悪役令嬢と薄幸の元伯爵令嬢のかけて欲しい言葉と聞きたくない言葉

なめ沢蟹

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元伯爵令嬢との逃避行

9話 意気消沈

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 なんだろう。
 こんな状況なのに、あまり恐怖感がわいてこない。
 ランタンの光の先には複雑な表情で銃を構えたケイトが見える。
 もちろん、この地下空間に助けなど来ない。
 来るならとっくに来てる。
 ……銃は撃ったことすらない。
 この手に握りしめた猟銃は私には使いこなせない。
 そもそもこれに弾が入ってるかすら不明。
 ナイフを投げてみる?
 それも自信がない。
 外せば射撃の天才の少女に撃ち抜かれて私の人生は終わり。
 まさに絶体絶命。
 ……それなのに。
「……ちっ」
 私の口から出たのは、命乞いでも無ければ情けない悲鳴でもなかった。
 自分の中に溜まった禍々しさを吐き出すような舌打ち。
「あらら、余裕だねイーモン。もしかしてこの銃に弾が入ってないと思ってる?」
「……黙れ」
「……?」
 つい殺人犯を刺激するような言葉を口にしてしまう。
 なんだ? この感情は。
 さっきからどす黒いものが私の中を支配している。
 しかし……別に目の前存在は憎くもない。
 悪態は八つ当たりに近い事を自覚している。
「……」
 ケイトはそんな私の様子を見て、少なからず動揺している。 
 オレンジ色の光に照らされたその美しい顔は、目は軽く見開かれ、口元は歪んでいる。
「イーモン! 武器を地面に置いて両手を上げて! 撃つわよ!」
「……」
 金切り声に少し冷静になった。
 指示通り装飾銃と大型のナイフを置く。
 元よりこうするしかないのだ。
「いいわよ。そのままゆっくり後退して」
「……」
 武器を取り返す気か。
 私は仕方なしに、行き止まりの壁のほうまで後ずさる。
 カランカランと渇いた金属音が二つ響く。
「ふう。危なかったなあ」 
 ケイトは猟銃を構えたまま、二つの武器を蹴り飛ばしていた。
 これで本当に私が勝てる目は無くなった。
 それでも……私の中に渦巻くのはある思いだけ。
「ケイト……お前、私の感情をコントロールしたのか?」
 絞り出すように声をあげた。
 それを聞いてケイトは首をかしげる。
「は? 何?」
「……」
 これも駆け引きの延長なのか?
 質問には短絡的な疑問の声を返された。

†††††

 銃を突き付けられたまま、手を後ろ手に縛られた。
 先ほど私がケイトにそうしたように。
 もちろん私に縄抜けの技術などない。
 もう逃げるのは不可能な状態になった。
「ふう。これでやっとゆっくり話せる。最初から気絶してる間に縛っとけば良かった」
 半ば独り事のようにケイトは語る。
 そして絨毯が敷いてある場所に誘導された。
「イーモン、座りなよ。緊迫した状況の連続で疲れたでしょ?」
「……」
「私は……本当に疲れた。チャーリーが死んでからは、特にね」
 水筒の水をガブ飲みしながそう語る。
 たしかにその表情には尋常じゃない疲労困憊の色が見える。
「殺すなら殺せ」
 また悪態をついてしまった。
 今は目の前の殺人犯を刺激するべきじゃないのに……。
 どうしても感情がコントロールできない。
「ど、どうしたの? いつものイーモンらしくないよ?」
「この状況でいつも通りだったら逆に異常者だ」
「まあ、そうだけど……とにかく話を聞いてよ」
「……」
「あなた……さっき突然私を殺すとか言い出したから、私の話を最後まで聞いてないでしょ?」
「なんだ?」
「はぁ……今から話すよ。私がなぜ生前のチャーリーに頼んであなたを誘拐してもらってきたか、ね」
「……?」
 そういえば、先ほどそんなことを言いかけていたか?
「お茶、入れ直すね」
 ケイトは例の簡易湯沸かし器にまた小さな薪をくべる。
 ずいぶん落ち着いたものだ。
「あー、その前に……着がえなきゃ。ビショビショして気持ち悪い」
「……」 
「逃げても、無駄だからね」
 そのまま地面に置かれたランタンの光の外に去っていく。
 足は縛られていない。
 一か八か逃げるか?
「……」
 しかしそんな気は起きなかった。
 なんとなくだが、自分でもよくわからないのだが……。
 事もあろうに、今の私は地上に戻りたくない。
 この異常な空間にしばらく留まりたいのだ。

†††††

 けっこう待たされた。
 手を後ろ手に縛られたままあぐらをかいてケイトを待つ。
「やっと洗い終わった」
「……」
 どうやらケイトは地下水で汚れた衣服を洗濯してたようだ。
 その手のカゴには搾られて小さくなったものが。
「いつ乾くかな? これ」
「地下は乾きが遅いのか?」
「まあね」
 椅子と椅子にロープを繋いだ簡易的な物干しにケイトは狩猟用のズボンと上着を干す。
 肌着や靴下も干している。
 今はケイトは薄手のドレスに着がえている。
 幼さの残る均整のとれた体。
 露出された白い二の腕や太ももがまぶしい。
 胸も薄着になると少しは大きく見えて……。
「はぁ」
 ため息をついた。
 先ほど私は騎士団に引き渡す前に目の前のケイトのドレス姿が見たくて自由を許したというのに、あまり興味がそそられない。
 かといって目の前の存在に憎い感情も湧いてこない。
 一体私はどうなってしまったんだ。
「はい、作業終了」
「……」
「イーモン。今度こそ私の話を聞いてくれる?」
「どうぞ」
「……?」
 気怠げに答えてしまった。
 私の様子を見てケイトは眉をひそめている。
「な、なんだか……今日のイーモンは私の知ってるイーモンとは別人みたい」
「……?」
「でも不思議ね。そんなあなたでも……そばにいるとね、殺人衝動が湧いてこないんだ」
「……!?」
 ケイトは悲しそうな横顔で、目を逸らしながら話している。
 言葉の意味が理解できない。
 しかし……。
 少し興味がわいてきた。
 なぜこの殺人犯の少女は、王都の地下に潜伏して私を監禁するなんて行動を取っているのか……気になる。
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