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第4章 激動の冬編
第113話 フォルテア森林帯の激闘Ⅶ――撤退戦
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コウメイの撤退指示に、最後の最後まで難色を示していたのはカリオスだったが、それでもディードにコウメイの撤退指示には従うといった手前、渋々と従わざるを得なかった。
戦局は終盤へ。
生き残ったカリオス達斥候部隊は、カリオス・ディード・コウメイに、途中から参戦したリューイ、そしてその他生き残った3人の騎士――都合で計7人が生き残った。ちなみに、リューイによると、認識阻害の魔法を用いたレーディルとルエールも、近くにいるらしい。
その7人は隊列を成して、フォルテア森林帯の街道を、王都側に向けて疾走していた。
途中で合流したリューイだけは馬を持っておらず、コウメイの馬に同乗している形となっている。
「か、代わりますか?」
「だだだ、大丈夫っ! 大丈夫、大丈夫」
ぎこちないコウメイの手綱さばきに、思わずリューイが心配の声をかける。
「ぜえ、ぜえ……っくしょう。必ず殺してやるぞ、あの豚野郎」
カリオスも神器使用による疲弊がピークにきているのか、今にも馬から崩れ落ちそうだが、それでも巧みに手綱を捌いて、馬を操っていた。
殿を務めるのは、ディード。部隊の最後方に位置して、追いすがってくる龍の爪や白薔薇騎士を返り討ちにしながら、戦闘を行くカリオス達についてきているような状態だ。
「うぬうううっ! 何を手間取っておるかぁ。追え、追え! 殺せえぇ」
追いすがってくる敵の軍勢の中には、グスタフの姿も混じっている。
あの自らの権力を下品に誇示する悪趣味な『神輿』からは、さすがに降りていた。その肥満体を馬に乗せて、意外にも鮮やかに馬を駆っている姿がシュールだった。
戦う力など持っていないグスタフが追ってくる意味など無いはずなのに、わざわざカリオス達が捕まるところを見たいのか、自身の手でとどめをさしたいと思っているのか、相変わらず悪趣味極まりない男である。
コウメイは馬を操るのに必死になりながらも、振り返れば視界に入ってくるグスタフの姿に舌打ちをせずにはいられない。
「グスタフ様、これ以上は……」
追撃部隊の中にはフェスティアの姿もある。
追いすがる追撃部隊は、殿のディードに蹴散らされながら、徐々にその数を減らしていた。リアラやミリアムなどといった、個人でディードとまともに戦えるレベルの人間は不在のようだ。ついでに言うと、『神輿』の上でグスタフに付き従うようにしていたリリライトも置いてきたのか、姿は見えない。
この状況では、有利なはずのグスタフ・フェスティア側の戦力が、ただ無為に削られていくだけだ。フェスティアがグスタフに忠言する。
「えーい、やかましいわ。殺せ殺せ。ワシの思い通りにならんはずがないじゃろうが。ぐひゃひゃひゃひゃ!」
いくら兵士が倒れても、自分が傷つくわけではないグスタフは醜悪な笑い声をあげる。コウメイは、そのグスタフに、敵のことながら怒りを覚えずにはいられない。
「ムカついた。一矢報いてやるとするか」
「――え?」
そのグスタフの態度で、普段は飄々としたコウメイの中で、何かがプツンと切れたようだった。
(それに、今確かめておいた方が良いこともある)
コウメイは一人うなずくと、後ろに乗るリューイへ『作戦』を持ちかける。
「……え? そ、それって……そんなこと出来るんですか?」
「だーいじょうぶだって。上手くいけば、グスタフだけならこの場で仕留められる。じゃ、決行ってことで。カリオス殿下っ!」
先を行くカリオスに近づいて、コウメイはリューイに言った同じ『作戦』をカリオスに言うと
「――お前、王子を何だと思ってんだ。こき使いやがって……」
「別に敵部隊をなぎ倒す必要は無くて、一瞬だけでも怯ませられればいいんですけど。そういう神器とかってあります?」
