悪役令嬢と薄幸の元伯爵令嬢のかけて欲しい言葉と聞きたくない言葉

なめ沢蟹

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王都の怪人

13話 馬車の交換

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 トレイシーとフィオナと共に監視小屋に戻る。
 そこには聞き慣れた大声が響いていた。
「はっ!」
「ホッホッホ。踏み込みが甘いですぞ、ベアトリクス嬢」 
「なんの!」
「……」
 ベアトリクス様が見知らぬ老人と剣術の稽古をしていた。
 老人は身なりの良い筋肉質なハゲ頭だ。
 雰囲気からしておそらく貴族。
 ここは様子見が正解だろう。
 しかしベアトリクス様……。
 薄着の服装から見え隠れする汗だくの白い肌がまぶしい。
 ……改めて思う。
 あの汚れの無い美しい肉体を独占したい。
「あっ!」
「チェックメイトですぞ」
「ま、参りましたわ」
 何かの勝負をしていたのか。
 いや、老人に指導をしてもらったと言う所か。
「お、大旦那様! 何をなされているのですか?」
 隣を歩いていたトレイシーが急に叫ぶ。 
 うるさい。
 ……こいつが大旦那様と呼ぶと言うことは、目の前の老人は例の色ボケ貴族か。
「何って、このベアトリクス嬢と剣術の勝負だ」
「お年を考えてください!」
「なにおう! トレイシー、ワシはまだ六十五だ。年寄り扱いするな」
「とにかく、汗をお拭きください。まだ暖かい季節とはいえ、風邪をひきますよ」
「うるさいのう」
 トレイシーはカゴいっぱいのトゥルンペリーの実を置いて老人に駆け寄る。
「おっと、フィオナ殿。我々もベアトリクス様のお世話をせねば」
「大丈夫だろう? あの子は風邪なんか引かないから放っておいていい」
「……いや、あの館でもベアトリクス様はいつもそうですが」
 やたら健康なベアトリクス様だ。
 フィオナの言うことはもっともなのだが……。
 ヘザー男爵家本館の使用人がそれでいいのだろうか。
「あーあ。賭けは負けてしまいましたわ」
「ホッホッホ。よいよい、馬車なんか交換してやるぞ。年寄りにはちと少女趣味な外装と思っていた所だ」
「本当ですか? デッカー様!」
 ベアトリクス様は飛び跳ねて老人に抱きつく。
 ああいう所は天然なのか……。
 デッカーと呼ばれた貴族はデレデレと締まりのない表情に変わる。
「ベ・ア・ト・リ・ク・ス様! 何の話でしょうか!?」
 一連の様子を見ていて、フィオナが怒り出す。
「ひっ! お姉さま。これは……その……」
「まさか賭けをしていました?」
「あの……その……」  
 ベアトリクス様は小さくなって言い訳を考えている。
 可愛いものだ。
「その、ここに来たらデッカー様の馬車が可愛らしくて……」
「それで?」
「デッカー様はデッカー様で私の馬車が武骨で老人好みだって……だから……」
「交換を持ちかけたわけですね?」
「ダメ……ですか?」
「ダメに決まってるでしょう!」
 怒られてる。
 とりあえず火の粉が飛んで来ないように様子を見よう。
「ホッホッホ。ヘザー家の長女よ。フィオナ嬢だったかな?」
「……?」
 老人がフィオナに話しかける。
 しかし彼女がヘザー家の長女とはどういう事だ?
「デッカー様。お言葉ですが、ヘザー家の長女はこのベアトリクス様にございます」
「ああ。お主は平民の亡き父のほうの家を継いだんだったかのう」
「ええ」
 ……ということは、フィオナは元々は正式に貴族の子だったのか。
 ベアトリクス様がフィオナをお姉さまと呼ぶ理由がわかった気がした。
 老人がしばらく悩む。
 そしてニヤリと笑って口を開いた。
「とにかく、聞けばその馬車はベアトリクス嬢個人の持ち物だそうではないか」
「それは……そうですが」
「そしてそこの馬車もまた、ワシ個人の持ち物だ。本人同士が良ければ交換しても良かろう」
「うっ……そう来ますか」
 これは、言いくるめられたな。
 フィオナはチラリとベアトリクス様のほうを見る。
「ベアトリクス様。こんなワガママは毎回通りませんからね」
「……!? じょあ、よろしいのですか?」
「ええ」
 ベアトリクス様は再び飛び跳ねて今度はフィオナに抱きつく。
 忙しい事だ。
「そこまでして、うちの馬車欲しいか?」
 トレイシーがボソリとつぶやく。
 同意見だ。
 彼の肩をポンと叩いた。
「それより、お前も苦労してんだな」
「……ああ」
 私たちの視界には、ニタニタした表情でベアトリクス様の太股をコソコソ盗み見てる老人の姿が映った。

†††††

 デッカー老人がこちらに気づく。
 ツカツカと歩いてきた。
 老人とは思えない身のこなしだ。
「んん? トレイシー、なんだ? それは」
 彼はトレイシーが両手のカゴいっぱいに買い込んだトゥルンペリーの実に興味を持つ。
「大旦那様、トゥルンペリーの実です。珍しいでしょう?」
 誇らしげにトレイシーは答える。
「確かに珍しいのう。若い頃に数回食べたかのう? しかしワシはそれ、そんなに好きじゃないぞ。お前が食べるのか?」
「いえいえ、実はこのイーモンのアイデアでして。お耳を」
「んー?」
 トレイシーは老人の耳元でゴニョゴニョ小声で語り始めた。
 この二人……仲が良さそうだ。
 老人は突然目を見開く。
「なんと! アリバイか!」
「しっ! 大旦那様、声が大きいですよ」
「すまぬすまぬ」
「……」
 変なやり取りの後二人は顔を合わせてニヤリと笑う。
 ……学生かよ。
「お主、たしかクルック家の使用人じゃったな」
「えっ!?」
 急に話しかけられた。
 想定外だったので変な声が出た。
 しかし初対面のはずだが……。
 とにかく返事をする。
「はい。イーモン・ケアードと申します。今はいろいろあってヘザー男爵様に仕えております」
「どうせすぐにクルック家のほうに戻るじゃろ」
「……」
 この老人もクルック伯爵様が冤罪の可能性が高い事を知っているのか。
 ガシッと肩をつかまれる。
「とにかく名案の申し出、感謝するぞ。最近猟なんてしてないんじゃないかと家内に疑われていてな」
「は、はあ」
 生返事をしてしまった。
 これで良かったのだろうか?
 老人の興味はベアトリクス様に移る。
「うわあ。可愛いらしいですわ」
「そうじゃろ。この馬車は女の子にモテるための特注でな、まあまったく効果がなかったが」
「おとぎ話に出て来そうですわ」
「……」
 確かに、交換された馬車は至る所にメルヘンな飾りが施されていて、そのシルエットも丸い。
 ……今後御者であるフィオナはこれを引くのか。
 少し気の毒だ。
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