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第1章 危険な夢のはじまり
5話①
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晃司からの怒りの電話を受けた大輔は、カフェを出ると荒間署に向かった。しかしその途中、今度は一太から電話が掛ってきた。
一太は、大輔をある場所に呼び出した。
そこは、関東有数の歓楽街「北荒間」の一角にある、縦に細長いビルだった。まだ昼間だというのに卑猥な看板が出しっぱなしの通りに面する、地下一階から八階まで、全て北荒間らしい飲食店や風俗店が入る雑居ビルだ。
そのビルの五階、薄暗くカビ臭い一室で、大輔はさっきのカフェで包んでもらったクラブハウスサンドを頬張っていた。
狭く、暗く、段ボール箱が積まれた狭い事務室に、レタスを咀嚼する、シャキシャキという健康的な音が不似合に響く。
やっとサンドを口にできた大輔はご満悦だが、同じ部屋で事務机越しに向かい合う一太は不思議そうに大輔を見ていた。ちなみに一太の前には、テイクアウトの大盛牛丼と豚汁がデンとある。
「⋯⋯大輔、昼飯それだけでもつの? 夕飯、いつ食べられるかわかんないよ?」
「え? このサンド、結構デカいんですよ?」
大輔が真面目な顔で食べかけのサンドイッチを見せると、小っちゃい見た目に似合わず食欲旺盛な一太は、「へぇ⋯⋯」と困惑した様子だった。
「でも⋯⋯穂積管理官に昼飯誘われるなんて、やるじゃん大輔」
一太が大輔のサンドイッチを見つめて言った。
ウォッホン。そこで初めて、穂積との楽しいランチタイムを邪魔した晃司が口を挟んだ。
「なんであいつが、捜査本部も立ってない荒間署に出入りしてんだよ」
晃司は、二人と少し離れたパイプ椅子に座っている。スポーツ新聞の夕刊をバサバサと煩く畳みながら、愚痴るようにそう零した。
捜査一課管理官を、あいつ、呼ばわりする非常識さに、大輔の眉根がギュッと寄る。
「穂積管理官、隣の署で起きた連続レイプ事件のことでうちに来てたみたいです。容疑者が北荒間に出入りしてるとかで」
一太は晃司に答え、牛丼屋の割り箸をパシッと割った。
大輔は、意外そうに一太を見つめた。さっきまで穂積と一緒にいた自分が知らない情報を、彼が知っていたからだ。さすがスパイ志望。情報が早い。
「あの一太さん。穂積管理官て、どういう方なんですか? その⋯⋯ミーハーですけど、ちょっと警察官らしくないというか⋯⋯」
一太の情報網を信じて大輔が訊くと、一太は期待通りペラペラと話し出した。
「どう見ても警察官に見えないよね。モデルか⋯⋯俳優みたい! それもそのはず、本名は穂積デレク香っていうんだよ」
自分より階級も年齢も上の警官を呼び捨てにするとは、晃司だけでなく一太も中々図太い神経の持ち主だ。もしくは、お喋りの熱が勝っているのかもしれない。穂積のことを話せるのが嬉しくて仕方ない、という感じだ。一太は相当な噂好きらしい。
(やっぱりスパイは無理すぎだろ⋯⋯)
それは胸に秘めて、大輔は話好きな一太に訊いた。
「デレク⋯⋯て、ハーフ、なんですか?」
「そうそう。警察庁始まって以来の、ハーフのキャリアなんだって」
「きゃ、キャリア!」
つい先日まで田舎の交番に勤務していた大輔には、まったく無縁の人種だ。思わず声が大きくなった。一太も興奮を隠さない。
「すっごい人なんだよ! 東大法学部を首席で卒業して、サツ庁⋯⋯警察庁に入庁が決まる前に、経産省と外務省が穂積管理官を取り合ったっていう伝説があるぐらい」
「経産省と外務省⋯⋯ですか⋯⋯」
(かっこいい~~!)
大輔の目がキラキラと輝き出す。
大輔の反応に気を良くしたのか、一太は穂積について色々教えてくれた。彼が指揮を取った事件の多くが迅速に解決されている、とか、キャリアだが実力主義で、能力があれば男女問わず、所轄の大小関係なく捜査一課に引っ張る、など。
(マジで、本物のタマだ⋯⋯!)