ずけずけと遠慮なく聞いてくるコウメイに、疲れたような表情をしていたカリオスは、面白そうに頬を緩める。
「任せとけ。その代わり、きっちりあの豚野郎の吠え面かかせてやれよ」
コウメイの案を聞いたとカリオスは、疲労などどこかに吹き飛んだように清々しい笑みを浮かべながら、コウメイの後ろにいるリューイに視線を向ける。
「頼んだぞ。確かリューイ、だったな?」
「はい、殿下」
カリオスの言葉に力強くうなずくリューイ。それを見てカリオスもうなずくと、最後尾でちょうど追いすがってきた龍の爪の奴隷兵士を薙ぎ払っていたディードへ振り向く。
「ディード、ちょっと来い!」
圧倒的な「異能」の力により、全てを思うがままにしようとする悪魔グスタフ。入念な準備と巧みな駆け引きで、一方的な戦局を築き上げてきた策士フェスティア。
強大な敵に対して、最後の一矢を見舞うための作戦が開始される。
□■□■
撤退を始めていたカリオス率いる斥候部隊が突然足を留める。
「?」
一早く異変に気付いたのは、全部隊を指揮するフェスティアだ。彼女は怪訝な表情を作りながらも、カリオス達を追う足を止めない。
そして、それまで最後方に1人残って殿を務めていたディードの側に、先行していた1人の騎士が戻ってくる。
コウメイだった。
「何のつもり? 貴方が王国最強に代わって、私達を食いとめるつもりかしら?」
距離を詰めてきたフェスティアは手を上げると、部隊を制止させる。
その表情は、この森林帯での激闘が始まった時と同じ笑みを浮かべていたが、余裕の雰囲気は消えていた。
『お前は黒幕なんかじゃない。お前が本当にグスタフを操っているというなら、本当に全ての黒幕というなら、こんな戦場の最前線にいるはずがない。いる理由が無い』
先ほどのコウメイの言葉が、フェスティアに確信させる。
この男だけは油断ならない。カリオスやディードなどよりも、真っ先に始末すべき人間。フェスティアの計画を全て覆し得る可能性を持った知恵者だ。
だから警戒し、迂闊に仕掛けない。
ライバルと認めた相手――コウメイの出方を伺う。
「いやいや。そんな訳ないだろ、フェスティア=マリーン」
顔の前で手を振っておどけるような仕草のコウメイ。
「ちょっとな、お前らに物申しておきたいことがあって……えーと、その……なんだ。あのだなぁ……なんていうか……あれで、これが……ううん。困ったなぁ。その、あれがあれして、これがこうして、それがそうなって……」
「――なに?」
首を傾げたり、顔をしかめたり、違和感しかないコウメイの行動。言葉の内容も訳が分からない。フェスティアにとって意味不明な行動だ。
「ぐふ、ぐふふふ。何じゃあ? 今更命乞いかぁ? そうじゃのう、今すぐに全裸で土下座して、そこらへんの奴隷兵士にケツでも掘られるなら、許してやらんでもないぞぅ?」
「うるせー、ばーか。誰がてめぇなんぞに許しを乞うか。ばーか、ばーか」
後から追いついてきたグスタフに、コウメイが子供じみた挑発をする。以前ならその程度の挑発にすら激昂していたグスタフだが、今の圧倒的有利な状況もあるせいか、ニィィィと醜悪な笑みを深める。
「相変わらず威勢の良い小僧じゃて。ワシをだまくらかして王都に逃げ延びていたこといい……ぐひひ、殺されておった方が良いという目に合わせてやるわい。ぐひひひ、ぐっひっひっひっひ!」
コウメイを捉えて拷問でもしているところを想像でもしているのか、唾液を垂らしながら邪悪に笑うグスタフ。
フェスティアはコウメイの狙いがさっぱり分からない。
わざわざ逃げる足を止めてまでやりたかったのはグスタフの挑発か。それにしては、あまりにも低レベルで子供じみた挑発だ。
こんな挑発では、いくらグスタフが本能のままに感情を剥き出しにする人間でも、冷静さを失う程に激昂するわけがない。
今のコウメイでは、グスタフを怒らせることすら難しいだろう。
(……あの、若い騎士は?)
