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王都の怪人
5話 悪役令嬢が頭の上がらない使用人
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本当にしばらく王都に行く事になった。
名目はベアトリクス様の家庭教師としての付き添い。
いろいろと心配になる。
「私などが行けば、本館のベアトリクス様の家庭教師の方々の顔を潰してしまうのでは?」
当日の朝、食事の間で王都から迎えに来る手はずの馬車を待ちながら、そう尋ねてみた。
「あら、イーモン。そんな事を心配してますの?」
「ええ、何しろ私は平民ですので」
「……」
紅茶を注ぐマリンが聞き耳を立てている気がする。
できればこのまま、家庭教師の件は無かった事になると良いのだが……。
「大丈夫ですわよ。ヘザー家の雇った外部の者や使用人があなたに何かする事はないわ」
「と、仰いますと?」
「みんな、あなたをクルック伯爵様の使用人として迎えるはずです。すなわち、来客とみなすはず」
「……!」
これは驚いた。
あたかもクルック元伯爵の権威が未だに健在かのような言い草だ。
まさか、ベアトリクス様はクルック伯爵が冤罪で釈放される可能性がある事を知っているのか。
「……」
慎重に言葉を選ぶ。
ここでストレートに彼女の言葉を受け止めれば、先日私に情報をリークしたチャーリーに迷惑がかかるかもしれない。
「それは……爵位を失ったクルック伯爵様にまだ権威が残ってるおられるという事でしょうか?」
しらばっくれる形で無難な質問をした。
それを聞いてベアトリクス様はお菓子をつつきながら答える。
「ここだけの話ですね、ケイトの父君であられるクルック伯爵様は冤罪がほぼ確定ですの」
知っていたのか。
「……そ、そうなのでございますか」
「ええ、他の上流階級の貴族に汚い罠にはめられたわけですが……何とか無実を証明できそうだとか」
「は、はあ」
「実はクルック伯爵様の雇っていた部下や使用人ほとんどにこの事実は伏せられています」
「……?」
「忠誠心を試すためですね。冤罪は晴れそうですが、伯爵様を罠にかける手引きをした裏切り者はまだわかっていないので」
何だかキナ臭い話だ。
「……!」
一つ、ポーズではなく本当の疑問がわいた。
なぜクルック伯爵夫人はこの館で自決なされたのか。
「ケイト様の母上様……クルック伯爵夫人はその事実を知らされてなかったのでしょうか」
新たな質問に、ベアトリクス様は少しの間沈黙する。
「今となってはわからないですわね」
目を逸らしながら答える。
「……」
その件が少し気になったが、すぐに興味を失った。
短期間とはいえ慣れない生活を強いられる。
余計な事を考えている余裕はない。
†††††
ベアトリクス様が紅茶を飲み終えた頃、外から複数の馬の足音と鼻息が聞こえてきた。
お迎えが来たようだ。
少し解放している窓から外の様子を伺う。
「どうどう、止まれ」
御者らしき者の声が聞こえてきた。
意外にも、低めの女性の声だ。
そういう役割は男が相場なものだが……。
ベアトリクス様は立ち上がる。
「イーモン、行きましょう。あなたの荷物、忘れずにね」
「かしこまりました」
そのまま食事の間を出る。
ヘザー家の迎えが来たのを察知して、館の使用人全員が大広間に集まっていた。
もちろんメイド姿のケイト様もその中にいる。
「イーモン殿。イーモン・ケアード殿はおられるか?」
ベルが鳴らされた後、大きな声が聞こえてきた。
おそらく声の主はヘザー男爵家本館の使用人か。
私は本来その者より立場が下のはず。
しかし言葉に一定の敬意が感じられる。
「ようこそいらっしゃいました。アレン、扉を開けてくれ」
「はい」
館の執事として対応する。
内側から開けられた扉の先には、栗色の髪の凛々しい顔つきの女性が立っていた。
なんだろう?
使用人にしてはやたら気品が溢れているような……。
それに誰かに似ているような?
