※完結済 【R-18】白薔薇の騎士と純白の姫

白金犬

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第3章 欲望と謀略の秋 編

第45話 悪辣なる陰謀を暴くために

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 時間は少し遡り、陽が西に傾き始めた夕刻の頃。白薔薇騎士団兵舎に1人の客人が訪れていた。

 龍牙騎士団の騎士であり、騎士団長ルエール付きの参謀という肩書を持ったコウメイという若者。

 スラリとした長身は、前線で激しい戦いを任務とする騎士には相応しくない痩躯。そもそも身に付けているものも、内政官が切るような文官が切るようなローブを着ている。ついでに言うなら、その優男然とした中性的な顔立ちも、おおよそ騎士らしくはない。整っているため、女性からはさぞ人気が高そうだが。

「へえー。白薔薇騎士団って、本当に女性ばかりなんですね。しかも美人ばっかり」

「――事務官には男性もいますよ。ですが騎士は女性のみです。そこは龍牙騎士団と真逆ですね」

 コウメイを案内しているのは、白薔薇騎士団の騎士団長シンパ=レイオール。少し癖のある黒髪を揺らしながら、にこやかに笑って自分の後ろをついてくるコウメイを見る。

 余計なことかもしれないが、その軽薄な態度も騎士らしくはない。乱暴に言ってしまえば、その発言はあのグスタフと同じで、女性を性的な価値観でしか見ていない風にも取れる。

 しかし、外見はこうまで違うと受ける印象がこうまで違うものなのだろうか。言葉使いも大分違うのも大きいか。

 シンパはコウメイを騎士らしくないという違和感はある、不思議と嫌な感情は持たなかった。何よりも、彼女自身が敬愛するルエールの側近といえる立場にいる者だ。なるべく丁寧に応対しようという心構えも影響しているのかもしれない。

「コウメイ殿は、ミュリヌス地方に来るのは初めてでしたか?」

「ええ。前々から来たいとは思ってたんですけど、中々機会が無くてねー。リリライト姫様に会うのも、すげー楽しみにしてたんですよ。お姫様だけあって、めちゃくちゃ可愛いですよね。同じ姉妹なのに、なんでラミア殿下とあんなに違うんだろう」

 ぼやくように言うコウメイ。ラミアに対する不敬以外の何物でもない言葉だったが、シンパもコウメイと同意見であったのと、コウメイのいい意味で軽い調子の口調が、シンパの表情を緩ませる。

「ええ。リリライト殿下は、本当に可憐な女性に成長なさいました」

「そういえばシンパさんは……と、失礼。シンパ卿は、リリライト姫様が小さな頃から白薔薇にいるって聞きましたよ」

「そうですね。私が白薔薇の騎士になったのは、リリライト殿下が生まれて間もなく、まだ物心すらついていない頃――王妃様がお亡くなりになったくらいの時期です」

 リリライトを生んで程なくして、彼女を生んだ王妃アウリィ=リ=アルマイトは急逝した。それまでは白薔薇騎士団といえば王妃アウリィの近衛部隊であったのだが、それを機にリリライトの近衛部隊と変わった。

 それと同時に白薔薇の騎士となり、今は騎士団長を務めているシンパは、いわばリリライト麾下となった白薔薇騎士団の歴史そのものと言えるかもしれない。生まれてから今日まで、その剣をリリライトに捧げるために、生きてきたのだ。

「国内外の謀略にさらされて危険に晒されることもありましたが、今日まで本当に健やかに美しく可憐に――それこそ、我々が冠する『白薔薇』のように、穢れなき純白の心を持って立派な女性になられました。これからも国民に愛される立派な姫となられますでしょう……護衛騎士としては至福の限りでございます」

 まるで自分のことかのように嬉しそうにつぶやくシンパ。もう中年――意地悪い者からは初老とすら言われるような年齢のシンパは、これまでリリライトのために捧げてきた騎士人生の成果として、赤子の頃から成長した今のリリライトの姿に胸を打たれていた。

「ふーん、そっか。安心しましたよ」

 すっかり自分の世界に入ってしまっていたシンパは、コウメイのその声に我に返る。そしてそのコウメイの言葉の真意を伺うように、彼の顔を伺う。

「いやね。そもそも俺――私がここに来たのは、カリオス殿下の使いとして手紙を届けに来たというのもあるんですけど、もう1つ重要な任務を背負わされていましてね」

 シンパについて歩きながら喋るコウメイ。豪奢な兵舎の中を案内されている内に、いつの間にか幕僚室へと着いていた。あまり聞かれたくない話をするにはうってつけだった。2人は幕僚室に入る。