フェスティアが気づく。
確か戦闘の途中、唐突に現れてリアラの剣からコウメイを守ったあの若い騎士――確かコウメイと同じ馬に乗っていたはずだ。
いつの間にか、彼の姿が無い。
慌てて周りを見渡すが、少なくともフェスティアの見える範囲には見当たらない。
そしてフェスティアは、コウメイの意味不明な行動とその事実を結び付けて、コウメイの狙いに気づく。
「――時間稼ぎっ……!」
何をするつもりかは知らないが、それが目的ならば、この油断ならない男に時間を与えてはいけない。進撃を止めた部隊をすぐに動かすために、息を大きく吸い込むフェスティア。
しかしフェスティアが全軍突撃の号令をかける前に、コウメイがその言葉を口にする。
「……ま……ち…う……!」
グスタフも、フェスティアも、そのコウメイの言葉が理解出来なかった。
フェスティアは、その言葉の意味が理解できなかったら、コウメイが何を言っているのかが分からない。
グスタフにははっきりと聞こえていた。そして、グスタフはその場の誰よりも、そのコウメイの言葉の意味を理解していた。
しかし、それがコウメイの口から出てくることが信じられなかった。だから、それを理解出来なかった。現実を受け入れられなかった。
「……や……だか……う! ……ょう!」
追い打ちをかけるように、コウメイがその言葉を続ける。
フェスティアは、それがグスタフに向けられた言葉だと分かると、振り向いて彼の様子をうかがう。
これまで本能を丸出しにした獣の顔しか見せていなかったグスタフが、ここにきて初めて人間らしい感情を面に出していた。
その感情は驚愕。
ただでさえギョロリと大きかった瞳を、更に大きく丸く見開いて、グスタフは明らかに驚愕し、冷静さを欠いていた。
そして次の一瞬――まるでその場の全てが示し合わせたように、世界の動きが制止する。風が止まり木々の葉が擦れる音が、虫の羽音が、馬たちの呼吸が、全ての音と動きが凍り付く。
その世界が止まった刹那の時に、コウメイは最後にもう1度、その言葉をグスタフに向けて吐き出す。
「山田課長、聞こえてます? おーい、課長ってばぁ」
あまりに間の抜けた、聞いているだけで脱力させるようなコウメイの声が、その場によく響き渡る。
「……? カチョウ? あの男、何を……」
再び世界が動き始めた時、未だコウメイの言葉の意味が分からないフェスティアは、その意味不明さに不快な表情を示す。
そしてそれに一歩遅れるようにして、固まっていたグスタフが動き出す。
「こ、殺せぇぇぇぇぇぇぇ! 八つ裂きじゃあああああ! 奴だけは殺せ、殺せ、殺せ、殺すんじゃああああ! をををををををっ!」
まるで怒号のようなグスタフの咆哮。それは地を揺らし、人の身体さえもびりびりと揺さぶっていく。
今まで性行為の時にはここまでになることはあれど、それ以外の状況で、ここまで目が血走り、殺意と憎悪に身を焦がしていたことがあるだろうか。
その場も誰もが――フェスティア、その圧倒的な感情に身震いする。
あらかじめコウメイより聞いていたカリオスやディードでさえ、戦慄した程だ。
「か、かかりなさいっ! こんなものは、ただの時間稼ぎよ」
そうしてようやくフェスティアの号令が、部隊を動かす。グスタフの周りに付き従っていた白薔薇騎士団も、前線の龍の爪の兵士も、こぞってディードとコウメイに襲い掛かる。
そして、グスタフの周囲が手薄になったその時――
「――もらったっ!」
グスタフの横から、突き刺すような鋭い声。
街道から外れた木々の中から、風のように姿を現したのは、姿を消していた若い騎士――龍牙騎士リューイ=イルスガンドだ。
「しまった! いつの間にっ!」
動揺するフェスティアは、意表を突かれた顔で焦燥する。
腰の鞘に収まったままの剣の柄を握り、グスタフに向かっていくリューイ。全軍突撃の命令を受けた白薔薇騎士は、近くに1人もない。彼女達は主人を守るために急ぎ反転するが、もう間に合わない。
必殺の間合い――フェスティアは絶望とも思える表情で、カリオス達は悪辣なる悪魔を仕留める期待に身体を前傾させて、そして何よりもグスタフ本人が驚愕と共に死を覚悟した。
ルエールより希望を託され、リアラを守ると誓った、龍牙騎士の渾身の一撃が、グスタフの身体を切り裂くべき、鞘から放たれる――!
しかし次の瞬間に、そこにいた面々の鼓膜を揺さぶったのは、鉄と鉄が打ち合う甲高い金属音だった。
「……リアラ」
自らの剣を防いだ、白薔薇騎士の名前を静かに口にするリューイ。
自分と悪魔の間に身体を滑り込ませて、愛用の刺突剣で斬撃を受け止められた。
リューイの必殺の一撃は、あともう少しのところでグスタフに届かなかった――!
「ダメ、だよぉ……」
顔をうつむかせたままリューイの剣を受けたリアラの表情は、前髪に隠れて見えなかった。
しかし、ゆっくりと顔を上げてリューイを見据えるリアラの顔は――淫蕩に染まり切り、蕩けた瞳をしていて、緩み切った口元からは唾液が零れ落ちた。
「ダメだよぉ、リューイ。グスタフは私の恋人なんだから、殺しちゃったら、私は誰と濃厚でドスケベなイチャラブセックスすればいいのよぉぉぉ!」
「殿下、速くっ!」
目まぐるしく変わる事態において、一貫して冷静さを保てていたのは、リューイとコウメイだけだった。
狂気に染まったリアラに危険を感じたリューイは即座に離れる。
そしてコウメイは呆気に取られていたカリオスに怒鳴りつけると、カリオスはハッとした顔つきになって、打ち合わせ通りの行動をとる。
「目を閉じて、耳を塞げぇぇ!」
怒鳴り、指示をするカリオスは神器を召喚する。
現れたのは1本の剣と1つの盾。
光の剣ホーリースターと叫びの盾オハン。
カリオスがその剣を天に掲げるようにふりかざすと、辺り一面が眩い光に包まれる。
「ううぅっ……!」
不意打ちともいえるまぶしい光に、グスタフ側の人間は、すべてその光に網膜を焼かれる。数秒間続く強烈な光から視神経を守るために、目を覆って保護すること余儀なくされる。
『キイイイイイイイイイイイイィィィ!』
そうして視界を潰された後には、カリオスの盾から、地獄の底から聞こえてくるような、けたたましくはげしい金切り音が響き渡る。防衛反応として、咄嗟に耳をかばわずにはいられない程の不協和音が、グスタフ陣営に襲い掛かる。
そうして視覚と聴覚を一瞬のうちに、数分間もの間奪われる――
光が消え、音も消え、そしてようやくそれぞれの感覚器官が正常に戻った頃――そこには既にカリオス達の姿は、空気に溶け込むように消え去っていた。
「ぬ……ぐ……おぉぉぉっ……!」
まんまと逃げられた。
まるで何事も無かったような静けさが支配し、誰もが茫然とする中――1人グスタフは顔を真っ赤に沸騰させ、頭から湯気が出るかと思わせるくらいに、激昂をしていた。
「うををををををを! クソガキがぁぁぁっ! 貴様のせいで、貴様のせいで、ワシはぁぁぁぁぁ! ををををををををううううう!」
その場での絶対勝利者であるはずのグスタフの怨嗟の声を合図として、フォルテア森林帯の激闘は、ここに終焉を迎えた。
戦局は終盤へ。
生き残ったカリオス達斥候部隊は、カリオス・ディード・コウメイに、途中から参戦したリューイ、そしてその他生き残った3人の騎士――都合で計7人が生き残った。ちなみに、リューイによると、認識阻害の魔法を用いたレーディルとルエールも、近くにいるらしい。
その7人は隊列を成して、フォルテア森林帯の街道を、王都側に向けて疾走していた。
途中で合流したリューイだけは馬を持っておらず、コウメイの馬に同乗している形となっている。
「か、代わりますか?」
「だだだ、大丈夫っ! 大丈夫、大丈夫」
ぎこちないコウメイの手綱さばきに、思わずリューイが心配の声をかける。
「ぜえ、ぜえ……っくしょう。必ず殺してやるぞ、あの豚野郎」
カリオスも神器使用による疲弊がピークにきているのか、今にも馬から崩れ落ちそうだが、それでも巧みに手綱を捌いて、馬を操っていた。
殿を務めるのは、ディード。部隊の最後方に位置して、追いすがってくる龍の爪や白薔薇騎士を返り討ちにしながら、戦闘を行くカリオス達についてきているような状態だ。
「うぬうううっ! 何を手間取っておるかぁ。追え、追え! 殺せえぇ」
追いすがってくる敵の軍勢の中には、グスタフの姿も混じっている。
あの自らの権力を下品に誇示する悪趣味な『神輿』からは、さすがに降りていた。その肥満体を馬に乗せて、意外にも鮮やかに馬を駆っている姿がシュールだった。
戦う力など持っていないグスタフが追ってくる意味など無いはずなのに、わざわざカリオス達が捕まるところを見たいのか、自身の手でとどめをさしたいと思っているのか、相変わらず悪趣味極まりない男である。
コウメイは馬を操るのに必死になりながらも、振り返れば視界に入ってくるグスタフの姿に舌打ちをせずにはいられない。
「グスタフ様、これ以上は……」
追撃部隊の中にはフェスティアの姿もある。
追いすがる追撃部隊は、殿のディードに蹴散らされながら、徐々にその数を減らしていた。リアラやミリアムなどといった、個人でディードとまともに戦えるレベルの人間は不在のようだ。ついでに言うと、『神輿』の上でグスタフに付き従うようにしていたリリライトも置いてきたのか、姿は見えない。
この状況では、有利なはずのグスタフ・フェスティア側の戦力が、ただ無為に削られていくだけだ。フェスティアがグスタフに忠言する。
「えーい、やかましいわ。殺せ殺せ。ワシの思い通りにならんはずがないじゃろうが。ぐひゃひゃひゃひゃ!」
いくら兵士が倒れても、自分が傷つくわけではないグスタフは醜悪な笑い声をあげる。コウメイは、そのグスタフに、敵のことながら怒りを覚えずにはいられない。
「ムカついた。一矢報いてやるとするか」
「――え?」
そのグスタフの態度で、普段は飄々としたコウメイの中で、何かがプツンと切れたようだった。
(それに、今確かめておいた方が良いこともある)
コウメイは一人うなずくと、後ろに乗るリューイへ『作戦』を持ちかける。
「……え? そ、それって……そんなこと出来るんですか?」
「だーいじょうぶだって。上手くいけば、グスタフだけならこの場で仕留められる。じゃ、決行ってことで。カリオス殿下っ!」
先を行くカリオスに近づいて、コウメイはリューイに言った同じ『作戦』をカリオスに言うと
「――お前、王子を何だと思ってんだ。こき使いやがって……」
「別に敵部隊をなぎ倒す必要は無くて、一瞬だけでも怯ませられればいいんですけど。そういう神器とかってあります?」
ずけずけと遠慮なく聞いてくるコウメイに、疲れたような表情をしていたカリオスは、面白そうに頬を緩める。
「任せとけ。その代わり、きっちりあの豚野郎の吠え面かかせてやれよ」
コウメイの案を聞いたとカリオスは、疲労などどこかに吹き飛んだように清々しい笑みを浮かべながら、コウメイの後ろにいるリューイに視線を向ける。
「頼んだぞ。確かリューイ、だったな?」
「はい、殿下」
カリオスの言葉に力強くうなずくリューイ。それを見てカリオスもうなずくと、最後尾でちょうど追いすがってきた龍の爪の奴隷兵士を薙ぎ払っていたディードへ振り向く。
「ディード、ちょっと来い!」
圧倒的な「異能」の力により、全てを思うがままにしようとする悪魔グスタフ。入念な準備と巧みな駆け引きで、一方的な戦局を築き上げてきた策士フェスティア。
強大な敵に対して、最後の一矢を見舞うための作戦が開始される。
□■□■
撤退を始めていたカリオス率いる斥候部隊が突然足を留める。
「?」
一早く異変に気付いたのは、全部隊を指揮するフェスティアだ。彼女は怪訝な表情を作りながらも、カリオス達を追う足を止めない。
そして、それまで最後方に1人残って殿を務めていたディードの側に、先行していた1人の騎士が戻ってくる。
コウメイだった。
「何のつもり? 貴方が王国最強に代わって、私達を食いとめるつもりかしら?」
距離を詰めてきたフェスティアは手を上げると、部隊を制止させる。
その表情は、この森林帯での激闘が始まった時と同じ笑みを浮かべていたが、余裕の雰囲気は消えていた。
『お前は黒幕なんかじゃない。お前が本当にグスタフを操っているというなら、本当に全ての黒幕というなら、こんな戦場の最前線にいるはずがない。いる理由が無い』
先ほどのコウメイの言葉が、フェスティアに確信させる。
この男だけは油断ならない。カリオスやディードなどよりも、真っ先に始末すべき人間。フェスティアの計画を全て覆し得る可能性を持った知恵者だ。
だから警戒し、迂闊に仕掛けない。
ライバルと認めた相手――コウメイの出方を伺う。
「いやいや。そんな訳ないだろ、フェスティア=マリーン」
顔の前で手を振っておどけるような仕草のコウメイ。
「ちょっとな、お前らに物申しておきたいことがあって……えーと、その……なんだ。あのだなぁ……なんていうか……あれで、これが……ううん。困ったなぁ。その、あれがあれして、これがこうして、それがそうなって……」
「――なに?」
首を傾げたり、顔をしかめたり、違和感しかないコウメイの行動。言葉の内容も訳が分からない。フェスティアにとって意味不明な行動だ。
「ぐふ、ぐふふふ。何じゃあ? 今更命乞いかぁ? そうじゃのう、今すぐに全裸で土下座して、そこらへんの奴隷兵士にケツでも掘られるなら、許してやらんでもないぞぅ?」
「うるせー、ばーか。誰がてめぇなんぞに許しを乞うか。ばーか、ばーか」
後から追いついてきたグスタフに、コウメイが子供じみた挑発をする。以前ならその程度の挑発にすら激昂していたグスタフだが、今の圧倒的有利な状況もあるせいか、ニィィィと醜悪な笑みを深める。
「相変わらず威勢の良い小僧じゃて。ワシをだまくらかして王都に逃げ延びていたこといい……ぐひひ、殺されておった方が良いという目に合わせてやるわい。ぐひひひ、ぐっひっひっひっひ!」
コウメイを捉えて拷問でもしているところを想像でもしているのか、唾液を垂らしながら邪悪に笑うグスタフ。
フェスティアはコウメイの狙いがさっぱり分からない。
わざわざ逃げる足を止めてまでやりたかったのはグスタフの挑発か。それにしては、あまりにも低レベルで子供じみた挑発だ。
こんな挑発では、いくらグスタフが本能のままに感情を剥き出しにする人間でも、冷静さを失う程に激昂するわけがない。
今のコウメイでは、グスタフを怒らせることすら難しいだろう。
(……あの、若い騎士は?)
フェスティアが気づく。
確か戦闘の途中、唐突に現れてリアラの剣からコウメイを守ったあの若い騎士――確かコウメイと同じ馬に乗っていたはずだ。
いつの間にか、彼の姿が無い。
慌てて周りを見渡すが、少なくともフェスティアの見える範囲には見当たらない。
そしてフェスティアは、コウメイの意味不明な行動とその事実を結び付けて、コウメイの狙いに気づく。
「――時間稼ぎっ……!」
何をするつもりかは知らないが、それが目的ならば、この油断ならない男に時間を与えてはいけない。進撃を止めた部隊をすぐに動かすために、息を大きく吸い込むフェスティア。
しかしフェスティアが全軍突撃の号令をかける前に、コウメイがその言葉を口にする。
「……ま……ち…う……!」
グスタフも、フェスティアも、そのコウメイの言葉が理解出来なかった。
フェスティアは、その言葉の意味が理解できなかったら、コウメイが何を言っているのかが分からない。
グスタフにははっきりと聞こえていた。そして、グスタフはその場の誰よりも、そのコウメイの言葉の意味を理解していた。
しかし、それがコウメイの口から出てくることが信じられなかった。だから、それを理解出来なかった。現実を受け入れられなかった。
「……や……だか……う! ……ょう!」
追い打ちをかけるように、コウメイがその言葉を続ける。
フェスティアは、それがグスタフに向けられた言葉だと分かると、振り向いて彼の様子をうかがう。
これまで本能を丸出しにした獣の顔しか見せていなかったグスタフが、ここにきて初めて人間らしい感情を面に出していた。
その感情は驚愕。
ただでさえギョロリと大きかった瞳を、更に大きく丸く見開いて、グスタフは明らかに驚愕し、冷静さを欠いていた。
そして次の一瞬――まるでその場の全てが示し合わせたように、世界の動きが制止する。風が止まり木々の葉が擦れる音が、虫の羽音が、馬たちの呼吸が、全ての音と動きが凍り付く。
その世界が止まった刹那の時に、コウメイは最後にもう1度、その言葉をグスタフに向けて吐き出す。
「山田課長、聞こえてます? おーい、課長ってばぁ」
あまりに間の抜けた、聞いているだけで脱力させるようなコウメイの声が、その場によく響き渡る。
「……? カチョウ? あの男、何を……」
再び世界が動き始めた時、未だコウメイの言葉の意味が分からないフェスティアは、その意味不明さに不快な表情を示す。
そしてそれに一歩遅れるようにして、固まっていたグスタフが動き出す。
「こ、殺せぇぇぇぇぇぇぇ! 八つ裂きじゃあああああ! 奴だけは殺せ、殺せ、殺せ、殺すんじゃああああ! をををををををっ!」
まるで怒号のようなグスタフの咆哮。それは地を揺らし、人の身体さえもびりびりと揺さぶっていく。
今まで性行為の時にはここまでになることはあれど、それ以外の状況で、ここまで目が血走り、殺意と憎悪に身を焦がしていたことがあるだろうか。
その場も誰もが――フェスティア、その圧倒的な感情に身震いする。
あらかじめコウメイより聞いていたカリオスやディードでさえ、戦慄した程だ。
「か、かかりなさいっ! こんなものは、ただの時間稼ぎよ」
そうしてようやくフェスティアの号令が、部隊を動かす。グスタフの周りに付き従っていた白薔薇騎士団も、前線の龍の爪の兵士も、こぞってディードとコウメイに襲い掛かる。
そして、グスタフの周囲が手薄になったその時――
「――もらったっ!」
グスタフの横から、突き刺すような鋭い声。
街道から外れた木々の中から、風のように姿を現したのは、姿を消していた若い騎士――龍牙騎士リューイ=イルスガンドだ。
「しまった! いつの間にっ!」
動揺するフェスティアは、意表を突かれた顔で焦燥する。
腰の鞘に収まったままの剣の柄を握り、グスタフに向かっていくリューイ。全軍突撃の命令を受けた白薔薇騎士は、近くに1人もない。彼女達は主人を守るために急ぎ反転するが、もう間に合わない。
必殺の間合い――フェスティアは絶望とも思える表情で、カリオス達は悪辣なる悪魔を仕留める期待に身体を前傾させて、そして何よりもグスタフ本人が驚愕と共に死を覚悟した。
ルエールより希望を託され、リアラを守ると誓った、龍牙騎士の渾身の一撃が、グスタフの身体を切り裂くべき、鞘から放たれる――!
しかし次の瞬間に、そこにいた面々の鼓膜を揺さぶったのは、鉄と鉄が打ち合う甲高い金属音だった。
「……リアラ」
自らの剣を防いだ、白薔薇騎士の名前を静かに口にするリューイ。
自分と悪魔の間に身体を滑り込ませて、愛用の刺突剣で斬撃を受け止められた。
リューイの必殺の一撃は、あともう少しのところでグスタフに届かなかった――!
「ダメ、だよぉ……」
顔をうつむかせたままリューイの剣を受けたリアラの表情は、前髪に隠れて見えなかった。
しかし、ゆっくりと顔を上げてリューイを見据えるリアラの顔は――淫蕩に染まり切り、蕩けた瞳をしていて、緩み切った口元からは唾液が零れ落ちた。
「ダメだよぉ、リューイ。グスタフは私の恋人なんだから、殺しちゃったら、私は誰と濃厚でドスケベなイチャラブセックスすればいいのよぉぉぉ!」
「殿下、速くっ!」
目まぐるしく変わる事態において、一貫して冷静さを保てていたのは、リューイとコウメイだけだった。
狂気に染まったリアラに危険を感じたリューイは即座に離れる。
そしてコウメイは呆気に取られていたカリオスに怒鳴りつけると、カリオスはハッとした顔つきになって、打ち合わせ通りの行動をとる。
「目を閉じて、耳を塞げぇぇ!」
怒鳴り、指示をするカリオスは神器を召喚する。
現れたのは1本の剣と1つの盾。
光の剣ホーリースターと叫びの盾オハン。
カリオスがその剣を天に掲げるようにふりかざすと、辺り一面が眩い光に包まれる。
「ううぅっ……!」
不意打ちともいえるまぶしい光に、グスタフ側の人間は、すべてその光に網膜を焼かれる。数秒間続く強烈な光から視神経を守るために、目を覆って保護すること余儀なくされる。
『キイイイイイイイイイイイイィィィ!』
そうして視界を潰された後には、カリオスの盾から、地獄の底から聞こえてくるような、けたたましくはげしい金切り音が響き渡る。防衛反応として、咄嗟に耳をかばわずにはいられない程の不協和音が、グスタフ陣営に襲い掛かる。
そうして視覚と聴覚を一瞬のうちに、数分間もの間奪われる――
光が消え、音も消え、そしてようやくそれぞれの感覚器官が正常に戻った頃――そこには既にカリオス達の姿は、空気に溶け込むように消え去っていた。
「ぬ……ぐ……おぉぉぉっ……!」
まんまと逃げられた。
まるで何事も無かったような静けさが支配し、誰もが茫然とする中――1人グスタフは顔を真っ赤に沸騰させ、頭から湯気が出るかと思わせるくらいに、激昂をしていた。
「うををををををを! クソガキがぁぁぁっ! 貴様のせいで、貴様のせいで、ワシはぁぁぁぁぁ! ををををををををううううう!」
その場での絶対勝利者であるはずのグスタフの怨嗟の声を合図として、フォルテア森林帯の激闘は、ここに終焉を迎えた。
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「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
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