「この館の責任者、イーモン殿ですね。お初にお目にかかる。私、フィオナ・ヘンズリーと申します」
丁寧に挨拶をされた。
もちろんこちらも同じように返す。
「男爵様の命により、ベアトリクス様をお迎えに上がりました」
要件を言い渡される。
それに合わせ使用人全員が玄関前の絨毯に沿って整列する。
「いってらっしゃいませ。ベアトリクス様」
「いってらっしゃいませ」
全員が大きな声で挨拶をする。
……ほとんどの者が本当に嬉しそうに見える。
ベアトリクス様はワガママ放題だったからな。
「しばらく、さみしくなります。嫌味なご主人様の嫌がらせがないと、張り合いがありません」
ケイト様は一人だけ態度が違う。
可愛らしい笑顔で皮肉を口にしている。
「……」
てっきり、ベアトリクス様は嫌味を返すのかと思った。
しかし芝居がかった口調で、目を輝かせてケイト様の手を握る。
「しばらくお別れですわケイト。私も寂しくなります」
「……え?」
「それでは行って参ります」
「え? え?」
突然の行動に、ケイト様は困惑している。
しかし、私は見逃さなかった。
ベアトリクス様が、ヘザー家の使いの者に見えないように悪い顔でほくそ笑んだ事を……。
「お二人は仲がよろしいのですね」
フィオナと名乗った女性はウンウンと頷いている。
「ケイト様、父君の冤罪はもうすぐ晴れそうです。もう少しのご辛抱を」
「あ、うん」
「……!?」
チャーリー以外の使用人が彼の言葉で驚いたのがわかった。
まあ彼らにとっては、寝耳に水か。
「何か生活で不自由な事は?」
「特にないわ。みんな良くしてくれるし……一人を除いて」
「うっ」
「……」
ケイト様はジトッとした目でベアトリクス様を見る。
慌てて目を逸らしているが、フィオナは鋭い眼光で睨む。
「これはこれは……ベアトリクス様。後で教育が必要なようですね」
「お、お姉様。誤解ですわ、私とケイトはとても仲良しですのよ。ね? ケイト」
「はあ?」
ケイト様はしどろもどろな言葉を聞いて一瞬怪訝そうな顔付きになった。
「……」
しかし、すぐに態度を改める。
「あ、まあ……そうね」
同意の言葉を口にする。
これは……先日彼女がベアトリクス様を殴った件をバラされると不味いと判断したのかもしれない。
「ふーん、何だか怪しいですね」
「ご、誤解ですわお姉様」
「まあいいです。早く馬車にお乗りください」
「は、はい」
なぜかベアトリクス様は現れたヘザー家の使用人に頭が上がってない気がする。
お姉様?
特殊な敬称だろうか。
名目はベアトリクス様の家庭教師としての付き添い。
いろいろと心配になる。
「私などが行けば、本館のベアトリクス様の家庭教師の方々の顔を潰してしまうのでは?」
当日の朝、食事の間で王都から迎えに来る手はずの馬車を待ちながら、そう尋ねてみた。
「あら、イーモン。そんな事を心配してますの?」
「ええ、何しろ私は平民ですので」
「……」
紅茶を注ぐマリンが聞き耳を立てている気がする。
できればこのまま、家庭教師の件は無かった事になると良いのだが……。
「大丈夫ですわよ。ヘザー家の雇った外部の者や使用人があなたに何かする事はないわ」
「と、仰いますと?」
「みんな、あなたをクルック伯爵様の使用人として迎えるはずです。すなわち、来客とみなすはず」
「……!」
これは驚いた。
あたかもクルック元伯爵の権威が未だに健在かのような言い草だ。
まさか、ベアトリクス様はクルック伯爵が冤罪で釈放される可能性がある事を知っているのか。
「……」
慎重に言葉を選ぶ。
ここでストレートに彼女の言葉を受け止めれば、先日私に情報をリークしたチャーリーに迷惑がかかるかもしれない。
「それは……爵位を失ったクルック伯爵様にまだ権威が残ってるおられるという事でしょうか?」
しらばっくれる形で無難な質問をした。
それを聞いてベアトリクス様はお菓子をつつきながら答える。
「ここだけの話ですね、ケイトの父君であられるクルック伯爵様は冤罪がほぼ確定ですの」
知っていたのか。
「……そ、そうなのでございますか」
「ええ、他の上流階級の貴族に汚い罠にはめられたわけですが……何とか無実を証明できそうだとか」
「は、はあ」
「実はクルック伯爵様の雇っていた部下や使用人ほとんどにこの事実は伏せられています」
「……?」
