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第3章 欲望と謀略の秋 編
第32話 カリオスの憂鬱
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聖アルマイト王国第7代国王ヴィジオール=ド=アルマイトは、後継者問題については特別配慮をしていた。それはお家騒動によって衰退する周辺国家を目の当たりにしたこともあるし、何より自身が国王の座につくまでの経験からの教訓としていたからだ。
とりわけ後継者の最有力候補となる子供達の扱いには気を払った。家族間で骨肉の争いなど起こらないよう、ヴィジオールは3人の子供達に、それぞれ異なる明確な役割を与えたのだ。
長男のカリオスには次期国王として、政治から軍事まで、国を治めるに必要な幅広い知識や見聞を身に付けさせた。まだ子供の時分から、自らの側に仕えさせて実務にも関わらせるようにしてきた。
長女のラミアには、カリオスの良き補佐として宰相の役割を与えようとしていたが、彼女の血気盛んな性格と資質を見るや、軍事関連に特化して教育することとした。本人の武芸の鍛錬は勿論のこと、戦略や戦術といった、指揮官としての能力も磨かせていった。
そして次女のリリライト。彼女は上2人とは違ってまだ修行中の身ではあるが、ヴィジオールが彼女に与えた役割は『人徳』だった。国民に愛され国民を慈しむような、皆に愛される王族の象徴として、心優しい女性に育つようにしてきた。
そんな方針が功を奏したのか、兄妹間で王位を争うような気配は全くない。各々が自分の立場を自覚し、妹2人は王位を継ごうとする兄をよく立てつつ、兄も妹達のことを頼りにしている良い関係が築けている。
では3人共仲が良いかというと、そこは正直微妙ではある。しかしヴィジオールが危惧しているような、権力争いを起こすことは無いと言える。
カリオスが期待以上に成長してくると、ヴィジオールは徐々に息子に主導権を譲るようになっていった。これまではヴィジオールがほとんど1人で国政を取り仕切っていたが、最高評議会という合議制の会議を開催するようになったのも、カリオスの提案があってのことだった。
現状、カリオスが国政に対して判断する部分も多く、もはや「国王代理」といってもいいほどかもしれない。そのことに、ラミアもリリライトも気を悪くしているところはないように見える。
そういった点では、聖アルマイト王国は非常に安定しているといって良い状態だった。
「国王代理」であるカリオスは、王都ユールディアにある王宮――その中にある執務室で、大きなため息をつく。
「やれやれ。やっぱり面倒なことになっているな」
事務机に向かって座っているカリオスの横には、カリオス付きの護衛騎士――龍牙騎士団騎士団長ルエール=ヴァルガンダルが控えている。
そして、机を挟んで前に立っているのは無表情の巨漢。武骨という言葉が似合うような生粋の武人である彼は、ラミア率いる紅血騎士団の騎士団長ディード=エレハンダーである。
紅血騎士団――というよりはラミアの象徴色となっている赤色の胸当てを身に付けた彼は、ただ無表情に姿勢よくカリオスの前に直立不動していた。
「なあ、もう少し穏便に出来ないか? 別にネルグリア帝国を恐怖支配したいわけじゃないんだが」
呆れ半分、懇願半分といった口調でカリオスは言う。
彼が手に持っているのは、ラミアから送られてきたネルグリア帝国内の内情報告だった。分厚い束になっている報告書だが、要約すると「順調に植民地化できているので心配無用」ということらしい。
「――って、誰が帝国を植民地にしろって言ったんだよ。基本的には帝国民はうちの国民と同等に扱えって言ったろ!」
「ラミア殿下が、こうした方が手っ取り早いと」
カリオスはもう1度、はぁぁぁと大きなため息をつきながら、「王国最強の騎士」と称される目の前の騎士を見る。
言葉少ない最強の騎士は、それ以上の説明をする気はないようだ。変わらず感情の読めない無表情で、礼儀正しい騎士のお手本のように立ち尽くすだけだった。
「なあ、分かっているよなぁ。ネルグリア帝国の扱いは慎重にならないといけないことは」