 会議用の長机に、壁にはミュリヌス地方の地形などが詳細に描かれた大きな地図が貼り出されている。

「重要な任務、とは?」

 シンパはコウメイに椅子を勧めると、コウメイはそのまま近くにあった椅子を引いてきて腰を下ろす。続いてシンパも同じように、近くにある椅子に腰かける。

「ヘルベルト連合について探りを入れるようにってね。シンパ卿、ここらへんで奴隷売買の噂とか聞いたことないですか?」

 相変わらず軽薄な調子だったが、コウメイの口から出てきた単語に、シンパは表情を一変させる。

「リリライト殿下が治めるこの地で、そのような悪行を許すはずがございません」

 そんな愚問を抱くこと自体が怒りの対象だといわんばかりに、棘がある口調と視線でコウメイを射抜くシンパ。

 しかし、そんなシンパの攻撃的な態度など、コウメイは全く意に介していない。今にも口笛を吹きそうなくらいの勢いで答える。

「貴女だから俺も正直ベースで話をしますよ。どうもカリオス殿下もルエール騎士団長も、シンパ卿と同じでリリライト姫様が人身売買を許すはずがないって見方だったけど、俺は正直疑っていたんですよ。ミュリヌス地方を任されているリリライト姫様の立場なら、ヴィジオール陛下やカリオス殿下にバレずに悪い事をするなんて簡単でしょうから」

 薄ら笑いさえ浮かべてそう言い放つコウメイだったが、相対するシンパは対照的に冷たい刃のような視線を向けている。今にも立ち上がり、腰の剣を抜きかけないような、刺々しい雰囲気を纏っている。
 それを感じながらも、やはりコウメイは、その軽い笑みに自信を含めながら続ける。

「でも、今の貴女の顔を見て、話を聞いて確信しましたよ。俺はリリライト姫様と直接話したことはないけど、貴女のような人を側に置いている方が、人を金で売り買いするなんて外道な真似をするわけがない。姫様は、人身売買には無関係だ」

 軽い調子ながらも言っている内容は真剣そのもののように、シンパには思えた。突き刺し、射抜くような視線にも全くたじろぎもせず、ただただ余裕の笑みを浮かべるコウメイに、やがてシンパも表情を緩める。

「全く、おだてるのが上手なようで。ついでに言うならば人も悪いようだ。そこまでならば、リリライト殿下を疑っているなどと、言う必要なんてないのに」

「へっへっへ。貴女は信頼出来る人だと判断したんでね。貴女に本音で喋ってもらうには、まずは俺から本音をさらけ出さないと、と思ったんですよ」

 悪戯小僧のような悪い顔をしながら笑うコウメイを見て、シンパもいよいよ微笑を浮かべるまでに至る。

 よく分からないし、騎士らしい礼儀正しさも感じられない若者だったが、不思議と誠実さは感じられた。

「それで、コウメイ殿は何をお知りになりたいのか? 私で分かることならお答えしよう」

 この頃にはすっかり緊張も解いて、シンパは身体を抜いて椅子の背もたれに体重をかけていた。

「俺の立場としては、人身売買はここらで行われているという前提で話しますが、気を悪くしないで欲しい」

 前置きを聞いてシンパがうなずくのを確認してから、コウメイは続ける。

「ヘルベルト連合との談議に参加しているのは、グスタフのおっさんだけですか?」

 聖アルマイト王国広しといえど、騎士団長であるシンパの前でグスタフを「おっさん」呼ばわりするのはコウメイくらいの者であろう。呆れを通り越して笑いが零れそうになるが、シンパは黙って首を縦に振った。

 するとコウメイは自分で聞いたにも関わらず、目を丸くする。

「姫様は参加しないんですか? ミュリヌス地方を任されているのに?」

「あくまでリリライト殿下の役割はミュリヌス地方の統治ということです。ヘルベルト連合国との交渉事は外交政策に関わること――ヘルベルト連合担当外交官であるグスタフ卿に一任されており、通常の会議に他の者が参加することは基本的にはありませんね」

「ふむ……」

 そのシンパの答えにコウメイは顎に手を当てて考え込む。

 ――まさか一発目の質問で核心をついてしまうとは。ついでだから、どんどん直球に話を進めていこう。

「それなら、あのおっさんの独断で、いいようにヘルベルトと裏取引をすることは可能ですね」

「それだと、奴隷制度廃止を良しとしない一部の勢力ではなく、ヘルベルト連合の首脳陣がこぞって条約違反に手を染めているということになりますが?」

「充分可能性はあると思いますけどね。そもそも、あれだけ奴隷で儲けていた連合国家がどうして奴隷制度廃止を受け入れてうちと同盟を結んだのか――っていえば、グスタフのおっさんが説得したからってことになってるでしょう?」

