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第3章 欲望と謀略の秋 編

第66話 3章エピローグ3(王都ユールディアSIDE 前編)

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『私、今度は正攻法でリューイさんを振り向かせますからっ! 絶対に彼女さんより私のこと好きにしてみせますよ。諦めたりなんてしません。えへへ』

 道中に食べて欲しいと、特製のサンドイッチをバスケットに入れて渡すリーファは、溢れんばかりの笑顔で見つめてくる。

『リューイさぁぁぁぁんっ! お元気でぇぇぇぇっ! 絶対、絶対遊びに来て下さいねぇぇぇっ! 私も、王都へリューイさんに会いに行きますからぁぁぁぁっ!』

 リューイ達がレイドモンド領を出立するとき、外聞も気にせずにリーファは女性らしからぬ大きな声で叫び、両手を大きく振っていた。

「お前、何ニヤニヤしてんだ。気持ち悪いな」

「ほへ?」

 王都ユールディアの宮殿内を、リューイは例の先輩騎士と並んで歩いていた。先輩騎士の指摘通り、リューイは締まりのないだらしない笑顔を浮かべていた。

「くそぅ、何でてめぇには可愛い美少女ばかり寄ってきやがんだよ。俺の方が数倍良い男だってのに……ちくしょう、リーファちゃんっ! かむばぁぁっく!」

「ていうか先輩、俺がリーファに襲われた夜――」

「リーファちゃんに襲われただぁぁ? そんなうらやまけしらかん――げふうっ?」

 リューイの発言に思わずとびかかろうとした先輩騎士は、普通にリューイの拳で頬を殴られる。

「……え? あれ?」

 大したダメージは無かったのだが、先輩騎士は呆けたようになり、冷静に戻る。リューイはどこか先輩騎士を憐れむような顔で見つめていた。

「えぇと……あれ? 殴った? 普通に? 先輩を?」

「俺がリーファに襲われた夜、先輩が仕込んだんですよね。あの状況」

「しかも流されたっ!」

 まるで漫才のようなテンポの良さでやり取りをする。そんな相変わらずの悪気無くおどける先輩騎士にリューイは大きく嘆息する。

「くそぅ、この野郎。彼女がいる分際でデレデレしやがって、この野郎。リアラちゃん、だったか? バラすぞ?」

「あ、その時はまた殴りますから」

「怖いよ!」

 拳を握りしめながら笑顔で言うリューイに、先輩騎士は本気で引いていたりする。

 リーファとは紆余曲折あったものの、リューイはしっかりと自らの意志を曲げることなく貫き通した。その気持ちはリーファにも伝わったようで、あれから変に誘惑をしてくることは無くなった。

 代わりに、彼女の言うところの『正攻法』は凄まじかった。そのあからさまなベタベタで媚び媚びな態度――しかもあからさまにリューイだけに――には、はっきりいって周囲の視線に困ったりして、辟易もしたが。

 単純に1人の健康な男子として、あんな美少女に好意を寄せられて嬉しくないはずがなかった。いくら恋人がいるからといって、これは仕方ない。誰も咎められはしないだろう、うん。

「お前、何一人でうなずいて納得してんだっ! そんなこと許されるはずないだろう? 新人騎士のくせにめきめき実力を伸ばして部隊長に気に入られて、お嬢様な貴族の可愛い彼女がいて、駐留先の女の子にもモテモテなんてっ! 俺は知っているんだからな、リーファちゃんだけじゃねえぞ。お前の実践訓練の時、ダイグロフ公のメイドちゃんたち、みんな黄色い声援をしていたんだからなっ! それでお前、それを笑顔で許してくれる彼女なんて、どんだけ天使なんだよ。有り得んわ、ばーか」

「あ、大丈夫です。リアラは天使だから、笑って許してくれますよ」

「あぁぁぁぁぁぁぁっ! 発狂するぅぅぅぅぅっ!」

 喉を掻きむしるようにしながら、怨嗟の眼と声をリューイに向ける先輩騎士。しかしリューイはそんなものどこ吹く風か、涼しいさわやかな顔をしていた。

「――さて」

 宮殿内のとある一室の前にて2人は立ち止まり、それまでのふざけた空気を消す。

 任務でも戦闘時でもない2人は、今は鎧なども着込んでおらず、龍牙騎士団の制服を着ている。制服もやはり龍牙騎士団の特徴色である緑をベースとされており、2人は文字通り襟を正しながら、息を飲む。

