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第3章 欲望と謀略の秋 編
第30話 リューイの実力
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暦は9月に入っても、8月と全く変わらない太陽の照り付け。
お天道様も毎日律義に空で頑張って輝いているのだから、たまには夏休みを取ったらどうだろうか。
そんなことを考えながら、太陽の下にいるリューイ。
彼は夏前と変わらずレイドモンド領にて任務に従事しており、今は街の外壁周辺に溝を掘っている。これも外壁修繕同様に、外敵からの防御のための工事である。
土を掘り、固めて、掘った物を運び出す。はっきりいって外壁修繕などよりも遥かに重労働。おそらく部隊の配置場所では最も過酷な担当だろう。
リューイはうだるような暑さの中、タンクトップ1枚の姿で、文字通り汗水を流しながら、必死に地面を掘っていた。
「はぁ、はぁ……本当に……こんな工事、必要なんですかねっ!」
掘り起こした土が溜まると、それを乗せた台車を転がして堆積場へ運ぶ。リューイは隣で同じように台車を推している先輩騎士に、思わず毒づいた。
「占領したとはいえ、ネルグリア帝国内が微妙な状況だからなぁ! ぜえ、ぜえ……何かあったら、まず攻め込まれるのはこの街だし、備えあれば憂いなしってことだろ」
ネルグリア帝国は、聖アルマイトから見て北東に位置する隣国。独裁政治のお手本のような国で、これまた典型的な恐怖政治で国民を支配していた国。
当時の為政者――「皇帝」は野心が強く、大陸最大国家である聖アルマイト王国へ度々侵略戦争を仕掛けてきていた。
そして昨年、いよいよ聖アルマイト王国がこのネルグリア帝国の身勝手で横暴な行為に終止符を打つべく動き出した。カリオス第1王子率いる龍牙騎士団が中心となって攻め入り、皇帝を討ったのだった。
しかし皇帝の強力な恐怖政治により、帝国民の聖アルマイト王国への反感は強く刷り込まれていたらしく、占領地の治安維持はあまりうまくいっていないらしい。現地の駐留兵も、帝国民の暴動によって重傷を負った、などという話もよく聞く。
まさか今の状態で帝国軍の残党がレイドモンド領に攻め込んでくることなどありえないが、そんな不穏な国との国境沿いにあるのだ。何があるか分からないのだから、備えておくことが無駄だということはないだろう。
「――それで、帝国内の治安維持にあたっているのが、紅血騎士団でしたっけ? それじゃ、帝国の人たちも占領前とあまり変わらないでしょうね。はあ……はあ……」
「そうだなー。本当、ラミア殿下はこえーからなぁ。スパイ嫌疑がかけられた奴の首をその場で斬り落として、その生首の前で一族郎党拷問にかけたとかってこともあったからなぁ」
「ひええ……」
紅血騎士団を率いるのは第1王女ラミア=リ=アルマイト。その口調や物腰の穏やかさからは想像もつかない、戦いと流血を好む彼女の冷酷な性格は、聖アルマイトの騎士ならば誰もが知るところであった。
龍牙騎士団に代わり紅血騎士団が帝国内に駐留するようになって、今どうなっているかはリューイ達に知る由もない。しかし敵に全く情け容赦ないラミアの性格を考えると、紅血騎士団に歯向かう帝国民の末路は、哀れな物以外には成り得ないだろう。
二人とも息を切らしながら、それでも少しでも気晴らしになればと雑談を続け、ようやく堆積場にたどり着く。
堆積場に着くと二人は、台車に積んだ土を指定された場所に落とす。
ふう、と一息吐いた二人に、同じ部隊の騎士仲間が飲水用の水を手渡してくる。二人はありがたく、その水を一気に飲み干した。
「ふうー。いや、さいっこうだなぁ。どうして、こういう時に飲む水は、どんな酒よりも美味いんだろうな」
「いや、全くっすねー」
首にかけていたタオルで口元を拭いながら、リューイは笑いながら答える。
さて、今日のノルマもあと少し。気合を入れなおすと、また先輩騎士と二人持ち場へと戻る。
「そういやお前、先月長めの休暇取ってたな?」
土が無くなり軽くなった台車を押すのは非常に楽だった。足取りも、口調も軽くなった先輩騎士が、恨みがましく言ってくる。
「え。何かまずかったですか?」
「おおいにまずいわ、馬鹿野郎!」
こつんとリューイの後頭部をはたく先輩騎士。「なんですか?」と不満そうにリューイは後頭部を抑えながら抗弁すると
「休みを取るのはいい。良い仕事するには休養も大事だからな。でも、お前! せっかくの休みに実家に帰ってないだろっ! どこ行ってたんだっ!」
「だ、だから説明したじゃないですか。俺には婚約している相手がいるって――」
「ばかぁぁぁぁっ! 相手がなんでお前、ヴァルガンダル家なんだよ。あそこって確か伯爵位だろっ! どうしてそこのお嬢様がお前の婚約者なんだよ」
「いや、どうしてって言われても」
不満そうに口をとがらせるリューイだったが、先輩騎士はそんな彼に取り合わずに、まくし立てるように続ける。
「おまけに、そのお嬢さんはミュリヌス学園の生徒って……白薔薇騎士団は美人じゃないと入団出来ないんだぞ。美人で貴族な令嬢と婚約ってお前、逆玉かボケ! どうして騎士なんかやってんだよ。さっさと家督を継いで、商人にでもなりやがれ」
「いや、そんな無茶な」
「うるせえ、うるせえ! どうせ休み中は毎日のようにヤリまくってたんだろ。貴族のお嬢様を己の欲望のままに……あぁ~、むかつく! この気持ち、何て言い表せばいいんだろうか。あまりに恨みが強くて、1000文字以内に収めることなど出来ない!」
「そんなに?」
わなわなと怒り(?)に震える先輩騎士に思わずつっこみを入れるリューイ。しかし先輩騎士は、リューイの言葉など何も聞いていない。その有り余る感情を言い表す弁でも考えているのだろうか。
そしてカッと眼を見開いて、リューイを睨みながら
「――死ね!」
「2文字で終わった!」
いちいち律義に突っ込みを入れるリューイと、深々とため息をつく先輩騎士。
「はぁぁ……いいよなぁ、お前は。俺なんてずーっと男だらけのむさ苦しい環境で生きてきたからなぁ。龍牙騎士団だって男9割だし、常に右手が恋人だよ。あ、そうだ、白薔薇騎士団の女の子、紹介しろよ」
ナイスアイデアを閃いたようなドヤ顔を見せると、先輩騎士は右手をリューイに差し出してくる。リューイはげんなりとしながら、表情をしかめると
「いや、その話の流れで右手出します? 絶対に触りたくないんですけど」
先輩騎士を一蹴。すたすたと台車を押して、彼を置いて行ってしまう。
「まーてーよー。お前だってたまたま彼女がいるから余裕あるんだろうけどよ、龍牙騎士団の連中はみんな似たようなもんなんだぜ」
「いや、先輩だけでしょ」
「違うな。間違っているぞ、リューイ! 龍牙騎士団というものをまるで分っていない。ていうか、お前も休みの間ヤリまくってたんなら、余計溜まってんだろう。はっはっは、ざまあみろ。女なんぞいない俺みたいなやつらは常に右手で抜いているからな。いつだって平常通り。女と離れたからって、余計に溜まるなんてことはないのだ。うるせー、馬鹿野郎っ!」
最後の方は自分で泣きながら言う先輩騎士に、リューイは苦笑することしか出来なかった。
すると不意に先輩騎士は、真顔になってリューイを見据える。今までのテンションが嘘のように落ち着いたその変化に、リューイも思わず足を止めて向きかえった。
そして先輩騎士は口を開く。
「女がいなくて我慢出来ないからって、男に走るなよ」
「殴りますね」
即答したリューイは、その後本当に先輩騎士の頭に拳を叩きいれた。
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
騎士になったとはいえ、まだまだ見習いのリューイの1日は大変に厳しい。
午前中は土木工事に従事した後、午後は武芸の鍛錬の時間だった。さすがに最も暑い真昼の時間帯は避けられたが、太陽が西に傾きつつあるその時間帯でも暑いものは暑い。
学生の鍛錬とは違い、騎士の鍛錬は真剣で行われる。そのため鎧や盾などの防具も実戦さながらに装備して行うのだが、これがまた重苦しくて暑い。
龍牙騎士団の象徴色である緑の胸当てを身に付けたリューイは、騎士剣――スタンダードな長剣を相手に向けて構えている。
リューイが相対するのは、彼が所属する班の班長だ。齢は30後半――騎士団の中では中堅の方で、ベテランといっても差し支えない相手だった。リューイの直属の上司でもある。
「はっ!」
上司が気合を入れながら間合いをつめ、剣で斬りかかってくる。
リューイは両手で持った長剣でもって、上司の一撃を丁寧に受けていく。打ち合う金属音が周囲に鳴り響き、見ている者たちの視線を惹きつけていた。
周りの騎士達は休憩中で、例のレイドモンド伯の使用人――メイド達が、飲み水を配っている姿も散見される。
(――あれ?)
上司の剣を受ける中で、リューイは違和感に包まれる。
力の込められた重い一撃を受けると、手が痺れる。その重圧に押されリューイは後退せざるを得ないのだが
(遅い? 動きが丸見えだ)
上司の剣戟の切っ先が、まるでスローモーションのようにリューイには見える。そのため身体能力の差があっても、リューイは相手の動きを見てから、危なげなくそれを受け止められていた。
「ぬうっ…!」
そんなリューイの反応に、上司が苛立っているような唸り声を漏らす。
これはあくまで見習い騎士リューイの鍛錬――相手はリューイに指導する立場であり、それに合わせた手加減をしているはずだが、徐々にその剣戟は速く激しくなっていく。
「おいおいおい」
周りで見ている騎士達の中――午前中の土木工事でコンビを組んでいた先輩騎士が思わず声を漏らした。
加速度的に激しくなっていく、剣同士が打ち合う金属音。上司側の表情を見ていると、手加減などしている様子はない。それは見ていて明らかだった。
しかし、それでもリューイは――
(リアラの動きに比べればっ……!)
休みの間、リンデブルグ家に滞在していた間は、ずっとリアラと鍛錬を積んでいた。情けないことに、恋人であるリアラに稽古をつけたもらう立場だったが、聖剣術の使い手である彼女の相手をしていたリューイ。
才能でまるで及ばないリアラに、それでも必死に追いつこうともがいた結果――反応速度が劇的に引きずり上げられており、手加減なしの上司の攻撃を余裕で受け止められていた。
「これならっ!」
思わず口に出していた。
どんどん速く鋭くなっていく上司の剣戟を、受け止めるのではなく避け始める。
「なんだとっ?」
相手も咄嗟に狼狽えた声を出してしまう。
手を抜いているわけではないのに、確実に回避をされる自らの刃。
上司としての立場や意地が重なり、いつの間にやら鍛錬ということを忘れて、必死になって剣を振るう上司だったが、それでもリューイには当たらない。
そして、遂に攻守逆転。上司の剣戟を回避しながら剣戟を繰り出すリューイは、徐々に相手の手数を減らしていき、そして攻戦一方になる。
しかし――
「くそっ……このっ!」
そこは見習いとベテランの差か。
攻撃に転じることが出来たものの、リューイの攻撃は簡単に受け流される。どれだけ速くしても、どんな角度でも、どんなフェイクを入れても、簡単に防がれてしまう。
そうしてお互いにお互いを攻めきれず、鍛錬を超えた激しい剣戟を繰り広げる。
それを見ていた騎士達は勿論、世話係のメイド達までもが、その光景に奪われていた。
