モーニングコーヒーはぬるめで

慶野るちる

文字の大きさ
8 / 49
本編

しおりを挟む
 目が覚めたってことは、寝てたってことだ。
 煌々と部屋の明かりがついた中、布団の上で。多分ベッドの上で。目の前の壁の色が、寮の色と違う……気が。いや、被ってる布団も違う。
 ふと下がすーすーして。
 恐る恐る布団の中を覗くと下半身がすっぽんぽんだった。上は前が開いたワイシャツとインナー。そうだ、俺。
 そこへ背中にかさりと小さな衣擦れの音を聞いた気がしてゆっくりと体ごと振り返ったら。
 男の後頭部と背中と手に持ったグラス(中に透明度の高い茶色の液体が少々)とその向こうに無音のテレビがあって多分テレビショッピングが映っていた。
 今何時だろう。俺いつ寝たんだ。カッコ悪。何回挿れられた……? この身体の重さは一回じゃないし、まだだとか言われたのは覚えてる。
「腹減ったろ。カップラーメンならあるぞ」
 背中越しに樫木が言う。樫木もまた、掛け布団の動く音で起きたと気付いたのだろう。
 ……他に言うことないのか。ふつふつと怒りのようなものがわいてきて。
「帰る」
 そのまま声に乗った気がする。タメ口とかそうじゃないとか気遣う気にもなれなかった。コトは済んだ。ここにいる理由はない。
「悪いが酒飲んでるから無理だ」
 ……だろうな。少しも酔ってるようには感じないが。まあそういう問題でもないな。
「タクシー呼んで帰る」
「ここには付けられないぞ。学校所有の教職員住宅だからな。何事かと思われる」
 教職員住宅!? こいつ馬鹿なのか。なんでこんなところに連れ込むんだ。バレたらクビだろ。
「じゃあ歩いて帰る」
 それなら文句ないだろ。
 ベッドから降りて立ち上がる、が、やはり体が重くてよろけて。ちょうど樫木が振り返るのと同時で前のめりになった俺は慌てて立ち上がった樫木に抱きとめられた。情けない。
「何時だと思ってる、そんなことさせられるか」
 時間なんか知るか。その前に少しは気遣えよ。
「関係ないだろ、帰る」
 のろのろ歩いて何時間かかろうがいつか帰り着くだろう。
「駄目だ。その……無茶をして悪かった」
 語尾が落ちて、ぎゅっと頭ごと樫木の胸に抱き込まれる。抵抗するほど体力が回復してなくて、されるがままになってしまって。
「いつもそんなセックスしてたんじゃみんな逃げんの当たり前だろ……」
 そう言うのが精一杯。でも岡本さんだってそうだったのだろう。
「お前もか?」
 俺?
「俺は別にセフレのおっさん枠だし、やるだけだから、別に」
 おい、何言ってんだ。謝られて絆されたのかよ。あんなセックス、毎回やられたら身体がもたないだろ。
 でもそこが改善されるなら……やっぱり楽なのかもしれない、し……。こいつはおっさんというか大人なんだなと漠然と思って。
「なら帰るな。ちゃんと送り届けてやるからもう少し寝ろ。俺も眠い」
 しまりのない格好のままベッドに戻って。
 少し大きめのベッドだったのか(寮のベッドより広い感じはしていたが)テレビと部屋の明かりを消した樫木が入ってきても割と余裕があって。壁を向いていたらにょきりと腰に樫木の片腕が回りゆるくホールドされてしまった。
 もう一戦始まるのかと少し身構えたが、すぐに寝息が耳元をくすぐった。
 ……樫木も疲れているのだろう。仕事の後に、当たりを付けながら俺を探し回り(探してくれなくてもよかったのだが)、一芝居打って俺を連れて帰り、セックスをして。俺が寝ている間に飯は食ったのだろうか。テーブルには瓶二本しかなかったが。教師も大変だ。時間外労働が過ぎる。
 俺も体力が戻ったわけじゃない。体も重いし。まだ眠ろうと思えば眠れる。樫木にホールドされたまま、まぶたが重くなってきた。人の体温は心地良い。石井さんとこうやって眠ることはなかったから新しい発見だ。
 意識がフェードアウトしていく中で、もう一つ気付いたことがあった。
 酒を飲んでいたと樫木は言ったが、今至近距離にいるのにほんの少しも酒の匂いがしない。グラスに入っていた液体は酒じゃなかったのか。二本あった瓶の一つは確かに見たことのある酒のラベルが貼ってあった。もう一つは、似たような琥珀色ではあったがラベルがなかったかもしれない。ジュースかお茶の類か。
 俺が勝手に帰らないよう起きていたのだろう。樫木の目の届かないところで何かあっても、他の職員に俺が見られてもマズいだろうから。そうなれば酒は飲まないだろうな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

キスの仕方がわかりません

慶野るちる
BL
全寮制男子校に入学した市原はクラス委員長になったため書類を提出しに生徒会室に行くと、そこに一人いた、初対面の副会長の近藤に襲われてしまう。  混乱するも相部屋の同級生・松川に助けられて元気を取り戻したある日、生徒会長の桜野から仕事を手伝って欲しいと依頼される。  最初は近藤に無視されていたが手伝う中で近藤から告白され、近藤への印象が少しずつ変わっていく市原だが。 表紙:Photo by Markus Spiske on Unsplash / powered by かんたん表紙メーカー様

バスケ部のイケメン先輩に誘惑されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 他にも書きたいのがいっぱいある。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※表紙をAI君に描いてもらいました。(2026.2.21) ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

有能副会長はポンコツを隠したい。

さんから
BL
2.6タイトル変更しました。 この高校の生徒会副会長を務める僕・東山 優真は、普段の仕事ぶりから次期生徒会長の最有力候補と言われている。……んだけど、実際は詰めの甘さやうっかりミスを根性論でカバーしてきたポンコツだ。 こんなに頑張れているのは、密かに思いを寄せている安西生徒会長のため。 ある日、なんの奇跡か会長に告白され晴れて恋人同士となった僕は、大好きな人に幻滅されないためにポンコツを隠し通すと決めたけど……!?(内容は他サイト版と同じですが、こちらの方がちょっと読みやすいはずです)

入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?

monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。 そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。 主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。 ※今回の表紙はAI生成です ※小説家になろうにも公開してます

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

処理中です...