リノンさんは恋愛上手

そらどり

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初めてのデート編

閑話 店長は我思う

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僕の名前は寺島冬一郎てらしまとういちろう。市内の商店街で古本屋を営むしがない店主。



高校卒業後に実家である古本屋『寺島書房』を継ぎ、気がつけば今年で10年目。成り行きな気分だった初めの頃は四苦八苦したが、それだけの月日を経てようやく慣れてきた。



来る日も来る日もお客さんは優しい常連さんばかりで、居心地の良さを感じている。



店内から眺める通りの風景も変わらずだ。強いて変わったといっても、目の前の洋食屋にシャッターが閉まった程度だろう。



そんな代わり映えのしない風景を楽しみながら営む古本屋は、僕にとって天職なのかもしれない。



でも、そんな僕の風景に一つ大きな変化が訪れた。



「店長、棚の掃除終わりました」



声をかけてきたのは最近バイトで雇った高校生、周防拓海くんだ。「分かった」と言って立ち上がり、僕は彼が掃除した箇所を点検する。



「……うん、綺麗だ。隅から隅まで丁寧にできてるよ」



いつも通り、今日も丁寧に掃除をしてくれている。



「はい、ありがとうございます。次は何かありますか?」



「次? そうだな……、あ、そしたら物品の整理を頼もうかな」



「はい、分かりました」



彼はそう言うと、黙々と作業を始めた。



バイトで雇い、はや1か月。雑用作業はほとんど覚えてしまったため、作業のスピードも初めと比べて格段に上がっていた。



レジカウンターから眺めていると、段々と仕事を覚えていく彼の姿がくっきりと分かる。



「はぁ……」



でも、僕は苦い顔を浮かべてしまう。



「(勤務態度は申し分ないんだけどなぁ……)」



理由は明確。一度も会話が盛り上がったことがないからだ。



世間話も一言二言で終わってしまう。仕事の報告も必要以上に話さず義務的。ようするに他人行儀。



このまま気まずい関係が続けば、流石の僕も耐えられない。



「(とはいえ、どんな話題が良いのやら)」



今の高校生って、皆こんな感じなのだろうか。いや、僕も高校生の時はあんな感じだった気がする。



人付き合いが苦手で、いつもこの場所で本と対話する方が好きだった青春。今思えば、もっと遊んでおけばよかったと後悔してしまうほどに。



「(……そうか!)」



僕も彼も同種なんだ。きっと彼も同じように悩んでいるはず。



だったら―――――



「ねぇ、拓海くんって歴史小説好き?」



「いえ、好きではないです」



違った。



「で、でもさ……面接の時に教育系の本が好きって言ってたよね? なにか共感できるものがあったの?」



「いや、そう言っておけば受験生になった時に融通が利くかなって」



「(そっちの教育だったか……)」



確かにうちは立地的にそういった類の教材を多々扱っている。でも、ちょっと正直過ぎではないだろうか。



「そ、そうか……拓海くんは勤勉家なんだね」



「いえ、勉強は苦手です」



「(なんでだよ……!?)」



もうなにも分からない。最近の高校生って皆こんな感じなのか?



……もしかして、これが世代間格差というやつなのか。



「店長?」



「い、いや、大丈夫……。ちょっと老いを感じてしまって」



「そんなことないですよ。店長まだ若いんですから」



「そういう気遣いはできるんだ……」



「? はい」



もっと若者の価値観とかに向き合うべきなのかもしれない。拓海くんの世代で流行してるものを知らなければ。



僕がもっと若者に寄り添えば、きっと拓海くんとも分かり合えるはず。







―――よし、言うぞ。







「ねえ、拓海くんは友達いるの―――――」



「ごふぅッ!? ごほふぅッ!?」



「ええええええ~~~!!? ちょっ、拓海くん!? ど、どうしたの!?」



「だ、大丈夫です……ちょっと咳き込んだだけなんで……」



「え、でも尋常じゃない咳き込み様だったけど……!」



「いや、ほんとに、まじで、平気なんで」



「そ、そう?」



どうみても平気そうには見えないが、どうやら禁忌に触れてしまったようだ。



これ以上は踏み込んではいけないらしい。



「(結局、仲良くなれないのかな……)」



余計なことをして、余計に壁が分厚くなってしまった。



「ごめんね、拓海くん、余計なこと言って……傷つけちゃったよね」



「―――! い、いえ……友達ならいますから……!」



「……え? いるのかい?」



「いますいます……! ……と言っても隣に住んでる奴なんですけど」



「なんだぁ、いるなら言ってよ……」



「すみません」と言うと、拓海くんは思い出したように続けた。



「あの……今度そいつに社会勉強の一環でバイトさせてみようと思うんですけど、何か良い案とかありますか?」



「バイト? それはまたどうして」



「まあ……色々と危ない感じなもので……」



色々とあるらしい。これ以上の詮索は止めておこう。



「(それに、これはいい機会かも……)」



その子をきっかけに、拓海くんと仲良くなれるかもしれない。



「拓海くん、うちでその子を雇うのはどう?」



僕がそう提案すると、拓海くんは「え」と声を上げて驚いていた。



「俺を雇ってまだ1か月なのに……そんな余裕あるんですか?」



「大丈夫。雇うと言っても一時的、お試しだから。……まあ、その子次第では身を切る覚悟ではあるけどね!」



「店長、凄い覚悟ですね」



「あはは……うん…………」



ちょっとしたジョークは通じなかった。おかしいな。昔、おばあちゃんが笑ってくれたネタなのに。



「(でも、拓海くんの友達かぁ……)」



拓海くんが連れてくる日を待ち遠しく思いながら、僕はそんな変わりゆく風景を一人楽しむ。
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