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第1章 入学の春 編
第4話 学園での日常(昼)
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ミュリヌス学園に入学してからのリアラの学園生活は概ね順調と言えるものだった。
選別テストだけではなく、普段の授業からその後にいくつかあるテストに至るまで、リアラは優秀な成績を収め続けており、学園内ではちょっと噂になる程だった。
本格的に春に入り、様々な色取り取りの花が、その美しい花びらを咲きほこらせている中。入学式の会場ともなった『コロッセオ』。そこでリアラは同じⅠ組のクラスメートと対峙していた。
現在、リアラの成績席次は6席。Ⅰ組が学年で最も上位クラスであるから、そのままリアラは1年では上位6番目の成績を収めていることがある。このテストを兼ねた実技演習で相手を降すことが出来れば、一つの壁である「上位5席以内」に入ることが出来る。
「ま、参りました……」
地面に尻を突く生徒の喉元に、刺突剣を模した木剣が突き付けられる。剣を突き付けているのは黒髪をショートカットにまとめた美少女――リアラだった。
「そこまでっ」
剣術担当の教師が声をかけると、リアラは笑顔で倒れた女生徒に手を差し伸べる。女生徒は悔しさとも諦めともとれるような表情で笑いながら、リアラの手を取り立ち上がった。
「すごいわね。普通の高等教育出身なのに、もう上位5席に入るなんて」
「ううん、危ないところだったよ。たまたま運が良かっただけ……これからも一緒に頑張ろう」
全く嫌味なく言うリアラに、倒された方も自然と爽快な気分になり、素直にこれからの鍛錬に向けて活力が漲るのだった。
リアラが得意とする戦闘術は「聖剣術」だった。聖魔法と剣術を融合させた珍しい戦闘術。聖魔法とは、相手に傷を与えたり、能力低下をさせることが大半を占める魔術の中において、傷を癒したり身体能力を向上させる、相手の攻撃を防ぐなどの効果を有する分野である。
生まれつき剣と聖魔法の才能に恵まれていたリアラだったが、剣術だけでも聖魔法だけでも、せいぜい「優秀」止まりの腕前だった。そこから更に高みを目指すには、どちらかに特化して修練を積むのが一般邸だったが、リアラはその両立を目指した。その結果、「自らの身体能力を向上させることで、剣術を飛躍的向上させる」という聖剣術を編み出した。
これまでは、剣などの直接戦闘に向いていれば魔術系の才能に乏しく、あるいはその逆か、ということが通説となっていた。だが歴史の中には、リアラと同じように両方の才能に恵まれた傑出した英雄の存在もあり、リアラはそれを参考にしたのだった。
正攻法である聖剣術に、特別有効に対応出来る方法はなく、相手取る方としては厄介な使い手である。
「さすがだな、リンデブルグ。それ程の腕前があれば、高等教育は騎士専門の教育を受ければ良かったのに」
学年で最も優秀なⅠ組――その中でも上位5番手だった生徒を降したリアラに、教師が労いに言葉をかける。
「じ、実は受験はしたんですが……通らなかったんです」
「お前がか? 実技は全く問題無さそうだが」
と、この二か月でリアラの聖剣術を目の当たりにした教師は目を丸くする。するとリアラは恥ずかしそうに身を縮こませながら答える。
「えっと、その……恥ずかしいお話なのですが、試験に寝坊していまいまして。てへへ…」
舌を出しながら照れ隠しの笑いを浮かべるリアラ。
大事な試験前日に、緊張せずにゆっくり眠れるために、母が軽い睡眠作用のあるハーブティーを準備してくれていた。しかし分量を間違えており、リアラは深い眠りに入ってしまい、そのまま朝を寝過ごしたのだ。更に始末が悪いことに、母もが間違えてそのハーブティーを飲んでしまい、母娘揃って試験当日に起床したのはお昼過ぎ――リンデブルグ家が始まって以来の失態と、二人して父親から大叱りを受けたものだった。
まあ、そのおかげで一般の高等教育機関に行き、そこでリューイと出会えたわけだが。
「そうか。そんな理由でお前ほどの逸材が世間に埋もれていたとはな……いや、まあ。何とも言えないな、それ」
事情を聞いた教師も、まさかの理由に返す言葉が無く閉口してしまう。
「うん、まあその……なんだ。とりあえずこの学園に入れたんだから、これから頑張ればいいんじゃないか。お前なら白薔薇騎士団の騎士になれるさ、頑張れよ」
「はいっ」
教師に言わなかった最後の理由から、リアラは高等教育時代のことを悔やんではいない。むしろ、うっかりをしてくれた母親に感謝すらしている。もともと母親との仲も良好だが。
勿論自分のためだが、大好きなリューイや母親のためにも、リアラはこの学園でしっかりと実績を残して、白薔薇騎士団への入団を果たさなければいけない。そんな強い決心とは対照的な、太陽のような輝かしい笑みを浮かべて、リアラはうなずいた。
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
午前の授業を終えて、リアラはクラスに友人二人と学園の廊下を歩いていた時だった。
向こう側から純白のひらひらと可愛いドレスに身を包み、誰の目も引くような美しい金髪をなびかせたリリライトがやってくることに気づく。
「お、王女殿下! ご機嫌麗しゅうございます!」
リアラを始めとした新入生達は慌てた様子で、右手を心臓に当てながら軽く上半身を折り曲げる。聖アルマイト王国における、王族に対しての略式の敬礼だった。
そんなぎこちないリアラ達の礼に、リリライトはくすくすと笑う。
「そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ。気を楽にしてください」
柔らかい笑顔でリリライトはそういうが、当のリアラ達にとってはとんでもない話だ。こうやって普通に王族――しかも現国王陛下直系の血筋である第二王女が廊下をフラフラ歩いているだけでも、心臓に悪い。信じられないシチュエーションだった。
「これからは気さくに「リリちゃん、おっは~」で構いませんよ。何なら目隠しをして「だ~れだ」でも。あ、もしそのなんでしたら……少し恥ずかしいですが、胸を揉みながら「随分立派になったわね~。普段から誰に揉まれているの?」というあいさつでも。何でも、仲の深い女性同士ではそういうあいさつが流行っているとかなんとか……ああ、でも私のはとても立派とは言い難く――」
「王女殿下」
入学式の際を彷彿とさせるようにリリライトが静かな口調で喋り続けると、適当な場所で側についていた大臣グスタフが制止する。教育係であるグスタフはすっかり慣れてしまっているのが呆れた表情だったが、その他の側近の人間が聞いたら卒倒しそうな発言である。どこからそういった知識を仕入れるのか。
というか、リアラですら目がグルグルと回るような感覚を覚えていた。このお姫様、気さく過ぎるでしょう。この発言に動じない教育係は、一体どんな教育をしているのか。
「こ、こほん。いけませんね……ごめんなさい。私、同い年の皆さんと接するのが嬉しくて、つい」
咳ばらいをしながらリリライトは、そう零す。
なんでも、自分と同世代となるリアラ達の入学に伴い、王都の王宮で生活していたリリライトも学園近くに、その生活の場を移したのだという。彼女自身も、王族としての本格的に様々な勉強を積まなければならない年齢に来ており、さすがに騎士学校の生徒達と普段から机を並べて勉強するわけではないが、政治学など興味がある授業にはたびたび顔を出していた。
入学式の言葉に嘘はないのか、リリライト自身としてはリアラ達学生ともっと仲を深めたいと思っているようだった。王族としてはらしからぬ態度だが、年頃の一人の女性として親しい友人を作りたいと思うのは、ごく当然のことといえばそうだった。そのためか、空いた時間に、視察という名目で学園内をフラフラと歩きまわり、適当な学生を捕まえては親交の場を持とうとしていた。
1年もいれば、今の2年生のように多少の慣れもあるのだろうが、まだ入学して2か月――王族など、貴族である彼女たちからしても天上の存在であり、いまだ不慣れなのも無理ないことだった。
「ぐふ、ぐふふふ。初々しくて可愛らしい少女達ですなぁ」
その場にいる誰が発したのか。不意に低く暗い男性の声が聞こえて、リリライトやリアナ達は、背筋がゾワっとする悪寒に震える。
「へ? だ、誰……?」
顔を青ざめるまでに怯えるリアラはキョロキョロと辺りを見回し声の主を探す。漸くして、リリライトがどこか諦めたようにため息をついたところで、その声の主は大臣グスタフのものだと理解する。
「ぐひひひひ。こ、これは将来が楽しみですのぅ」
女生徒達をまるで舐るように見つめる視線に、ねちっこいやけに耳に残る下品ともとれる声色。これまではリリライトの発言が他所に逸れるのを諫めるところしか見たことがなかったリアラを初めとして女生徒達は、がらりとグスタフへの印象を変える。
つまり、生理的に受け付けられないと。
たった一言言葉を発しただけなのに、中には口をおさえて吐き気を訴える生徒もいた。リアラもそこまではいかないものの、何とか嫌悪感を外に出さないよう努めるのが精いっぱいだった。
「グスタフ、止めなさい」
「ぐひ。こ、これはこれは……大変失礼いたしました」
ため息と共にリリライトがそういうと、グスタフは素直に引き下がって、それ以上言葉を発することは無かった。しかし、相変わらずその不気味な視線は絡みつくようにリアラ達を捉えていた。
「ごめんなさいね。これでも、私の教育係ですので。許して下さい」
苦笑を浮かべながら謝罪をしてくるリリライト。ただ言葉を発しただけなのに、実はそのリリライトの言葉が最も残酷なような気もするが、当の本人であるグスタフは気にしていないようだった。
「ゆ、許すも何も……きょ、恐縮です」
まさか姫に謝られる日が来ようとは……本当にこの学園に入学してからは、これまで生きてきた人生にはありえなかったこととの遭遇の毎日だった。
「ところで……リアラ=リンデブルグさんですね。お噂はかねがね聞いています。それに、先ほどの実技実習も拝見させていただきました。とてもお強いのですね」
リリライトは表情を一変。明るく無邪気な子供のような笑顔になると、リアラの手を取り握りしめる。
「あ、あう? リ、リリライト様?」
「あんっ、もう。私のことは気楽に「リリ」と呼んで下さい。それにしても――貴女みたいな優秀な方が白薔薇騎士団に入団して下さるなんて、とても心強いです。同い年の私も、負けていられませんね」
キラキラした瞳をリアラに向けながら、鼻息をフンと鳴らす勢いで言うリリライト。それは高貴なお姫様らしくない振る舞いで、リアラは戸惑うばかりだったが、彼女に対する親近感を抱かずにはいられなかった。
「今度、お時間があるときにぜひお茶をしましょう! 王都の中庭で採ることが出来る、王家御用達の特別製の紅茶を持ってきているんです。ぜひ、リアナと夢や目標などを語り合いたいです」
「王女殿下――」
どんどん興奮していく様子のリリライトを、再び側に控えているグスタフが諫める。先ほどの気持ち悪い発言をきっかけに、それだけでリアラ達学生は、ビクリと反応してしまう。
リリライトは普段からそういった彼の言動に慣れているのか、さして特別な反応もしない。ただ会話(というよりもリリライトの一方的な言葉)を止められて、残念そうに顔をうつむかせていた。
「分かっています。――ごめんなさい、リアラ。私、午後からは公務が控えておりまして。後日必ず時間を作りますから、先ほどの件、約束ですよ」
そう言いながら、リリライトはグスタフを従えながらその場を去る。お姫様の様に優雅に――ではなく、まるで気の置ける友人にするように、ブンブンと大きく手を振りながら。
「なんか、リリライト様って……すごいね」
残されたリアナ達3人――そのうちの一人がぼそりとつぶやく。
「あはは、そうだね。少しびっくりしちゃったけど、でもいかにもお姫様っぽくされるよりも、いいかな」
笑いながらリアナがそう言う。
この学園に来るまで、第二王女であるリリライトと直接接する機会など皆無だったリアラ達。それまでは、王族は高貴で優雅で上品で、どこから下々の者からは近寄りがたい人間であろう勝手な印象を持っていたが、あの入学式を皮切りに、そのイメージは良い意味で壊されつつあった。
「ていうか、リアラすごいじゃないっ! 姫殿下直々にお茶に誘われるなんて」
もう一人の友人の方が、羨望の眼差しでリアラを見上げると、リアラはまた困ったように笑みを浮かべる。
「こ、光栄だけど……いいのかな? 友達じゃあるまいし、姫殿下とお茶なんて」
「いいんじゃない? だって、リリライト様直々のお誘いよ? 断ったら逆に無礼だわ。国家反逆罪よ」
「そ、そうかな……?」
大袈裟にリアクションする友人に、リアラはやはり苦笑のまま相づちを打つ。
「でも、グスタフ卿も一緒よね。きっと」
そんな盛り上がる会話に冷静な一言――それでリアナも友人も、ゲンナリとした顔をする。
「うげー、それはちょっと嫌かも。っていうか、グスタフ卿ってあんな気持ち悪いキャラだったのね。まともに喋っているところ見たことがないから、全然知らなかった」
「控えめに言って、気持ち悪いよね。出来れば視界に入らないで欲しい。吐きそうになっちゃったもの」
一国の大臣に容赦なく言葉の暴力を叩きつける二人。リリライトのお茶の誘いを断るよりも、よっぽど国家反逆罪に問われそうだが…と、リアラは内心思いつつ、ただ笑うだけで二人に同意はしなかった。
本音は二人とそう大きくは変わらないが、騎士を目指す身分として、剣を預けることになるであろう相手を侮蔑することは出来ない。仮に白薔薇騎士団に入団したとして、直接守護するのはリリライトではあるが、そもそも騎士は国家に、王族に、それに連なる宮廷の高官に忠義を誓うのである。グスタフもそのうちの一人であることは変わらない。
「ところでさー、リアラは姫殿下のこと、本当に「リリ」って呼ぶのー?」
グスタフの話題を忘れるべく、友人の一人が意地悪そうな顔でリアラにそう聞いてきた。
「よ、呼べるわけないでしょう。恐れ多すぎるよ」
そんな会話をキャッキャと続けながら、三人は廊下を進み、次の授業への準備に向かう。
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
これは、リアラがミュリヌス学園に入学してきてからら、そう珍しくはない一風景。
友人に恵まれ、教師にも将来を期待され、忠誠を誓う主人からも友好的な感情を寄せられている彼女は、学園生活のスタートとしては、このように概ね順調なスタートを切れていたのだった。
選別テストだけではなく、普段の授業からその後にいくつかあるテストに至るまで、リアラは優秀な成績を収め続けており、学園内ではちょっと噂になる程だった。
本格的に春に入り、様々な色取り取りの花が、その美しい花びらを咲きほこらせている中。入学式の会場ともなった『コロッセオ』。そこでリアラは同じⅠ組のクラスメートと対峙していた。
現在、リアラの成績席次は6席。Ⅰ組が学年で最も上位クラスであるから、そのままリアラは1年では上位6番目の成績を収めていることがある。このテストを兼ねた実技演習で相手を降すことが出来れば、一つの壁である「上位5席以内」に入ることが出来る。
「ま、参りました……」
地面に尻を突く生徒の喉元に、刺突剣を模した木剣が突き付けられる。剣を突き付けているのは黒髪をショートカットにまとめた美少女――リアラだった。
「そこまでっ」
剣術担当の教師が声をかけると、リアラは笑顔で倒れた女生徒に手を差し伸べる。女生徒は悔しさとも諦めともとれるような表情で笑いながら、リアラの手を取り立ち上がった。
「すごいわね。普通の高等教育出身なのに、もう上位5席に入るなんて」
「ううん、危ないところだったよ。たまたま運が良かっただけ……これからも一緒に頑張ろう」
全く嫌味なく言うリアラに、倒された方も自然と爽快な気分になり、素直にこれからの鍛錬に向けて活力が漲るのだった。
リアラが得意とする戦闘術は「聖剣術」だった。聖魔法と剣術を融合させた珍しい戦闘術。聖魔法とは、相手に傷を与えたり、能力低下をさせることが大半を占める魔術の中において、傷を癒したり身体能力を向上させる、相手の攻撃を防ぐなどの効果を有する分野である。
生まれつき剣と聖魔法の才能に恵まれていたリアラだったが、剣術だけでも聖魔法だけでも、せいぜい「優秀」止まりの腕前だった。そこから更に高みを目指すには、どちらかに特化して修練を積むのが一般邸だったが、リアラはその両立を目指した。その結果、「自らの身体能力を向上させることで、剣術を飛躍的向上させる」という聖剣術を編み出した。
