悪役令嬢と薄幸の元伯爵令嬢のかけて欲しい言葉と聞きたくない言葉

なめ沢蟹

文字の大きさ
66 / 69
最終章 暴走する悪役令嬢を止める禁句とは

12話 発狂

しおりを挟む
 見知らぬ遺体への死臭には慣れてきた。
 これは慣れて良いものなのだろうか。
 相変わらず、ランタンの灯りに照らされるベアトリクス様の表情は恍惚なものだ。
 ふと思う。
 私が彼女くらいの年のころ、女性を弄ぶことへの快感を覚え始めたころ。
 こんな濁った目をしていたのだろうか?
 ・・・・・・なら、道を踏み外す前に正してやらなければならない。
 その先は間違いなくケイトと同じ末路だろうから。
「ベアトリクス様」
「え?」
 自然に敬称で彼女を呼んでいた。
 貴族相手の火遊び気分の、くだけた恋人役の遊びではない。
 本当にベアトリクス様を思ったからこそ口から出た言葉。
「どうしたの? イーモン。恋人の私にそんな口調はやめてくださる?」
「・・・・・・」
 ベアトリクス様は恍惚のその表情を一度やめ、無意識に顔を覆っていた布を外して美しい口元をあらわにする。
 動揺している。
 腐臭漂う見知らぬ遺体を前にしても。クルック家の壮絶な秘密を知っても。
 平然としていたベアトリクス様がだ。
「私の本心から忠告します」
 質問を無視する形になってしまった。  
 真剣に向き合う。
「・・・・・・?」
 ブルーノも違和感に気づいたか。
 緊張しつつも、無言で様子を伺っている。
 言おう。
 薄々とわかりかけていた。
 今、ベアトリクス様は歪みかけている。
 そして・・・・・・それは彼女の・・・・・・一番聞きたくない言葉を使えば、修正できる。
 それが傷付けることになっても。
「あなたが、ケイトに憧れていたから、彼女の生き方をトレースしてみたい気持はわからないでもないです」
「ど、どうしましたの? イーモン。あなたらしくありませんわ」
「ちゃんと聞いてください」 
 言葉を聞いてふと思う。
 彼女の思う『イーモンらしい』。
 それは単なる女性をゲームのように攻略するための上辺だけの私の態度にすぎない。
 平民なのに貴族の令嬢に物怖じしない態度が気に入られる。
 それはそう判断したからこそ、そう演じていただけのイーモン・ケアードの仮初めの人格・・・・・・。
 そんなものはもう捨てよう。
 私は・・・・・・・。
 本心からベアトリクス様にケイトのような末路を辿って欲しくない。
 未成年というのは思い込みから何かに没頭してしまい、それから抜けられなくなったりするものだから。
 だから改めて、言おう。
 例えこれからする発言から、行き場のない怒りが私に向かったとしても。
「あなたのこれからやろうとする行動はケイトの魂を傷付ける」
「・・・・・・!」
 ・・・・・・。
 これが私の考えだしたベアトリクス様を止める答えだった。
 オカルト的なものを一切信じない私の口から出た言葉。
 それは、故人を傷付けるという一見荒唐無稽なものだった。