「――あ」

 そのコウメイの言葉で、シンパは口をぽかんと開けてしまう。そして誰でも容易く辿り着くことが出来る推測に当たる。

「グスタフのおっさんが良い思いをするために、ヴィジオール陛下やカリオス殿下には黙って、ヘルベルト連合と裏で奴隷の取引を行っているってのは、どうですか?」

「しかし、いくらグスタフ卿がヘルベルト連合から奴隷を仕入れたとしても、カリオス殿下が厳しく規制している聖アルマイトの中で、誰がそれを買うのです? 或いは逆にヘルベルト連合に売るとしても、誰がグスタフ卿に奴隷を引き渡そうというのですか?」

「このミュリヌス地方には今の統治体制に不満を持っている貴族勢力も多いはずだ。特にリリライト殿下が来られるまで、この地方を統治していた元ミュリヌス領主バンデルセン侯爵なんかは、奴隷廃止にも反対していて、相当不満が溜まっていると耳にしたことがありますが」

 コウメイが口にした貴族は侯爵位で貴族の中でも最上位――国内でも有数の実力者だ。彼はもともとカリオスの唱える奴隷廃止に反対していた上に、「社会勉強」という名目でミュリヌス地方の統治権をリリライトに横取りされた、という立場の貴族だ。

 そんなバンデルセン候がグスタフに悪だくみを持ちかけられれば、むしろ喜んで協力するであろうことは、シンパにも容易に想像できた。

「誰でも考えられるこの可能性が今まで取り沙汰されていなかったのは、リリライト姫様が側にいるという状況です。カリオス殿下の意を強く引き継ぐ姫様が、兄君の主義に反する真似を見逃すはずがないだろうってことだったんですが……どうやら姫様の目を盗める余地はありそうですね」

「――なんということでしょうか。否定、出来ません」

 離れた王都にいるコウメイやカリオスであれば、そう思うのも無理はないだろう。しかしシンパは常にリリライトの側にいて、リリライトの目を盗んでグスタフが良からぬことを企む余地があることは充分に理解していた。それなのに、その可能性を思いつかなかったのは――

 仮に全てコウメイの言う通りだとしたら、ヘルベルト連合国そのものが聖アルマイト王国を裏切っていることとなる。わざわざ同盟締結までしたヘルベルト連合国が条約違反をするなどと、常識的に有り得ないからこそ考え付かなった。

 また、何だかんだいってグスタフはリリライトの教育係だ。リリライトのグスタフの扱いはお世辞にも良いものではないが、それでもいつでも変えられる教育係を一向に変えようとしない。シンパが具申しても、それを聞き入れない程だ。だから、2人の中にそれなりの信頼関係も感じていた……ということも、シンパの洞察を鈍らせる要因になっていた。

「可能性としては、有り得ないことではありません」

 シンパはコウメイの推論に、そう結論付ける。

 コウメイは、ふうと大きく息を吐いた。

「まあ、逆に良かったんじゃないですか。むしろそうであれば、姫様が奴隷取引に関与していないことになるわけで。俺は安心しましたよ。あんな純粋無垢な姫様が、裏では下衆いことに手を染めている腹黒姫様なんて嫌過ぎるし。あ、ラミア殿下なら、そういうキャラって言われてもちょっと納得できるけど」

 最後の部分の発言は聞き流すとして――このコウメイという男、大した人物であるとシンパは感じた。

 そもそも最初に彼が口にしていた「リリライトとグスタフが共謀」という可能性など、この国に住む人間ならば絶対に思い付かないことだ。そしてヘルベルト連合の裏切りなども同様だ。誰が、わざわざ同盟締結をしておきながら条約違反を行うと思うのか。

 しかし、これらを取り巻く状況や情報、そしてそれに関連する人物像を、冷静に分析すれば、コウメイの言っていることに不自然な部分はない。

 彼は努めて感情を抜きにして、客観的な視点から、聖アルマイト王国の人間であれば絶対に思いも付かない、しかし真実に近そうな可能性にたどり着いたのだ。

 足りないとすれば

「証拠ですね」

 自分をまじまじと見つめてくるシンパの視線を受けながら、まるでその思考を読み取るようにコウメイは言う。

「まあ、そこはおいおい掴んでいくとしましょう。俺の推測通りなら、必ず証拠はどこかにあるはずだし。そんなわけで、俺が滞在する間にグスタフのおっさん――いやいや、一応グスタフ卿と言っておきましょうか。直接話をする機会を作ってくれませんか?」

