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王都の怪人
14話 怪人の襲撃
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私もベアトリクス様もフィオナも朝食を食べ終えた。
全員、宿場町の入り口に集まる。
「さて、ベアトリクス様。出発しますよ」
「ええ、お姉さま」
「デッカー男爵様にはしっかりとご挨拶をしたのですよね?」
「ええ、お姉さまたちが馬車に馬を繋いでる間に」
「わかりました」
「さあ、お乗りください。イーモン殿、あとは頼みましたよ」
「はい」
という事で出発となった。
今は午前九時。
予定では夜にはヘザー男爵家に到着するはずだ。
鞭の鳴る音が聞こえた。
フィオナの操る馬車が動き出す。
「何だか車輪の音が静かですわ」
「おそらく、こちらの馬車のほうが最新式なのかと」
「ふーん」
ベアトリクス様はそんなことには興味がないようだ。
新しい馬車の内装に興味津々だ。
レースのカーテン。
所々に彫られた可愛らしいレリーフ。
にもかかわらず、気品も残している。
これは私から見てもお得なトレードだったかもしれない。
「しかし、やけに椅子に奥行きがありますわね。まるでベッドですわ」
そう言ってベアトリクス様は仰向けに寝転ぶ。
反動で栗色のサラサラ髪が流れ、薄手のドレスの裾から健康的な白い太股が見え隠れする。
非常に目の保養になる。
「ステキな馬車なのですが……変でもありますわね」
今度は起き上がりキョロキョロと周りを見渡す。
「これ、完全二人乗りですわ。この椅子が大きすぎて対面に人が座れない」
「そう……ですね」
「なぜでしょう」
「この馬車の元の所有者のデッカー様はご老体でした。寝転んで旅するためでは?」
「なるほど。きっとそうでしょうね」
「……」
もちろん嘘だ。
今気づいた。
これ、おそらく……あの色ボケジジイが女を連れ込むための馬車だ。
綺麗に掃除されているが、おそらくいかがわしい事が何度もこの中で行われたに違いあるまい。
まあ、どうでもいいか。
「さて、どうなされます?」
とりあえず背もたれ代わりに壁のほうに寄りかかり、ベアトリクス様のほうを振り向く。
今後の方針を決めていただかなければ。
「え? 何がです?」
「ベアトリクス様。あなたは学園で留年しそうなのですよね?」
「……はい」
「本館到着までかなりの時間があります。勉強なされますか?」
「うーん」
首をかしげて悩んでいる。
こういう所は本当に愛らしい。
「イーモン。学園の夏休みは明日で終わりですの」
「ええ、存じております」
「でも明日一日はご挨拶や準備で忙しくなると思いますわ」
「ええ、そうでしょうね」
「だから実質的に今日が夏休みの最終日になります」
「……なるほど」
何が言いたいんだろう。
何だか館にいるときと違ってトゲがなく甘えたような口調だ。
「だから、最後の日はゴロゴロして過ごしますわ」
「……」
「せっかく寝転がれる馬車を手に入れたわけですし」
「……かしこまりました。ただし、フィオナさんが様子を見に来そうなときは合図を出すので起きてくださいよ」
「話が早くて助かりますわ」
少し自分の口元が緩んだのに気づいた。
自分が学生だったころ、夏休みの最後にまったく同じ行動をしていたことを思い出した。
まさか貴族のお嬢様と共通点があるとは……。
†††††
先ほどの言葉通り、ベアトリクス様は揺れる馬車の中でゴロゴロしていた。
たまに寝息を立てたり、起き上がり水を飲んだり、内側からベルを鳴らしてフィオナに馬車を止めてもらい……花を摘みに行ったり。
そうして半日ほどが過ぎた。
昼飯を食べた後も、ベアトリクス様はダラダラと過ごす。
「退屈ですわ」
やはりそう来るか。
突然そうつぶやきだした。
私としてはこの半日、まったく退屈ではなかった。
いかに二人の少女を落とすか妄想し、たまに隣に寝転ぶ無防備な美しい薄着の少女を盗み見る。
それだけであっという間に時間が過ぎた。
不思議だ。
昨日ベアトリクス様と馬車の中でチェスをしていたときは妙にストレスが溜まったものだが、今日はむしろ心地良い空間にいる錯覚を覚えてしまう。
昨日と今日、彼女の何が違うのか……。
「イーモン、何か退屈しのぎはありませんか?」
「チェスなどいかがでしょう?」
「飽きましたわ」
「では勉強は?」
「……それは嫌です。それに乗り物酔いしそうです」
「……はぁ、困りましたな」
他に馬車の中で出来る娯楽などあるだろうか?
読書を勧めようとしたが、乗り物酔いするのでは却下だ。
「……読書か!」
ふと、私の足元の旅行カバンが目に入る。
この中には、ショーナと櫛と交換したあの恋愛小説が入っている。
今閃いた案は、私の退屈しのぎにもなるかもしれない。
「ベアトリクス様。ではこういう案はいかがでしょう?」
私はそう言って、カバンから例の恋愛小説を取り出した。
「……それは?」
「先ほど宿場町の広場で買った古本です」
「ああ、そういえばあなた本を手にしてましたね」
「これを私が朗読します。ベアトリクス様は横になりながら聞くというのはいかがでしょう?」
「……! それは明案ですわ。それで、何の小説ですの?」
「……」
白々しいが、少し間を置いた。
前書きや目次を見ているふりをする。
「恋愛小説のようですね」
もちろん本当は知っていたが。
「恋愛小説? 面白そうですわ。ぜひ、読んで聞かせてくださいな。でも、イーモンは乗り物酔いはしないのですか?」
「それは大丈夫です」
そうして、その恋愛小説を私は読み上げる事になった。
……これは上手くすれば、貴族の娘と平民の青年の恋のシチュエーションに酔ってもらえるかもしれない。
†††††
恋愛小説の朗読の効果は予想以上だった。
もう催眠術に近いレベルかもしれない。
十代半ばの娘とはこんなものか。
恋に恋する年頃……。
「あ、馬車が止まりますね」
「……」
ベアトリクス様は小説ナレーターとしての私の言葉以外に反応しなくなっている。
「ベアトリクス様、休憩しましょう……え!?」
馬車が止まり、休憩を促して馬車のドアを開けたフィオナが驚く。
「グスン……なぜお父様は結婚を許してくれないのですか?」
「……」
完全に小説の世界に入り込んでる。
物語はまだ中盤だというのに、ベアトリクス様はすでに号泣していた。
「貴族の面子がなんですの? 二人は愛し合ってるのに!」
「……?」
フィオナが馬車の中の様子を見て困惑してる。
……よく考えるとこれはまずいか?
まるで私が泣かせたみたいだ。
誤解を解かないと。
「あー、フィオナさん。これは……その……」
「……ああイーモン殿、ご心配なく。だいたいの状況はわかる」
「え?」
「大方、あなたが恋愛小説でも朗読していて、ベアトリクス様はそれに感情移入中……そんな所だろう?」
「そ、そのとおりです」
さすがは姉妹だ。
この状況でそこまでわかってしまうのか。
「とにかく、ベアトリクス様。休憩いたしますか? このまま進みますか? どちらにせよ、ここで馬を交換するので、しばらく馬車は止まります」
「馬を交換?」
「王都最寄りの宿場町に付きました。ここにはヘザー家の馬が常に待機しています」
「ああ、リレーですね。……グスン」
「ここは例の怪人の目撃例があります。できればなるべく早く立ち去りたいのですか」
「……わかりました。休憩はしません……グスン」
「……」
ベアトリクス様、いつまで泣いてる事やら。
……。
そんな軽い気持ちでいた。
フィオナの口から怪人の名が出ても、そんなものとは無縁だと、心のどこかで高をくくっていた。
「フィオナさん。馬の交換、私も手伝います」
「ありがとう」
馬車にベアトリクス様を残して、ドアを開けて地面に降り立つ。
「……?」
なんとなくだった。
本当になんとなく、宿場町の入り口の合同馬屋の反対側に視線を送った。
そこには森の入り口が確認できたのだが……。
「……」
冷や汗が止まらない。
私の視界には、不気味なものが入っていた。
「フィオナさん、馬の交換は中止です。このまま走って」
「え?」
「いいから早く御者台に!」
「イーモン殿、一体何を……!? あ、あれは!」
私の視線の先を見てフィオナも気づいた。
森の入り口の大きな木の影には……黒づくめの白い仮面の何者かが立っていた。
全員、宿場町の入り口に集まる。
「さて、ベアトリクス様。出発しますよ」
「ええ、お姉さま」
「デッカー男爵様にはしっかりとご挨拶をしたのですよね?」