これまでは、剣などの直接戦闘に向いていれば魔術系の才能に乏しく、あるいはその逆か、ということが通説となっていた。だが歴史の中には、リアラと同じように両方の才能に恵まれた傑出した英雄の存在もあり、リアラはそれを参考にしたのだった。
正攻法である聖剣術に、特別有効に対応出来る方法はなく、相手取る方としては厄介な使い手である。
「さすがだな、リンデブルグ。それ程の腕前があれば、高等教育は騎士専門の教育を受ければ良かったのに」
学年で最も優秀なⅠ組――その中でも上位5番手だった生徒を降したリアラに、教師が労いに言葉をかける。
「じ、実は受験はしたんですが……通らなかったんです」
「お前がか? 実技は全く問題無さそうだが」
と、この二か月でリアラの聖剣術を目の当たりにした教師は目を丸くする。するとリアラは恥ずかしそうに身を縮こませながら答える。
「えっと、その……恥ずかしいお話なのですが、試験に寝坊していまいまして。てへへ…」
舌を出しながら照れ隠しの笑いを浮かべるリアラ。
大事な試験前日に、緊張せずにゆっくり眠れるために、母が軽い睡眠作用のあるハーブティーを準備してくれていた。しかし分量を間違えており、リアラは深い眠りに入ってしまい、そのまま朝を寝過ごしたのだ。更に始末が悪いことに、母もが間違えてそのハーブティーを飲んでしまい、母娘揃って試験当日に起床したのはお昼過ぎ――リンデブルグ家が始まって以来の失態と、二人して父親から大叱りを受けたものだった。
まあ、そのおかげで一般の高等教育機関に行き、そこでリューイと出会えたわけだが。
「そうか。そんな理由でお前ほどの逸材が世間に埋もれていたとはな……いや、まあ。何とも言えないな、それ」
事情を聞いた教師も、まさかの理由に返す言葉が無く閉口してしまう。
「うん、まあその……なんだ。とりあえずこの学園に入れたんだから、これから頑張ればいいんじゃないか。お前なら白薔薇騎士団の騎士になれるさ、頑張れよ」
「はいっ」
教師に言わなかった最後の理由から、リアラは高等教育時代のことを悔やんではいない。むしろ、うっかりをしてくれた母親に感謝すらしている。もともと母親との仲も良好だが。
勿論自分のためだが、大好きなリューイや母親のためにも、リアラはこの学園でしっかりと実績を残して、白薔薇騎士団への入団を果たさなければいけない。そんな強い決心とは対照的な、太陽のような輝かしい笑みを浮かべて、リアラはうなずいた。
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午前の授業を終えて、リアラはクラスに友人二人と学園の廊下を歩いていた時だった。
向こう側から純白のひらひらと可愛いドレスに身を包み、誰の目も引くような美しい金髪をなびかせたリリライトがやってくることに気づく。
「お、王女殿下! ご機嫌麗しゅうございます!」
リアラを始めとした新入生達は慌てた様子で、右手を心臓に当てながら軽く上半身を折り曲げる。聖アルマイト王国における、王族に対しての略式の敬礼だった。
そんなぎこちないリアラ達の礼に、リリライトはくすくすと笑う。
「そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ。気を楽にしてください」
柔らかい笑顔でリリライトはそういうが、当のリアラ達にとってはとんでもない話だ。こうやって普通に王族――しかも現国王陛下直系の血筋である第二王女が廊下をフラフラ歩いているだけでも、心臓に悪い。信じられないシチュエーションだった。
「これからは気さくに「リリちゃん、おっは~」で構いませんよ。何なら目隠しをして「だ~れだ」でも。あ、もしそのなんでしたら……少し恥ずかしいですが、胸を揉みながら「随分立派になったわね~。普段から誰に揉まれているの?」というあいさつでも。何でも、仲の深い女性同士ではそういうあいさつが流行っているとかなんとか……ああ、でも私のはとても立派とは言い難く――」
「王女殿下」