カリオスは頭を抱えながら、聖アルマイト王国を取り巻く現状を自身で整理する。
カリオス率いる龍牙騎士団がネルグリア帝国に攻め入って占領したのが1年前のこと。聖アルマイトからすれば、戦争をしかけた理由は完全に帝国側にある。奴隷制度の廃止を始めとした聖アルマイト王国の政治方針を一方的に敵視してきて、様々な謀略は勿論のこと、軍事的な攻撃も度々仕掛けられていたのだ。
その損害・犠牲は決して少なくはなく、これ以上の被害を防ぐために帝国に対して武力介入を行ったのだ。
実情はそうなのだが、大陸の3分の2程の領土を有する大陸最大国家の聖アルマイト王国がネルグリア帝国に戦争を仕掛けて占領したという事実を切り取れば、大国による侵略戦争にしか見えないのも事実だった。
そのことで周辺国家が聖アルマイト王国に反感や恐怖、不安を抱くようになれば、自国が侵略される前に各国家が結託して聖アルマイトに攻め込んでくるかもしれない。そうなれば四方を他国に囲まれている聖アルマイト王国としては、国家存亡にかかわる危機に陥る。
だからこそネルグリア帝国との戦争は侵略戦争ではないことを知らしめるために、占領後の統治体制については、帝国民の支持を得られるように運ぶ必要がある。
――というのに
「あの戦闘狂はそこら辺の事情をちゃんと理解してんのかっ! これ、ただ血を見たいだけだろ、あのバカ妹!」
報告書の一部を抜粋すると、聖アルマイトの支配をよしとせずに他国へ亡命しようとした帝国民を捕縛した後、一族郎党まとめて処刑を行い、さらし首にしてみせしめにしたという事があったそうだ。
現地の食糧事情とか経済状況だとか、その他に報告しなくてはいけない重要な事項がたくさんあるだろうに、血生臭い案件ばかりが自慢げにありありと詳細に記録されているのだ。
これではさすがにカリオスも頭を抱えられずにはいられない。
「おそらく、その通りかと」
「否定しろよっ!」
カリオスのやけくそ気味に吐き出した言葉にディードが迷いなく首肯すると、思わず怒鳴りつけるように言葉をぶつけるカリオスだった。
馬鹿が付くほどの真面目な騎士ディードは、王族であるカリオスが怒りを見せていることに、無表情の顔に少しだけ戸惑いの色を見せる。
王国最強――その呼び名の通り、大層腕は立つのだが、政治的なことや相手の思惑や感情を察する能力には欠ける。自らの考えを誠実に具申した――しかも、カリオスに同意する内容だったのに、何が不興をかったのだろう。
後輩にあたる騎士の思考をこれ以上なく正確に把握しながら、ルエールは同情めいた声で救いの手を差し伸べる。
「前回の最高評議会で聞く限り、帝国民の我が国に対する反国感情はかなり強固なもの。過激な方法も、場合によっては必要かもしれません」
「それは理解しているが、それを差し引いてもやり過ぎじゃないか? 見ろ、この報告書!」
カリオスは息荒く、手に持っていた報告書の束をルエールに差し出す。しかしルエールはそれに目を通すことなく、淡々と答える。
「そうかもしれませんが、我々も実際の現場を見ておりません。紙での情報だけで、ラミア殿下の行動を縛ってしまえば、逆にラミア殿下の御身が危険に晒される可能性もあります」
「それも分かってるから、ラミアに強制も出来ないんだろうが」
ルエールと話して少し冷静に戻ってきたのか、カリオスは報告書を机の上に投げるようにして置くと、後頭部で両手を組んで、椅子の背もたれに大きく体重を預ける。
ラミアの行き過ぎた行動を止めさせるだけなら、国王直々の勅命を出してしまえば簡単に実現可能だ。それを実行する権限も今のカリオスは有しているし、ラミアも勅命を無視することは、さすがに出来ないだろう。
しかし帝国民は聖アルマイトに対してかなり強い反感を抱いているのも事実だ。急にラミア達の態度が穏便な方向に変われば、帝国民がそれに乗じて暴動を起こす可能性は少なくない。そうなれば、ルエールの言う通りラミアの身も危険に晒される。
なんだかんだいって、大切な妹なのだ。いくら政治的に好ましくない方法とはいえ、そこは妹の身の安全を優先したいのが、カリオスの本音だった。
