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元伯爵令嬢との逃避行
7話 罠
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少し余裕が出た。
改めて周りを見渡す。
先ほどケイトがここにはトイレも綺麗な水もあるという意味を理解した。
天然の洞窟のような外観のこの地下通路。
何の事はない、今私が暮らしてるヘザー家の地下室に似てるのだ。
簡易的な水道と水洗トイレがある個室がある。
それは岩壁をくりぬいた空間と、原始的な仕組みの地下水を利用するもので……。
「ここ、イーモンが今暮らしてるヘザー家の地下室と似てるでしょ?」
「……なぜ知ってる?」
「貴族街の男爵家の地下ってだいたいそうなってるの。実はみんな王宮に繋がってる。もっともそれを知ってるのは、今となっては私だけっぽいけど……」
「そうか。わかったから早く着替えてくれ。今拘束を解く」
たまたまハサミを持っていた。
手足を縛っていたヒモを切った。
よろめきながらケイトは立ち上がる。
「いいのかなあ? 私を自由にして」
「お前がそうしろと言ったんだろ」
「ふーん」
「ナイフも銃も取り上げてる。お前には何もできやしない」
「まあ、そうだよね」
苦笑いを返された。
その表情にどんな意味があるのか。
「……」
なんだろう。
胸騒ぎがする。
本当にケイトをこのまま自由にしていいのか?
「待て! ここで着がえろ」
個室に入ろうとしたケイトを止めた。
「え? ほら、私今体がビショビショだから……一回裸になって体を拭きたいんだけど」
干し肉やプディングがかけられていた所から袋を手にしながら、ケイトは少し怒ったような顔で答える。
「じゃあここでやれ」
「あなたの前で裸になるの?」
「そうだ。お前は目を離すと何をしでかすかわからん」
「最低」
ジトッとした目で見られる。
……命がかかったこの状況だ。
チャーリーが死んでいる事が判明して、少しは余裕が出たとはいえ……性的な目で目の前の少女を見る気にはなれない。
「ここは譲れない。そこに見える個室に入るという事は、完全にお前から目を離すことになる」
「そうだねえ」
「嫌ならその漏らした恰好のまま騎士団に突き出す。それだけだ」
「……はぁ」
今度は軽蔑の目で見られた。
しかし一向にかまわない。
「イーモン。あなた……女性に対してその仕打ちはないんじゃない?」
「女性である前に、お前は犯罪者だ。自由にはさせない」
「あ、そう。そういえばあなたはベアトリクスと似たような性格か。こういう揺さぶりは通じないか」
「……またそれか」
こいつはちょくちょくそのフレーズを口にする。
男爵家のお嬢様と平民の男の私が性格が似ている?
そんなわけないだろうに。
異常者の目には世の中の事象がことごとくねじ曲がって見えてるらしい。
†††††
またケイトとにらみ合う形になる。
しかしお互い冷や汗はかいていない。
先ほどまでの、お互い次の瞬間に命にやり取りになるような緊張感はない。
言葉にするとしょうもない事だ。
目の前の少女は恥ずかしい姿を騎士団の前にさらしたくないから着がえたいが、私に着がえを見られたくもない。
ただそれだけ。
人生が終わった人間はそんな些細な事を気にしなくていいと思うのだが。
おそらく今後ケイトはよくて終身刑。
今多少の恥をかいたところで、何が変わるというのか。
そもそも……殺人犯の汚名の恥に比べたら、そんなものは些細な事だろうに。
「私ね、王宮に出入りしてる時にたまにあなたの噂を聞いたんだ」
「……?」
「ほら、あの猫背のお爺さん。執事を育成する学校であなたを指導してたって言ってたけど……覚えてない?」
「先生か。そういえばあの人、たまに解読の仕事も臨時でやるって言ってたな」
意外な人物の名前が殺人犯の口から出てきた。
そして、首をかしげた。
「なぜ王宮で私の名前が出る?」
「王宮というか、王宮の学者たちの間って事ね」
「そんなのはわかってるいる。なぜ?」
こんな事を気にしている場合ではないのはわかっているが……。
この後ケイトを騎士団につきだしたら、二度会う事はなくなる。
モヤモヤするのは勘弁してもらいたい。
「あなたね、本の模写が得意らしいじゃない。正確で早いって」
「ああ、学生時代にお前の言う猫背の老人によく付き合わされた」
「学者たちはね、そういう黙々と仕事をする助手が常に欲しいのよ」
「……」
「私も実は、古語の解読よりそっちで駆り出されてた。学者たちが口頭で語った事を記録する係ね」
興味深い話だ。
なんだか、もっとその話を聞いていたい。
「……?」
なんだ?
今ケイトの口元が緩んだ気がした。
この状況で?
しかし……目は笑っていない。
「すごいよね、イーモン。あなたね、学者たちに助手に欲しがられるなんて」
「本当の話なのか?」
「ええ。下手に考古学の知識がある人間より、事務的に黙々と雑用をこなす人間は必要なんだって。私じゃあその役目はこなせなかったなあ」
「……誉められてるんだか、けなされてるんだか」
「去年……あなたは当時クルック家の使用人だったでしょ? だから私もけっこう聞かれたんだよ。森の別荘なんかで執事なんかやってるあなたの事をね」
「クルック家の執事か」
少し考えてしまう。
彼女の言うとおり、私はつい最近までクルック伯爵家の執事だったのだ。
今の環境も良いから忘れがちだが、その当時も良い待遇を受けていた。
「……」
ベアトリクス様や自分達の命の危険があった先ほどまでならいざ知らず……今ケイトに厳しい態度を取り続ける必要はあるのか?
