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第3話 制服採寸

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「頭を下げろ」ユウキは小声であったが強い口調で言った。「この御方は王太子アキヒト・エラーヒト様だ」

エラーヒトは王族の名前なのですぐに分かった。“えらい人”だから家の名前が“エラーヒト”なのだと馬鹿にしていたのを思い出した。

「いつも、頭を下げなくていいと言っているじゃないか。ここでは私も生徒だよ」
「ありがとうございます」

礼を言いながらユウキは頭を上げて、手を離してくれたので彼と同じように顔を上げた。

目の前にいたのは綺麗な金色の髪を後ろで束ねた、青い瞳の美しく青年であった。村の人間は茶か黒の髪色であったため新鮮に感じた。

「ユウキ、君には私と共に国を担ってもらいたい。だから、しっかりと平民を含む国のことを勉強してくれないかな?」
「はい。不勉強で申し訳ございません」

王太子の言葉に、ユウキは深々と頭を下げた。

「じゃ、中入って仕事して。彼女には私が学園の事を教えるよ」
「そんな……」ユウキは否定しようとしたが、王太子がほほ笑むとその圧に負けたようで頷いて部屋に入っていった。

「さて、君は新入生のミヅキだね。私はこの学園の生徒会アキヒト・エラーヒトだよ」
「お初にお目にかかります。ミヅキ・ノーヒロです」
「君は、農村出身だったね。読み書きはできるかな」
「はい。生活で困らない程度にはできます」

ミヅキの周囲は読み書き、計算はできた。彼に確認されたことから、まだそれもできない人々がいる事を知ると悲しくなった。そんな人間がいるのにこの豪華な学校に対して疑問に感じた。

「そう。じゃ、入って」

そう言って王太子は生徒会室の扉を開けて中に入るように促した。
それにミヅキは言葉を失った。王太子が平民である自分をエスコートするという事実に驚きに足が動かなかった。

「何をなさっているのです?」

部屋の中から、鋭い声が聞こえたと思ったら、奥から綺麗な女の子が現れた。銀色に光り輝いた長い髪の毛先は軽くカールされていた。

貴族の方は綺麗なのだと感心した。

「アキヒト様、王太子ともあろう貴方が平民に扉を開けるとはどういうことですの?」
「女性に優しくするのは当たり前だよ」

王太子は彼女の顔を見ずに答えると、ミヅキに笑顔を送った。

困惑した。王太子に扉を開けてもらうほど自分はえらくなく、それの扉から入る勇気もなかった。

「まったく」と言って彼女はミヅキの方をみた。「貴女が新入生ですのね。わたくしはレイージョ・アクヤークですわ。アキヒト様の婚約者ですの」

悲しい笑顔を浮かべながら、ミヅキに挨拶をした。

「ミヅキ・ノーヒロです」
「わたくしはアキヒト様と同じ3年ですの」そう言って、レイージョはチラリと王太子を見た。「アキヒト様。ノーヒロさんはわたくしが案内しますわ」

王太子は目を大きくしたが、すぐに細めて笑顔を作った。

「私が案内するよ」
「何言っていますの? 本来はユウキの役目ですわよね。王太子が平民の案内なんて聞いた事ありませんわ」
「そんな決まりはないでしょ」

レイージョの言葉に一歩のひかない王太子とキツイ言葉で話すレイージョがミヅキは怖かった。案内なんていらないから今すぐに村に帰りたかった。

「ノーヒロさんは女性ですわ。制服の確認もありますし、アキヒト様が確認するのですか?」

王太子は少し考えてから「任せる」と言って部屋に入った。彼は笑っていたがそことなく冷たい雰囲気がした。

「ノーヒロさん」

呆然としているとレイージョに、部屋に入るように促された。部屋にはユウキ、王太子の他にもう一人男生徒がいた。
ミヅキの視線に気づいたレイージョが「カナイ・クラーイですわ」と教えてくれた。宰相の息子だそうだ。