「しかし、何だってんだろうな。騎士団長自ら、現場の一兵卒を呼び出すなんてな」

 隣で先輩騎士が言うのを聞いて、リューイも同意する。

 普段の連絡や命令は基本的には上長である班長から通達される。それ以上の重要事項――例えば配置転換や騎士を解雇などといった重大な事――でも、せいぜいその上の部隊長から聞かされるのが通例である。

 それなのに、それを何段も飛び越えて、一兵卒の自分達が龍牙騎士団のトップである騎士団長ルエールからの呼び出されるとは、異例中の異例だろう。

「嫌な予感しかしねぇな。まさか、リューイがあまりにも美少女にモテるから、それに激昂した団長が解雇では飽き足らず、処刑を――イケメン過ぎる俺を道連れに?」

「バーグミング部隊のリューイ=イルスガンドです。失礼いたします」

 この期に及んでふざける――いや、本気なのか?――先輩を完全に無視して、リューイは騎士団長室の扉をノックした。

    ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

 騎士団長室には、団長ルエールの他に2人の人物がいた。

 1人は、リューイは知らない顔だった。

年の頃は自分と同じか少し上のように見える。緩やかにカーブしている耳まで伸びた黒い髪。女性のようにも見えるその中世的な顔は、今はこちらを品定めするように観察しているな表情になっている。身に纏っているのは、政務に携わる人間がよく身に着けているローブで、色は龍牙騎士団の特徴色である緑。この場にいる時点で当たり前なのだが、彼も龍牙騎士団の騎士なのだろう。

 対してもう1人は、長くウェーブがかかった金髪と蒼い瞳が特徴である、すらりとした美人。リューイ達と同じ龍牙騎士団の制服を着た彼女のことは知っている。女性ながら異例の若さで龍牙騎士団の部隊長に抜擢されたミリアム=ティンカーズだ。その強烈な評判からリューイが一方的に知っているだけで、面識はないが。

「突然すまない。びっくりしただろうが、楽にしてくれたまえ」

 龍牙騎士団を束ねる団長ルエール=ヴァルガンダルは、その2人に挟まれる位置で執務机に座っていた。入室してきたリューイと先輩騎士を見るその表情は、怒っても笑ってもいない真顔だ。

 リューイも先輩騎士も、自分達が呼び出された意図が全く分からず、ルエールに言われても背筋をピンと伸ばしたままだった。

「リューイ=イルスガンドだったな。バーグミングから聞いている。なんでも将来有望の期待のホープらしいな」

 にこりともせずルエールが言う。そう言えば、新人騎士の入団式の時も、この厳格な騎士団長は常に真顔だったことを思い出す。

「じ、自分には勿体無いお言葉であります。入団してまだ半年余りのこの身では、日々至らぬ点ばかりで、反省と鍛錬の毎日です」

 少し緊張しながら、あまり慣れない敬語で返すリューイ。そんなリューイの様子を観察しながらルエールは「ふむ…」と、自分のひげを指でなぞり、コウメイに視線を向ける。

「どうだ、コウメイ」

「……えっ。俺に聞きます? そう言うのはミリアムさんの方が適任じゃないですか?」

 ルエールに問われた黒髪の若者――コウメイは、やけに軽い口調で答える。騎士団長相手にそんなに軽薄に振舞えるとは、実はリューイが知らないだけで、幹部の中で偉い人物なのだろうか。

「あの人、何か俺に似た空気を感じるっ……!」

 こんな状況でも、そんなことを耳打ちしてくる先輩騎士に、なんかもう凄いと感じる。でも、それにリューイは特に反応することはない。

 コウメイにバトンを手渡されたミリアムも、まじまじとリューイを見つめる。本来、こんな美人にじろじろ見られれば恥ずかしくなるものだが、そういうのとは別の緊張感が全身に広がっていく。

「ふむ。私も人となりを見ただけで実力が分かる程の慧眼は持ち合わせておりません。ただ、あのやたらと厳しいバーグミング殿が推薦されたのではあれば、私は問題無いと思います。最低限の常識も持ち合わせているようですし」