「まあいいや。近いうちに現場を視察しに行くことにしよう。ラミアにはあんまりやり過ぎないよう伝えておいてくれ」
「――御意」
結局最初から最後まで、必要最低限の短い言葉しか発しなかった王国最強の騎士は、一礼してから部屋を去っていった。
「いやぁ、やっぱあの戦闘狂に、政治的事情を考慮しろってのは無茶だったか」
ラミア付きの護衛騎士がいなくなった後、カリオスはぼやくように言う。
ラミアは決して頭は悪くないのだ。全ての事情を理解した上で実行しているのだろう。
やたらと暴力的な方法を選ぶのは、他に上手い方法が思い浮かばないというのもあるだろうが、それ以上に彼女の物騒な嗜好が理由だろう。
「しかし、紅血騎士団――ラミア殿下を選んだのは、カリオス殿下ご自身ではありませんか」
この騎士も相変わらず礼儀は守りつつ、歯に衣を着せぬ意見を言ってくる。
「それはお前が助言してくれたからだろう。俺以外なら、ラミアにしか任せられないだろうって」
帝国を占領した龍牙騎士団がそのまま帝国内に戻って、現地の統制を行うことも出来た。しかしカリオスは占領した帝国の事後処理よりも優先すべきことがあり、龍牙騎士団を引き上げて、ラミアの紅血騎士団にその任を引き継いだのだ。
その優先すべきこと――ラミアからの報告書とは別の紙の束を手に取り、カリオスはその内容を流し読みする。
「こっちは、相変わらず順調だな」
それは同盟関係にあるヘルベルト連合に関しての情報が記載されたものだった。
それをカリオスに提出したのは、ヘルベルト連合国担当外交官であるグスタフではなく、カリオスの腹心だ。つまりこの内容にはグスタフの手が加わっておらず、完全な第三者による客観的な事実をまとめたものだった。
その内容は今カリオスが言った通り、順調そのもの。同盟関係になってからは、盛んに交易が行われていて、経済効果が相乗的に上がっている。文化交流などもされており、経済的な影響だけではなく、農業や産業といった生産力・技術力などもお互いに良い影響を与えているようだった。問題や悪いことなど、何も起きていない。
「順調過ぎるんだよなぁ」
同盟締結までは、決して良い関係とは言えなかったヘルベルト連合国。
それは人身売買という奴隷制度が経済を支えていた連合国からしてみれば、奴隷制度撤廃を訴える聖アルマイトの方針は受け入れ難いだろう。にも関わらず、同盟締結に際して連合国は呆気なく奴隷制度撤廃を受け入れた。
何の駆け引きもなく、ただグスタフの口八丁で説き伏せたと、少なくともカリオスが知る限りではそうとされている。
「こんなの違和感しかないだろう。どうして経済的な混乱なく、いきなり奴隷制度を無しに出来るんだよ。あの国は」
報告書には、既に連合国内では人身売買の全面禁止の法律が施行されており、同時に経済状況も順調に上向いているとの記載がある。
「しかも担当しているのが、あのグスタフ卿ですからな」
カリオスの疑念の言葉に同意するように、ルエールがそう零す。
「あの豚野郎、確かに実力は認めざるを得ない。ああ見えて色々と知識が深かいし、駆け引きなんかも上手くやりやがる。政治家や外交官としては一流だ」
グスタフは突然ヴィジオールに召し抱えられて、カリオス達の前に姿を現した。そして政務に関わるようになれば、様々な意見や方策を出していき、国内から外交上の問題まで、様々なことを解決に導いてきた。ヘルベルト連合との同盟締結もその一つだ。
その功績が認められて、今や大臣という重職を任ぜられているのだが。
「でも態度や言動がアレだぞ? いくら実力も実績もあるからって、あんな豚野郎をリリライトの側に置くか?」
「そうですな。確かにグスタフ卿は態度も言動もアレですし……リリライト殿下の教育上、よろしくない気はしますな」
2人して、下卑た顔で笑うグスタフの顔を思い出すと、辟易してしまう。
ヘルベルト連合は、リリライトがいるミュリヌス地方が国境線となっている。ヘルベルト連合とグスタフへの疑念――その両者ともが大事な末妹の近くにあるという不安が、カリオスに龍牙騎士団をネルグリア帝国から引き上げさせる最後の決断をさせたのだった。勿論、カリオスの頭を悩ませる種はそれに限定されているわけではないのだが。