「忠誠心を試すためですね。冤罪は晴れそうですが、伯爵様を罠にかける手引きをした裏切り者はまだわかっていないので」
何だかキナ臭い話だ。
「……!」
一つ、ポーズではなく本当の疑問がわいた。
なぜクルック伯爵夫人はこの館で自決なされたのか。
「ケイト様の母上様……クルック伯爵夫人はその事実を知らされてなかったのでしょうか」
新たな質問に、ベアトリクス様は少しの間沈黙する。
「今となってはわからないですわね」
目を逸らしながら答える。
「……」
その件が少し気になったが、すぐに興味を失った。
短期間とはいえ慣れない生活を強いられる。
余計な事を考えている余裕はない。
†††††
ベアトリクス様が紅茶を飲み終えた頃、外から複数の馬の足音と鼻息が聞こえてきた。
お迎えが来たようだ。
少し解放している窓から外の様子を伺う。
「どうどう、止まれ」
御者らしき者の声が聞こえてきた。
意外にも、低めの女性の声だ。
そういう役割は男が相場なものだが……。
ベアトリクス様は立ち上がる。
「イーモン、行きましょう。あなたの荷物、忘れずにね」
「かしこまりました」
そのまま食事の間を出る。
ヘザー家の迎えが来たのを察知して、館の使用人全員が大広間に集まっていた。
もちろんメイド姿のケイト様もその中にいる。
「イーモン殿。イーモン・ケアード殿はおられるか?」
ベルが鳴らされた後、大きな声が聞こえてきた。
おそらく声の主はヘザー男爵家本館の使用人か。
私は本来その者より立場が下のはず。
しかし言葉に一定の敬意が感じられる。
「ようこそいらっしゃいました。アレン、扉を開けてくれ」
「はい」
館の執事として対応する。
内側から開けられた扉の先には、栗色の髪の凛々しい顔つきの女性が立っていた。
なんだろう?
使用人にしてはやたら気品が溢れているような……。
それに誰かに似ているような?
「この館の責任者、イーモン殿ですね。お初にお目にかかる。私、フィオナ・ヘンズリーと申します」
丁寧に挨拶をされた。
もちろんこちらも同じように返す。
「男爵様の命により、ベアトリクス様をお迎えに上がりました」
要件を言い渡される。
それに合わせ使用人全員が玄関前の絨毯に沿って整列する。
「いってらっしゃいませ。ベアトリクス様」
「いってらっしゃいませ」
全員が大きな声で挨拶をする。
……ほとんどの者が本当に嬉しそうに見える。
ベアトリクス様はワガママ放題だったからな。
「しばらく、さみしくなります。嫌味なご主人様の嫌がらせがないと、張り合いがありません」
ケイト様は一人だけ態度が違う。
可愛らしい笑顔で皮肉を口にしている。
「……」
てっきり、ベアトリクス様は嫌味を返すのかと思った。
しかし芝居がかった口調で、目を輝かせてケイト様の手を握る。
「しばらくお別れですわケイト。私も寂しくなります」
「……え?」
「それでは行って参ります」
「え? え?」
突然の行動に、ケイト様は困惑している。
しかし、私は見逃さなかった。
ベアトリクス様が、ヘザー家の使いの者に見えないように悪い顔でほくそ笑んだ事を……。
「お二人は仲がよろしいのですね」
フィオナと名乗った女性はウンウンと頷いている。
「ケイト様、父君の冤罪はもうすぐ晴れそうです。もう少しのご辛抱を」
「あ、うん」
「……!?」
チャーリー以外の使用人が彼の言葉で驚いたのがわかった。
まあ彼らにとっては、寝耳に水か。
「何か生活で不自由な事は?」
「特にないわ。みんな良くしてくれるし……一人を除いて」
「うっ」
「……」
ケイト様はジトッとした目でベアトリクス様を見る。
慌てて目を逸らしているが、フィオナは鋭い眼光で睨む。
「これはこれは……ベアトリクス様。後で教育が必要なようですね」
「お、お姉様。誤解ですわ、私とケイトはとても仲良しですのよ。ね? ケイト」
「はあ?」
ケイト様はしどろもどろな言葉を聞いて一瞬怪訝そうな顔付きになった。
「……」
しかし、すぐに態度を改める。
「あ、まあ……そうね」
同意の言葉を口にする。
これは……先日彼女がベアトリクス様を殴った件をバラされると不味いと判断したのかもしれない。
「ふーん、何だか怪しいですね」
「ご、誤解ですわお姉様」
「まあいいです。早く馬車にお乗りください」
「は、はい」
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