改めて思う。
罪を犯したとはいえ、目の前少女は恩義のある人物の娘なのだ。
改めて周りを見渡す。
先ほどケイトがここにはトイレも綺麗な水もあるという意味を理解した。
天然の洞窟のような外観のこの地下通路。
何の事はない、今私が暮らしてるヘザー家の地下室に似てるのだ。
簡易的な水道と水洗トイレがある個室がある。
それは岩壁をくりぬいた空間と、原始的な仕組みの地下水を利用するもので……。
「ここ、イーモンが今暮らしてるヘザー家の地下室と似てるでしょ?」
「……なぜ知ってる?」
「貴族街の男爵家の地下ってだいたいそうなってるの。実はみんな王宮に繋がってる。もっともそれを知ってるのは、今となっては私だけっぽいけど……」
「そうか。わかったから早く着替えてくれ。今拘束を解く」
たまたまハサミを持っていた。
手足を縛っていたヒモを切った。
よろめきながらケイトは立ち上がる。
「いいのかなあ? 私を自由にして」
「お前がそうしろと言ったんだろ」
「ふーん」
「ナイフも銃も取り上げてる。お前には何もできやしない」
「まあ、そうだよね」
苦笑いを返された。
その表情にどんな意味があるのか。
「……」
なんだろう。
胸騒ぎがする。
本当にケイトをこのまま自由にしていいのか?
「待て! ここで着がえろ」
個室に入ろうとしたケイトを止めた。
「え? ほら、私今体がビショビショだから……一回裸になって体を拭きたいんだけど」
干し肉やプディングがかけられていた所から袋を手にしながら、ケイトは少し怒ったような顔で答える。
「じゃあここでやれ」
「あなたの前で裸になるの?」
「そうだ。お前は目を離すと何をしでかすかわからん」
「最低」
ジトッとした目で見られる。
……命がかかったこの状況だ。
チャーリーが死んでいる事が判明して、少しは余裕が出たとはいえ……性的な目で目の前の少女を見る気にはなれない。
「ここは譲れない。そこに見える個室に入るという事は、完全にお前から目を離すことになる」
「そうだねえ」
「嫌ならその漏らした恰好のまま騎士団に突き出す。それだけだ」
「……はぁ」
今度は軽蔑の目で見られた。
しかし一向にかまわない。
「イーモン。あなた……女性に対してその仕打ちはないんじゃない?」
「女性である前に、お前は犯罪者だ。自由にはさせない」
「あ、そう。そういえばあなたはベアトリクスと似たような性格か。こういう揺さぶりは通じないか」
「……またそれか」
こいつはちょくちょくそのフレーズを口にする。
男爵家のお嬢様と平民の男の私が性格が似ている?
そんなわけないだろうに。
異常者の目には世の中の事象がことごとくねじ曲がって見えてるらしい。
†††††
またケイトとにらみ合う形になる。
しかしお互い冷や汗はかいていない。
先ほどまでの、お互い次の瞬間に命にやり取りになるような緊張感はない。
言葉にするとしょうもない事だ。
目の前の少女は恥ずかしい姿を騎士団の前にさらしたくないから着がえたいが、私に着がえを見られたくもない。
ただそれだけ。
人生が終わった人間はそんな些細な事を気にしなくていいと思うのだが。
おそらく今後ケイトはよくて終身刑。
今多少の恥をかいたところで、何が変わるというのか。
そもそも……殺人犯の汚名の恥に比べたら、そんなものは些細な事だろうに。
「私ね、王宮に出入りしてる時にたまにあなたの噂を聞いたんだ」
「……?」
「ほら、あの猫背のお爺さん。執事を育成する学校であなたを指導してたって言ってたけど……覚えてない?」
「先生か。そういえばあの人、たまに解読の仕事も臨時でやるって言ってたな」
意外な人物の名前が殺人犯の口から出てきた。
そして、首をかしげた。
「なぜ王宮で私の名前が出る?」
「王宮というか、王宮の学者たちの間って事ね」
「そんなのはわかってるいる。なぜ?」
こんな事を気にしている場合ではないのはわかっているが……。
この後ケイトを騎士団につきだしたら、二度会う事はなくなる。
モヤモヤするのは勘弁してもらいたい。
「あなたね、本の模写が得意らしいじゃない。正確で早いって」
「ああ、学生時代にお前の言う猫背の老人によく付き合わされた」
「学者たちはね、そういう黙々と仕事をする助手が常に欲しいのよ」
「……」
「私も実は、古語の解読よりそっちで駆り出されてた。学者たちが口頭で語った事を記録する係ね」
興味深い話だ。
なんだか、もっとその話を聞いていたい。
「……?」
なんだ?
今ケイトの口元が緩んだ気がした。
この状況で?
しかし……目は笑っていない。
「すごいよね、イーモン。あなたね、学者たちに助手に欲しがられるなんて」
「本当の話なのか?」
「ええ。下手に考古学の知識がある人間より、事務的に黙々と雑用をこなす人間は必要なんだって。私じゃあその役目はこなせなかったなあ」
「……誉められてるんだか、けなされてるんだか」
「去年……あなたは当時クルック家の使用人だったでしょ? だから私もけっこう聞かれたんだよ。森の別荘なんかで執事なんかやってるあなたの事をね」
「クルック家の執事か」
少し考えてしまう。
彼女の言うとおり、私はつい最近までクルック伯爵家の執事だったのだ。
今の環境も良いから忘れがちだが、その当時も良い待遇を受けていた。
「……」
ベアトリクス様や自分達の命の危険があった先ほどまでならいざ知らず……今ケイトに厳しい態度を取り続ける必要はあるのか?
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