「っかぁ~~! ダメだダメだ。どうもリリライト成分が不足しているなっ! 補充しに行こう」
「カリオス殿下……」
頭を掻きむしるようにしてそういうカリオスに呆れるルエール。
「うるさいっ! 別にいいいだろうが。結局この間の最高評議会の時も、リリライトと一緒にいられる時間が少なかったんだからよ」
「カリオス殿下は、妹君を溺愛――というか甘すぎますな」
「ラミアと違って、リリは可愛いからつい甘やかしちまうんだよ。まあいいじゃないか。ミュリヌス学園視察って名目で。何でも今年卒業する2年生の中に、とんでもない逸材がいるって話だし、あわよくば龍牙騎士団に引き抜こう。いや、まてよ……そんな強いなら、そのまま白薔薇騎士団に入ってくれた方が、リリを安心して任せられるかもしれないな」
ブツブツとつぶやくカリオスを見ながら、このモードに入ってしまえば、もう何を言っても無駄だろう。ルエールは胸中で嘆息する。
「よし、それじゃリリの都合もあるだろうから、取り急ぎ手紙を送るか。ルエール、適当に人を選んでくれ。よろしく」
さっきまでため息をついていたり、うーうーと唸っていたのはどこに消えたのか。すっかり良い表情をルエールに向けるカリオス。
カリオスは本当に妹のことが好きなのだろう。ここまで溺愛していると問題が無いとは言えないが、それでも良いことだとルエールは本心から思う。少なくとも、この2人が王位を争うようなことは、今後絶対に起こり得ないだろう。
後継者問題は、どんな大国であっても国が滅亡する契機に成り得る。実際にそうなった例をルエールもよく知っている。だからこそ、王族の家族間の絆は大事なのだ。
それに去年のネルグリア帝国との戦争から今日までずっと難題続きで、さすがのカリオスも気が滅入っていたように見える。ならばたまには息抜きと言う意味でも、リリライトに会いに行く時間を作るのはいいのではないだろうか。
「かしこましりました」
まずは手紙を運ぶ人間、そしてリリライトの都合に合わせたカリオスのスケジュール調整だ。
やっていることは騎士というよりは秘書のようだ。戦争中だった去年の今頃は、敵陣の中で白刃を振るって返り血を浴びていたのだが、それと比べると、今は目の前に問題が山積みであっても平和である。
例え騎士らしくなくとも今の平和の方がルエールは好ましかったし、カリオスもまた同じ想いだった。
とりわけ後継者の最有力候補となる子供達の扱いには気を払った。家族間で骨肉の争いなど起こらないよう、ヴィジオールは3人の子供達に、それぞれ異なる明確な役割を与えたのだ。
長男のカリオスには次期国王として、政治から軍事まで、国を治めるに必要な幅広い知識や見聞を身に付けさせた。まだ子供の時分から、自らの側に仕えさせて実務にも関わらせるようにしてきた。
長女のラミアには、カリオスの良き補佐として宰相の役割を与えようとしていたが、彼女の血気盛んな性格と資質を見るや、軍事関連に特化して教育することとした。本人の武芸の鍛錬は勿論のこと、戦略や戦術といった、指揮官としての能力も磨かせていった。
そして次女のリリライト。彼女は上2人とは違ってまだ修行中の身ではあるが、ヴィジオールが彼女に与えた役割は『人徳』だった。国民に愛され国民を慈しむような、皆に愛される王族の象徴として、心優しい女性に育つようにしてきた。
そんな方針が功を奏したのか、兄妹間で王位を争うような気配は全くない。各々が自分の立場を自覚し、妹2人は王位を継ごうとする兄をよく立てつつ、兄も妹達のことを頼りにしている良い関係が築けている。
では3人共仲が良いかというと、そこは正直微妙ではある。しかしヴィジオールが危惧しているような、権力争いを起こすことは無いと言える。
カリオスが期待以上に成長してくると、ヴィジオールは徐々に息子に主導権を譲るようになっていった。これまではヴィジオールがほとんど1人で国政を取り仕切っていたが、最高評議会という合議制の会議を開催するようになったのも、カリオスの提案があってのことだった。
現状、カリオスが国政に対して判断する部分も多く、もはや「国王代理」といってもいいほどかもしれない。そのことに、ラミアもリリライトも気を悪くしているところはないように見える。