今朝、痴漢から助けられた時も同じようなことを思った。俺のダイがいた! と。しかしそれはとんだ思い違いだったと、すぐに気づかされた。
晃司は、大輔のダイではなかった。ダイとは程遠い、最低最悪セクハラ野郎だった。
(よく見たら、見た目も全然似てないし)
しかし穂積は違う。彼は見た目も憧れのタマにそっくりで、優秀で頭脳明晰なところもタマそのものだ。しかも刑事なら誰でも憧れる、捜査一課の管理官だ。
大輔は、彼に――穂積管理官に理想の警察官像を見た。
(決めた! 俺は⋯⋯捜査一課を目指す!)
しかし大輔の熱い思いは、穂積とは真逆のダメ警官――晃司に打ち砕かれる。
「浮かれてんじゃねぇぞ、新人。どうせ、穂積の下で働きた~い! 捜査一課に行きた~い! とか寝ぼけてんだろうが⋯⋯百年早ぇんだよ!」
「わ、わかってますよ! ⋯⋯一太さん! いつ摘発に入るんですか?!」
図星をさされた大輔は、少し赤くなって一太に向き直った。すると一太は、今が仕事中であることをやっと思い出したかのように目を瞬かせた。どうにも頼りにならない先輩である。
「いつにしよっか⋯⋯」
返事も非常に頼りない。一太は牛丼の容器を片手で持ったまま、事務机の横にあるすすけた窓を細く開いて外を覗いた。
窓の外に、路地を挟んで向かい合う、同じような雑居ビルが見える。十階建てで、全部の階に卑猥な看板が掲げられている、いわゆる風俗ビルだ。
穂積とのランチタイムを邪魔された理由は、向かいの風俗ビルに入る違法風俗店を摘発するためだった。元々晃司と一太の仕事で、新人の大輔も先輩たちに付き添って仕事を覚えろ、という話のはずだったが、さっきから一向に摘発に向かう気配がない。
「摘発って、そんなに慎重になるほど危ないもんですか?」
目指すは捜査一課! の大輔でも、初めての現場に実は緊張している。生活安全課保安係配属初日に、いきなり違法風俗店摘発に立ち会うことになったのだから無理もない。
一太はガガッと豪快に牛丼をかき込み、空になったプラスチックの容器を事務机の上に置いた。
「う~ん、今回はそんなでもないと思うよ。今から行く店は、営業届けを出してなかっただけの微罪だし。向こうが警察相手に暴れるとかはないんじゃない?」
「でも⋯⋯違法がバレたのは、傷害事件がキッカケなんですよね?」
昨晩、荒間署刑事課に傷害・恐喝事件の通報があった。通報したのは会社員で、北荒間のデリヘル嬢と、同じく北荒間のラブホテルに入り、サービスを開始してしばらくすると、暴力団員風の男が乗り込んできたという。男はデリヘル嬢のオトコだと言い、「テメェ、人のオンナに手を出しといてタダで済むと思うんじゃねぇぞ」と、俗にいう美人局を働いた。会社員はチンピラに殴られ、財布の中の現金を全て奪われ、深夜の荒間署に駆け込んだ。
傷害と恐喝事件として調べ始めるとすぐに、会社員が利用したデリバリーヘルスが無届の違法風俗店だと判明した。そのため、傷害と恐喝事件とは別に、北荒間の風俗営業を取り締まる生活安全課保安係が、違法デリバリーヘルス店を摘発することになった。
その違法ヘルスの受付事務所が、向かいの風俗ビルの五階にある。まだ営業時間ではないため事務所は無人で、大輔たちは店員が現れるのを待っているのだ。ちなみに、待機場所に利用しているこの事務所は、荒間署にきちんと届け出ている優良風俗店、『ピーチバナナ』の事務所だ。
「その美人局をやったチンピラは、店とは関係ないんですか?」
カフェでクラブハウスサンドと一緒に頼んだ有機栽培豆のブレンドコーヒーを一口飲み、一太に訊ねる。対して一太は、ペットボトルのコーラをグビグビと飲んでいた。
(牛丼とコーラ⋯⋯)
大輔が眉を顰めたのには気づかず、一太が答える。
「刑事課からはなんも聞いてないけど、多分、グルなんじゃないかなぁ? そんなことがあったら、普通は店側から通報があるしね。ま、店が違法だから通報できなかったのかもしれないけど」
「やっぱり⋯⋯北荒間の風俗店は、暴力団が運営してる、ヤバイ店が多いんですか?」