入学式の際を彷彿とさせるようにリリライトが静かな口調で喋り続けると、適当な場所で側についていた大臣グスタフが制止する。教育係であるグスタフはすっかり慣れてしまっているのが呆れた表情だったが、その他の側近の人間が聞いたら卒倒しそうな発言である。どこからそういった知識を仕入れるのか。
というか、リアラですら目がグルグルと回るような感覚を覚えていた。このお姫様、気さく過ぎるでしょう。この発言に動じない教育係は、一体どんな教育をしているのか。
「こ、こほん。いけませんね……ごめんなさい。私、同い年の皆さんと接するのが嬉しくて、つい」
咳ばらいをしながらリリライトは、そう零す。
なんでも、自分と同世代となるリアラ達の入学に伴い、王都の王宮で生活していたリリライトも学園近くに、その生活の場を移したのだという。彼女自身も、王族としての本格的に様々な勉強を積まなければならない年齢に来ており、さすがに騎士学校の生徒達と普段から机を並べて勉強するわけではないが、政治学など興味がある授業にはたびたび顔を出していた。
入学式の言葉に嘘はないのか、リリライト自身としてはリアラ達学生ともっと仲を深めたいと思っているようだった。王族としてはらしからぬ態度だが、年頃の一人の女性として親しい友人を作りたいと思うのは、ごく当然のことといえばそうだった。そのためか、空いた時間に、視察という名目で学園内をフラフラと歩きまわり、適当な学生を捕まえては親交の場を持とうとしていた。
1年もいれば、今の2年生のように多少の慣れもあるのだろうが、まだ入学して2か月――王族など、貴族である彼女たちからしても天上の存在であり、いまだ不慣れなのも無理ないことだった。
「ぐふ、ぐふふふ。初々しくて可愛らしい少女達ですなぁ」
その場にいる誰が発したのか。不意に低く暗い男性の声が聞こえて、リリライトやリアナ達は、背筋がゾワっとする悪寒に震える。
「へ? だ、誰……?」
顔を青ざめるまでに怯えるリアラはキョロキョロと辺りを見回し声の主を探す。漸くして、リリライトがどこか諦めたようにため息をついたところで、その声の主は大臣グスタフのものだと理解する。
「ぐひひひひ。こ、これは将来が楽しみですのぅ」
女生徒達をまるで舐るように見つめる視線に、ねちっこいやけに耳に残る下品ともとれる声色。これまではリリライトの発言が他所に逸れるのを諫めるところしか見たことがなかったリアラを初めとして女生徒達は、がらりとグスタフへの印象を変える。
つまり、生理的に受け付けられないと。
たった一言言葉を発しただけなのに、中には口をおさえて吐き気を訴える生徒もいた。リアラもそこまではいかないものの、何とか嫌悪感を外に出さないよう努めるのが精いっぱいだった。
「グスタフ、止めなさい」
「ぐひ。こ、これはこれは……大変失礼いたしました」
ため息と共にリリライトがそういうと、グスタフは素直に引き下がって、それ以上言葉を発することは無かった。しかし、相変わらずその不気味な視線は絡みつくようにリアラ達を捉えていた。
「ごめんなさいね。これでも、私の教育係ですので。許して下さい」
苦笑を浮かべながら謝罪をしてくるリリライト。ただ言葉を発しただけなのに、実はそのリリライトの言葉が最も残酷なような気もするが、当の本人であるグスタフは気にしていないようだった。
「ゆ、許すも何も……きょ、恐縮です」
まさか姫に謝られる日が来ようとは……本当にこの学園に入学してからは、これまで生きてきた人生にはありえなかったこととの遭遇の毎日だった。
「ところで……リアラ=リンデブルグさんですね。お噂はかねがね聞いています。それに、先ほどの実技実習も拝見させていただきました。とてもお強いのですね」
リリライトは表情を一変。明るく無邪気な子供のような笑顔になると、リアラの手を取り握りしめる。
「あ、あう? リ、リリライト様?」
「あんっ、もう。私のことは気楽に「リリ」と呼んで下さい。それにしても――貴女みたいな優秀な方が白薔薇騎士団に入団して下さるなんて、とても心強いです。同い年の私も、負けていられませんね」
