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43.嘘つき(前編)
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──そういうの見てたら、沙也ちゃんとなら家族になってもいっかなって思えたんだよ。
あの夜の成海くんの、穏やかな表情を今でも鮮明に覚えている。彼が笑顔でいられるような毎日を作ろう、そのために努力しようと、あのときに胸に誓い直したことも。
純粋に俺を兄として慕ってくれている。
それなのに俺は、自分の心の奥底に沈んでいた劣情を自覚してしまった。
「──じゃあ、プリント記入したヤツから前に回して~」
担任の声が耳に入って、思わず肩を上げた。手元の進路希望調査の紙と睨めっこすること数分、未だに用紙は真っ白なままだ。
第一志望はこの一年間、一度も揺らぐことはなかった。県内で、実家から通えて、それなりに大学生活を満喫できそうなところ。
だけどここにきて、初めて自分の気持ちに迷いが生じていることに気が付いた。
──そういえば日南くん、Y大受けるんだっけ。
──え、もったいない。何で? 九条教授の講義とりたいって言ってなかった?
思い返せばきっかけなんて些細なことだ。古賀くんに指摘されてから久しぶりに、蓋をしていたはずの自分の気持ちが再び疼き始めた。
資料室で埃まみれの九条教授の本を見つけたことだってそうだ。あの日からずっと、このままでいいのかと胸の中にモヤモヤが残っている。
(ずっと成海くんのそばにいたいって思ってた。だけどこのまま成海くんの近くにいたら、俺は──……)
助けてあげたい。支えてあげたい。寂しいからそばにいたい。俺のことを忘れてほしくない。
身勝手で自己満足な言い訳ばかり重ねて、俺は自分の人生から逃げていただけなのかもしれない。
成海くんは成海くんの人生を生きている。もうちっとも幼くない、立派な一人の青年だ。
"家族"に対してトラウマがある成海くんに、俺が彼に対して卑しい気持ちを持っていると知られたら、裏切られたと思わせてしまうに違いない。
この関係を崩したくない。そして、もう二度と傷付いてほしくない。
だからこんな気持ちはさっさと捨てて、今まで通りの俺を取り戻さないと。
「日南くん、プリントいい?」
「……あ、ごめん。貰うね」
後ろから回ってきたプリントを受け取って、悩んだ末に自分の分は白紙のまま提出した。
*
「おかえり、遅かったね」
いつもよりも疲れた身体を引き摺りながら帰宅すると、珍しく成海くんに出迎えられた。
「ただいま。……ちょっとやることがあって、遅くなっちゃった」
「ふぅん。夕飯できてるから、一緒に食べよ」
「えっ……待っててくれたの?」
随分と遅くなってしまった自覚はあったので、てっきりもう夕飯を済ませたのかと思っていた。信じられなくて目を丸くする俺を見て、成海くんの目尻が優しく下げられる。
「俺が待ちたかったの」
言いながらくしゃっと頭を撫でられて胸を弾ませた後、ちくりと小さな罪悪感に襲われた。
ただの兄弟としてのスキンシップだ。いちいちドキドキしたらいけないってわかってるのに、些細なことで反応してしまう自分はみっともない。
成海くんを好きな気持ちは一刻も早く消さなければいけない。それなのに日に日に膨らんでいくばかりで、そんな自分に反吐が出そうになる。
「なんか今日元気なくない?」
「そう?」
「いつもならそわそわしながらペラペラ喋ってるじゃん。ずーっと黙ってるから、違和感しかない」
「あー……」
向かい合って食事をしていると、とうとうそんな指摘をされてしまった。文化祭が終わってからずっと、成海くんへの気持ちと自分の進路のことで頭がいっぱいで、なかなか目の前のことに集中できないことが多い。
せっかく成海くんが俺と夕飯を食べるのを待ってくれていたのに、残念な思いをさせたくない。慌てて笑顔を取り繕った俺は、無理やり明るい声を出した。
「今日はバタバタしてたから疲れてるのかも。昼にまた生徒会室に呼ばれててさ、放課後も担任と面談があって」
「……」
「成海くんは今日どうだった? そういえば昼に偶然すれ違ったとき、珍しくコーヒー飲んでたよね。成海くんってブラック苦手だったと思うけど、いつ飲めるようになったの?」
我ながらよく回る口だ。うまく誤魔化せたと手応えを感じていたはずなのだが、何故か正面で成海くんは不満げに顔をしかめている。
「……っわ、どうしたの」
不意に前から手が伸びてきて、俺の目元を彼の親指がそっとなぞった。
「俺が指摘したからって、無理に喋んなくていいよ。クマできてるけど、ちゃんと眠れてる?」
「眠れてる……けど……」
恐るべき観察力だ。確かにここ数日、悩みすぎているせいか、眠りが浅く夜中に何度も起きてしまうことが続いている。
学校では誰にも指摘されなかったんだけどな。どうして成海くんは俺の変化に気付いてしまうんだろう。
「っあの、あんま触んないで……っ」
すぐに離れると思った指は、ずっと俺の下瞼を優しく往復するばかりで、むずむずとした変な気持ちになってくる。
好きだと自覚してしまったばかりだから、余計に居心地が悪い。そんなことを思ってはいけないと思えば思うほど、逆にそれしか考えられなくなってしまう。
「俺に嘘ついてない?」
成海くんの瞳が、何かを見透かすように俺の目を射抜いた。ドキッと心臓が跳ねるが、何事もないように振る舞う。
「……ついてないよ」
嘘って、何のことだろう。
ちゃんと寝れてるっていう嘘のことか、それとも。
誰にも吐き出していないはずのこの気持ちが、成海くんにバレているはずがない。そうわかっているのに、何故か彼には全部お見通しなような気がしてしまって、またチクチクと罪悪感が胸を刺した。
あの夜の成海くんの、穏やかな表情を今でも鮮明に覚えている。彼が笑顔でいられるような毎日を作ろう、そのために努力しようと、あのときに胸に誓い直したことも。
純粋に俺を兄として慕ってくれている。
それなのに俺は、自分の心の奥底に沈んでいた劣情を自覚してしまった。
「──じゃあ、プリント記入したヤツから前に回して~」
担任の声が耳に入って、思わず肩を上げた。手元の進路希望調査の紙と睨めっこすること数分、未だに用紙は真っ白なままだ。
第一志望はこの一年間、一度も揺らぐことはなかった。県内で、実家から通えて、それなりに大学生活を満喫できそうなところ。
だけどここにきて、初めて自分の気持ちに迷いが生じていることに気が付いた。
──そういえば日南くん、Y大受けるんだっけ。
──え、もったいない。何で? 九条教授の講義とりたいって言ってなかった?
