悪役令嬢と薄幸の元伯爵令嬢のかけて欲しい言葉と聞きたくない言葉

なめ沢蟹

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王都の怪人

4話 悪役令嬢のお願い

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 その日の朝食からずっと、ベアトリクス様は立場を利用してケイト様に嫌がらせを続けた。
 よほど早朝の負けが気にくわなかったのか。
 何というか、人間が小さすぎる。 
 今はランチ中だ。
 細身とはいえ、かなり運動量の多いベアトリクス様は普通の同世代の少女と比べてよく食べる。
 テーブルに並べられる料理はすべて平らげるし、飲み物もガブガブ飲んでいる。
 そういう健康的な所は彼女の魅力なのだが……。
 改めて、根性はひねくれまくっている。
 今も何かしょうもない事を企んでいる顔だ。
 食事の間にいる複数のメイドたちが危険を察知してビクビクしている。
「次の皿は子鹿の肝臓のソテーです。野性味溢れる内臓の肉とトゥルンペリーの実を使った甘いソースの絶妙なコントラストが~」 
 私はいつものように、邪魔にならない位置に立ちながら料理の説明を始めた。
「……」
 傍らには苦虫を噛みつぶしたような表情のケイト様が立っている。
 もちろんメイド服姿。
「あっ、手がすべりましたわ」
 芝居がかった台詞と共に、金属音が響く。
 またベアトリクス様がフォークを床に落とした。
「あ、そこの見習いのメイドさん! フォークを代えていただけますか?」
 悪い顔のままケイト様に指示を出し始めた。
 最初の三本くらいまでは彼女も渋々従っていたが、そろそろ怒りそうな気がする。
「もう四回目だけど? 予備のフォーク無いよ」
 少し震える声でケイト様は告げる。
 マリンは相変わらずそれをうろたえながら見ている。
「無いなら厨房から取ってくればよろしいのでは?」
「取ってきたら取ってきたでまた落とすよね?」
「はあ? だとしても何度も往復するのがあなたの仕事でしょう?」
「……」
 睨み合いが始まった。
 しかしこの光景も慣れた。

†††††

 いつものように、私は窓の外を眺める。
 入道雲が出ている。
 夕立が来るかもしれない、リリーたちに干してある洗濯物は早めに回収するように指示を出さないと。
 かしこまって立ちながらも、そんな事を考えていた。
「ケ、ケイト様。私が行きますので」
 マリンが神経を張りつめながら申し出ている。
 やはり真面目な奴は人生大変そうだ。
 他人のいさかいなどリラックスして眺めていればいいものを……。
「マリン。余計な事を言わないでくださる? 私はその見習いさんに指示を出しているのです」
「は、はい」
「……」
 またケンカになりそうな気がした。
 凶暴な少女の首根っこを押さえる準備をしようとすると……。
「わかりました。ベアトリクス様」
「……!?」
 突然ケイト様が敬語で敬称で応対し始めた。
 初めてかもしれない。
 驚きのあまり、マリンと目が合う。
「マリン、ケイト様の熱を測って見てくれ」
「わかったわ。ケイト様、失礼します」
 マリンがケイト様の額に手を当てた。 
 状況が状況なら医者を呼ばなければ。
「イーモン、ケイト様の体温は正常ね」
「そうか良かった」
「もう! 意識はちゃんとしてるよ! 二人とも失礼ね」
「……」
 安堵した後に、ふとベアトリクス様のほうを見た。
 明らかに私たち以上に驚いている。
 食事の手を止め、口をポカーンと開けている。
「ケイト、私に敬語を使うなんて……どういう風の吹き回しですの?」
 震えた声で語っている。
 いや、自分がそうしろと言ったのを何度も聞いているのだが。
 ……しかし、これは良い傾向かとも思った。
 投獄されているクルック元伯爵は冤罪の可能性がある、という噂は聞いた。
 しかしケイト様は今はまぎれもなく平民の立場なのだ。
 彼女の素行の悪さを仮に外部の者に見られたとしたら……。
 面倒くさい事態につながらないとも限らない。
 体裁を取り繕う術くらい覚えてもらわないと。
「……!」
 ケイト様の内面が少し成長したのかと期待した自分がバカだった。
 視界に入った彼女の表情は嫌がらせを続けるベアトリクス様以上に小憎たらしいものだった。
 その顔のまま語りだす。
「フォークぐらい取ってきてあげますよ。ベアトリクス様ァ。今あなた様はヘザー男爵についている嘘がバレるかバレないかの瀬戸際で、イライラなさってるでしょうし」
「なっ!?」
「学園の成績は優秀ですわぁ。なんて自分で言ってるお嬢様がね、留年なんかしたらどんなお仕置きが待ってますかねえ」
「……」
「アハハ、せいぜい使用人をいじめて憂さを晴らしてくださいよ。進級試験は二週間後、受かるといいですわねぇ」
 ベアトリクス様は一連の言葉を聞いてワナワナと震えだす。
 ……図星なのか。
「アハハ!」
 ケイト様は颯爽と部屋を出た。
 屋敷内で走らないで欲しいのだが。
「……」
 ベアトリクス様は少し青ざめた顔のまま、ナイフを置いた。
 そして急に私のほうを鋭い目つきで見る。
 こ、今度は私に八つ当たりする気だろうか。
 一瞬たじろいでしまう。
「イーモン、あなたにお願いがあります」
「え?」
「私は明後日には王都に帰らねばなりません」
「はい、存じ上げてますが……」
「あなたも一緒に来てもらえますか? 進級試験ギリギリまで家庭教師を続けて欲しいのです」
「……かしこまりました。仰せのままに」
 一瞬間を作ってしまったが、快く承諾した。
 貴族の命令は絶対だ。
 しかし、面倒くさい事になりそうだ。
 憂鬱になる。
「……?」
 不思議だ。
 なぜここまで心が沈んでいるのか、自分でもよくわからない。
 先ほどまで心のどこかで、二人に振りまわされるのも悪くないと思っていたのに。
 ……私も気まぐれということか。
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