†††††
 
 その行為は故人の魂を傷付ける。
 ベアトリクス様がひそかに敬愛したケイトを傷付ける。
 そう進言したとたん。
 ランタンに照らされた美しい顔は険しい表情に変わった。
「何を言ってますの? 訂正しなさい」   
 息づかいも荒い。  
 まるで親の仇でも見るような目で睨まれた。
 やはり・・・・・・ベアトリクス様の一番聞きたくない言葉は、自分の行為が他人を傷付けるという説明。
 それを悟らせるような発言。
 かつて私が弄んだ数々の女性を傷つけていたと気づいたときに、すべての価値観が変わったように、彼女にとっては受け入れがたいものはず。
 自分の行為が実は他者を傷つけていた。
 それは対象が敬愛する者なら、尚更認めたくないだろう。
「・・・・・・」
 思えば私がベアトリクス様に恋人として気に入られていたのは、私が上辺だけでも他人を傷付ける発言をしない人間だから・・・・・・。
 そこに共感していたのかもしれない。
「イーモン、訂正しなさい! 私は! 私は! 志し半ばで散ったケイトの意思を継ぐのですわ! それなのに! ケイトの魂が傷つく?」
「ケイトの意思ですか?」
「そうですわ・・・・・・彼女の正義を私が継続する事で魂は救われる」
 叫びながら表情はいよいよ狂ったものになっていく。
 口元は歪み、目は充血して泳ぎ、歯がむき出しにされる。
 鬼のような形相とはこの事か。
 貴族街の宝石と謳われた美貌が台無しだ。
「・・・・・・!?」
 そばにいたブルーノが無意識に一歩下がる。
 彼女の異様さに気押されたか。
 それはベアトリクス様が実際に人を殺す意思があるからこそ、他人に恐怖を伝えられる。
 かつて怪人に扮した屈強な男が敬愛していた小柄な少女に気圧されたように。
 もちろん私もその異様さを敏感に感じ取っている。
 足が震えるほどに。
 しかし、引くわけにはいかない。
「訂正はしません」
「なっ!?」
「おそらく、生前のケイトは子供の時に拷問官であった母親の仕事をずっと隠れて見ていた」
「訂正しなさいと言ってますわ!」
「善悪のつかない時期にそれを見た彼女の精神はそれで狂ってしまったのでしょう」
 ケイトが狂ってしまった。
 そのフレーズを聞いて、ベアトリクス様の表情はいっそう歪む。
「薄々と感づいているのでは?」
「・・・・・・!?」
「ケイトのやっていたことはおそらく、悪人の貴族を誘拐してこの森で処刑していた事は・・・・・・単なる遊びです」
「なるほどね。だからケイト様は見るからに怖い方だったわけか」
「そしてそれを自分でも止められなくなっていた」
「違う・・・・・・」
「あなたはそれをトレースしてはいけない。あなたはまだ・・・・・・戻れる。いや、まだ狂ってすらいない」
 途中ブルーノの言葉も聞こえたが、よく聞いてなかった。
 にらみ続けるベアトリクス様に真っ向から向き合う。
「そんなの・・・・・・ダメですわ。あの子を理解する者は私ですの」
「・・・・・・?」
 ベアトリクス様の表情がまた変わる。
 鬼のような形相から一転、今度は儚げな表情に。 
 目には涙が浮かぶ。
 それは・・・・・・吸い込まれるような美しさで・・・・・・。
「あの子が生前狂っていたというなら! それでも構いませんわ! 私も同じ存在として、ケイトの友人であり続けますわ!」 
「え!?」
 予想外の言葉が発せられた。
 てっきりこのまま私の言葉を認めずに暴れるベアトリクス様を取り押さえる流れになると思っていたのだが。
「うわああああ!」
「ちょっ、痛っ」
「ベアトリクス様!」
 ベアトリクス様の叫び声とブルーノの軽い悲鳴が聞こえた。
 ブルーノが突き飛ばれたのだ。
「うわああああああ!」
 叫び続けながら、隠し階段を軽やかに上っていく音が続けて耳に入る。
「・・・・・・」
「な、何やってんだよ兄貴。ベアトリクス様を取り押さえないと!」
「あっ!」
 一生の不覚。
 予想外の展開へついていけず、この状況で一瞬惚けてしまっていた。
 ブルーノの声で我に返る。
 二人で隠し階段を上りベアトリクス様を追う。
「姉ちゃんがああなってるの見たことある」
「え? マリンが?」 
「付き合ってたあんたと上手くいかなくなってた時期。あんな感じになっていきなり湖に飛び込んで泳ぎ出したりしてた」
「・・・・・・マリンが?」
 階段を上りながらも、突然耳が痛い情報が知らされる。
 過去にあったというマリンのその奇行に走らせた原因は間違いなく私だ。
「・・・・・・」
 感情が昂ぶり、おそらく自分の意思の整合性がつかなくなり、暴走中のベアトリクス様。
 取り押さえないとどんな行動に出るのか。
 まったく予測がつかない。
 急がねば。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

処理中です...