そういった点では、聖アルマイト王国は非常に安定しているといって良い状態だった。
「国王代理」であるカリオスは、王都ユールディアにある王宮――その中にある執務室で、大きなため息をつく。
「やれやれ。やっぱり面倒なことになっているな」
事務机に向かって座っているカリオスの横には、カリオス付きの護衛騎士――龍牙騎士団騎士団長ルエール=ヴァルガンダルが控えている。
そして、机を挟んで前に立っているのは無表情の巨漢。武骨という言葉が似合うような生粋の武人である彼は、ラミア率いる紅血騎士団の騎士団長ディード=エレハンダーである。
紅血騎士団――というよりはラミアの象徴色となっている赤色の胸当てを身に付けた彼は、ただ無表情に姿勢よくカリオスの前に直立不動していた。
「なあ、もう少し穏便に出来ないか? 別にネルグリア帝国を恐怖支配したいわけじゃないんだが」
呆れ半分、懇願半分といった口調でカリオスは言う。
彼が手に持っているのは、ラミアから送られてきたネルグリア帝国内の内情報告だった。分厚い束になっている報告書だが、要約すると「順調に植民地化できているので心配無用」ということらしい。
「――って、誰が帝国を植民地にしろって言ったんだよ。基本的には帝国民はうちの国民と同等に扱えって言ったろ!」
「ラミア殿下が、こうした方が手っ取り早いと」
カリオスはもう1度、はぁぁぁと大きなため息をつきながら、「王国最強の騎士」と称される目の前の騎士を見る。
言葉少ない最強の騎士は、それ以上の説明をする気はないようだ。変わらず感情の読めない無表情で、礼儀正しい騎士のお手本のように立ち尽くすだけだった。
「なあ、分かっているよなぁ。ネルグリア帝国の扱いは慎重にならないといけないことは」
カリオスは頭を抱えながら、聖アルマイト王国を取り巻く現状を自身で整理する。
カリオス率いる龍牙騎士団がネルグリア帝国に攻め入って占領したのが1年前のこと。聖アルマイトからすれば、戦争をしかけた理由は完全に帝国側にある。奴隷制度の廃止を始めとした聖アルマイト王国の政治方針を一方的に敵視してきて、様々な謀略は勿論のこと、軍事的な攻撃も度々仕掛けられていたのだ。
その損害・犠牲は決して少なくはなく、これ以上の被害を防ぐために帝国に対して武力介入を行ったのだ。
実情はそうなのだが、大陸の3分の2程の領土を有する大陸最大国家の聖アルマイト王国がネルグリア帝国に戦争を仕掛けて占領したという事実を切り取れば、大国による侵略戦争にしか見えないのも事実だった。
そのことで周辺国家が聖アルマイト王国に反感や恐怖、不安を抱くようになれば、自国が侵略される前に各国家が結託して聖アルマイトに攻め込んでくるかもしれない。そうなれば四方を他国に囲まれている聖アルマイト王国としては、国家存亡にかかわる危機に陥る。
だからこそネルグリア帝国との戦争は侵略戦争ではないことを知らしめるために、占領後の統治体制については、帝国民の支持を得られるように運ぶ必要がある。
――というのに
「あの戦闘狂はそこら辺の事情をちゃんと理解してんのかっ! これ、ただ血を見たいだけだろ、あのバカ妹!」
報告書の一部を抜粋すると、聖アルマイトの支配をよしとせずに他国へ亡命しようとした帝国民を捕縛した後、一族郎党まとめて処刑を行い、さらし首にしてみせしめにしたという事があったそうだ。
現地の食糧事情とか経済状況だとか、その他に報告しなくてはいけない重要な事項がたくさんあるだろうに、血生臭い案件ばかりが自慢げにありありと詳細に記録されているのだ。
これではさすがにカリオスも頭を抱えられずにはいられない。
「おそらく、その通りかと」
「否定しろよっ!」
カリオスのやけくそ気味に吐き出した言葉にディードが迷いなく首肯すると、思わず怒鳴りつけるように言葉をぶつけるカリオスだった。
馬鹿が付くほどの真面目な騎士ディードは、王族であるカリオスが怒りを見せていることに、無表情の顔に少しだけ戸惑いの色を見せる。
王国最強――その呼び名の通り、大層腕は立つのだが、政治的なことや相手の思惑や感情を察する能力には欠ける。自らの考えを誠実に具申した――しかも、カリオスに同意する内容だったのに、何が不興をかったのだろう。