思い返せばきっかけなんて些細なことだ。古賀くんに指摘されてから久しぶりに、蓋をしていたはずの自分の気持ちが再び疼き始めた。
資料室で埃まみれの九条教授の本を見つけたことだってそうだ。あの日からずっと、このままでいいのかと胸の中にモヤモヤが残っている。
(ずっと成海くんのそばにいたいって思ってた。だけどこのまま成海くんの近くにいたら、俺は──……)
助けてあげたい。支えてあげたい。寂しいからそばにいたい。俺のことを忘れてほしくない。
身勝手で自己満足な言い訳ばかり重ねて、俺は自分の人生から逃げていただけなのかもしれない。
成海くんは成海くんの人生を生きている。もうちっとも幼くない、立派な一人の青年だ。
"家族"に対してトラウマがある成海くんに、俺が彼に対して卑しい気持ちを持っていると知られたら、裏切られたと思わせてしまうに違いない。
この関係を崩したくない。そして、もう二度と傷付いてほしくない。
だからこんな気持ちはさっさと捨てて、今まで通りの俺を取り戻さないと。
「日南くん、プリントいい?」
「……あ、ごめん。貰うね」
後ろから回ってきたプリントを受け取って、悩んだ末に自分の分は白紙のまま提出した。
*
「おかえり、遅かったね」
いつもよりも疲れた身体を引き摺りながら帰宅すると、珍しく成海くんに出迎えられた。
「ただいま。……ちょっとやることがあって、遅くなっちゃった」
「ふぅん。夕飯できてるから、一緒に食べよ」
「えっ……待っててくれたの?」
随分と遅くなってしまった自覚はあったので、てっきりもう夕飯を済ませたのかと思っていた。信じられなくて目を丸くする俺を見て、成海くんの目尻が優しく下げられる。
「俺が待ちたかったの」
言いながらくしゃっと頭を撫でられて胸を弾ませた後、ちくりと小さな罪悪感に襲われた。
ただの兄弟としてのスキンシップだ。いちいちドキドキしたらいけないってわかってるのに、些細なことで反応してしまう自分はみっともない。
成海くんを好きな気持ちは一刻も早く消さなければいけない。それなのに日に日に膨らんでいくばかりで、そんな自分に反吐が出そうになる。
「なんか今日元気なくない?」
「そう?」
「いつもならそわそわしながらペラペラ喋ってるじゃん。ずーっと黙ってるから、違和感しかない」
「あー……」
向かい合って食事をしていると、とうとうそんな指摘をされてしまった。文化祭が終わってからずっと、成海くんへの気持ちと自分の進路のことで頭がいっぱいで、なかなか目の前のことに集中できないことが多い。
せっかく成海くんが俺と夕飯を食べるのを待ってくれていたのに、残念な思いをさせたくない。慌てて笑顔を取り繕った俺は、無理やり明るい声を出した。
「今日はバタバタしてたから疲れてるのかも。昼にまた生徒会室に呼ばれててさ、放課後も担任と面談があって」
「……」
「成海くんは今日どうだった? そういえば昼に偶然すれ違ったとき、珍しくコーヒー飲んでたよね。成海くんってブラック苦手だったと思うけど、いつ飲めるようになったの?」
我ながらよく回る口だ。うまく誤魔化せたと手応えを感じていたはずなのだが、何故か正面で成海くんは不満げに顔をしかめている。
「……っわ、どうしたの」
不意に前から手が伸びてきて、俺の目元を彼の親指がそっとなぞった。
「俺が指摘したからって、無理に喋んなくていいよ。クマできてるけど、ちゃんと眠れてる?」
「眠れてる……けど……」
恐るべき観察力だ。確かにここ数日、悩みすぎているせいか、眠りが浅く夜中に何度も起きてしまうことが続いている。
学校では誰にも指摘されなかったんだけどな。どうして成海くんは俺の変化に気付いてしまうんだろう。
「っあの、あんま触んないで……っ」
すぐに離れると思った指は、ずっと俺の下瞼を優しく往復するばかりで、むずむずとした変な気持ちになってくる。
好きだと自覚してしまったばかりだから、余計に居心地が悪い。そんなことを思ってはいけないと思えば思うほど、逆にそれしか考えられなくなってしまう。
「俺に嘘ついてない?」
成海くんの瞳が、何かを見透かすように俺の目を射抜いた。ドキッと心臓が跳ねるが、何事もないように振る舞う。
「……ついてないよ」
嘘って、何のことだろう。
ちゃんと寝れてるっていう嘘のことか、それとも。
誰にも吐き出していないはずのこの気持ちが、成海くんにバレているはずがない。そうわかっているのに、何故か彼には全部お見通しなような気がしてしまって、またチクチクと罪悪感が胸を刺した。
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