女装彼氏〜めちゃくちゃモテる女装男子をモノにするまで〜

黒夜須(くろやす)

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翌日教室に行くと、いつもの席に虎司が座っていた。彼と話したくなかった悠は、最前列に座った。講師の真ん前となる席に座る人間はほとんどいない。
安心していると、隣の席に河沼一香が座った。
声を掛けようか迷っていると河沼一香から「おはよう」と挨拶され悠も返した。すると、優しげな微笑みを浮かべた。
無表情な木山恵とは対照的であった。
「昨日さ」
「ん?」
「木山恵に何か嫌なこと言われた?」
心配そうな顔をする彼女に首を振ると安心した顔をした。
「あの子はね、嫉妬深いの。手当たり次第威嚇するから……」
以前、居酒屋で河沼一香に絡まれたのを思い出して彼女も人の事は言えないと思った。
「あ、その顔は居酒屋の事思い出してる?」
心を見透かされたようでドキリとした。
「あれはごめんって。酔っていたのもあるし、あの子と君が顔近かったから。」
木山恵と身長はほとんどかわないから向かい合えば自然と近くなる。
「お詫びとして正樹の情報上げたでしょ」河沼一香はにやりと笑った。「上手くいった?」
正樹との事を思い出して、悠は真っ赤になり机に突っ伏して顔を隠した。
河沼一香の顔は見えないがきっとある意味いい笑顔をしている気がした。
「良かったじゃん」
「……」
「アイツ、いいやつでしょ」
そんな事は彼女より知っている。幼い頃からずっと好きだった。今はもっと好きになっている。
「それはいいとして、椎名虎司と喧嘩したの?」
喧嘩なのかは分からなかった。一方的な怒っただけの気もした。
黙っていると彼女は笑い「なら、私と仲良くしよう」と言った。
顔を上げると、見知らぬ顔があり言葉を失った。その顔は口が突然耳まで割れると、鋭い牙が出てきた。
「――ッ」驚いて 椅子から落ちた。
「アハハ……。大丈夫」
お面をとり大笑いする河沼一香の顔があった。
周囲の視線を感じたが、彼女は気にせずに手を差し伸べた。その手を掴むと立ち上がり椅子に座り直した。
「これいいでしょ」
彼女は自慢げにお面を見せたが驚きすぎてすぐに返答できなかった。
「あたしの最新作」
頷くのがやっとだった。
それからすぐに講師が来て講義が始まった。河沼一香は何事もなかったように授業を受けているが、悠の心臓がドクドクと大きな音を立てていた。
あの木山恵と付き合うのだから、河沼一香も変わっていないはずがなかった。その変わった仲間に近藤正樹も含まれる。価値観や物も感じ方や捉え方が一般的な人と違う。
彼らと話していると周りを気にしている自分がアホらしく思えた。
昼休みになりすぐに、ネグリジェの写真を正樹に送った。
あれこれ悩んでも仕方ないなと奇妙な面を愛でて河沼一香を見て感じた。
すぐに返事が来た。
緊張しながらメッセージを開くと固まった。
「……作文?」思わず口からでた。
「ん? 正樹からのメッセージ?」河沼一香が面から顔を離して、こっちを見た。「アイツら長いんだよね」
笑いながら、彼女は自分のスマートフォンの画面を見せた。木山恵からだと言うメッセージも作文を思わせるほど長文であった。
「二人でやり取りしてる時のヤバイよ。常にこの量でやり取りしてるからね。しかも打つの速いし」
確かに、写真を送って数分で返信があった。
深呼吸をして文章を読んだ。改行はしてあるが原稿用紙二枚にはなりそうな量であった。  
そこに書いてある全ては悠を賛美するものであり完全に恋文であった。読んでいて段々顔が熱くなるのを感じる。
「アハハ、ラブレターだったの?」
「……うん」悠は小さく頷いた。
「どうする?」
「え?」
「アイツに会いに行く? 直接伝えれば」
河沼一香の言葉に頷きたかったが、ふと正樹と一緒にいた女の子思い出した。正樹にその気がなかったとしてもあの場面に遭遇したくはない。
「あ、もしかして女子二人を気にしている」
また、心を読んだような発言をした。
「なんで、分かるの」
「予想つくわよ。彼女らほとんどの時間正樹にべったりよ。彼女なら牽制しないと」
「……」
悠は自分の姿を見た。女性には見えるように心掛けてはいるが一七五の大女だ。本当に女だとしても惹かれる男性は少ない。
「ウジウジ、虫なの?」
河沼一香に強引に手を引かれた。その時、虎司と目があったような気がした。しかし、すぐに彼は周りにいた女子と話し始めたので気のせいだと思った。
正樹らが講義を受けている建物の前に来ると二人が見えた。
「イチ」
木山恵は満面の笑みで飛んできた。彼女と公園で話した時とは別人だ。河沼一香の側に来ると『大好きでたまらない』という優しい表情をしている。
見ていてこっちが恥ずかしくなる。
「正樹君」遠慮がちに名前を呼んだ。
「ゆうちゃん。写真ありがとう。とても可愛くて写真を見た気持ちを上手く文章では表現できなかった。素っ気ない短文でごめんな」
短文の意味について考えた。やはり彼とは価値観が違うだがそれも面白かった。
「そんな事ないよ。嬉しかったよ」
「だよね。読みながら真っ赤になってたもんね」
河沼一香にバラされて恥ずかしくなった。
「いや、その……」
「本当、嬉しいな」
満面の笑みを浮かべた正樹に抱き着かれて嬉しく感じた。彼の髪からした汗臭い匂いに興奮した。
「俺、上手く伝わるか心配でさ」
あれだけの量を一気に読ませる力があるのはすごいと思った。
その時、視線を感じた。周囲の人間が横目でこちらを見ている。内容は聞き取れないがこちらを見ながら話している者もいた。
好奇にさらされることが恥ずかしく離れようとしたが彼に強く抱きしめられた。
「……」
強めに彼の身体を押すと離れてくれた。
「わりぃ、痛かった?」
「……そうじゃないけど」
見ている方は、気づかれていないと思っているのかもしれないが無数の視線を感じいたたまれなかった。
こういった事は初めてでない。虎司といた時も視線を感じた。その時、恥ずかしさはなかった。
チラリと正樹の顔を見ると目が合い彼は微笑んだ。彼の顔を見て気恥ずかしさの意味が分かった。正樹とは恋人だ。勿論それを他者が知るよしはない。ないが、行為を見られているような錯覚に陥るのだ。
河沼一香と木山恵は接触することなく友人のように話をしている。木山恵は他者との態度が違いすぎるから友人同士とは言い難いのかもしれない。
「ゆうちゃん?」
「あ、うん。なに?」
気付くと至近距離に正樹の顔があり驚いて数歩下がってしまった。
「大丈夫?」
手を差し伸べられた。しかし、素直に手を取れずに「大丈夫」とだけ告げた。
「そう」
正樹は一瞬寂しそうな顔をした。素っ気ない態度をとってしまったと後悔した。
彼はすぐに笑顔を作り「食べるの食堂でいい?」と優しく聞いてくれた。
 悠は小さく頷いた。正樹と上手く関われず自己嫌悪に陥った。
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