後輩にあたる騎士の思考をこれ以上なく正確に把握しながら、ルエールは同情めいた声で救いの手を差し伸べる。
「前回の最高評議会で聞く限り、帝国民の我が国に対する反国感情はかなり強固なもの。過激な方法も、場合によっては必要かもしれません」
「それは理解しているが、それを差し引いてもやり過ぎじゃないか? 見ろ、この報告書!」
カリオスは息荒く、手に持っていた報告書の束をルエールに差し出す。しかしルエールはそれに目を通すことなく、淡々と答える。
「そうかもしれませんが、我々も実際の現場を見ておりません。紙での情報だけで、ラミア殿下の行動を縛ってしまえば、逆にラミア殿下の御身が危険に晒される可能性もあります」
「それも分かってるから、ラミアに強制も出来ないんだろうが」
ルエールと話して少し冷静に戻ってきたのか、カリオスは報告書を机の上に投げるようにして置くと、後頭部で両手を組んで、椅子の背もたれに大きく体重を預ける。
ラミアの行き過ぎた行動を止めさせるだけなら、国王直々の勅命を出してしまえば簡単に実現可能だ。それを実行する権限も今のカリオスは有しているし、ラミアも勅命を無視することは、さすがに出来ないだろう。
しかし帝国民は聖アルマイトに対してかなり強い反感を抱いているのも事実だ。急にラミア達の態度が穏便な方向に変われば、帝国民がそれに乗じて暴動を起こす可能性は少なくない。そうなれば、ルエールの言う通りラミアの身も危険に晒される。
なんだかんだいって、大切な妹なのだ。いくら政治的に好ましくない方法とはいえ、そこは妹の身の安全を優先したいのが、カリオスの本音だった。
「まあいいや。近いうちに現場を視察しに行くことにしよう。ラミアにはあんまりやり過ぎないよう伝えておいてくれ」
「――御意」
結局最初から最後まで、必要最低限の短い言葉しか発しなかった王国最強の騎士は、一礼してから部屋を去っていった。
「いやぁ、やっぱあの戦闘狂に、政治的事情を考慮しろってのは無茶だったか」
ラミア付きの護衛騎士がいなくなった後、カリオスはぼやくように言う。
ラミアは決して頭は悪くないのだ。全ての事情を理解した上で実行しているのだろう。
やたらと暴力的な方法を選ぶのは、他に上手い方法が思い浮かばないというのもあるだろうが、それ以上に彼女の物騒な嗜好が理由だろう。
「しかし、紅血騎士団――ラミア殿下を選んだのは、カリオス殿下ご自身ではありませんか」
この騎士も相変わらず礼儀は守りつつ、歯に衣を着せぬ意見を言ってくる。
「それはお前が助言してくれたからだろう。俺以外なら、ラミアにしか任せられないだろうって」
帝国を占領した龍牙騎士団がそのまま帝国内に戻って、現地の統制を行うことも出来た。しかしカリオスは占領した帝国の事後処理よりも優先すべきことがあり、龍牙騎士団を引き上げて、ラミアの紅血騎士団にその任を引き継いだのだ。
その優先すべきこと――ラミアからの報告書とは別の紙の束を手に取り、カリオスはその内容を流し読みする。
「こっちは、相変わらず順調だな」
それは同盟関係にあるヘルベルト連合に関しての情報が記載されたものだった。
それをカリオスに提出したのは、ヘルベルト連合国担当外交官であるグスタフではなく、カリオスの腹心だ。つまりこの内容にはグスタフの手が加わっておらず、完全な第三者による客観的な事実をまとめたものだった。
その内容は今カリオスが言った通り、順調そのもの。同盟関係になってからは、盛んに交易が行われていて、経済効果が相乗的に上がっている。文化交流などもされており、経済的な影響だけではなく、農業や産業といった生産力・技術力などもお互いに良い影響を与えているようだった。問題や悪いことなど、何も起きていない。
「順調過ぎるんだよなぁ」
同盟締結までは、決して良い関係とは言えなかったヘルベルト連合国。
それは人身売買という奴隷制度が経済を支えていた連合国からしてみれば、奴隷制度撤廃を訴える聖アルマイトの方針は受け入れ難いだろう。にも関わらず、同盟締結に際して連合国は呆気なく奴隷制度撤廃を受け入れた。
何の駆け引きもなく、ただグスタフの口八丁で説き伏せたと、少なくともカリオスが知る限りではそうとされている。