「ぶふぉおっ!」

 噴き出したのは隣の先輩騎士。しかし今回はリューイも他人のことは言えなかった。

 スラッとした長身から真剣な顔を向けてくるミリアムは、クールな大人の女性といった印象――なのだが……喋り出すと、幼女を思わせるような舌足らずだったのだ。いや幼女は言い過ぎか……とはいっても、声だけ聞けば初等教育課程の少女と言われても何の違和感もない。

 言葉使いはしっかりしているだけに、見た目と相まって、そのギャップがものすごい。

リューイは先輩騎士が噴き出したのを見て冷静に戻れたが、もしいなかったら自分が噴き出していたかもしれない。

「お、そこの君。君は俺と気が合いそうだね。ちなみに俺は噴き出すどころか大笑いした。そのあと、痛烈なビンタをいただいた」

「まあ、もう慣れていますが。でもコウメイ殿がまた笑ったら殴ります。今度はグーで」

 こらえきれなかった先輩騎士を見て嬉しそうに言うコウメイと、ため息をつきながら言うミリアム。なんかこの2人の関係も、リューイと先輩騎士の雰囲気に似ている。

 意に沿わない方向に空気が緩んだのか、ルエールがわざとらしく咳ばらいをする。

「リューイ=イルスガンド君。今回は君に特別任務に就いてもらいたいと思って声を掛けさせてもらった。それに対する君の意志と、そしてもし参加する意志がある場合は、この2人が君を評価するためにここまで来てもらったのだ」

「特別任務?」

 それは言葉通り、何かしらの目的に特化した特別な任務のことである。その特異性から、何かしらに秀でたベテラン騎士が任命されることが多く、新人の騎士などが選ばれることなど聞いたことがない。しかも騎士団長直々の特命である。いやがおうにもリューイの胸が騒ぐ。

「この任務はその内容上、決して公には出来ないので、大掛かりに動くことは出来ない。必要最低限の人数で行うこととなる。今、信頼がおけて尚且つ腕が立つ者を選りすぐっている最中というわけだ。」

 ルエールの視線はいたって真剣。もともと冗談を言うような性格ではないのは知っていたが、リューイの心臓の鼓動は激しく脈打ち始める。

「そんな任務を俺に……?」

 リューイのその疑問に答えるのは、ルエールではなく、その隣に立つ舌足らずの女性騎士だった。

「バーグミング殿の強烈な推薦があったのよ。まだ広く名が知れていない人間で、それなりに腕が立つ人間がいないかどうか……そう聞いたら、真っ先に貴方の名前が挙がったわ、リューイ=イルスガンド。なんでも入団半年もしない時点で、班長を降したそうじゃない」

 その相変わらずの幼女然とした声も、もう張り詰めた空気を緩ませるには至らない。

 そしてミリアムの続きを、今度はルエールが引き継いでいく。

「バーグミングからの推薦を受けて、少し調べさせてもらった。君は一般の高等教育を経て龍牙騎士団に入団している。入団時の成績は中の中。至って平凡に過ぎないのに、その後半年でベテラン騎士である上司を負かすに至った――現時点の実力というよりは、その驚異的な成長力を見込んで、君にお願いしたい」

 ルエールの視線を受けて、リューイは唾を飲み込む。

 もうここまでの会話で充分に理解した。これはかなり危険でリスクの高い任務――それと同時にチャンスでもある。

 自己評価では今も平均点であるということは変わらないが、どうやら部隊長のバーグミングがリューイのことを買ってくれて、ルエールもそれを受け入れているようだ。

 どこまで出来るか分からないが、自分の実力を試すチャンス。そしてこれを乗り越えれば、きっとリアラに追いつくことが出来る。ずっとその背中を追ってきたリアラの背中に、少しでも追いつけることが出来る可能性があるのであれば、このチャンスは手にするべきだ。

「どういった任務なのでしょうか」

 極秘任務というからには、内容を知ってしまえばもう引き返せない。そのリューイの問いは彼の決意を示すもので、ルエールを初めとした3人はうなずく。

 説明のために口を開くのはコウメイ。

「ミュリヌス地方――白薔薇騎士団の騎士を養成しているミュリヌス学園がある所だけど、団長と共にそこへ向かって欲しい」

 そのコウメイに言葉に、リューイは思わずビクリと反応した。その反応を見逃す幹部3人組ではなかった――が、いちはやく反応したのは隣の先輩騎士だった。

「やったな、リューイ! これで仕事にかこつけて彼女に会いにいけるじゃねえか。このこのっ! くぅ~、憎いね、この色男。他の女の子に色目使っている場合じゃねえぞ」

 むしろ清々しいくらいに空気を読まない先輩騎士。

「ち、ちょっと! もしやとは思っていたけど、あんた本当の馬鹿なのか!」

 リューイは内心冷や冷やしながら、目の前の幹部3人組へと視線を滑らす。

 先輩騎士の言葉を聞いた3人は、リューイの予想とは違った表情をしていた。こちらを咎めるような雰囲気はない。驚いているような、同情をしているような、そんな微妙な表情だった。

