リノンさんは恋愛上手

そらどり

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水族館デート編

迷子になるから

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莉乃はまだペンギンを見たいとごねていたが、流石に一時間見続けていたのだから十分だろう。名残惜しくもペンギンを堪能し終えた莉乃を連れ、俺達は残りのフロアを順に回っていく。



「わぁ……! 凄い綺麗……」



その途中で視界に入って来たのは、左右目一杯に広がるオーシャンビュー。莉乃は圧巻の声を上げた。



「へー、小笠原諸島付近の海域を再現した水槽らしいな」



パンフレットを開き、紹介されている部分を読み上げる。なるほど、現物は世界遺産に登録されているのか。



ここから眺めていても分かる。差し込む光とどこまでも青く透き通った水槽がとても幻想的だった。



「なんだかアクアマリンみたい……あ、宝石のね? 拓海はそういうのには無知だと思うけど」



「煽るなよ……まあ、確かに知らないけどさ」



そう問うと、莉乃は検索した画像を見せてくれる。莉乃の言う通り、写真の中の宝石は光沢を帯びてどこまでも青く輝いていた。



「ほら、こんな感じの婚約指輪もあるんだよ? ほんとに綺麗……」



「…………」



婚約指輪、か……







「……別に変じゃないでしょ。私だってこういうの興味あるし……悪い?」



「いや、そういう意味では……」



「じゃあなんなの? 思わせぶるのは止めてよ……」



髪が揺れ、莉乃が問い詰める様に身を寄せてきた。左腕に莉乃の右手が触れる。



「……莉乃、近いよ」



「そんなの……言われなくても分かってる、から……」



一度だけ離す素振りを見せたが、すぐにまた触れてきた。冷たい指先が溶け込むように、いつまでも離れない。



魚へのストレス軽減のため室内は全体的に暗く設定されている。それでも、大水槽の青光に当てられた莉乃の顔は明らかに赤く見えた。



「(……いや、違う。伝えるべきじゃない)」



理性がストップをかける。俺は溢れ出すものを直前で抑え、目を背けながら言った。



「別にはぐらかしてるわけじゃないよ。ただこういうのってダイヤが常識だと思ってたから、ちょっと意外だなって」



「え……? あ、ああっ、そういうこと……っ!?」



俺が返事をすると、ハッとした莉乃はたちまち赤面する。今にも沸騰してしまいそうだった。



「ほら、正直に言ったぞ。これで嘘つき呼ばわりは御免だからな。むしろ莉乃はなにと勘違いしてたんだよ?」



「ち、ちが……! 勘違いじゃなくって……そのっ、……あーもうっ! なんでそういうとこだけいっつも鈍いのっ!?」



そう吐き捨てると、莉乃は大水槽の最前列の方に逃げてしまった。俺は一人その場に取り残されてしまう。



「はぁ……」



溜息をつくと、俺は莉乃に触れられた箇所に手を置く。冷たかったはずなのに、未だに莉乃の温もりが余韻のように残っている気がした。



「(……言えるわけない。勘違いしてたのはむしろ、俺の方なのに)」



婚約指輪、莉乃の口からそういう類の言葉が出るなんて思ってなかった。いや、でも莉乃だってもう高校生だ。将来の展望を持つことくらい不思議ではない。



俺もいつかは好きな人が出来て、結婚して、最後は家庭を築くと思う。それがいつになるか分からない。でもあの頃に比べれば、手が届きそうなほどに近い未来に起こりうることなんだ。



そう遠くない未来、いやもしかしたら明日にでも、莉乃は好きな人が出来るかもしれないんだ。



「(―――って俺、何考えてんだよ!? 莉乃は幼馴染だぞ……!?)」



家族同然の間柄なら、莉乃が幸せになることは喜ぶべきだ。そうしないと矛盾してしまう。



むしろこれまでが無さ過ぎただけなんだ。莉乃は可愛いんだから引く手数多のはず。いずれその時が来たら俺は祝福さえすればいいんだ。



「(……でも)」



莉乃が誰かと一緒になれば、今みたいな関係は無くなっていくかもしれない。自然と会話も減り、距離も離れてしまう。幼馴染とか家族とか、そういう建前が全部消えて、最後は赤の他人になるかもしれない。



意識するなと言われても意識してしまう。小さい頃からずっと一緒にいる莉乃が誰かのものになるなんて、知らない誰かから貰った指輪をはめているなんて、そんな悪いことばかりが頭を巡る。





鈍い? 違う、気づいてないふりをしているだけだ。





強引だったとはいえ、莉乃は仮初めの恋人関係を提案してくれた。デートだって、俺が慌てずに他人と話せるようになるためにしてくれているものだ。



袖を握られたとか肌が密着したとか、積極的に働きかけるのもそう、全部俺の人付き合い改善のためなんだ。



それを一人勝手に勘違いするのは最低だ。なのに――――――







「………………でも、嫌だな」



自然と足は最前列へと向かう。



人混みを掻き分け、見覚えのある彼女の姿を探す。するとようやく見つけた。



「……なに? 私、今忙しいんだけど」



莉乃はそう言うと、水槽へと視線を戻してしまう。



「俺が悪かったよ。少し揶揄ってみたかっただけで、他意はないんだ」



そう言い訳するも、莉乃からの返事はない。睨みような目つきで水槽を凝視し続けていた。



「莉乃……」



ふくれっ面な横顔に似合わず、その垂れ下がった右腕には左手が添えてある。きっと肌寒いのだろう、ぶらんとした右手は僅かに震えているようだった。



「…………」



莉乃は幼馴染だ。家族だ。それは分かってる。それでも莉乃が他人のものになってしまうのはどうしても喜べない。



こんなことばかり考えてしまう俺はきっと最低だ。だから少しだけ、許してほしい。



莉乃、今だけは目を瞑っててほしい――――――







「―――え」



莉乃は思わずこちらを振り向く。しばらく制止し、ようやく理解が及んだ瞬間、口をパクパクとさせた。



「な、ななななにを……っ!?」



「なにって、その……手、繋いでるだけだよ……」



「そんなの……っ、わ、分かってる! ちが、え、なな、なんで!? こ、こんなこと……っ、今まで一回も……っ」



「迷子になっても困るだけだし、その……恋人なんだろ? 一応」



「は!? こい、び、と……っ」



何度も反芻するように繰り返し、莉乃はかなり焦っているように見えた。その後次第に落ち着いたのか、何も言わずにただ俯いてしまう。



「……今日は楽しむって決めただろ? だからさ、デート気分を高めるってことで……その、どうでしょう……?」



「…………うん」



莉乃は小さく頷き、それ以上は押し黙ってしまった。



でも、その代わりにキュッと手を握り返される。冷たい温もりが左手に伝わってきた。



「(莉乃の手って、こんな感じなんだ……)」



また一つ、知らなかった莉乃を知った。その事実がただただ嬉しい。



でも、これだけじゃ足りない。もっと莉乃を知りたい。もっと知ってほしい。



こんな独占欲が沸いてしまうのは、きっと俺が間違っているからだ。
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