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110限目 レイラの入浴

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 レイラは自室に戻ると、ネックレスをとって机に置き、風呂へ行く準備をすると脱衣場に向かった。

「レイラさん」

 脱衣所までくると名前を呼びながら嬉しそうに近づいてくるまゆらの姿があった。レイラは足を止めると彼女に笑顔を送った。

「まゆらさんもお風呂ですの?」
「はい。これからお風呂に入ろうと思ったのです。レイラさんもお風呂ですか? もしよろしければお供してもよろしいでしょうか」
「え……」

 遠慮がちであるが、嬉しそうに持っている服を抱きしめるまゆらにレイラは戸惑った。

(嬉しい申し出だが、まずいだろ。いや、女同士だからありか? まゆタソの裸。いやいやだめだろう)

 まゆらの裸を想像したがすぐに首を振り頭から消した。

「まゆらさん」
「はい」

 名前を呼ばれたまゆらは、体に力が入り直立不動の姿勢をとった。そして、自分より少し高いレイラをまっすぐな瞳で見つめた。

「大道寺では、一人で入浴します。貴女もここに来たのでしたら従って欲しいですわ」

 レイラはまゆらの悲しむ顔が見たくなくて返事を聞かずに、言い捨て脱衣所に入った。そして、そこに壁に寄りかかり、ゆっくりと息を吐いた。

(やベー、言い過ぎたか? 嫌われたかな? でも、でも、一緒に風呂とかマジ無理だろ。外見は女だけど、中身おっさんだぞ。あ、先に入ってもらった方が良かったか?)

 再度、ゆっくり息を吐きながら頭を振った。そして、室内をぐるりと確認すると、服が準備されていた。

(いや、服あるし俺(レイラ)先でいいよな。しかし、さすが、凪さん)

 レイラは完璧な仕事ぶりに関心した。
 数ヶ月前にレイラの専属家政婦になった凪は仕事は完璧にこなしている。レイラのスケジュールを秒単位で理解している様であった。

 レイラは服を脱ぎカゴに入れると、浴室に入り、身体を洗い終わると浴槽に入った。

(あったかい)

 湯船に浸かると、レイラは全身を伸ばした。湯の中で身体伸ばすと心地よく感じた。

「あ~」

 レイラは体をずらして、鼻も下まで湯につけていた。そして、口から空気を出してブクブクを音を立てた。その時、扉を叩く音がした。

「はい」
「入浴中失礼致します。凪です。タオルなどの準備ができました」

 凪は、扉を開けずその前に立ちレイラに声をかけた。レイラが礼を言うと“失礼いたします”と言って去った。彼女の影が見えなくなると、
 レイラはため息をついた。

(これから本当にどうなるだろうな。俺(レイラ)の没落も不安だが、何もなく大人になるのはもっと不安だ。男と結婚しなくちゃだし、まゆらも男と……)

「……もう、出よう」

 レイラは浴槽から出ると、シャワーを浴びてから脱衣場と繋がる扉を開けた。出てすぐ横にあるカゴからタオルを取り出して体を拭くとすぐ保湿剤を塗り、着替えた。それから、鏡台に座り髪を乾かした。
 トメが辞めてから身支度は全て自分で行っている。前世では家事も行っていた為、苦ではないが寂しく感じる事はあった。

 全ての身支度を終えると、扉の近くにいった。
 ドアノブを触れようとして手を止め、扉に耳を当てて外の様子を確認した。

(誰もいないか? 流石にまゆタソ戻ったよな。泣いていたらどうしよう……)

 レイラは外で物音がしないことを確認すると、ゆっくりと少し開けるとその隙間から外を見た。

(いない?)

 誰もいないことに安心して、外に出ると更に周囲の状況を確認して“ふー”っと息を漏らし、足早に自室へ向かった。

 まゆらはそっと、物陰から顔だしてレイラが見えなくなるまで、彼女の様子を見届けた。彼女が見えなくなると服を強く抱きかかえて脱衣場に入っていった。

「ここが、レイラ様の使っている浴室」

 扉を閉めると、気持ちを高揚させながら踊り出した。くるくると、リズムをつけながら移動し、脱衣所内を一つひとつ見定めた。

「あれ、もしかして……。これは」

 まゆらは、脱衣所と浴室を繋ぐ扉の横にあるカゴを見つけた。胸を高鳴らせながらそれに近ずくと、カゴに中身を手にとった。

「ああ、これは……」

 湿ったタオル。

 まゆらは躊躇することなく、そのタオルに顔を埋めた。
 本来は湿ったタオルというのは気持ちがよいものではない。しかし、まゆらはそのタオルを嗅ぎ胸を高鳴らせていた。
 タオルを置くとしゃがみこみ真下にある足拭きマットに触れた。そして何かを探すように、手を広げて左右に動かした。

「う~、ないか」

 まゆらは、ため息をつき立ち上がると服を脱ぎポンポンとカゴに入れた。その上に眼鏡を置くと浴室に入った。そこでも、シャワーから排水口の中まで見定めていった。

「なんで、ないのかなぁ。やっぱり“レイラ様”だから毛は抜けないのかもしれない」

 まゆらは目的の物が見つからなかったが、落ち込んでる様子はなくむしろキラキラとした目をしていた。
 シャワーの前にあった椅子に触れると「ふふ……」と顔を赤くして笑いながらそれをなぜ、持ちかげると口付けをした。

「レイラ様のお座りになったお椅子様」

 まゆらは小さな声で呟きながらそれを抱きしめた。

「あはは……。最高」

 ニヤニヤと笑いながら、椅子を置くとその上に座り全身を洗った。そして、湯船に入った時に脱衣所の方で物音がしてまゆらはビクリを身体を動かした。
 胸をおさえながら顔をそっちの方向けると、曇りガラス越しに、動く人影が見えた。

 まゆらの心臓の音が早くなり、じっと曇りガラスの人影を見ていた。影は扉の前に立ちノックした。

 彼女は声が出ず、目をキョロキョロと動かした。

「失礼いたします。レイラさんの専属家政婦の凪でございます。入浴されていますのはまゆらさんでしょうか」

 扉を開けずに、凪はまゆらに声を掛けた。

「え、あ、はい」

 影の正体が分かるとまゆらは安心したが、返事を焦った為に変な声になってしまった。凪はその事を一切気にする様子なく言葉を続けた。

「本日はすぐに入浴したいというまゆらさんのお気持ちを察せず、申し訳ございません。レイラさん入浴後清掃の終わっておりません」
「え、掃除って、全部ですか?」
「勿論でございます。浴室及び脱衣所の清掃をし、新しい湯を張りなおします」

 まゆらは、顔を歪ませた。
 残念に思う気持ちが声に出ないように注意しながら話をした。

「そんな、もったいない事をして頂かなくとも問題ありません。タオルも一緒の物で構いません」
「それはなりません。必ず清掃致しますので、次からは終了後に入浴をお願い致します」

 必死にまゆらが断ると、凪は強い口調で言い放った。それに圧倒されたまゆらは思わず「はい」と返事をしてしまった。
 その返事を聞くと凪は「失礼致します」と言ってその場を去った。まゆらは彼女が影が見えなくなると長い息ゆっくりとはいて湯の中に全身をつけた。

「はぁ、レイラ様のつかった湯に触れられるもの最初で最後なんて……」

 まゆらは泣きそうになりがら湯に入ると、その湯を手ですくい口をつけた。
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