半ば断定的に訊いた大輔だが、一太は「う~ん」と唸って難しい顔になった。
「まぁ、そうなんだけどね⋯⋯。大輔『景成会』て知ってる?」
「はい、もちろん!」
景成会――S県で一、二を争う強大な指定暴力団で、主に北荒間をシマとしている。先月まで県の最北端にある田舎交番に勤務していた大輔でも、その名前は当然耳に入ってきた。
「北荒間って、景成会が牛耳ってるんですよね?」
「そうなんだけど⋯⋯最近、それが変わってきてるんだよね」
「景成会が弱体化したってことですか? もしかして、ここ数年の暴力団の取締りが功を奏して?」
警察の功績を素直に喜ぶ大輔だが、一太の表情は複雑なままだ。
「一太さん?」
「弱体化、してるかは微妙なんだけど、前より表立って活動しにくくはなったよね。で、そこにつけ込む奴らがいるわけよ」
「他の暴力団、ですか? 県内にはもう二つぐらいデカいのがありますもんね」
「いや、それだったら話は簡単なんだけど、そっちも警察に目をつけられて、景成会と同じような状態なわけ。だから最近は、聞いたこともないような組だとか、暴力団ともいえない不良の集まりみたいな小さいグループ、半グレとかね。⋯⋯あとは外国人組織が元気になっちゃって」
「でも、それなら景成会より取締りしやすそうじゃないですか? 弱小なんだから」
いやいや、と一太は大輔の言葉を遮るように大きく首を振った。
「小っちゃくても数はあるし、正体が掴めない組織がわんさか出てきちゃったもんだから、把握するだけで大変なんだよ。それにそういう奴らは、なにするか予想もできないしさ。昨日の美人局だって、今までだったらあり得ないんだよ。自分の店の客相手に美人局するなんて、景成会が仕切ってる店だったら絶対になかったんだから」
「なんか一太さん⋯⋯景成会を認めてる、みたいに聞こえますけど⋯⋯」
「やめてよ! 暴力団なんて俺だって大嫌いだよ! 大体、俺ら生安課はイヤでも暴力団と顔を突き合わすから、あいつらの腐ったとこ散々見てるし」
それにしては、一太の発言は微妙だ。
「暴力団は大嫌いだし、無くなってほしいよ。だけど現実問題、北荒間に関しては⋯⋯景成会が鳴りを潜めてから、色々面倒臭くなったのは事実なんだよねぇ」
長い息を吐いて、一太は残ったコーラを飲み干した。
一太は、大輔をある場所に呼び出した。
そこは、関東有数の歓楽街「北荒間」の一角にある、縦に細長いビルだった。まだ昼間だというのに卑猥な看板が出しっぱなしの通りに面する、地下一階から八階まで、全て北荒間らしい飲食店や風俗店が入る雑居ビルだ。
そのビルの五階、薄暗くカビ臭い一室で、大輔はさっきのカフェで包んでもらったクラブハウスサンドを頬張っていた。
狭く、暗く、段ボール箱が積まれた狭い事務室に、レタスを咀嚼する、シャキシャキという健康的な音が不似合に響く。
やっとサンドを口にできた大輔はご満悦だが、同じ部屋で事務机越しに向かい合う一太は不思議そうに大輔を見ていた。ちなみに一太の前には、テイクアウトの大盛牛丼と豚汁がデンとある。
「⋯⋯大輔、昼飯それだけでもつの? 夕飯、いつ食べられるかわかんないよ?」
「え? このサンド、結構デカいんですよ?」
大輔が真面目な顔で食べかけのサンドイッチを見せると、小っちゃい見た目に似合わず食欲旺盛な一太は、「へぇ⋯⋯」と困惑した様子だった。
「でも⋯⋯穂積管理官に昼飯誘われるなんて、やるじゃん大輔」
一太が大輔のサンドイッチを見つめて言った。
ウォッホン。そこで初めて、穂積との楽しいランチタイムを邪魔した晃司が口を挟んだ。
「なんであいつが、捜査本部も立ってない荒間署に出入りしてんだよ」
晃司は、二人と少し離れたパイプ椅子に座っている。スポーツ新聞の夕刊をバサバサと煩く畳みながら、愚痴るようにそう零した。
捜査一課管理官を、あいつ、呼ばわりする非常識さに、大輔の眉根がギュッと寄る。
「穂積管理官、隣の署で起きた連続レイプ事件のことでうちに来てたみたいです。容疑者が北荒間に出入りしてるとかで」
一太は晃司に答え、牛丼屋の割り箸をパシッと割った。
