悪役令嬢と薄幸の元伯爵令嬢のかけて欲しい言葉と聞きたくない言葉

なめ沢蟹

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元伯爵令嬢との逃避行

10話 告白

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 ケイトは私の隣にストンと座った。 
 薄手のドレスの裾がふんわりと一瞬浮く。
 それを手で直している。
 仕草が可愛らしい。
 そう……とても殺人犯とは思えないほどに。
「あなたを誘拐した理由、さっきほとんど言っちゃったようなものかな?」
「……?」
「あなたがそばにいるとね、私はこれから人を殺さないで生きていけるかもしれない」
 震えた声でうつむきながら語りだした。
 少し意外な表情だ。
 今度は泣き出しそうになっている。 
 とても駆け引きの延長線上の演技には見えない。
「なんだかよくわからないが、身勝手だな。そんな利己的な理由で私を巻き込んだのか?」
 しかし、言いたい事は告げる。
 殺人衝動とか私がそれにどう関わるのとかはこの際後回しだ。
「お前は元王国の上流貴族。さては、平民の人生なんかどうでもいいとでも思っているな」
 冷たい言葉を投げかけ続ける。
 圧倒的不利な立場で、命がかかったこの状況で、そんな態度が崩せない。
 本当に私はどうしてしまったんだ。
「そんなことは思ってないよ」  
 否定の言葉が返ってきた。
「どうだか」
「本当だよ。むしろ私は貴族階級とかそういう王国が勝手に決めたルールいまいち共感できない」
「……へえ」
「私が尊敬するのは、有能な学者さんとか射撃の上手い人達」
 珍しい。
 未成年の貴族でそういう価値観を持ってる者はほとんどいない気がする。
 かつて執事を教育する学校での教えを思い出す。
 貴族とは、根拠のない万能感と特別意識が強く、対応が難しいと言われた。
「……?」
「……イーモン」
 突然、ケイトは私の手を握りしめた。
 その手はベアトリクス様と違い、少し冷たい。
 何事かと警戒した私の反応を他所に、下から潤んだ瞳で見つめられた。
 何をしたいのか。
「ねえ、イーモン。これから私と一緒に生きてくれない? ずっとずっと」
「は?」
「あなたと一緒なら、私はこれから普通に生きていける気がするの」
「……は?」
 また理解が追いつかない。
 騎士団に追われて逃亡している殺人犯が……私と共に生きたい?

†††††

 バカげている。
 仮にこれが普通の貴族の娘の言葉なら、まだわかる。
 先ほど音だけ聞いた劇のごとく、貴族と平民の禁断の恋や駆け落ちの展開にでも繋がるか。
 しかし目の前の少女は騎士団に追われる犯罪者だ。
「ケイト、お前がこれから普通の生活なんてできるわけがない」
「どうして?」
「人を多数殺したお前はもうこの王国に居場所はない」
「それはそうだね」
 あっけらかんとした表情で返された。
 話が噛み合わない。
「お前はさっき普通の生活をしたいと言ったろう?」
「だからさっきほとんど言ったはずだけど? これから地下道を抜けて南の密林に行くの」
「密林? そういえばさっき言ってたな」
 先ほどは目の前の少女の話を中断した。
 ヘザー男爵家の方々に危害を加えないように、自分が始末しようとしていた事を改めて思い出す。
「密林に何しに行くんだ?」
「え? だから、騎士団から逃げて普通の生活をするためによ」
「密林に逃げ込むのか? 何か月? 何年? そのうち野垂れ死んで終わりだろう」
「わかってないなあ」
 ケイトは立ち上がる。
 会話する過程ですでに私を威嚇をしていなかったのだが、傍らに置いていたナイフを手にする。
「見てて」
「……?」
 ケイトはランタンを左手に、ナイフを右手に持って構える。
 そしてオレンジ色の光の先に向かって振りかぶる。
「ネズミがね、この先にいるわ。勘を鍛えてないとわからないだろうけどね」
「おいおい、まさかそのナイフで仕留めるつもりか?」
「そうだよ。まあ、ネズミなんか食べないけど」
 空気を切り裂く音が聞こえた。
 直後にチューチューと苦しむ音が聞こえてくる。
「ほ、本当に当てたのか」
「ええ、鳴き声が聞こえるって事は即死させられかったけど……」
「……」
「少しは私のサバイバルの腕を評価してくれたかな?」
 ……そういう事か。
 やはり私は鈍い。
 やっと気づいた。
「密林で一生独りで暮らすつもりか?」
「まあね。ああ、でも少し違うわ」
「……?」
「あなたと、二人でね」
 ……改めて、そういう事か。
 だいたいこいつがチャーリーに私を誘拐させた意図を理解した。