見習いがベテランを降すまではいかなくとも、互角以上に渡りあう――龍牙騎士団では極めて異例の事態。
それも決して上司の腕前が未熟というわけではない。見習いであるリューイの実力がベテラン騎士に迫っているのだ。
「――そこまでっ!」
いつ終わるとも知れない剣の打ち合いに楔を討ったのは、レイドモンド駐留部隊の部隊長だった。リューイの所属する部隊の最高責任者である。
怒号のようなその掛け声に、お互いに必死になっていたリューイと上司も我に返る。金属音が止むと、そこは水を打ったような静けさが訪れた。
部隊長は満足そうにがははと笑いながら腕を組み、二人を称えた。
「確かリューイ=イルスガンドだったな。いや、全く素晴らしい腕前だな。とても平民出とは思えん!」
豪快に褒め称えながら、リューイに押されていた上司の方にもフォローを入れる部隊長。上司の実力が伴っているのではなく、リューイが卓越しているのだ、と。それは上役の彼を立てることで組織の秩序を保つ狙いもあったろうが、本心でもあった。
「正直、素質という点では平凡だとは思っていたんだが、夏前から随分と成長したな。これは俺もうかうかしてられないな」
と、当の本人である上司もリューイをそう素直に評価する。
「はぁ……はぁ……」
リューイは、上司と対等以上にやり合った実感や達成感よりも、今は疲労感の方が強かった。背中にジリジリと照り付ける夕日が、リューイの思考と体力を奪っていく。
滝のように流れ落ちる汗を、胸当ての下に着込んだシャツで拭いながら、リューイは自らの右手を、目の前で握って開き、また握り……それを何度も繰り返す。
「俺も、強くなっているのかな」
それはまぎれもなく、今も遠い地で頑張っている恋人のおかげだろう。
リューイは最愛の恋人の笑顔を思い浮かべながら、オレンジ色に染まる空を見上げていた。
お天道様も毎日律義に空で頑張って輝いているのだから、たまには夏休みを取ったらどうだろうか。
そんなことを考えながら、太陽の下にいるリューイ。
彼は夏前と変わらずレイドモンド領にて任務に従事しており、今は街の外壁周辺に溝を掘っている。これも外壁修繕同様に、外敵からの防御のための工事である。
土を掘り、固めて、掘った物を運び出す。はっきりいって外壁修繕などよりも遥かに重労働。おそらく部隊の配置場所では最も過酷な担当だろう。
リューイはうだるような暑さの中、タンクトップ1枚の姿で、文字通り汗水を流しながら、必死に地面を掘っていた。
「はぁ、はぁ……本当に……こんな工事、必要なんですかねっ!」
掘り起こした土が溜まると、それを乗せた台車を転がして堆積場へ運ぶ。リューイは隣で同じように台車を推している先輩騎士に、思わず毒づいた。
「占領したとはいえ、ネルグリア帝国内が微妙な状況だからなぁ! ぜえ、ぜえ……何かあったら、まず攻め込まれるのはこの街だし、備えあれば憂いなしってことだろ」
ネルグリア帝国は、聖アルマイトから見て北東に位置する隣国。独裁政治のお手本のような国で、これまた典型的な恐怖政治で国民を支配していた国。
当時の為政者――「皇帝」は野心が強く、大陸最大国家である聖アルマイト王国へ度々侵略戦争を仕掛けてきていた。
そして昨年、いよいよ聖アルマイト王国がこのネルグリア帝国の身勝手で横暴な行為に終止符を打つべく動き出した。カリオス第1王子率いる龍牙騎士団が中心となって攻め入り、皇帝を討ったのだった。
しかし皇帝の強力な恐怖政治により、帝国民の聖アルマイト王国への反感は強く刷り込まれていたらしく、占領地の治安維持はあまりうまくいっていないらしい。現地の駐留兵も、帝国民の暴動によって重傷を負った、などという話もよく聞く。
まさか今の状態で帝国軍の残党がレイドモンド領に攻め込んでくることなどありえないが、そんな不穏な国との国境沿いにあるのだ。何があるか分からないのだから、備えておくことが無駄だということはないだろう。
