キスで殺して 夜明けまでには

藤崎岳

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2話①

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 夜が明ければ、昨夜のことはまるでなかったことになる。 

 甘く――切ない夜を何度も過ごし、嫌というほど思い知らされた。 

 御城おしろ暁斗は清潔で満ちた部屋――病院の診察室で硬いベッドに腰かけ、昨夜の余韻を思い出してボーっとしていた。 

 夜ごとに志信の愛撫が激しくなり、愛されていると錯覚することが増えた。志信は暁斗の要求に応えているだけなのに――。 

 それを勘違いして眠りについて、朝を迎えると、夜とはまったく違う顔をした志信が暁斗の世話を焼く。朝食の準備や身支度。今日は日曜で、月一の定期検査の日だったので、志信の運転で御城家と関わりの深い大学病院にやって来た。 

「……んだよ、眠そうだな。昨日はまた夜中までお楽しみかぁ?」 

 診察デスクのパソコン画面を見たまま、暁斗の主治医――舘山蓉司たてやまようじが横顔でもわかる下卑た笑みで訊いた。

 医者アピールのためとしか思えない白衣を着ており、その下は内科医らしくない筋骨隆々な肉体が、スクラブ越しに透けている。 

「はぁ? 俺がもうぜんっぜん夜に遊び回ってねぇの、とっくに知ってんだろうが」 

 主治医である前に幼馴染で――従者でもある蓉司に暁斗は遠慮しない。そして蓉司も、主人でありながら幼馴染で弟のような暁斗に一切気を遣ったりしない。ハハハ、と憎たらしいほど明るく笑う。 

「まぁな。男好きのスケベな主が、なんでまた男遊びを控えてるのか……気になるっちゃなるが。あ、検査結果は今月も問題なし。健康そのものだ。……あっちの具合は、わかんねぇけど」 

 蓉司が口の片端を上げ、ニヤリと笑って暁斗の検査着の下半身を見てきた。 

「おい、医者のセクハラとか最悪だぞ。……元気だよ、どこもかしこも。ただ……」 

「ただ?」 

 言い淀んだ暁斗になにか感じ取ったのか、蓉司が暁斗を振り向く。普段は軽薄で浮ついた藪医者を装っているが、蓉司の暁斗や御城家への忠心は志信と遜色ないほど厚い。 

 暁斗は迷い、蓉司を信じることにした。信じたのは、しもべとしての忠心ではなく、幼馴染としての友情と親愛だ。 

 そしてタイミングよく、志信は自分の定期検査でこの場にいなかった。志信が暁斗から離れることは少ないので、話すなら今しかなかった。 

「……男遊びで危ない目に遭ったからさ、最近は志信にさせてんだよ。……夜の相手」 

 蓉司の様子を伺いながら打ち明ける。蓉司はクッキリした二重の甘ったるい目を見開き、しばらく――絶句した。 

「あ、夜の相手っていっても……抜く……抜かせてる? だけな。セックス、はしてねぇぞ」 

 お喋りな蓉司があんまり黙っているので、暁斗は少し早口になって補足した。いるのか、これ。と思いながら。 

 蓉司の男らしい喉仏が大きくゆっくり動く。 

「……お前、それ……俺以外に絶対に話すなよ。御城の誰かや志信の実家、奥野おくのに知られたら……志信、御側仕えおそばづかえを辞めさせられるだけじゃなく……殺されるぞ」 

 わかっていたことだが、自分と――志信以外の御城関係者に指摘されると、急に恐ろしくなった。志信に殺されかねないほどの罪を背負わせてしまったことを――。 

 蓉司は怒っていた。それは主に手を出した志信に対してではなく、迂闊に僕を――志信を罪人にした暁斗にだ。 

「……わかってる。俺だって志信を失いたくない。でも……俺、もうすぐ結婚するだろ? それまでに一度の……恋愛もしたことなくて、セックスだって志信がいないとできなくて……虚しくなったんだよ。金で買った相手との夜遊びも、心が擦り切れてく一方で……でも、性欲はなくないじゃん? だから志信に……」 

「お前の言いたいことはわかる。お前が気の毒だと思うこともあるよ。それでも……あいつに相手させるのは、主人としてあまりにも浅慮で自覚がなさすぎる。お前に命じられれば志信は逆らえない。たとえ……命の危険があるような命令でもな」 

「……御城に知られるようなことはしないって。それに志信なら……問題ないじゃん。主従でそういう関係になるのは良くなくても……志信なら……セックスしたってあいつ死なねぇじゃん。志信となら俺、人殺しにならないでセックスできるんじゃねぇの?」 

 志信との夜は暁斗の命令に過ぎず、志信にとっては仕事でしかないと断言されると、身勝手にも傷ついた。蓉司の言っていることが正しいとわかっているが、子どもっぽい反論をせずにはいられなかった。 

 志信との夜に、志信の気持ちはないと――認めたくなかった。 

「セックスしたい、それだけならそうだな。志信がどんな思いでお前に仕えてるのか、暁斗が考えてないとは思わなかったが」 

 志信と同じ幼馴染で兄のような存在でも、一番年齢が上のでもある蓉司は、志信よりずっと暁斗に厳しい。

 暁斗は蓉司の無礼ともとれる物言いに腹を立てたが、正論すぎて言い返すことはできなかった。 

 志信の忠心、家族のような深い愛情を利用して、自分の想いを遂げているのは事実だ――。 

「……じゃあ俺は、一生一人で……オナニーだけしてろって? 誰かと、深く触れ合うことも許されないのかよ」 

 自分の我がままも、子どもっぽさも自覚している。それをさらなる八つ当たりで蓉司にぶつけた。 

「……いつか、子どもでも生まれたらお前の孤独も和らぐかもな」 

「子ども? その前にヤンなきゃなんねぇことがあんだろ。志信を交えた乱交? 3P? をしなきゃ俺は子どもを持てない」 

 目に涙を溜め、蓉司を睨む。自分の言葉にまた、深く傷ついた。 

 蓉司は長い息を吐き、医者とは思えない無骨な手、その指でデスクをトントントントン――とリズムよく叩いた。 

「……この話は、いつお前にするのか、村のジィさんたちの間で割れてるんだ。大奥様も判断しかねてる。俺は、お前にとって悪い話じゃない、むしろ暁斗にとっては救いになると思ってるから、早く教えてやればいいのに、と考えてるが……俺が勝手に話せば怒られることだから、ジィさんたちには黙ってろよ」 

「なんだよ、それ。蓉司って好き勝手やってるフリして、結局村の……ばあさん達の顔色伺うのな。いいから話せよ、これは……命令だ」 

 命令――と暁斗が口にすれば蓉司は楽に話せると知っているから、あえて伝えた。 

「……御城の毒についてや、御城の能力を受け継いだ当主がなぜ早世なのか、少しずつだが研究が進んでる。その中でな、御城の血を残す……暁斗が子どもを残す手段として、体外受精が可能だと、結論づけられたんだ」 

「体外、受精……」 


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