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第1章 危険な夢のはじまり
4話
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穂積を県警本部まで送ることになった大輔は、桂奈と別れて穂積とエレベーターに乗り直し、地下一階に降りた。
そこで覆面パトカーを手配し、大輔の運転で県警本部に向かうはずだった。が、車には乗らず、穂積と大輔は徒歩で荒間署を出た。地下からコッソリと、人目を忍ぶように――。
そしてなぜか二人は、荒間署から少し離れた場所にある、濃い色の木目調のインテリアで統一された、洒落て落ち着けるカフェに入った。
「⋯⋯じゃあランチセットを二つ。僕は本日のハーブティーで⋯⋯堂本巡査は?」
「あ、じゃあ⋯⋯ブレンドで⋯⋯」
大学生ぐらいのアルバイトの女の子が、穂積に頬を染めながらメニューを下げてキッチンに戻っていく。きっと今頃、キッチンの中はちょっとしたパニックが起きているだろう。
(⋯⋯で、俺はなんでここにいるんだっけ?)
大輔は落ち着いた店内で、ちっとも落ち着かない。
荒間署を出た穂積は、大輔を連れて荒間駅に向かった。そして駅を越え、駅前の商店街を一本裏に入ったこのカフェにやって来た。
ちょっと早いけど、ランチに付き合ってくれない? そう穂積に誘われ、隠れ家風のカフェに入り――今、二人で向かい合って座っている。
ようやく記憶が整理されたが、それでも気分は落ち着かない。捜査一課管理官、なんて大輔にとっては雲の上の存在だからだ。
会話の糸口さえ見つけられないで黙っていると、穂積が水の入ったグラスに手を伸ばし、一口飲んだ。
「ごめんね、無理やり連れてきて。前に荒間署に来た時にこのお店見つけて、いいなぁ入ってみたいなぁと思ったんだけど⋯⋯一人じゃ入りづらくて諦めたんだ」
グラスに口をつけながら、穂積が上目遣いで大輔に打ち明ける。
はにかむような表情に――ドキッとした。
穂積は階級もずっと上であるし、見た目もキリッと格好良くてとても近寄りがたい雰囲気なのに、笑うと急に幼くなった。そのギャップが大輔を一層落ち着かなくし、舞い上がらせた。
「そんなこと気にしなくても、管理官ならお洒落なお店、似合いますよ! お一人でも様になると思います!」
思わず前のめりになってしまった。穂積がビックリして、次に声を立てて笑った。
「ありがとう。無理に連れ出した俺が言うのも変だけど、堂本巡査は物怖じしないんだね」
大輔はハッとした。相手は管理官だったと思い出し、自分の図々しさを猛省して大人しく座り直す。
しかし穂積に怒る様子はなく、変わらず笑顔だった。
「嫌みじゃなくて、嬉しいんだよ。仕事で所轄署に行くと、なんだか煙たがられてる感じがしてね」
ちょっといじけてたんだ。と冗談を言って笑う穂積にまた、ドキドキしてしまう。
大輔は緊張を隠すため、大真面目に言った。
「穂積管理官が格好いいから、きっとみんな緊張しちゃうんですよ!」
「ほんとに? 今度刑事課に行ったら、ふざけて訊いてみようかな」
穂積は大輔がなにを言っても楽しそうだった。その笑顔に、大輔の緊張はどんどん解れていく。