「こんなの違和感しかないだろう。どうして経済的な混乱なく、いきなり奴隷制度を無しに出来るんだよ。あの国は」
報告書には、既に連合国内では人身売買の全面禁止の法律が施行されており、同時に経済状況も順調に上向いているとの記載がある。
「しかも担当しているのが、あのグスタフ卿ですからな」
カリオスの疑念の言葉に同意するように、ルエールがそう零す。
「あの豚野郎、確かに実力は認めざるを得ない。ああ見えて色々と知識が深かいし、駆け引きなんかも上手くやりやがる。政治家や外交官としては一流だ」
グスタフは突然ヴィジオールに召し抱えられて、カリオス達の前に姿を現した。そして政務に関わるようになれば、様々な意見や方策を出していき、国内から外交上の問題まで、様々なことを解決に導いてきた。ヘルベルト連合との同盟締結もその一つだ。
その功績が認められて、今や大臣という重職を任ぜられているのだが。
「でも態度や言動がアレだぞ? いくら実力も実績もあるからって、あんな豚野郎をリリライトの側に置くか?」
「そうですな。確かにグスタフ卿は態度も言動もアレですし……リリライト殿下の教育上、よろしくない気はしますな」
2人して、下卑た顔で笑うグスタフの顔を思い出すと、辟易してしまう。
ヘルベルト連合は、リリライトがいるミュリヌス地方が国境線となっている。ヘルベルト連合とグスタフへの疑念――その両者ともが大事な末妹の近くにあるという不安が、カリオスに龍牙騎士団をネルグリア帝国から引き上げさせる最後の決断をさせたのだった。勿論、カリオスの頭を悩ませる種はそれに限定されているわけではないのだが。
「っかぁ~~! ダメだダメだ。どうもリリライト成分が不足しているなっ! 補充しに行こう」
「カリオス殿下……」
頭を掻きむしるようにしてそういうカリオスに呆れるルエール。
「うるさいっ! 別にいいいだろうが。結局この間の最高評議会の時も、リリライトと一緒にいられる時間が少なかったんだからよ」
「カリオス殿下は、妹君を溺愛――というか甘すぎますな」
「ラミアと違って、リリは可愛いからつい甘やかしちまうんだよ。まあいいじゃないか。ミュリヌス学園視察って名目で。何でも今年卒業する2年生の中に、とんでもない逸材がいるって話だし、あわよくば龍牙騎士団に引き抜こう。いや、まてよ……そんな強いなら、そのまま白薔薇騎士団に入ってくれた方が、リリを安心して任せられるかもしれないな」
ブツブツとつぶやくカリオスを見ながら、このモードに入ってしまえば、もう何を言っても無駄だろう。ルエールは胸中で嘆息する。
「よし、それじゃリリの都合もあるだろうから、取り急ぎ手紙を送るか。ルエール、適当に人を選んでくれ。よろしく」
さっきまでため息をついていたり、うーうーと唸っていたのはどこに消えたのか。すっかり良い表情をルエールに向けるカリオス。
カリオスは本当に妹のことが好きなのだろう。ここまで溺愛していると問題が無いとは言えないが、それでも良いことだとルエールは本心から思う。少なくとも、この2人が王位を争うようなことは、今後絶対に起こり得ないだろう。
後継者問題は、どんな大国であっても国が滅亡する契機に成り得る。実際にそうなった例をルエールもよく知っている。だからこそ、王族の家族間の絆は大事なのだ。
それに去年のネルグリア帝国との戦争から今日までずっと難題続きで、さすがのカリオスも気が滅入っていたように見える。ならばたまには息抜きと言う意味でも、リリライトに会いに行く時間を作るのはいいのではないだろうか。
「かしこましりました」
まずは手紙を運ぶ人間、そしてリリライトの都合に合わせたカリオスのスケジュール調整だ。
やっていることは騎士というよりは秘書のようだ。戦争中だった去年の今頃は、敵陣の中で白刃を振るって返り血を浴びていたのだが、それと比べると、今は目の前に問題が山積みであっても平和である。
例え騎士らしくなくとも今の平和の方がルエールは好ましかったし、カリオスもまた同じ想いだった。
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