「――それで、帝国内の治安維持にあたっているのが、紅血騎士団でしたっけ? それじゃ、帝国の人たちも占領前とあまり変わらないでしょうね。はあ……はあ……」
「そうだなー。本当、ラミア殿下はこえーからなぁ。スパイ嫌疑がかけられた奴の首をその場で斬り落として、その生首の前で一族郎党拷問にかけたとかってこともあったからなぁ」
「ひええ……」
紅血騎士団を率いるのは第1王女ラミア=リ=アルマイト。その口調や物腰の穏やかさからは想像もつかない、戦いと流血を好む彼女の冷酷な性格は、聖アルマイトの騎士ならば誰もが知るところであった。
龍牙騎士団に代わり紅血騎士団が帝国内に駐留するようになって、今どうなっているかはリューイ達に知る由もない。しかし敵に全く情け容赦ないラミアの性格を考えると、紅血騎士団に歯向かう帝国民の末路は、哀れな物以外には成り得ないだろう。
二人とも息を切らしながら、それでも少しでも気晴らしになればと雑談を続け、ようやく堆積場にたどり着く。
堆積場に着くと二人は、台車に積んだ土を指定された場所に落とす。
ふう、と一息吐いた二人に、同じ部隊の騎士仲間が飲水用の水を手渡してくる。二人はありがたく、その水を一気に飲み干した。
「ふうー。いや、さいっこうだなぁ。どうして、こういう時に飲む水は、どんな酒よりも美味いんだろうな」
「いや、全くっすねー」
首にかけていたタオルで口元を拭いながら、リューイは笑いながら答える。
さて、今日のノルマもあと少し。気合を入れなおすと、また先輩騎士と二人持ち場へと戻る。
「そういやお前、先月長めの休暇取ってたな?」
土が無くなり軽くなった台車を押すのは非常に楽だった。足取りも、口調も軽くなった先輩騎士が、恨みがましく言ってくる。
「え。何かまずかったですか?」
「おおいにまずいわ、馬鹿野郎!」
こつんとリューイの後頭部をはたく先輩騎士。「なんですか?」と不満そうにリューイは後頭部を抑えながら抗弁すると
「休みを取るのはいい。良い仕事するには休養も大事だからな。でも、お前! せっかくの休みに実家に帰ってないだろっ! どこ行ってたんだっ!」
「だ、だから説明したじゃないですか。俺には婚約している相手がいるって――」
「ばかぁぁぁぁっ! 相手がなんでお前、ヴァルガンダル家なんだよ。あそこって確か伯爵位だろっ! どうしてそこのお嬢様がお前の婚約者なんだよ」
「いや、どうしてって言われても」
不満そうに口をとがらせるリューイだったが、先輩騎士はそんな彼に取り合わずに、まくし立てるように続ける。
「おまけに、そのお嬢さんはミュリヌス学園の生徒って……白薔薇騎士団は美人じゃないと入団出来ないんだぞ。美人で貴族な令嬢と婚約ってお前、逆玉かボケ! どうして騎士なんかやってんだよ。さっさと家督を継いで、商人にでもなりやがれ」
「いや、そんな無茶な」
「うるせえ、うるせえ! どうせ休み中は毎日のようにヤリまくってたんだろ。貴族のお嬢様を己の欲望のままに……あぁ~、むかつく! この気持ち、何て言い表せばいいんだろうか。あまりに恨みが強くて、1000文字以内に収めることなど出来ない!」
「そんなに?」
わなわなと怒り(?)に震える先輩騎士に思わずつっこみを入れるリューイ。しかし先輩騎士は、リューイの言葉など何も聞いていない。その有り余る感情を言い表す弁でも考えているのだろうか。
そしてカッと眼を見開いて、リューイを睨みながら
「――死ね!」
「2文字で終わった!」
いちいち律義に突っ込みを入れるリューイと、深々とため息をつく先輩騎士。
「はぁぁ……いいよなぁ、お前は。俺なんてずーっと男だらけのむさ苦しい環境で生きてきたからなぁ。龍牙騎士団だって男9割だし、常に右手が恋人だよ。あ、そうだ、白薔薇騎士団の女の子、紹介しろよ」
