モーニングコーヒーはぬるめで

慶野るちる

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番外編

48 12月24日 1

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 世の中はクリスマスイブだが、全寮制男子校の、明日が終業式という今日は特に何でもない日だ。
 いつクリスマスパーティーをやるかというのは家庭によって違うようで、24日の今日か25日の明日か分かれるらしい。明日の帰省に合わせて明日に変わった、というのもウチの生徒の家は多いかもしれない。そういう俺の家も俺が帰省した日にやるということになっている。俺の周辺は友達同士集まってクリパなんてことはなく、みんなとっとと実家へ帰ってダラダラしたいから明日は終業式後すぐ帰省だ。 とは言え、寮の晩飯はカレーライスに鶏の唐揚げ、ポテサラに、小さな小さなクリスマスケーキが付く。食堂が飾り付けされてるわけではないがまあちょっとしたパーティーっぽくなって騒がしさも浮かれた感じだ。
 この秋からうっかり生徒会執行部なんてものに入ることになってしまった俺は放課後仕事をしてその足で一人食堂に来た。同室の桐谷を飯に誘ったが寮を抜け出してクリパをすると振られてしまったので。こんな寒い中出ていくなんて元気な奴。
 執行部の奴らとは仕事の話になりそうで一緒に飯を食う気になれず。別に一人でも問題ないし。
 と、一人カレーをつついていると。
「メリクリ、多田ちゃん」
 会いたくないとまでは思わないが会わなくてもいいと思う人が目の前に立った。食い終わったのか何も持ってなくて。
「一人で飯食ってんの? 今日のこの日に」
 そう言って目の前の席に座る。
「すみませんね」
 この一学年上の、ニヤニヤと笑う三年生の岸さんは、今年度から何かと、なりたいと思ったわけじゃないのに世話になってる人だ。悪い人ではないけど心底良い人ってわけでもない、一度だけベッドを共にした人。恋愛感情はなくてセフレ的に。そんなこの人も今は人のものだ。相手は俺も知ってる、岸さん同様世話になってる、清廉でとても良い人。
「俺に謝ったって仕方ないでしょ、樫木と予定ないの? 明日?」
 樫木、とは俺の……俺が付き合ってる男の名で……この学校の教員で俺のクラス担任、だ。唯一その関係を知ってるのは岸さんとその相手の岡本さんのみ。樫木と岡本さんと岸さんの三人はこの人たちが中学生からの、四年前からの知り合いで、俺と樫木を繋いでくれた人たちでもある。で、俺と樫木が付き合うことになった同じ時期に岡本さんと岸さんもそういう関係になったらしい。
「ありませんよ、んなの」
 平日で金曜でもない。桐谷みたいに抜け出して午前様帰還なんてできっこない。……会えば夕飯食うだけじゃないし。
 そもそも樫木からはクリスマスのクの字も出てない。女の子じゃあるまいしそんなわざわざクリスマスだから特別に何かなんて必要ない。と俺も思うし。
「あー、樫木は親しい先生たちと飲み会か」
 え?
「毎年やってるみたいよ。クリスマスパーティーみたいなの」
 岸さんは樫木と付き合いが長いからそういうの知ってるのか。アリかナシかといえばアリだろう。にぎやかな夜で何よりだ。一人でいるよりはずっと。
「多田ちゃんもそういうのあるんだと思ってんのかもねえ」
 友達同士で部屋に集まって? 酒の代わりにジュースってか。
「ないですよ」
「ふうん」
「岸さんは岡本さんと部屋で何かするんですか?」
「おや、何かって、やらしー」
 いやいや、含みは持たせてないけど、まあそういうことでしょうが、最後は。
 同じ三年生で一人部屋となった部屋は隣同士。何の障害もなく遠慮もなく乙女チックなクリスマスイブができるでしょ。
「ま、表立っては何もできんからね。暗くなってからのハナシなら」
 消灯後ってことか。学年一下半身が緩いと評される岸さんと学年一美人ゆえにアンタッチャブルな岡本さんは普段人の目に触れるところではそこそこ距離を置いてるらしい、と樫木に聞いた。長い間両片思いの二人だったのだとか。そりゃ大事にも慎重にもなるだろう。
 それでもいつでも会える、この人たちは。と言っても俺が自分で選んだことだ、誰を恨むことでもない。リスキーこの上ないがクラス担任と生徒という立場で毎日顔は合わせているわけだし。この状況であったからこそこうなったし。
「でもなんとなく多田ちゃんは寂しいね?」
 岸さんはぐいっと顔を近づけるも。
「え、いや別に……」
「クリスマスイブなのにね」
 いやだから、別にクリスマスだからどうとかってことでは。クリスマスがなんだっていうんだよ。なんか特別ラッキーなことでもあるっていうのかよ。
 あるわけないだろ。ただのお祭りだろ。モノを売りたい人たちが煽ってるだけだ。
「で、樫木はさあ、どうなの?」
 どう?
「え?」
 嫌な予感がするな、この人がニヤニヤとしてねっとりとしたしゃべり方をする時は。
