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35限目 婚約者 中村幸弘

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 レイラは微笑むと、貴文はゆっくりと頷いた。

「中村幸弘(なかむらゆきひろ)君は医大生だ。それに実家は製薬会社だ」

(医学部ねぇ。兄貴が病院継ぐじゃねぇの? それに実家が製薬会社だぁ?)

「あぁ、候補というのをつけ忘れた。だからそんなに怖い顔をしなくても良い。先方が大道寺家に相応しくなければ白紙にする」

 貴文にして指摘されて、レイラは笑顔が崩れていることに気づき慌てて笑顔を作った。

「彼も忙しいらしく、やっと時間が取れたそうだ」

 その言い方は嫌味にもとれた。

(なんだ? この話オヤジはのりきではないのか?)

「私だけですか? お兄様の婚約者はいらっしゃらないのですか」
「候補はいる」

 レイラはリョウの方を見ると彼は笑っていたが何を考えているのか分からなった。彼の笑顔は母カレンの無表情と同じだ。

 貴文はレイラが座ったのを確認すると、横に立っていた店のウェイターの方をチラリとみた。ウェイターは丁寧に頭を下げ、部屋から退室した。
 しばらくすると、扉を叩く音が聞こえた貴文は返事して立ち上がった。カレン、リョウも同様に立ち上がったのでレイラもそれにならった。
 扉が開き、年配の男女とその息子らしき人物が入室した。

 貴文は中年男性の方に向かった。

「今回はこのような席を設けて頂きありがとうございます」
「こちらこそやっと御子息にお会いできて感激しておりますよ」

(う? “やっと会えた”って?)

 レイラは彼の言葉に引っかかったが何も言わずに事との成り行きを見ていた。
 貴文と中年男性はお互いに頭を下げた。貴文の案内で中年の男女とその息子らしき人物はテーブルの前に立った。
 そして、中年男性はレイラの家族全員の顔を見渡すと優しく微笑んだ。

「皆様、本日はお忙しい中このような機会を設け頂きありがとうございます。私は中村製薬会社を経営しております中村英明(なかむらひであき)と申します」

(中村製薬会社……)

 この場にいる全員が穏やかな笑いを浮かべているのでレイラも必死で笑った。

(オフクロの奴、他人が入ってきた途端の笑顔かよ)

「妻の好美(よしみ)ですわ」

 派手な色の有名ブランドで身を包んだ、低身長の丸い女性が笑顔で挨拶をした。その隣にいたのは長身の男はその母と同じようにブランドで身を包み派手な時計をしていた。金色に近い髪をしてヘラヘラと笑うその姿にレイラは嫌悪を感じた。

「息子の幸弘(ゆきひろ)です」

 中村の紹介に続いて、大道寺の紹介をして全員終わったところで貴文が合図をして全員が席についた。それと同時にディナーが始まった。
 貴文の前に英明が座り、カレンの前に好美が座っている。そして、リョウの前ではなく、一つの席をあけてレイラの前に幸弘が座っていた。

(これが、彩花の兄貴か。 医学部だから頭いいんだろうけどアホ面だぞ)

 幸弘がレイラにニコリと笑いかけた。その嘘くさにレイラは悪寒がしたが微笑み返した。
 食事が始まると、大人同士は会話が会話を始めた。リョウは静かに大人の話を聞いている様であった。

「はじめましてレイラちゃん。婚約してから何年も経ちますが面と向かってあったのは初めてだね」

(ちゃん呼びに、タメ口かよ)

「そうですね」

 レイラが一言返すと会話が終わった。幸弘は沈黙が気まずいようで必死に会話を探していたがレイラは気にせずに食事を進めた。

「……レイラちゃんは僕の妹と同じクラスだったよね」
「そうですね」

(さっきから、こいつ馴れ馴れしいな。あぁ、俺が中学生だからガキ扱いしているのか)

 レイラは彼の態度に苛立ちを覚え始めたが、それでも笑顔に対応した。彼は、レイラが“そうですね”としか言わない為自分の事話始めた。

「僕は医大生なんだ。だから、なかなか会えなかったのは寂しかったよ」
「そうですか」

(寂しかったとか気持ち悪いな。こいつと結婚しなくちゃならねぇのか)

 レイラは食事をしながら幸弘の上から下までみた。顔は悪くはないが、美しいといいうほどでもない。リョウと並ぶと見劣りしていまう。そんな彼はにこやかの周囲の様子をみながら食事をすすめていた。

 最後のデザートが終わると幸弘の父英明が幸弘の方を見た。すると、彼は英明に向かって頷いた。
 それから、レイラの父貴文の方見た。

「大道寺(だいどうじ)さん、レイラさんをお送りしてよろしいのでしょうか」
「あぁ、構わない」
「いえ、そこまでして頂かなくて大丈夫です。いつも、一人で車まで向かっております」

 レイラのその言葉を聞くと、父貴文の顔が曇った。すると、リョウは食事の手を止めてにこやかに微笑んだ。

「レイラさんは、まだ結婚や婚約という事に実感がないかもしれませんね。幸弘は頭の良い方です。楽しいお話を聞けますよ」
「……」

(話なら食事の時にしただろう)

 レイラは反論しようとしたが、リョウの異論を認めないというような目と父貴文の圧、そして中村一家の期待の目に負け「はい」と言った言葉しか出せなかった。
 母カレンだけは、レイラの様子を気にせずに笑顔で紅茶を楽しんでいた。カレンは基本的に子どもに関して一切口を出さない。レイラへの手紙の“母”と署名があるが全ては父貴文の意見である。
 レイラはカレンのそんな姿をみてため息をついた。

(仕事以外には無関心だよな)

「レイラちゃん、行こうか」

 気づくと、幸弘がレイラの真横におり、手を差し出していた。
 レイラはチラリと家族の方を見た。彼らの期待のまなざしに心の中でため息をつくと返事をして幸弘の手をとった。

 幸弘のエスコートでレイラはレストランを出た。幸弘は相変わらずの笑顔で話し、レイラはそれに対して「そうですね」と返した。
 ロビーまで来ると幸弘は立ち止まった。ロビーの客はいなく、フロントに従業員がいるだけであった。

「レイラちゃん、少し座って話さない?」
「え……?」
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