「ええ、お姉さまたちが馬車に馬を繋いでる間に」
「わかりました」
「さあ、お乗りください。イーモン殿、あとは頼みましたよ」
「はい」
という事で出発となった。
今は午前九時。
予定では夜にはヘザー男爵家に到着するはずだ。
鞭の鳴る音が聞こえた。
フィオナの操る馬車が動き出す。
「何だか車輪の音が静かですわ」
「おそらく、こちらの馬車のほうが最新式なのかと」
「ふーん」
ベアトリクス様はそんなことには興味がないようだ。
新しい馬車の内装に興味津々だ。
レースのカーテン。
所々に彫られた可愛らしいレリーフ。
にもかかわらず、気品も残している。
これは私から見てもお得なトレードだったかもしれない。
「しかし、やけに椅子に奥行きがありますわね。まるでベッドですわ」
そう言ってベアトリクス様は仰向けに寝転ぶ。
反動で栗色のサラサラ髪が流れ、薄手のドレスの裾から健康的な白い太股が見え隠れする。
非常に目の保養になる。
「ステキな馬車なのですが……変でもありますわね」
今度は起き上がりキョロキョロと周りを見渡す。
「これ、完全二人乗りですわ。この椅子が大きすぎて対面に人が座れない」
「そう……ですね」
「なぜでしょう」
「この馬車の元の所有者のデッカー様はご老体でした。寝転んで旅するためでは?」
「なるほど。きっとそうでしょうね」
「……」
もちろん嘘だ。
今気づいた。
これ、おそらく……あの色ボケジジイが女を連れ込むための馬車だ。
綺麗に掃除されているが、おそらくいかがわしい事が何度もこの中で行われたに違いあるまい。
まあ、どうでもいいか。
「さて、どうなされます?」
とりあえず背もたれ代わりに壁のほうに寄りかかり、ベアトリクス様のほうを振り向く。
今後の方針を決めていただかなければ。
「え? 何がです?」
「ベアトリクス様。あなたは学園で留年しそうなのですよね?」
「……はい」
「本館到着までかなりの時間があります。勉強なされますか?」
「うーん」
首をかしげて悩んでいる。
こういう所は本当に愛らしい。
「イーモン。学園の夏休みは明日で終わりですの」
「ええ、存じております」
「でも明日一日はご挨拶や準備で忙しくなると思いますわ」
「ええ、そうでしょうね」
「だから実質的に今日が夏休みの最終日になります」
「……なるほど」
何が言いたいんだろう。
何だか館にいるときと違ってトゲがなく甘えたような口調だ。
「だから、最後の日はゴロゴロして過ごしますわ」
「……」
「せっかく寝転がれる馬車を手に入れたわけですし」
「……かしこまりました。ただし、フィオナさんが様子を見に来そうなときは合図を出すので起きてくださいよ」
「話が早くて助かりますわ」
少し自分の口元が緩んだのに気づいた。
自分が学生だったころ、夏休みの最後にまったく同じ行動をしていたことを思い出した。
まさか貴族のお嬢様と共通点があるとは……。
†††††
先ほどの言葉通り、ベアトリクス様は揺れる馬車の中でゴロゴロしていた。
たまに寝息を立てたり、起き上がり水を飲んだり、内側からベルを鳴らしてフィオナに馬車を止めてもらい……花を摘みに行ったり。
そうして半日ほどが過ぎた。
昼飯を食べた後も、ベアトリクス様はダラダラと過ごす。
「退屈ですわ」
やはりそう来るか。
突然そうつぶやきだした。
私としてはこの半日、まったく退屈ではなかった。
いかに二人の少女を落とすか妄想し、たまに隣に寝転ぶ無防備な美しい薄着の少女を盗み見る。
それだけであっという間に時間が過ぎた。
不思議だ。
昨日ベアトリクス様と馬車の中でチェスをしていたときは妙にストレスが溜まったものだが、今日はむしろ心地良い空間にいる錯覚を覚えてしまう。
昨日と今日、彼女の何が違うのか……。
「イーモン、何か退屈しのぎはありませんか?」
「チェスなどいかがでしょう?」
「飽きましたわ」
「では勉強は?」
「……それは嫌です。それに乗り物酔いしそうです」
「……はぁ、困りましたな」
他に馬車の中で出来る娯楽などあるだろうか?