「もちろん、セックスの話」
 ほら、やっぱり。
「どうって、別に普通じゃ?」
「普通って?」
「普通は普通でしょ。聞いてどうなる話でもないじゃないですか」
「えー、そう? 不満ならさ、俺と一戦どうかなって思ってさ」
 ちょ、この人なに言ってんだ。
「あの時は一人一度だけっていうポリシーがあったから誘わなかったけど、惜しいなと思ってたんだよね。多田ちゃん、あの時よりなんか色気増してるしさ」
「はあ!?」
 色気とかなんの話だよ。
「岡本さんがいるでしょ、岸さんには」
 岡本さんがいてもいなくても、岸さんともう寝たりはしないが。俺は樫木が。
「いやまあそうなんだけどさ、も一回ぐらいって思わない?」
 どういう頭してんだ、口説き落としたのは岸さんだって聞いてるぞ。
「俺良かったっしょ? 多田ちゃんの喘ぎ、今度こそ聞いてみたいなってさ」
「ばっ!」
 思わず大きな声が出て。
 なんとか続きは押し殺して。落ち着け。ここはみんながいる食堂だぞ。しかも三年生相手に。年功序列が厳しいというわけじゃないが、たった一つしか違わなくても三年生は大人に見える。
 あれは樫木とこうなる前の話で、岸さんだって岡本さんとはまだで、寝たことは別に誰にも申し訳なく思うことはない。樫木も岡本さんも知ってることだ。確かに岸さんは上手かった。それは認める。現に俺から一度は二度目を誘った。振られたけど。
 でも。
 今は違う。岸さんじゃない。
 快楽と浄化だけのセックスはしない。
「寝るわけないでしょ」
「ふうん、多田ちゃんも樫木とうまくやってんだね。ちゃーんと好きになれた?」
「……ええ、まあ……」
 なんで岸さんに言わねばならない。告ってくれたのは樫木だが、俺だって。
「物足りなくなったらいつでも言って。俺はいつでも大歓迎だからね」
 全然引く様子ないんだけど……冗談だよな、きっと。試されただけだ。岸さんにとっても樫木はただの教師ってわけじゃないはずだし。岡本さんと岸さんは樫木寄りだ、最初から。アウェイは俺。
「あ、そういえば、樫木の新居はもう行った?」
 ……え。
 咄嗟に声が出なかった。
「あー……あちゃー。多田ちゃん、良いクリスマスを」
 俺がどんな顔をしていたのかわからないが、岸さんは気まずそうな顔をしてそそくさと立ち上がって帰っていった。
 ……何が良いクリスマスだ。良いクリスマスってなんだよ。いい加減にもほどがある。クリスマスなんてどうでもいいんだよ。
 俺はカレーの残りを掻き込み、カップケーキのクリスマスケーキを通りすがりのクラスの奴に押し付けて食堂を出た。
 自然と早足で部屋に戻る。部屋には誰もいないから、早く一人になりたかった。みじめな姿は誰にも見られたくなかった。俺の事情なんて誰も知らないとしても。
 ……なんで俺だけ何も知らないんだよ。
 飲み会も、引っ越したことも。
 すべて俺に報告してほしいなんてことは思わないけど。
 教職員住宅を出る予定だと話してくれたのに。楽しみに待ってろって言ってたのに。一番最初に教えてくれなくていい、でも樫木の口から聞きたかったよ、俺は。乙女思考だと笑われたって。
 それぐらい望んだっていいだろ。些細なことで、些細なことだけど。
 ネクタイを解き、制服の上着をベッドに脱ぎ捨てる。
 と。
 床にカツン、と何かが落ちた。
「…………」
 上着から、零れたようで。
 それは。
 銀色に鈍く光る……。
「……鍵」
 拾い上げると頭には赤と緑の細いリボンが結びつけてある。
「嘘だろ……」
 いつ…………ああ……、帰りのSHRの時、プリントを集めて教壇に持って行ったっけ。その時上着のポケットに突っ込んだっていうのかよ。
「バカ……ちゃんと言わないとわかんないだろ」
 怒りと嬉しさが綯い交ぜになって。
 とりあえず、ベッドに突っ伏した。
 部屋には自分一人しかいないが妙な顔をしてるに違いない。ニヤニヤした、頬が緩んだ、だらしない顔。多分。誰にも見せられないだろう顔。岸さんに見られた日にゃずっと揶揄われそうだ。
 焦らされた末のサプライズ、のようなコレは素直に喜べないというかなんというか。いや、いや。
 嬉し……かった。嬉しくないわけがない。
 俺はいつもふてぶてしくて素直じゃなくて態度が悪いけど、今日は。
 素直に嬉しいと、思っても、口にしても、いいよな……?
 クリスマスイブだからと、言い訳して。クリスマス……俺にもちゃんと、あった。
 今気づいたと、電話すべきだろうか。いや、この時間は樫木も宴会中か。二学期の慰労会のようなものだろう。同僚同士ならではの労いもあるだろうから遠慮すべきだ。メール……よりはやっぱり話したい。終わった頃を見計らって電話を掛けてみようか。
 と、腹いっぱいなのか気が緩んでるのか眠気に襲われる。俺もちょろいよな。
 まだ少し時間がある。
 このまま少し眠ってしまおう。特にやることもないのだし。
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