大輔は、意外そうに一太を見つめた。さっきまで穂積と一緒にいた自分が知らない情報を、彼が知っていたからだ。さすがスパイ志望。情報が早い。
「あの一太さん。穂積管理官て、どういう方なんですか? その⋯⋯ミーハーですけど、ちょっと警察官らしくないというか⋯⋯」
一太の情報網を信じて大輔が訊くと、一太は期待通りペラペラと話し出した。
「どう見ても警察官に見えないよね。モデルか⋯⋯俳優みたい! それもそのはず、本名は穂積デレク香っていうんだよ」
自分より階級も年齢も上の警官を呼び捨てにするとは、晃司だけでなく一太も中々図太い神経の持ち主だ。もしくは、お喋りの熱が勝っているのかもしれない。穂積のことを話せるのが嬉しくて仕方ない、という感じだ。一太は相当な噂好きらしい。
(やっぱりスパイは無理すぎだろ⋯⋯)
それは胸に秘めて、大輔は話好きな一太に訊いた。
「デレク⋯⋯て、ハーフ、なんですか?」
「そうそう。警察庁始まって以来の、ハーフのキャリアなんだって」
「きゃ、キャリア!」
つい先日まで田舎の交番に勤務していた大輔には、まったく無縁の人種だ。思わず声が大きくなった。一太も興奮を隠さない。
「すっごい人なんだよ! 東大法学部を首席で卒業して、サツ庁⋯⋯警察庁に入庁が決まる前に、経産省と外務省が穂積管理官を取り合ったっていう伝説があるぐらい」
「経産省と外務省⋯⋯ですか⋯⋯」
(かっこいい~~!)
大輔の目がキラキラと輝き出す。
大輔の反応に気を良くしたのか、一太は穂積について色々教えてくれた。彼が指揮を取った事件の多くが迅速に解決されている、とか、キャリアだが実力主義で、能力があれば男女問わず、所轄の大小関係なく捜査一課に引っ張る、など。
(マジで、本物のタマだ⋯⋯!)
今朝、痴漢から助けられた時も同じようなことを思った。俺のダイがいた! と。しかしそれはとんだ思い違いだったと、すぐに気づかされた。
晃司は、大輔のダイではなかった。ダイとは程遠い、最低最悪セクハラ野郎だった。
(よく見たら、見た目も全然似てないし)
しかし穂積は違う。彼は見た目も憧れのタマにそっくりで、優秀で頭脳明晰なところもタマそのものだ。しかも刑事なら誰でも憧れる、捜査一課の管理官だ。
大輔は、彼に――穂積管理官に理想の警察官像を見た。
(決めた! 俺は⋯⋯捜査一課を目指す!)
しかし大輔の熱い思いは、穂積とは真逆のダメ警官――晃司に打ち砕かれる。
「浮かれてんじゃねぇぞ、新人。どうせ、穂積の下で働きた~い! 捜査一課に行きた~い! とか寝ぼけてんだろうが⋯⋯百年早ぇんだよ!」
「わ、わかってますよ! ⋯⋯一太さん! いつ摘発に入るんですか?!」
図星をさされた大輔は、少し赤くなって一太に向き直った。すると一太は、今が仕事中であることをやっと思い出したかのように目を瞬かせた。どうにも頼りにならない先輩である。
「いつにしよっか⋯⋯」
返事も非常に頼りない。一太は牛丼の容器を片手で持ったまま、事務机の横にあるすすけた窓を細く開いて外を覗いた。
窓の外に、路地を挟んで向かい合う、同じような雑居ビルが見える。十階建てで、全部の階に卑猥な看板が掲げられている、いわゆる風俗ビルだ。
穂積とのランチタイムを邪魔された理由は、向かいの風俗ビルに入る違法風俗店を摘発するためだった。元々晃司と一太の仕事で、新人の大輔も先輩たちに付き添って仕事を覚えろ、という話のはずだったが、さっきから一向に摘発に向かう気配がない。
「摘発って、そんなに慎重になるほど危ないもんですか?」
目指すは捜査一課! の大輔でも、初めての現場に実は緊張している。生活安全課保安係配属初日に、いきなり違法風俗店摘発に立ち会うことになったのだから無理もない。
一太はガガッと豪快に牛丼をかき込み、空になったプラスチックの容器を事務机の上に置いた。
「う~ん、今回はそんなでもないと思うよ。今から行く店は、営業届けを出してなかっただけの微罪だし。向こうが警察相手に暴れるとかはないんじゃない?」
「でも⋯⋯違法がバレたのは、傷害事件がキッカケなんですよね?」
