息を抑えながら、嫌悪を丸出しにして男を睨み付けた。
「ぜってーおまえらアルファのおもちゃになんか、なってやらねー……!」
ヒートがきてオメガだと思い知らされてもまだ希望を捨てきれない自分は、だいぶ諦めが悪いみたいだ。
見上げた先で、男はぞっとするほど静かな眼差しで未紘を見下ろしていた。
少しの間の後、ぽつりと言葉を投げかけられる。
「名前なに?」
「言う必要がねえ」
「あー……そう、まあいいや。ねえクソガキ、おまえさ」
言いながら、そっと傘を傾けられる。ずっと自分に叩きつけていた雨が遮断されて、続く言葉はやけにクリアに未紘の耳に届いた。
「俺の番にならない?」
「……は?」
碌でもないことを口にした男は、うっすらと口角を上げている。
細められた瞳の奥はブラックホールのように光が見えなくて、ぞくっと背筋に冷たいものが走った。
これが藤城芹という男との、最悪の出会いだった。
突然態度が変わったことに面食らって顔を上げた。
なるほどこっちがこの男の本性か。食い下がる未紘に痺れを切らしたのだろう。
彼は整った顔を不快そうに歪めていた。
「……知らねー。放っとけ」
「心底放っておきたいんだけど見過ごせないぐらい迷惑だから言ってんの。黙って言うこと聞けよ」
「……」
横柄な態度が気に食わない。馬が合わないと一瞬で察した。
つんと口を尖らせて無視を決め込んでいたが、急に下腹部がじわっと濡れるのがわかった。
雨のせいじゃない。パンツの中でなにか粘ついた感覚がする。
さーっと顔が青ざめた。オメガになると後ろが濡れるというのは本当だったのか。
身体の熱は一向に治らず、再び欲望は膨らんでいく。
──欲しい。誰でもいいから抱いてほしい。
浅ましい思いばかりが頭を駆け巡る。それを封じ込めるように奥歯を噛み締めて、ふうふうと息を整えた。
(俺はオメガじゃない。絶対にオメガになんてならない。簡単に股を開いたりなんかしない……っ!)
「…………なにこの匂い」
声にハッとして顔を上げると、男が眉根を寄せて腕で鼻を覆っていた。
「もしかしてオメガ?」
「……っ」
こいつ、アルファだったのか。そう気付いた瞬間に、さっと顔から血の気が引くのがわかる。
せっかく逃げてきたのに。
途端に全身に鳥肌が立って、未紘は何も返せずに視線を彷徨わせた。
「雨に紛れて全然わかんなかった。ヒートが来たからこんなところまで逃げてきたんだ?」
「……るせえ、クソアルファ、あっち行け。少しでも触れてみろ、殺す」
「……っはは、すげー強情。こんなオメガ初めて見た。こんなに震えちゃって……絶対しんどいでしょ、かわいそうに」
乾いた笑いが上から降ってくる。
アルファのおまえにわかるはずがない──全てを持ち合わせて、高みの見物をしているようなヤツになんて、俺の気持ちが。
「俺は、かわいそうなんかじゃない……」
言い返そうと思っただけなのに、自分に言い聞かせるみたいな響きになった。
乱れる息を抑えながら、嫌悪を丸出しにして男を睨み付けた。
「ぜってーおまえらアルファのおもちゃになんか、なってやらねー……!」
ヒートがきてオメガだと思い知らされてもまだ希望を捨てきれない自分は、だいぶ諦めが悪いみたいだ。
見上げた先で、男はぞっとするほど静かな眼差しで未紘を見下ろしていた。
少しの間の後、ぽつりと言葉を投げかけられる。
「名前なに?」
「言う必要がねえ」
「あー……そう、まあいいや。ねえクソガキ、おまえさ」
言いながら、そっと傘を傾けられる。ずっと自分に叩きつけていた雨が遮断されて、続く言葉はやけにクリアに未紘の耳に届いた。
「俺の番にならない?」
「……は?」
碌でもないことを口にした男は、うっすらと口角を上げている。
細められた瞳の奥はブラックホールのように光が見えなくて、ぞくっと背筋に冷たいものが走った。
これが藤城芹という男との、最悪の出会いだった。
597
あなたにおすすめの小説
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
炊き出しをしていただけなのに、大公閣下に溺愛されています
ぽんちゃん
BL
希望したのは、医療班だった。
それなのに、配属されたのはなぜか“炊事班”。
「役立たずの掃き溜め」と呼ばれるその場所で、僕は黙々と鍋をかき混ぜる。
誰にも褒められなくても、誰かが「おいしい」と笑ってくれるなら、それだけでいいと思っていた。
……けれど、婚約者に裏切られていた。
軍から逃げ出した先で、炊き出しをすることに。
そんな僕を追いかけてきたのは、王国軍の最高司令官――
“雲の上の存在”カイゼル・ルクスフォルト大公閣下だった。
「君の料理が、兵の士気を支えていた」
「君を愛している」
まさか、ただの炊事兵だった僕に、こんな言葉を向けてくるなんて……!?
さらに、裏切ったはずの元婚約者まで現れて――!?
沈黙のΩ、冷血宰相に拾われて溺愛されました
ホワイトヴァイス
BL
声を奪われ、競売にかけられたΩ《オメガ》――ノア。
落札したのは、冷血と呼ばれる宰相アルマン・ヴァルナティス。
“番契約”を偽装した取引から始まったふたりの関係は、
やがて国を揺るがす“真実”へとつながっていく。
喋れぬΩと、血を信じない宰相。
ただの契約だったはずの絆が、
互いの傷と孤独を少しずつ融かしていく。
だが、王都の夜に潜む副宰相ルシアンの影が、
彼らの「嘘」を暴こうとしていた――。
沈黙が祈りに変わるとき、
血の支配が終わりを告げ、
“番”の意味が書き換えられる。
冷血宰相×沈黙のΩ、
偽りの契約から始まる救済と革命の物語。
『アルファ拒食症』のオメガですが、運命の番に出会いました
小池 月
BL
大学一年の半田壱兎<はんだ いちと>は男性オメガ。壱兎は生涯ひとりを貫くことを決めた『アルファ拒食症』のバース性診断をうけている。
壱兎は過去に、オメガであるために男子の輪に入れず、女子からは異端として避けられ、孤独を経験している。
加えてベータ男子からの性的からかいを受けて不登校も経験した。そんな経緯から徹底してオメガ性を抑えベータとして生きる『アルファ拒食症』の道を選んだ。
大学に入り壱兎は初めてアルファと出会う。
そのアルファ男性が、壱兎とは違う学部の相川弘夢<あいかわ ひろむ>だった。壱兎と弘夢はすぐに仲良くなるが、弘夢のアルファフェロモンの影響で壱兎に発情期が来てしまう。そこから壱兎のオメガ性との向き合い、弘夢との関係への向き合いが始まるーー。
☆BLです。全年齢対応作品です☆
【完結】この契約に愛なんてないはずだった
なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。
そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。
数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。
身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。
生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。
これはただの契約のはずだった。
愛なんて、最初からあるわけがなかった。
けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。
ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。
これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる