悪役令嬢と薄幸の元伯爵令嬢のかけて欲しい言葉と聞きたくない言葉

なめ沢蟹

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プロローグ

同僚の結婚式

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 私の名はイーモン・ケアード。 
 とある貴族の屋敷の執事をしている。
 平民出の二十五歳。
 自己評価はこれといって突出した能力はないが、目立って劣る部分もない。
 そんな感じだ。
 そんな私がそこそこは出世してるのは、二つの事を心がけているからだ。
 それは……。
 一つ、相手のかけて欲しい言葉を把握する。
 二つ、相手に対しての禁句を把握する。
 それだけだ。
 この二つさえ把握していれば、浅はかな駆け引きなどいらない。
 地道に相手のかけて欲しい言葉を重ね、禁句を避ける。 
 コミュニケーションなんてそこさえ押さえておけば、むしろ何も考えないで自然にやったほうがいい。
 
†††††

 今日は友人の結婚式に呼ばれていた。
 同じ館で働く、馬番のアレンとメイドのマリンが結ばれたのだ。
「おめでとうアレン」
「おめでとうマリン」
 様々な者が祝福の声を上げている。
 ここは二人の故郷の村。
 農村地帯でけっこう活気がある村で、二人ともここから勤め先である貴族の館に通っていた。
 式は教会で行われ、そのあとは野外に設置したテーブルで楽しく飲み食いする。
 それがこの村の伝統だ。 
 立食パーティーというやつだな。  
 今は心地よい気候の季節だし、にぎやかな中での自然に囲まれた中での食事というのも良い物だ。
 ビールの飲むペースも上がるというもの。
「おーい、イーモン!」
 私と同じく式に出席していた館の使用人が、私の名を呼んだ。
 振りかえると、両手に鶏肉料理の皿を持っている。
 しかし、相変わらず野暮ったい奴だ。
 まったく燕尾服が似合ってない。
 おっと、しかしこれはあいつにとって禁句だ。
 表情にも出さないようにしなければ。
「これ美味いぞ。お前も食え」
「本当だな。チャーリー、お前はいつもいい物選ぶよな」
「ははっ」 
 いつも通り、私は同僚の”かけて欲しい言葉”を簡潔にかける。
 あとは当たり障り無く、それが私のコミュニケーション。
 こいつはかけて欲しい言葉が珍しく、選定に苦労した。
「まあ、そのなんだ。あいつらもお前を呼ぶなんてどうかしてるよ」 
 急にポンッと肩を叩かれた。
 一瞬、何の事かわからず戸惑う。
「マリーとはお前が付き合っていたのにな」 
「……あ、ああ」
 そうだった。
 今村の伝統衣装をまとって挨拶回りをしているマリー。
 数ヶ月前まで、私と交際していることになっていたのだ。
 ……本当はただ彼女の体に飽きたから、向こうから私をふるように仕向けたのだが。
 禁句を会話に織り交ぜながらね。
「これでも私は彼らの同僚だ。建前で呼ばんわけにもいかないだろう」
「しかしマリーのやつ。なんで急にアレンに鞍替えしたかね。あんなにお前にお熱だったのにな」
「鞍替えなんて言うなよ。二人が幸せになるなら身を引くさ」
 持ってきてもらった鶏肉料理をつまみながら、心にもない言葉を並べる。 
「……お前って奴は。まあ実はマリーは子供の頃から移り気がある子だったしなあ」
「そうなのか。そういうの”見抜ける”お前はすごいな」
「ははっ」
「……」
 同僚の口元が一瞬緩む。
 ついでにこいつの私に対する好感度を上げておいた。
 ……一言なら、こういうのは多少あざとくても良い。
 会話の前後が繋がってなくても良い。
 少しずつ、少しずつ相手がかけて欲しい言葉を積み重ねるのだ。
 それが私の処世術。
 現にこの同僚は、私に出世で抜かれてもヘラヘラ笑ってる。
 それどころか協力的ですらある。
 それほど効果が高いものなのだ。
「お前、そんなお人好しだと……あの新しく来たじゃじゃ馬にいいように振り回されないか心配だよ」
 同僚はある人物の事を口に出す。
 それは新たに館を買い取った美しくも性悪な貴族の一人娘なのだが。
「チャーリー、どこで誰が聞いてるかわからない
ぞ」
「おっと、これはいけない」
 適当にたしなめておいた。
 実際、新しい雇い主にこんな話を聞かれて心象を悪くされると困る。
「……」
 それにしても……一度だけお会いしたそのお嬢さま、目が覚めるような美貌だった。
 そして、平民に成り下がった元雇い主の伯爵令嬢ももちろん、違ったタイプの美少女。
 なんとか二人とも……つまみ食いできないものだろうか。

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