昨晩、荒間署刑事課に傷害・恐喝事件の通報があった。通報したのは会社員で、北荒間のデリヘル嬢と、同じく北荒間のラブホテルに入り、サービスを開始してしばらくすると、暴力団員風の男が乗り込んできたという。男はデリヘル嬢のオトコだと言い、「テメェ、人のオンナに手を出しといてタダで済むと思うんじゃねぇぞ」と、俗にいう美人局を働いた。会社員はチンピラに殴られ、財布の中の現金を全て奪われ、深夜の荒間署に駆け込んだ。
傷害と恐喝事件として調べ始めるとすぐに、会社員が利用したデリバリーヘルスが無届の違法風俗店だと判明した。そのため、傷害と恐喝事件とは別に、北荒間の風俗営業を取り締まる生活安全課保安係が、違法デリバリーヘルス店を摘発することになった。
その違法ヘルスの受付事務所が、向かいの風俗ビルの五階にある。まだ営業時間ではないため事務所は無人で、大輔たちは店員が現れるのを待っているのだ。ちなみに、待機場所に利用しているこの事務所は、荒間署にきちんと届け出ている優良風俗店、『ピーチバナナ』の事務所だ。
「その美人局をやったチンピラは、店とは関係ないんですか?」
カフェでクラブハウスサンドと一緒に頼んだ有機栽培豆のブレンドコーヒーを一口飲み、一太に訊ねる。対して一太は、ペットボトルのコーラをグビグビと飲んでいた。
(牛丼とコーラ⋯⋯)
大輔が眉を顰めたのには気づかず、一太が答える。
「刑事課からはなんも聞いてないけど、多分、グルなんじゃないかなぁ? そんなことがあったら、普通は店側から通報があるしね。ま、店が違法だから通報できなかったのかもしれないけど」
「やっぱり⋯⋯北荒間の風俗店は、暴力団が運営してる、ヤバイ店が多いんですか?」
半ば断定的に訊いた大輔だが、一太は「う~ん」と唸って難しい顔になった。
「まぁ、そうなんだけどね⋯⋯。大輔『景成会』て知ってる?」
「はい、もちろん!」
景成会――S県で一、二を争う強大な指定暴力団で、主に北荒間をシマとしている。先月まで県の最北端にある田舎交番に勤務していた大輔でも、その名前は当然耳に入ってきた。
「北荒間って、景成会が牛耳ってるんですよね?」
「そうなんだけど⋯⋯最近、それが変わってきてるんだよね」
「景成会が弱体化したってことですか? もしかして、ここ数年の暴力団の取締りが功を奏して?」
警察の功績を素直に喜ぶ大輔だが、一太の表情は複雑なままだ。
「一太さん?」
「弱体化、してるかは微妙なんだけど、前より表立って活動しにくくはなったよね。で、そこにつけ込む奴らがいるわけよ」
「他の暴力団、ですか? 県内にはもう二つぐらいデカいのがありますもんね」
「いや、それだったら話は簡単なんだけど、そっちも警察に目をつけられて、景成会と同じような状態なわけ。だから最近は、聞いたこともないような組だとか、暴力団ともいえない不良の集まりみたいな小さいグループ、半グレとかね。⋯⋯あとは外国人組織が元気になっちゃって」
「でも、それなら景成会より取締りしやすそうじゃないですか? 弱小なんだから」
いやいや、と一太は大輔の言葉を遮るように大きく首を振った。
「小っちゃくても数はあるし、正体が掴めない組織がわんさか出てきちゃったもんだから、把握するだけで大変なんだよ。それにそういう奴らは、なにするか予想もできないしさ。昨日の美人局だって、今までだったらあり得ないんだよ。自分の店の客相手に美人局するなんて、景成会が仕切ってる店だったら絶対になかったんだから」
「なんか一太さん⋯⋯景成会を認めてる、みたいに聞こえますけど⋯⋯」
「やめてよ! 暴力団なんて俺だって大嫌いだよ! 大体、俺ら生安課はイヤでも暴力団と顔を突き合わすから、あいつらの腐ったとこ散々見てるし」
それにしては、一太の発言は微妙だ。
「暴力団は大嫌いだし、無くなってほしいよ。だけど現実問題、北荒間に関しては⋯⋯景成会が鳴りを潜めてから、色々面倒臭くなったのは事実なんだよねぇ」
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