美味しそうなランチセットのクラブハウスサンドが届く頃には、大輔はすっかり打ち解けて、二人の会話は以前からの知り合いのように盛り上がった。
そして浮かれた大輔は、自分から警察官になった理由を明かした。目の前に憧れのタマにソックリな穂積がいて、我慢できなかったのだ。
どうでもよい大輔の話にも、穂積は嬉しそうに笑ってくれた。
「へぇ? 『デカダマ!』ね。⋯⋯俺、あのドラマに出てた、玉木刑事役の俳優に似てるってよく言われたんだよ」
「やっぱり! 俺も今朝の電車で穂積管理官を見てビックリしたんです! タマがいるって!」
浮かれて朝のことを話したが、その後の情けない痴漢騒動も思い出し、落ち込む。
まさか穂積に気づかれてなかったよな? と不安になる大輔を、穂積が優しく呼んだ。
「ねぇ堂本くん?」
いつのまにか、巡査から君付けになった。せっかく緊張しなくなったのに、またドキドキしてしまう。
「は、はい⋯⋯」
緊張の面持ちで視線を上げると、穂積の薄茶の瞳が一瞬、ギラリと妖しく光った。
「今朝の電車で⋯⋯痴漢に遭ってたでしょ?」
「み、見られてたんですか?!」
ショックだった。あの情けない場面を穂積に見られていたなんて。
大輔が落胆すると、穂積のきれいな瞳から妖しい光が消え、また爽やかな笑顔に戻った。
「ちょっと騒ぎになってたから。助けに入ろうかと思ったんだけど⋯⋯」
「最悪ですよ、小野寺さんは! 管理官に助けてもらいたかったです!」
痴漢騒動を課内で言い触らされた大輔は、助けてもらった恩も忘れて晃司に怒り心頭だった。本気で心の底から、助けてくれたのが穂積だったら、と思う。
穂積がニヤリと笑った。
「小野寺巡査部長は、あれでいい警察官なんだけど⋯⋯性格にちょっと問題があるからね」
「ちょっとじゃないですよ! あの人のせいで俺⋯⋯」
童貞刑事――と不名誉な噂を立てられたことは、穂積には絶対に知られたくなくて押し黙る。
そして、ふと気づく。
「あれ? 管理官、小野寺さんのこと知ってるんですか?」
捜査一課管理官の穂積が、刑事課の捜査員ならともかく、生活安全課の警察官を知っていることに少し驚いた。そういえば、穂積は桂奈のことも知っているようだった。エレベーターホールで会った時、桂奈は名乗っていなかったはずなのに。
「うん⋯⋯君の部署、生活安全課保安係はちょっと⋯⋯色々あるから」
苦笑いする穂積に、大輔も納得してしまう。まだ初日だが、どうも曲者揃いな気はしていた。
と、テーブルに置いた大輔の携帯電話がなった。知らない番号だが、異動初日なのでおそらく仕事関連だろう。遠慮がちに穂積を見る。
「管理官⋯⋯」
「うん、どうぞ」
穂積は嫌な顔をせず、そう言ってくれた。大輔は穂積に小さく頭を下げ、「もしもし」と電話に出た。
『こぉら~、新人! 初日からサボってんじゃねぇぞ!』
いきなりの怒号に、思わず耳からスマートホンを離してしまった。もう一度、「こらぁ!」と電話の向こうで怒鳴られ、慌ててスマートホンを顔に寄せる。
「⋯⋯お、小野寺さん?!」
チッ。重く低い舌打ちが聞こえた。しかしそれは電話の向こうからではなく、目の前の穂積のものだった。
穂積を見ると、さっきまでの爽やかな笑顔が嘘のように不機嫌、いや、それ以上の顔つきだった。
(なんで⋯⋯管理官が怒ってるんだ?)
