悪役令嬢と薄幸の元伯爵令嬢のかけて欲しい言葉と聞きたくない言葉

なめ沢蟹

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悪役令嬢との恋

6話 悪役令嬢の告白

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 食事が終わった。
 後片付けもセルフ。
 本当に貴族の普段の生活とはこんなものなのだろうか?
 たしかに古い慣習は廃れつつあるとどこかで聞いたことがあるが……。
「不穏な噂を聞きましたわ」
 食後の紅茶を飲みながら、ベアトリクス様がそう語る。
 これは……話し相手をしなければならないか。 
「何でしょうか?」
「あなたにも大きく関わる事です」
「……?」
「クルック伯爵様。横領の件は冤罪が晴れそうなのですが、別件で罪に問われるかもしれないと」
「……え?」
 紅茶をこぼしそうになった。
 別件で罪に問われる?
「それはどのような……」
「詳細はまだわかりません。しかしお父様もそう語っていたし、学園の友人たちもそう話していました」
「そう、ですか」
「あなたはこの事を頭の隅にでも置いていただければ」
 ベアトリクス様は申し訳なさそうにため息をつく。
「実はヘザー家は世話だけをする使用人を複数雇う余裕などないのです。まあ借金などがあるわけではありませんが」
「……」
「お姉さまや昨日宿場町で会ったアレックスはあくまでヘザー家の事業に必要な方々」
「……なるほど」
「具体的に何が言いたいかと言いますと、今ケイトたちがいるあの森の中の別館はヘザー家が管理しているわけでなないのです」
「え!?」
「クルック伯爵様の友人であったお父様が名前だけ貸しているだけで、実際は運営に関わる費用は、現状はクルック伯爵家の残された財産でまかなわれています」
「……」
 頭が混乱する。
「もしクルック伯爵様の罪がその別件で確定したら……財産没収となるのでしょうか?」 
「ええ、それは間違いありません。あの館の使用人の給金は支払われなくなるでしょう」 
「……うーん」
 まあ、それほど驚く話でもないか。
 元々クルック伯爵様の冤罪の件を知るまでは、男爵家にあの規模の別館の維持は無理とふんでいた。
 つい最近まで転職を視野に入れていたわけだし……それが現実的になっただけだ。

†††††
 
 紅茶をカタンとテーブルに置いた。
 ベアトリクス様は私の目を見つめている。
 反応を見ているのか。
「少しヘザー家の事情を話してもよろしいでしょうか」
 ベアトリクス様も紅茶を置いた。
 座り直し、少し深刻な表情になる。
「お願いします」
 こちらもかしこまる。
 一体先ほどの話やヘザー家の事情がどう私に関わってくるのか。
「まず単刀直入に、ヘザー男爵家とは貴族の称号は名ばかりで……その実体は商家です」
「商家ですか」
 薄々は感付いていた。
 ヘザー男爵は商売のやり手だと聞いたことがある。
 それに王国の古い慣習は廃れつつあり、税金から無条件で貴族に支払われる額は年々減っているとも。
「約三十年前、王国は貴族が自分の領土に住む民からの搾取を禁止しました」
「ええ」 
「ゆえにほとんどの貴族が土地を売ってこの貴族街で細々と生活しているのが現状です」 
「それは、存じております」
「今の時代、強いのは商家。上流貴族や商家の嫡男が男爵家以下の貴族の娘を嫁に迎えて箔をつける、なんて現象が数年前から起きています」
「それは存じませんでした」
 美しいベアトリクス様は近い将来上流貴族の家に嫁に行くとは思っていたが。
 豪商の家に嫁ぐ可能性もあるわけか。
 ……まるで政治の道具だな。
 少し貴族の家に生まれた娘が哀れに見えた。
「今私を政治の道具に使われる哀れな存在と思いましたね? いずれどこかにヘザー家の利益になるべく、どこかに嫁ぐのだろうと」
「え!?」
 突然思っていた事を当てられる。
 図星だったゆえに動揺してしまう。
「そういうのは他の下級貴族の事情なんですわ。私は違います」
「……?」
「ヘザー家は商家として安定している。むしろ長女であり、他の兄弟がいない私は婿を取らなければならない立場です」
「……あ、そういう事でしたか」
「ええ。それと、父は新しい事業を始める事を考えていまして、人手が十人ほど足りない」
「……新しい事業?」
「ええ、それはあの元クルック伯爵様の別館、そして周りの土地。あの辺一帯を新たな宿場町にしようという計画です」
「……!」
 これは驚いた。  
 少し興奮して息を飲む。
「今までクルック伯爵様の一家が娯楽に使うためだけだった施設を……利益に繋がる存在に昇華すると?」
「その通りですわ」
「素晴らしい」
 素直な感想が出た。
 ヘザー男爵。
 まだお会いしたことがないが、やり手というのは本当かもしれない。
「あの辺は王都と隣国の大都市を繋ぐ街道のちょうど中間点にあります」
「はい」
「あの辺に宿場町を設ければ、多くの需要があるだろうと、お父様は言っていました」 
「なるほど。あそこのすぐ近くに農業と鍛冶に特化した村も存在します。そこも上手く利用できるわけですね」
「ええ。そして……ケイトもずっと保護できる。お父様はそうおっしゃってました」
「……?」
 ベアトリクス様の口元が緩む。
 いつもいがみ合ってるのに、あのお転婆お嬢様を保護することには異論はないのか。
「もちろんその事業には、今のあの館の使用人全員が必要になります。新しい仕事を覚えてもらわないといけませんが」
「職を失う事が無くなるのは、我々使用人としては嬉しいかぎりです」
「そうですか。と、ここまでがヘザー家の現在の事情です」
 ベアトリクス様は二杯目の紅茶をポットから注ぐ。
 話してもらってよかった。
 私も当然その使用人の中に入っているはず。
「しかしここからが問題なのです」
「……え?」
 まだ何かあるのか。
「お父様はある意味厳しいお方です。私にある課題を与えました」
 何だろう?
 ベアトリクス様は先ほどよりずっと深刻な顔つきだ。
「世継ぎを早く作れと急かされています。数年以内にと」
「よ、世継ぎ?」
 紅茶を吹き出しそうになった。
 十六の小娘にそんな事を命じているのか。
 ヘザー男爵の印象がまた変わる。
「相手は自分で選んで良いとの事。すなわち早く婿を見つけろと、そんな事を言われてます」
「は、はあ。心中お察しいたします」
 本心で言った。
 やはり貴族に生まれるのは大変だ。
「……それで、ですね」 
「……?」
 不意に、テーブル越しに手を握られた。
 やはりこの娘の体温は熱い。
 まるで若い生命力に触れたような錯覚に陥る。
「……ベアトリクス様?」
 行動の意図が読めない。
 少なからず声に動揺が出た。
「イーモン。昨日から胸のときめきが収まりません。私、どうやら……あなたの事を好きになってしまったようなのです」
「……?」
 思わず耳を疑った。
 唐突すぎる。
 目の前には、頬を赤らめ瞳が潤んだ美しい少女の顔があった。
 テーブルのランプの光に照らされて、ゾッとするほど美しく見えた。
 これはもしや……。 
 攻略を始める前から、いつの間にかベアトリクス様が落ちていた?
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