レイージョが間に入り、カナイとあいさつをした。真っ黒な髪に無表情であるため、声を掛けづらい雰囲気だったためレイージョがいてくれて助かった。

生徒会室の奥の部屋に案内された。
そこは、クローゼットや書類などおいてあり、物置ようであった。

「これで大丈夫ですわよね」

レイージョはクローゼットから彼女が着ている制服と同じ、黒いワンピースに赤いリボンのついた服を取り出して渡された。

礼を言って受け取ると、着るように促された。
普段着ている服と違い、ぴったりとしていて背中でとめるタイプであったためレイージョの手伝いがなければ着られなかった。
貴族に着替えを手伝ってもらうなんてお恐れ多くて緊張した。

「大丈夫ですわ。身分なんて気にしないでわたくしに任せてください」

先ほど王太子に身分のことを怒っていた人物とは思えなかった。
彼女に優しさに触れると心が温かくなり、緊張がすこしとけたきがした。

「丈もいいですわね」

レイージョはミヅキの着ている制服を隅から隅まで確認した。

「本来は、各家が取引している店に作ってもらうのですがノーヒロさんは難しいでしょ」

取引しているとか、作ってもらうという言葉に目が点になった。店に既製品の服を買いに行くのも特別で普段は母や知り合いが着ていた物を直して使っている。オーダーメイドなんてしたことない。

「ありがとうございます。あの、制服の代金とかは?」
「貴女は国が招いた特待ですので全て国の負担になります」
「つまり、私たち平民の税金なんですね」

言っていて悲しくなってきた。
村の人や両親が汗水流して働いたお金が制服に使われるなら、ミヅキは今着ていた服でいいと思った。

「アクヤーク様。制服って着なくてはダメなのでしょうか?」

心配そうな顔をすると、レイージョは口を抑えてクスクスと笑った。

「さっきまで着ていた服で授業を受けるつもりですの?」大きなため息をついた。

勉強するためだけに、服に金を掛ける意味がミヅキには理解できなかった。なんにでもお金を掛ける貴族とは価値観が合わないと感じた。

「あのね? 魔法学園の制服は常に着用することを義務づけられていますわ。仮に、制服がなかった場合、貴族は式典でどんな格好すると思いますか?」
「ドレスですか?」
「そうですわね? 他人のドレスって気になりませんか? 貴族社会には階級がありますの。もちろん階級は親のものですが子どもの見栄にも使われますわ」

彼女が言わんとしていることはなんとなくわかった。

「皆様には式典に神経をそそいでほしいのですわ」
「そうですね」

ユウキに平民の気持ちが分からないと言ったが、自分も貴族のことを知らずに主観で意見をしたことを恥じた。

レイージョは顎に手を当てて何か考えると、「ちょっと待ってくださる」と言って倉庫を出て行った。ミヅキはレイージョが出て行った扉を見ながら制服を脱いだ。着る時は大変であったが難なく脱ぐことできた。そして、それを両手で持って眺めた。

真っ黒のワンピースにセーラー襟。赤いリボン。

可愛らしい制服だ。

「お待たせしましたわ」

そう言って戻ってきたレイージョの手には制服があった。彼女はミヅキのそばに来るとその制服を差し出した。

「ノーヒロさんは1年の時のわたくしと身長も体格も似ているので着られると思いますわ」
「これは」差し出された制服を受け取りながら首を傾げた。

「わたくしのですわ。1年時に、何着か買ったのですほとんど着ないうちに着られなくなりましたの。上げますわ。そうすれば税金を気にしなくていいですわよね」
「あ、ありがとうございます」

よく見れば急いでくれたらしく、レイージョは息を切らしていた。彼女の思いがとても嬉しかった。
初対面の人間にここまでできるなんて……。

天使かな。

持っていた制服と交換してレイージョの制服を受け取ると、ぎゅっと抱きしめた。すると、いい香りがした。きっとレイージョの香りなのだと思った。

「で、あの……」

突然、レイージョが言葉を詰まらせた。不思議の思い首をかしげて彼女をじっとみた。

「確かにわたくしは同性ですが、あまりにいつまでも下着姿でいられると……。いちよう、着替えることを殿方に伝えていますので入って来ないとは思いますわ。でも、ここ鍵もないのですわ」
「へ……?」

制服を脱いで、下着姿のままでいた自分に気づいた。

「汚いものを見せて申し訳ありません」

何も考えずに下着姿のままでいたことを反省し、もらった制服を強く抱きしめると深く頭を下げた。
すると、レイージョは顔を赤くして顔をそむけた。

「あ、そんな……谷間が、早く制服着てくださいまし」

服を抱きしめたことで胸が強調されて、お辞儀をしたためそれをレイージョに見せつける格好となってしまった。

「失礼しました。お目汚しを申し訳ありません」

謝罪しながら制服を着た。さっき着た制服より胸のあたりがぴったりとしていた。
着替え終わると、ゆっくりとレイージョはミヅキの方を見た。そして優しい笑顔を向けた。

「別の、汚くありませんわ。綺麗ですわよ」

綺麗な人に言われると、照れ臭かった。
レイージョはミヅキの胸のあたりを見て困った顔をした。

「あらら。胸きついですか」

そう言って寂しそうに自分の胸見た。
そんなレイージョが可愛らしく思えた。年上に持つ感情ではないが、こんな可愛い人をお嫁さんにできる王太子が羨ましく思えた。

「大丈夫です。ありがとうございます」
「そうですか。では、少し校内を歩きましょうか?」

レイージョは学校内を案内してくれた。とても広い学校であるため、主に1年と生徒会が使う場所をとても丁寧に説明をしてくれた。

「ありがとうございます。アクヤーク様は平民の私にもお優しいですね」
「そんな、他人行儀ですわ。レイージョとお呼び下さい」
「そうですか。では私もミヅキと呼んで下さい。レイージョ様」
「ミヅキちゃん?」

照れ臭そうに呼ぶレイージョが可愛くて抱きしめたくなったのを必死で我慢した。

なんなんだ、この可愛い生き物は。

生徒会室に戻ると、王太子が近くにきた。

「ミヅキ、案内してもらえたかい?」

この方の慣れならしさに疑問を感じた。距離が近くて不快だったがそれを顔に出さないように笑顔をつくり返事をした。
すると、彼は突然眉を寄せた。

「その制服は学園が用意したものじゃないね」
「なぜ、わかるのですか?」
「それは……」何かを言いかけて言葉を止めて少し考えた。「いや、布の使用感があるからね」

ミヅキは自分の着ている制服を確認した。シミや汚れもなく新品のようなに見えたが、わかる人にはわかるのだと思った。

「レイージョ様に頂いたのです」
「そうかい」と言う王太子は悪魔のような顔をした。ゾクリとしたが、次の瞬間笑顔に戻っていた。「レイージョ、新品を用意したのにお古を渡すとは感心しないね」

王太子が笑顔でレイージョに話しかけたが目が笑っていなかった。

レイージョが何かを言おうと口を開いたのでミヅキは慌てて大声が出てしまった。

「私がねだりました」

その声の大きさに、こちらを一切気にしないで仕事をしていたカナイとユウキが顔を上げた。しかし、王太子と目が会うとすぐに下を向き手を動かした。

王太子は笑顔がかたまり、レイージョは心配そうな顔していた。

「レイージョ様の着ていた制服が気に入ってしまったのです」
「そうなのか。では、レイージョと同じ服屋に作らせよう」

「いえいえいえいえいえいえいえ」思わず、大きく首と手を振った。

「しかし、せっかく用意した服が無駄になってしまったな」
「わたくしが買い取りましたのでご心配には及びません」

レイージョがはっきりと言うと、王太子は目を細めた何を考えているのか分からない無表情になった。
それが恐ろしくて思わずレイージョの制服の袖をぎゅっと握った。

「そうか」にこりと笑うと王太子はミヅキに向かって手招きをした。「では、生徒会の仕事を伝えるよ」

レイージョが「わたくしが伝えますわ」と言ったが王太子はすぐに却下して大量に仕事をレイージョに伝えた。
それに不安そうにすると、「大丈夫ですわ」と言ってレイージョに背中を押されて王太子の元へ行った。

仕事を教わっている間の王太子は笑顔であり優しく話してくれたので安心した。

「これで、全部だけどいっぺんは大変だよね。分からなかったすぐに聞いてね」
「はい」
「これから寮の方に案内するだけど、さすがに女子寮に私は入れないからレイージョと一緒に行くといいよ」
「はい」


王太子が耳のそばに口を近づけて小声で「もしレイージョにいじめられたら、すぐに言うだよ」と忠告してきた。

その時、彼の吐息が耳にかかり、ゾクゾクした。思わず耳を抑えて彼の方を見ると穏やかに笑っていた。
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