読書を勧めようとしたが、乗り物酔いするのでは却下だ。
「……読書か!」
ふと、私の足元の旅行カバンが目に入る。
この中には、ショーナと櫛と交換したあの恋愛小説が入っている。
今閃いた案は、私の退屈しのぎにもなるかもしれない。
「ベアトリクス様。ではこういう案はいかがでしょう?」
私はそう言って、カバンから例の恋愛小説を取り出した。
「……それは?」
「先ほど宿場町の広場で買った古本です」
「ああ、そういえばあなた本を手にしてましたね」
「これを私が朗読します。ベアトリクス様は横になりながら聞くというのはいかがでしょう?」
「……! それは明案ですわ。それで、何の小説ですの?」
「……」
白々しいが、少し間を置いた。
前書きや目次を見ているふりをする。
「恋愛小説のようですね」
もちろん本当は知っていたが。
「恋愛小説? 面白そうですわ。ぜひ、読んで聞かせてくださいな。でも、イーモンは乗り物酔いはしないのですか?」
「それは大丈夫です」
そうして、その恋愛小説を私は読み上げる事になった。
……これは上手くすれば、貴族の娘と平民の青年の恋のシチュエーションに酔ってもらえるかもしれない。
†††††
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もう催眠術に近いレベルかもしれない。
十代半ばの娘とはこんなものか。
恋に恋する年頃……。
「あ、馬車が止まりますね」
「……」
ベアトリクス様は小説ナレーターとしての私の言葉以外に反応しなくなっている。
「ベアトリクス様、休憩しましょう……え!?」
馬車が止まり、休憩を促して馬車のドアを開けたフィオナが驚く。
「グスン……なぜお父様は結婚を許してくれないのですか?」
「……」
完全に小説の世界に入り込んでる。
物語はまだ中盤だというのに、ベアトリクス様はすでに号泣していた。
「貴族の面子がなんですの? 二人は愛し合ってるのに!」
「……?」
フィオナが馬車の中の様子を見て困惑してる。
……よく考えるとこれはまずいか?
まるで私が泣かせたみたいだ。
誤解を解かないと。
「あー、フィオナさん。これは……その……」
「……ああイーモン殿、ご心配なく。だいたいの状況はわかる」
「え?」
「大方、あなたが恋愛小説でも朗読していて、ベアトリクス様はそれに感情移入中……そんな所だろう?」
「そ、そのとおりです」
さすがは姉妹だ。
この状況でそこまでわかってしまうのか。
「とにかく、ベアトリクス様。休憩いたしますか? このまま進みますか? どちらにせよ、ここで馬を交換するので、しばらく馬車は止まります」
「馬を交換?」
「王都最寄りの宿場町に付きました。ここにはヘザー家の馬が常に待機しています」
「ああ、リレーですね。……グスン」
「ここは例の怪人の目撃例があります。できればなるべく早く立ち去りたいのですか」
「……わかりました。休憩はしません……グスン」
「……」
ベアトリクス様、いつまで泣いてる事やら。
……。
そんな軽い気持ちでいた。
フィオナの口から怪人の名が出ても、そんなものとは無縁だと、心のどこかで高をくくっていた。
「フィオナさん。馬の交換、私も手伝います」
「ありがとう」
馬車にベアトリクス様を残して、ドアを開けて地面に降り立つ。
「……?」
なんとなくだった。
本当になんとなく、宿場町の入り口の合同馬屋の反対側に視線を送った。
そこには森の入り口が確認できたのだが……。
「……」
冷や汗が止まらない。
私の視界には、不気味なものが入っていた。
「フィオナさん、馬の交換は中止です。このまま走って」
「え?」
「いいから早く御者台に!」
「イーモン殿、一体何を……!? あ、あれは!」
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