ナイスアイデアを閃いたようなドヤ顔を見せると、先輩騎士は右手をリューイに差し出してくる。リューイはげんなりとしながら、表情をしかめると
「いや、その話の流れで右手出します? 絶対に触りたくないんですけど」
先輩騎士を一蹴。すたすたと台車を押して、彼を置いて行ってしまう。
「まーてーよー。お前だってたまたま彼女がいるから余裕あるんだろうけどよ、龍牙騎士団の連中はみんな似たようなもんなんだぜ」
「いや、先輩だけでしょ」
「違うな。間違っているぞ、リューイ! 龍牙騎士団というものをまるで分っていない。ていうか、お前も休みの間ヤリまくってたんなら、余計溜まってんだろう。はっはっは、ざまあみろ。女なんぞいない俺みたいなやつらは常に右手で抜いているからな。いつだって平常通り。女と離れたからって、余計に溜まるなんてことはないのだ。うるせー、馬鹿野郎っ!」
最後の方は自分で泣きながら言う先輩騎士に、リューイは苦笑することしか出来なかった。
すると不意に先輩騎士は、真顔になってリューイを見据える。今までのテンションが嘘のように落ち着いたその変化に、リューイも思わず足を止めて向きかえった。
そして先輩騎士は口を開く。
「女がいなくて我慢出来ないからって、男に走るなよ」
「殴りますね」
即答したリューイは、その後本当に先輩騎士の頭に拳を叩きいれた。
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
騎士になったとはいえ、まだまだ見習いのリューイの1日は大変に厳しい。
午前中は土木工事に従事した後、午後は武芸の鍛錬の時間だった。さすがに最も暑い真昼の時間帯は避けられたが、太陽が西に傾きつつあるその時間帯でも暑いものは暑い。
学生の鍛錬とは違い、騎士の鍛錬は真剣で行われる。そのため鎧や盾などの防具も実戦さながらに装備して行うのだが、これがまた重苦しくて暑い。
龍牙騎士団の象徴色である緑の胸当てを身に付けたリューイは、騎士剣――スタンダードな長剣を相手に向けて構えている。
リューイが相対するのは、彼が所属する班の班長だ。齢は30後半――騎士団の中では中堅の方で、ベテランといっても差し支えない相手だった。リューイの直属の上司でもある。
「はっ!」
上司が気合を入れながら間合いをつめ、剣で斬りかかってくる。
リューイは両手で持った長剣でもって、上司の一撃を丁寧に受けていく。打ち合う金属音が周囲に鳴り響き、見ている者たちの視線を惹きつけていた。
周りの騎士達は休憩中で、例のレイドモンド伯の使用人――メイド達が、飲み水を配っている姿も散見される。
(――あれ?)
上司の剣を受ける中で、リューイは違和感に包まれる。
力の込められた重い一撃を受けると、手が痺れる。その重圧に押されリューイは後退せざるを得ないのだが
(遅い? 動きが丸見えだ)
上司の剣戟の切っ先が、まるでスローモーションのようにリューイには見える。そのため身体能力の差があっても、リューイは相手の動きを見てから、危なげなくそれを受け止められていた。
「ぬうっ…!」
そんなリューイの反応に、上司が苛立っているような唸り声を漏らす。
これはあくまで見習い騎士リューイの鍛錬――相手はリューイに指導する立場であり、それに合わせた手加減をしているはずだが、徐々にその剣戟は速く激しくなっていく。
「おいおいおい」
周りで見ている騎士達の中――午前中の土木工事でコンビを組んでいた先輩騎士が思わず声を漏らした。
加速度的に激しくなっていく、剣同士が打ち合う金属音。上司側の表情を見ていると、手加減などしている様子はない。それは見ていて明らかだった。
しかし、それでもリューイは――
(リアラの動きに比べればっ……!)