「承知しました。もしコウメイ殿の言われていることが真実ならば看過出来ない。むしろこちらからお願いしたいところです」

 真剣な表情でうなずくシンパを見ていると、どうやら生真面目なこの騎士の信用は勝ち取れたらしい。コウメイはシンパには察せられないように、胸中で安堵する。

「ちなみに聞いておきたいんですけど――グスタフっておっさんは、本当に巷に騒がれているようなキモ親父なんですか? 奴隷の裏取引とかも、金とかよりも、むしろ自分が楽しむためにやっていたりして」

「残念ながら、私の目からみても――」

 と、シンパの口から出てくるグスタフの評を聞いて、思わずコウメイは顔をしかめた。言葉こそは選んでいるようだが、とりあえず人間のクズだということは重々理解出来た。少なくとも、コウメイが口にした推論通りのことは平気でやりそうな人物像である。

「うーん。なんか、俺の知り合いにめっちゃ似てるなぁ」

「は?」

「いやいや、こっちの話。ていうか、なんでそんなクズ親父が姫様の教育係なんてやっているんですかね?」

 大臣という重職に就いているのは、それなりの実績――それが不正であろうとなかろうと――を評価されてのことは分かる。しかし、何故よりにもよって第2王女教育係などという役目に就いているのか。年頃の女性の教育係など、グスタフの存在とは対極の位置にありそうなものだが。

「理由は私にも分かりかねますが、突然でしたね。グスタフ卿は白薔薇騎士団の顧問のような立場でもあるので、その流れからミュリヌス学園の学園長に。そこからミュリヌス地方に居を移したリリライト殿下の教育係をやることになったのですが」

「なるほど、そういう流れね」

 コウメイが知っている限りでは、グスタフは突然国王ヴィジオールによって召し抱えられたところから実績を残していき、大臣にまで上り詰めたという経歴だ。その後は、シンパが言った経歴を辿ったわけだ。

「大臣にまでなれば、多少の我儘は聞くだろうから、白薔薇騎士団の顧問になることも簡単だろうな。でもどうして……って、これはここで考えていても仕方ないか」

 ブツブツ独り言をこぼしているコウメイにシンパは不思議そうな表情を見せる。だが、それ以上コウメイは深く考えることを止めたようだった。顔を上げてシンパを見返す。

「そういえば、姫様はどちらに? 今日はもう会えないですかね?」

 それは一刻も早く上役のルエールや主であるカリオスに課せられた使命を全うするための責任感ではなく、単純に可憐なお姫様に早く会いたいがための確認。

 しかし残念ながらシンパは首を振る。

「何でも、今夜はどうしても外せない用事があるとのことです。申し訳ありません」

「そっかぁ。残念」

 これまでの鋭い洞察眼はどこに行ったのか。まるで玩具を買ってもらえなかった子供のように肩を落とすコウメイを見て、シンパは思わず吹き出してしまう。

「それにしても意外でしたね。大好きな兄君の使者が手紙を持ってきたのなら、他の用事なんて捨て置いて、真っ先にお会いになられると思ったのですが」

 実際、シンパがコウメイの目的と到着を告げた時にリリライトは揺れていたように見える。さんざん迷った挙句に、後回しにした…という感じだったか。

「あー、そういや明後日に何か大きなイベントがあるんでしたっけ?」

「はい。御前試合と言いまして、ミュリヌス学園の生徒達がリリライト殿下の前で実力を競う催しになります。学生もこの日のために、厳しい鍛錬を積んできておりますので、カリオス殿もぜひご覧になって下さい」

 未来の後輩達――彼女たちが普段どれだけ努力をしているのか、シンパも知っているのだろう。誇らしげにコウメイにそう語るのだったが、当のコウメイはあまり乗り気ではない様子。

「うーん。俺、ちょっとキャットファイト的な趣味嗜好は無いんだよなぁ。可愛い女の子が汚い顔しながら争うのを見るのが、何が楽しいのか」

「……はぁ?」

「いえっ! 何でもないですっ! はい、見ます。見させていただきまーす」

 時折訳の分からないことを言う若者だな、と首を傾げるシンパ。

「とりあえず、御前試合さえ終わってしまえばリリライト殿下もグスタフ卿も時間の都合はつくと思います。それまでは、ゆっくりとされて下さい」
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