穂積に訊きたかったが、電話の相手が怒鳴ってうるさくてできない。
『お前が穂積といるのはわかってんだ! こっちは仕事山積みなんだよ! とっとと戻ってこい!』
バッカヤロー! と一番大きな声で怒鳴られ、大輔はウンザリと顔を歪めた。それでも電話を切ってしまうわけにはいかず、なぜか怒り狂っている晃司に嫌そうに返事する。
「⋯⋯わかりました。すぐに戻ります!」
まだなにか晃司は怒鳴っていたが、それは気づかない振りをして電話を切ってやった。ハァ、とたまらずため息が出る。
うるさかったから、電話の外にも晃司の声は漏れていたのだろう。穂積がさっきの女性店員を呼んだ。
「すいません、彼の分、包んでもらえますか?」
大輔の楽しいランチタイムは、晃司からの理不尽な電話で突如打ち切られてしまった。
残念がる暇も、穂積に丁寧に詫びる間もなく、大輔はお洒落なカフェを急いで後にした。
穂積が持たせてくれたクラブハウスサンドは、まだ一口も口をつけていなかった。
そこで覆面パトカーを手配し、大輔の運転で県警本部に向かうはずだった。が、車には乗らず、穂積と大輔は徒歩で荒間署を出た。地下からコッソリと、人目を忍ぶように――。
そしてなぜか二人は、荒間署から少し離れた場所にある、濃い色の木目調のインテリアで統一された、洒落て落ち着けるカフェに入った。
「⋯⋯じゃあランチセットを二つ。僕は本日のハーブティーで⋯⋯堂本巡査は?」
「あ、じゃあ⋯⋯ブレンドで⋯⋯」
大学生ぐらいのアルバイトの女の子が、穂積に頬を染めながらメニューを下げてキッチンに戻っていく。きっと今頃、キッチンの中はちょっとしたパニックが起きているだろう。
(⋯⋯で、俺はなんでここにいるんだっけ?)
大輔は落ち着いた店内で、ちっとも落ち着かない。
荒間署を出た穂積は、大輔を連れて荒間駅に向かった。そして駅を越え、駅前の商店街を一本裏に入ったこのカフェにやって来た。
ちょっと早いけど、ランチに付き合ってくれない? そう穂積に誘われ、隠れ家風のカフェに入り――今、二人で向かい合って座っている。
ようやく記憶が整理されたが、それでも気分は落ち着かない。捜査一課管理官、なんて大輔にとっては雲の上の存在だからだ。
会話の糸口さえ見つけられないで黙っていると、穂積が水の入ったグラスに手を伸ばし、一口飲んだ。
「ごめんね、無理やり連れてきて。前に荒間署に来た時にこのお店見つけて、いいなぁ入ってみたいなぁと思ったんだけど⋯⋯一人じゃ入りづらくて諦めたんだ」
グラスに口をつけながら、穂積が上目遣いで大輔に打ち明ける。
はにかむような表情に――ドキッとした。
穂積は階級もずっと上であるし、見た目もキリッと格好良くてとても近寄りがたい雰囲気なのに、笑うと急に幼くなった。そのギャップが大輔を一層落ち着かなくし、舞い上がらせた。
「そんなこと気にしなくても、管理官ならお洒落なお店、似合いますよ! お一人でも様になると思います!」
思わず前のめりになってしまった。穂積がビックリして、次に声を立てて笑った。
「ありがとう。無理に連れ出した俺が言うのも変だけど、堂本巡査は物怖じしないんだね」
大輔はハッとした。相手は管理官だったと思い出し、自分の図々しさを猛省して大人しく座り直す。
しかし穂積に怒る様子はなく、変わらず笑顔だった。
「嫌みじゃなくて、嬉しいんだよ。仕事で所轄署に行くと、なんだか煙たがられてる感じがしてね」
ちょっといじけてたんだ。と冗談を言って笑う穂積にまた、ドキドキしてしまう。
大輔は緊張を隠すため、大真面目に言った。
「穂積管理官が格好いいから、きっとみんな緊張しちゃうんですよ!」
「ほんとに? 今度刑事課に行ったら、ふざけて訊いてみようかな」
穂積は大輔がなにを言っても楽しそうだった。その笑顔に、大輔の緊張はどんどん解れていく。
美味しそうなランチセットのクラブハウスサンドが届く頃には、大輔はすっかり打ち解けて、二人の会話は以前からの知り合いのように盛り上がった。