休みの間、リンデブルグ家に滞在していた間は、ずっとリアラと鍛錬を積んでいた。情けないことに、恋人であるリアラに稽古をつけたもらう立場だったが、聖剣術の使い手である彼女の相手をしていたリューイ。
才能でまるで及ばないリアラに、それでも必死に追いつこうともがいた結果――反応速度が劇的に引きずり上げられており、手加減なしの上司の攻撃を余裕で受け止められていた。
「これならっ!」
思わず口に出していた。
どんどん速く鋭くなっていく上司の剣戟を、受け止めるのではなく避け始める。
「なんだとっ?」
相手も咄嗟に狼狽えた声を出してしまう。
手を抜いているわけではないのに、確実に回避をされる自らの刃。
上司としての立場や意地が重なり、いつの間にやら鍛錬ということを忘れて、必死になって剣を振るう上司だったが、それでもリューイには当たらない。
そして、遂に攻守逆転。上司の剣戟を回避しながら剣戟を繰り出すリューイは、徐々に相手の手数を減らしていき、そして攻戦一方になる。
しかし――
「くそっ……このっ!」
そこは見習いとベテランの差か。
攻撃に転じることが出来たものの、リューイの攻撃は簡単に受け流される。どれだけ速くしても、どんな角度でも、どんなフェイクを入れても、簡単に防がれてしまう。
そうしてお互いにお互いを攻めきれず、鍛錬を超えた激しい剣戟を繰り広げる。
それを見ていた騎士達は勿論、世話係のメイド達までもが、その光景に奪われていた。
見習いがベテランを降すまではいかなくとも、互角以上に渡りあう――龍牙騎士団では極めて異例の事態。
それも決して上司の腕前が未熟というわけではない。見習いであるリューイの実力がベテラン騎士に迫っているのだ。
「――そこまでっ!」
いつ終わるとも知れない剣の打ち合いに楔を討ったのは、レイドモンド駐留部隊の部隊長だった。リューイの所属する部隊の最高責任者である。
怒号のようなその掛け声に、お互いに必死になっていたリューイと上司も我に返る。金属音が止むと、そこは水を打ったような静けさが訪れた。
部隊長は満足そうにがははと笑いながら腕を組み、二人を称えた。
「確かリューイ=イルスガンドだったな。いや、全く素晴らしい腕前だな。とても平民出とは思えん!」
豪快に褒め称えながら、リューイに押されていた上司の方にもフォローを入れる部隊長。上司の実力が伴っているのではなく、リューイが卓越しているのだ、と。それは上役の彼を立てることで組織の秩序を保つ狙いもあったろうが、本心でもあった。
「正直、素質という点では平凡だとは思っていたんだが、夏前から随分と成長したな。これは俺もうかうかしてられないな」
と、当の本人である上司もリューイをそう素直に評価する。
「はぁ……はぁ……」
リューイは、上司と対等以上にやり合った実感や達成感よりも、今は疲労感の方が強かった。背中にジリジリと照り付ける夕日が、リューイの思考と体力を奪っていく。
滝のように流れ落ちる汗を、胸当ての下に着込んだシャツで拭いながら、リューイは自らの右手を、目の前で握って開き、また握り……それを何度も繰り返す。
「俺も、強くなっているのかな」
それはまぎれもなく、今も遠い地で頑張っている恋人のおかげだろう。
リューイは最愛の恋人の笑顔を思い浮かべながら、オレンジ色に染まる空を見上げていた。
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高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
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