キラキラした瞳をリアラに向けながら、鼻息をフンと鳴らす勢いで言うリリライト。それは高貴なお姫様らしくない振る舞いで、リアラは戸惑うばかりだったが、彼女に対する親近感を抱かずにはいられなかった。
「今度、お時間があるときにぜひお茶をしましょう! 王都の中庭で採ることが出来る、王家御用達の特別製の紅茶を持ってきているんです。ぜひ、リアナと夢や目標などを語り合いたいです」
「王女殿下――」
どんどん興奮していく様子のリリライトを、再び側に控えているグスタフが諫める。先ほどの気持ち悪い発言をきっかけに、それだけでリアラ達学生は、ビクリと反応してしまう。
リリライトは普段からそういった彼の言動に慣れているのか、さして特別な反応もしない。ただ会話(というよりもリリライトの一方的な言葉)を止められて、残念そうに顔をうつむかせていた。
「分かっています。――ごめんなさい、リアラ。私、午後からは公務が控えておりまして。後日必ず時間を作りますから、先ほどの件、約束ですよ」
そう言いながら、リリライトはグスタフを従えながらその場を去る。お姫様の様に優雅に――ではなく、まるで気の置ける友人にするように、ブンブンと大きく手を振りながら。
「なんか、リリライト様って……すごいね」
残されたリアナ達3人――そのうちの一人がぼそりとつぶやく。
「あはは、そうだね。少しびっくりしちゃったけど、でもいかにもお姫様っぽくされるよりも、いいかな」
笑いながらリアナがそう言う。
この学園に来るまで、第二王女であるリリライトと直接接する機会など皆無だったリアラ達。それまでは、王族は高貴で優雅で上品で、どこから下々の者からは近寄りがたい人間であろう勝手な印象を持っていたが、あの入学式を皮切りに、そのイメージは良い意味で壊されつつあった。
「ていうか、リアラすごいじゃないっ! 姫殿下直々にお茶に誘われるなんて」
もう一人の友人の方が、羨望の眼差しでリアラを見上げると、リアラはまた困ったように笑みを浮かべる。
「こ、光栄だけど……いいのかな? 友達じゃあるまいし、姫殿下とお茶なんて」
「いいんじゃない? だって、リリライト様直々のお誘いよ? 断ったら逆に無礼だわ。国家反逆罪よ」
「そ、そうかな……?」
大袈裟にリアクションする友人に、リアラはやはり苦笑のまま相づちを打つ。
「でも、グスタフ卿も一緒よね。きっと」
そんな盛り上がる会話に冷静な一言――それでリアナも友人も、ゲンナリとした顔をする。
「うげー、それはちょっと嫌かも。っていうか、グスタフ卿ってあんな気持ち悪いキャラだったのね。まともに喋っているところ見たことがないから、全然知らなかった」
「控えめに言って、気持ち悪いよね。出来れば視界に入らないで欲しい。吐きそうになっちゃったもの」
一国の大臣に容赦なく言葉の暴力を叩きつける二人。リリライトのお茶の誘いを断るよりも、よっぽど国家反逆罪に問われそうだが…と、リアラは内心思いつつ、ただ笑うだけで二人に同意はしなかった。
本音は二人とそう大きくは変わらないが、騎士を目指す身分として、剣を預けることになるであろう相手を侮蔑することは出来ない。仮に白薔薇騎士団に入団したとして、直接守護するのはリリライトではあるが、そもそも騎士は国家に、王族に、それに連なる宮廷の高官に忠義を誓うのである。グスタフもそのうちの一人であることは変わらない。
「ところでさー、リアラは姫殿下のこと、本当に「リリ」って呼ぶのー?」
グスタフの話題を忘れるべく、友人の一人が意地悪そうな顔でリアラにそう聞いてきた。
「よ、呼べるわけないでしょう。恐れ多すぎるよ」
そんな会話をキャッキャと続けながら、三人は廊下を進み、次の授業への準備に向かう。
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これは、リアラがミュリヌス学園に入学してきてからら、そう珍しくはない一風景。
友人に恵まれ、教師にも将来を期待され、忠誠を誓う主人からも友好的な感情を寄せられている彼女は、学園生活のスタートとしては、このように概ね順調なスタートを切れていたのだった。
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