†††††

 バカげているとも言えない。
 夢見がちな少女の荒唐無稽な計画とも言えない。
 異常者の思考と言えば間違いないが……。
「もしかして……あの森の館では自給自足の訓練をしていたのか?」
 そう、この娘は実際に狩りや採取で数ヶ月生きる能力を持っているのだ。
 さんざんそれを目の当たりにしてきた事を思い出す。
「そうよ、いずれこうなる事は予測できたし」
「伯爵様はその事を知ってるのか?」
「もちろんよ。だいたい殺人衝動に苦しむ私のために、人間の獲物を定期的に用意してくれたのは父さんよ」
「そういう事か」
 あのゴシップ記事を思い出した。
 悪魔の絶叫が響く森。
「使用人が寝静まる頃、お前はあの館の森で人間を獲物に狩りをしていた?」
「そうよ。館からなるべく離れてね。絶対に人目に付かない場所で」
「まあ、誰かに血痕は目撃されていたようだが」
「本当? チャーリーがそんなミスをしていたなんて、意外」
「チャーリー、もしかしてかなり前からお前の異常行動に手を貸していたのか」
「……そうよ」
 少しため息をついて、ケイトはランタンを地面に置いた。
 なんだろう? 
 今かなり表情が曇った。
 ストレスが溜まっているのが見るからにわかる。
「詳しい話は後からでもできるわ。まずは答えを知りたいの」
 今度は少し大きめの声で問われる。
「はあ……私にお前と一緒に密林で一生暮らせと?」
「あなたは天涯孤独の身だし……ダメ?」
「……」
 黙り込んだ。
 そして考えてしまう。
 ほんの一時間ほど前の私なら……また駆け引きに持ち込みなんとかケイトを出し抜く事を考えていただろうに。
 今は本気で悩む。
「出発の予定は?」
 そんな事を聞いてしまう自分に驚く。
 本来なら騎士団に自主する方向に誘導すべきなのはわかっているのだが。
「三日後」
「それはなぜ?」
「騎士団が王都中を捜索しつくして、疲弊した時期を狙うつもり。それまではここに潜伏ね」
「なるほど」
「チャンスが来たら、変装して闇に紛れて王都を抜け出す」
「……いいね」
「……?」
 私はバカなのか。
 その話が、その計画が……楽しそうに聞こえてきた。
 そして先ほどからずっと、頭の中に地上に帰りたくないという気持ちがへばりつく。
 そう、ケイトが私の感情をコントロールしたと思えたあの瞬間から……。
「そういえばお前、さっきどうやって私を出し抜いたんだ? この先の行き止まりの部屋にいたはずだろ?」
 急に今の話と関係無いことを思い出した。
 この状況で先ほどケイトがどんなトリックを使ったか気になるなんて……私も異常者なんだろうか。
「一緒に来てくれるならさ、そういうのは後からゆっくり教えるよ。来てくれるの? ダメなの?」
 少し焦ったような表情で問い詰められた。
「……」
 さて、どうしたものか。
 また黙り込んでしまう。
 すると、ケイトはまた大きくため息をついた。
「よく考えたら、こちらから見返りだけ要求するのはフェアじゃないわね」
「……?」
「じゃあこうしよう。質問の返答とは関係無しに……今から私の体を好きにしていいよ」
「は?」 
「今私があなたに提供できるものは自分の体くらいしかないし、誠意を見せなきゃね」
「お、おい」 
 地面に置かれたランタンの光の元、すでに薄着だったケイトの体のラインがさらにあらわになっていく。
 パサリと音がした。
 地面にドレスが脱ぎ捨てられたのが確認できた。
「予定変更。質問の答えは後で聞くわ。これから朝まで、私に何をしてもいいわよ」
「……」
 ツバを飲み込んでしまう。
 ケイトは座り込んだ私の目の前に全裸で立っていた。
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