「どういうことだろうか」

 ルエールは、重苦しい口調で静かに聞いてくる。

 平民出の自分にミュリヌス学園に通うような貴族の恋人がいることは、意外と思われるかもしれない。自分から積極的に話すことではないと思うが、特段隠すことでもないだろう。騎士団の掟に恋愛禁止があるわけでもないし。

 リューイがリアラのことを説明すると、重苦しい雰囲気はますます増したようにすら思える。

「リンデブルグ家というと、パリアント領の有力貴族だったか。確かかなりの豪商だったと思うが、そこの娘は白薔薇騎士になろうとしているのか。そうか……まさか、娘と同級生とは」

 それまで無表情であったルエールだったが、意外にも娘の名を出しながら頭を抱えるようにする。

 さすがにそのルエールの反応に、リューイの中では嫌な予感がどんどんと膨らんでいく。

「えっ、騎士団長の娘さんもミュリヌス学園生なんすか? いやー、さすがエリートは違うっすねぇ」

「うん。君、少し黙ってようか。実は俺と全然違って、天然なんだね」

 相変わらず空気の読めない先輩騎士を、短い言葉で斬り捨てるコウメイ。

 そんなやり取りの間も、ルエールの口は重く動かない。様子を見ていたコウメイが代弁をするように口を開く。

「そういうことなら、君は余計にこの任務に参加するべきだな。その恋人のためにも」

「ど、どういうことですか!」

 コウメイのその不吉な言い方に、リューイは抑えきれずに食って掛かるようにコウメイに問いただす。

 ルエールを挟んだ向こう側にいるミランダが、コウメイを諫めるような視線を送ってくるが、コウメイは首を振りながら

「場合によっては命を懸けてもらうことになる。本人に何も知らせないのは不誠実だし、お互いの信頼関係も成り立たないですよ」

「いや、任務に参加するとしても必要以上のことは言わなくて良いと思います。それはまだ可能性に過ぎない話です。正直なところ私も半信半疑であることは否めないし、徒に話を広めてしまえば、国中が混乱してしまうと思うのですが」

 鋭く刺すような言葉で反論してくるミリアムに、コウメイは呆れたようにため息を吐く。

「ミリアムさん。あなた、あのアンナちゃんを見てもまだ奴が白だと思っているんですか? それはもう忠義なんかじゃなくて、ただの思考停止ですよ」

「なんと言われようと、これが私の騎士としての在り方であり誇りです。確固たる証拠がない以上、私は――」

 ミリアムがそこまで言ったところで、ルエールが突然机を叩いて大きな音を立てる。

 言い争いをしていた2人は勿論、完全に置いてけぼりになっていたリューイ(と、ついでに先輩騎士も)もビクリと驚く。

「グスタフを知っているな?」

 ルエールがその言葉を口にすると、コウメイとミリアムもそれ以上言葉を発することはなかった。両者とも覚悟を決めたように、背筋をピンと伸ばす。

「え、ええ勿論。大臣のグスタフ様ですよね?」

 王族を除けば、この国でトップの権力者だ。確かミュリヌス学園の学園長や第2王女の教育係も兼務している多忙な人物のはず。有名人だ。

それ以上の情報を持っていないリューイからしてみれば、ただの小汚い肥満中年にしか見えないが、それなりの地位にいるからにはそれなりの才能を持っているのだろう。

 ルエールのその口調が、誰から見ても明らかな怒りと憎悪に染まっていたこと。そして、騎士団長をも上回る大臣という地位相手に、礼節を重んじるルエールが敬称を使っていないことに、リューイの中の不吉は余計に増長されていく。

「奴が背信している可能性がある」

 そのルエールの断定的な言葉に、とリューイの心臓がドクンと跳ね上がった。
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