そして浮かれた大輔は、自分から警察官になった理由を明かした。目の前に憧れのタマにソックリな穂積がいて、我慢できなかったのだ。
どうでもよい大輔の話にも、穂積は嬉しそうに笑ってくれた。
「へぇ? 『デカダマ!』ね。⋯⋯俺、あのドラマに出てた、玉木刑事役の俳優に似てるってよく言われたんだよ」
「やっぱり! 俺も今朝の電車で穂積管理官を見てビックリしたんです! タマがいるって!」
浮かれて朝のことを話したが、その後の情けない痴漢騒動も思い出し、落ち込む。
まさか穂積に気づかれてなかったよな? と不安になる大輔を、穂積が優しく呼んだ。
「ねぇ堂本くん?」
いつのまにか、巡査から君付けになった。せっかく緊張しなくなったのに、またドキドキしてしまう。
「は、はい⋯⋯」
緊張の面持ちで視線を上げると、穂積の薄茶の瞳が一瞬、ギラリと妖しく光った。
「今朝の電車で⋯⋯痴漢に遭ってたでしょ?」
「み、見られてたんですか?!」
ショックだった。あの情けない場面を穂積に見られていたなんて。
大輔が落胆すると、穂積のきれいな瞳から妖しい光が消え、また爽やかな笑顔に戻った。
「ちょっと騒ぎになってたから。助けに入ろうかと思ったんだけど⋯⋯」
「最悪ですよ、小野寺さんは! 管理官に助けてもらいたかったです!」
痴漢騒動を課内で言い触らされた大輔は、助けてもらった恩も忘れて晃司に怒り心頭だった。本気で心の底から、助けてくれたのが穂積だったら、と思う。
穂積がニヤリと笑った。
「小野寺巡査部長は、あれでいい警察官なんだけど⋯⋯性格にちょっと問題があるからね」
「ちょっとじゃないですよ! あの人のせいで俺⋯⋯」
童貞刑事――と不名誉な噂を立てられたことは、穂積には絶対に知られたくなくて押し黙る。
そして、ふと気づく。
「あれ? 管理官、小野寺さんのこと知ってるんですか?」
捜査一課管理官の穂積が、刑事課の捜査員ならともかく、生活安全課の警察官を知っていることに少し驚いた。そういえば、穂積は桂奈のことも知っているようだった。エレベーターホールで会った時、桂奈は名乗っていなかったはずなのに。
「うん⋯⋯君の部署、生活安全課保安係はちょっと⋯⋯色々あるから」
苦笑いする穂積に、大輔も納得してしまう。まだ初日だが、どうも曲者揃いな気はしていた。
と、テーブルに置いた大輔の携帯電話がなった。知らない番号だが、異動初日なのでおそらく仕事関連だろう。遠慮がちに穂積を見る。
「管理官⋯⋯」
「うん、どうぞ」
穂積は嫌な顔をせず、そう言ってくれた。大輔は穂積に小さく頭を下げ、「もしもし」と電話に出た。
『こぉら~、新人! 初日からサボってんじゃねぇぞ!』
いきなりの怒号に、思わず耳からスマートホンを離してしまった。もう一度、「こらぁ!」と電話の向こうで怒鳴られ、慌ててスマートホンを顔に寄せる。
「⋯⋯お、小野寺さん?!」
チッ。重く低い舌打ちが聞こえた。しかしそれは電話の向こうからではなく、目の前の穂積のものだった。
穂積を見ると、さっきまでの爽やかな笑顔が嘘のように不機嫌、いや、それ以上の顔つきだった。
(なんで⋯⋯管理官が怒ってるんだ?)
穂積に訊きたかったが、電話の相手が怒鳴ってうるさくてできない。
『お前が穂積といるのはわかってんだ! こっちは仕事山積みなんだよ! とっとと戻ってこい!』
バッカヤロー! と一番大きな声で怒鳴られ、大輔はウンザリと顔を歪めた。それでも電話を切ってしまうわけにはいかず、なぜか怒り狂っている晃司に嫌そうに返事する。
「⋯⋯わかりました。すぐに戻ります!」
まだなにか晃司は怒鳴っていたが、それは気づかない振りをして電話を切ってやった。ハァ、とたまらずため息が出る。
うるさかったから、電話の外にも晃司の声は漏れていたのだろう。穂積がさっきの女性店員を呼んだ。
「すいません、彼の分、包んでもらえますか?」
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