37 / 78
第7章
37
しおりを挟む「お疲れ~」
「お疲れさま~」
バックヤードに入ってきた同僚は、未紘の姿を目にするなりきょとんとした顔をしている。
「あれ、和田じゃん。今日も入ってんの? 昨日も夜勤じゃなかった?」
「社畜極めてんだよ。今週ずっと夜勤だから昼夜逆転してて、今目ぇギンギン」
「やばすぎ、大学行けてんの?」
「まあ一応。行っても寝てるだけだけど」
言いながら一つ大きな欠伸をこぼすと、やっぱり眠いんじゃね、と同僚に呆れたように笑われてしまった。
コンビニバイトも今日で六連勤目。この六日間、一度も藤城と顔を合わせていない。
それもそのはずだ。なんていったって、こちらから意図的に避けているのだから。
〈バイトが忙しいから、しばらく夕飯作れない。ごめん〉
〈わかった〉
藤城とメッセージのやり取りをしたのがちょうど一週間前。それから今日まで何度か電話が掛かってきたが、ずるずる無視してここまできてしまった。
(会いたくねー……。会ったら絶対、顔に出る……)
スマホを握り締め、はーっとため息を吐きながら項垂れる。少し前まで藤城のことを考えるだけで浮かれていたはずなのに、今は真逆だ。
──ただの利害関係なんでしょ? 互いに干渉しないから楽だって、そう話してたよ。
にやりと笑う九条の顔が頭に浮かぶ。あんなことを聞かされても今まで通り接することができるほど、単純で鈍感な頭はしていない。
互いに干渉しないこと。そのルールを最初に破ったのは未紘だ。それが藤城の望みだったはずなのに、いつしか自分を受け入れてくれる彼に甘えてしまっていた。
抱いてもらうという望みは叶った。だからもう、彼に近付く必要はない。
そのはずなのにチクチクと胸が痛む。現に藤城に会っていないこの数日間は、信じられないぐらい毎日がつまらない。いつのまにか彼と過ごす日々が自分にとって特別になっていたことに気付かされる。
それでも逆に良かったのかもしれない。直接拒絶された方がきっとダメージが大きい。期待した分裏切られたときのショックが大きいことは、もうとっくに知っている。
「戻ります、休憩あざした」
「おー」
表に戻った未紘は、どこかぼんやりとしたまま商品を補充をしていく。一人でいると色々考えてしまうからとあえて忙しくしたはずなのに、結局こうして頭の中でぐるぐる思考を巡らせてしまうのだから、皮肉なものだ。
(番の解消、か……)
藤城にとっての正解は何だろう。形式的な番になるならば、自分よりももっと適任がいるのではないか。
九条がオメガだと知らないとしても、知らないままなら彼に触れられるということは──もしかしたら九条がオメガだと知っても、発作は出ないのでは?
特別なのは何も自分だけじゃない。たまたま彼の特別枠に滑り込めただけで、オンリーワンではないのに。
「すみません、レジいいですか」
「──っす。失礼しました」
ぼんやりとしていたら背後から客に声を掛けられてしまった。素早く立ち上がってカウンターの中に回り込む。
「お待たせしました──」
視線を上げた未紘は、息を呑んで、大きく目を見開いた。
「……藤城さん」
「今更さん付けしてんじゃねえよ」
「な、何の用すか」
心臓が止まるかと思った。数日ぶりに見る藤城の破壊力がえげつなくて、思わず胸を押さえてしまう。
黒いパーカーを着てフードを被っている彼は、一目見ただけで不機嫌だとわかるような顔と態度をしている。ポケットに手を突っ込んで首を捻りながらこちらを見下ろしてくる様は、まるでカタギの人間とは思えない。
「つか俺バイト先教えたっけ?」
「なんでずーっと連絡無視してんの。家にも一瞬しか帰ってこねえし、いい加減にしろよテメエ」
「……」
これはまずい。何せ未紘の質問が一瞬でなかったことにされている。普段より上品でない口調は彼が怒っているという何よりの証拠だ。
「藤城さん、俺今バイト中なんでまた後日話しましょう。ここではちょっと」
「待ってたら家に帰ってくんの? いつ? 理由も言わずに散々無視しといて? 信じられると思う?」
「あー……えーっと……」
顔を寄せられて少し仰け反りながら、未紘は視線を彷徨わせる。このままだと埒が明かない。バックヤードから同僚の視線を感じた未紘は、急かされるように言葉を発していた。
「か、帰るから、今日。バイト終わったら……七時ぐらいだけど」
「……あっそ。それじゃあ半休とるから、家で待ってるね。言っとくけど逃げても無駄だから」
じゃ、と言い残して、藤城はあっさり去っていった。レジには彼が買おうとしていた飲料水が一本残されている。
帰ってくる約束を取り付けるためにわざわざ店まで来たのだろうか。
腹の底からじわじわ染みてくるような、何とも言えない気持ちを抱えたままのその後の勤務は、集中できるはずもなくミスの連続だった。
844
あなたにおすすめの小説
【本編完結】才色兼備の幼馴染♂に振り回されるくらいなら、いっそ赤い糸で縛って欲しい。
ホマレ
BL
才色兼備で『氷の王子』と呼ばれる幼なじみ、藍と俺は気づけばいつも一緒にいた。
その関係が当たり前すぎて、壊れるなんて思ってなかった——藍が「彼女作ってもいい?」なんて言い出すまでは。
胸の奥がざわつき、藍が他の誰かに取られる想像だけで苦しくなる。
それでも「友達」のままでいられるならと思っていたのに、藍の言葉に行動に振り回されていく。
運命の赤い糸が見えていれば、この関係を紐解けるのに。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
今からレンタルアルファシステムを利用します
夜鳥すぱり
BL
大学2年の鳴水《なるみ》は、ずっと自分がオメガであることを隠して生きてきた。でも、年々つらくなる発情期にもう一人は耐えられない。恋愛対象は男性だし、男のアルファに会ってみたい。誰でも良いから、定期的に安全に話し相手をしてくれる人が欲しい。でもそんな都合のいい人いなくて、考えあぐねた結果たどり着いた、アプリ、レンタルアルファシステム。安全……だと思う、評価も星5で良いし。うん、じゃ、お問い合わせをしてみるか。なるみは、恐る恐るボタンを押すが───。
◆完結済みです。ありがとうございました。
◆表紙絵を花々緒さんが描いてくださりました。カッコいい雪夜君と、おどおど鳴水くんです。可愛すぎますね!
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
【完結】王宮勤めの騎士でしたが、オメガになったので退職させていただきます
大河
BL
第三王子直属の近衛騎士団に所属していたセリル・グランツは、とある戦いで毒を受け、その影響で第二性がベータからオメガに変質してしまった。
オメガは騎士団に所属してはならないという法に基づき、騎士団を辞めることを決意するセリル。上司である第三王子・レオンハルトにそのことを告げて騎士団を去るが、特に引き留められるようなことはなかった。
地方貴族である実家に戻ったセリルは、オメガになったことで見合い話を受けざるを得ない立場に。見合いに全く乗り気でないセリルの元に、意外な人物から婚約の申し入れが届く。それはかつての上司、レオンハルトからの婚約の申し入れだった──
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる