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第17話 高所恐怖症

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「なぁ白石」

「……ん?」

 昼飯を食い終わったあとの昼下がり、ポツリと窓を眺めながら空閑が呟いた。こっちを振り向かないもんだから独り言かと思ったが、どうやら違うらしい。

「買い物に行こうと思ってるんだが、ちょっと付き合ってくんない?」

「はぁ?」

 振り向きざまにいい笑顔で語りかけてくる空閑だが、どういうことだろうか。買い物くらい一人で行けばいいだろう。なんで俺が付き合ってやらにゃならんのだ。

「それくらい一人で行けよ」

「いやいや白石くん。ちょっとそれは薄情ってもんじゃないかな?」

 わざとらしい口調で続けてくるが、何が空閑をこうさせているのかさっぱりわからない。

「なんでだよ」

「こうして隣の席になって友達にもなったわけだし、早い話が遊びに行こうぜ!」

 笑顔はそのままで、握りしめたこぶしで親指を天井に向けてくる空閑。

「だったら最初からそう言えよ」

 ため息とともに了承するとガッツポーズを交えて『言質は取ったぞ』と言い捨てて立ち上がる。そしてそのまますたすたと教室の前方へ歩いて行ったかと思うと。

「というわけで青羽ちゃんもどう?」

 女子まで誘っていた。

 なんでそうなるんだよ……。ってことは夕凪もついてくるってことか? ちょっとした気まずさもあるんだが、まぁこれも間を取り持ってくれようとする空閑を立てるべきか。
 いや待て。むしろ野郎二人で行くよりは健全ではないのか? ……うん、きっとそうだな。男二人で変な噂が立つよりはいい。それに夕凪だけじゃなくて青羽も来るんだ。それはそれで楽しめばいいじゃないか。

「どうって、いきなりどうしたの?」

 案の定いきなり話しかけられた青羽は、なんのことかわかっていなさそうだ。そんなんでわかるわけねぇだろと心の中でツッコミつつも、夕凪も含めて四人で遊びに行く約束が取り付けられるのだった。



「ところでどこ行くの?」

 その日の放課後、俺たちの席に集まった青羽が第一声を発した。遊びに行くと決まったのは土曜日である明日だ。今のうちに決めておかないとダメだろう。

「うーん。やっぱりここはビーズモールじゃね?」

「いいんじゃない?」

「ふーん……」

 空閑の提案に賛成なのは青羽だ。一方夕凪は微妙に考え込んでいる。俺はと言うと……、別にどこでもよかったりする。
 ビーズモールというのは、電車に乗って学校を通り過ぎた駅の終点にある大型のショッピングモールだ。自宅からだと各駅停車の電車に乗り換える必要がないので、向こう側にあるとはいえビーズモールの方が近いかもしれない。

「あっ、じゃああたし、展望台に行ってみたい!」

 考え込んでいた夕凪が、ひとつ自分が行ってみたいところを挙げてきた。

「いいわね。わたしも行ったことないし」

「げっ、あっ……、いや、うん。いいんじゃないかな……」

 空閑がなぜか挙動不審になってるがなんだろうな?
 かくいう俺も展望台には登ったことがない。ビーズモールの近くにある、日本一高いビルの展望台だ。地上三百メートルにある展望台ということで当時話題になったが、そこまで興味は惹かれなかったのだ。
 あー、もしかしたら空閑は高所恐怖症だったりすんのかな。それなら態度がおかしいのも頷ける。というかむしろ面白そうだな。

「どうしたんだ空閑。自分から発案しといて嫌なのか?」

「ははは……、そんなわけあるかい。ただちょっと、展望台がね……、うん……」

「何か嫌な思い出でもあるのか?」

「あ、まさか高いところが苦手なんじゃ?」

 遠回しにいじろうと言葉をかけたところで、夕凪が空閑の机に身を乗り出しながら直球を投げかけてきた。

「いやいやいや、そんなはずあるわけないじゃないですかー」

 乾いた笑いを浮かべながら答えてはいるが、顔が引きつってるぞ。

「じゃあ問題ないわね!」

 空閑の様子に気付いた様子はなく、夕凪がうんうんと頷きながらも結論を出している。

「決定だな」

「お、おう」

「いやぁ、明日はちょっと楽しみだな」

「そ、そうだな」

「白石くんと空閑くんは展望台に上ったことはあるの?」

 じわじわと空閑をいじっていると、青羽から疑問の声がかかる。

「いや、俺は行ったことないよ」

「……あるわけねぇじゃん」

 何を当たり前のことをと言いたげな空閑だが、高所恐怖症の疑いがあるんであればそれも納得か。

「そうなんだ」

「じゃあちょうどよかったじゃない」

 ひとまず行き先が決まり、集合場所が決まったところで今日は解散となった。明日は現地最寄り駅中央改札前に十時だ。

「んじゃまた明日なー」

「はいはい、遅刻するんじゃないわよー」

「そっちこそ」

 青羽は自転車通学をしているらしく、電車通学の夕凪も途中まで付き合うらしい。ということで帰りは俺たち二人だけだ。
 こうして頑なに高所恐怖症じゃないと言い張る空閑と帰途に就くのだった。
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