Marieに捧ぐ 安藤未衣奈は心に溺れる

そらどり

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第一楽章 出会いと気づき

春淡

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高校生になった主人公は、体育館裏に呼び出され、ヒロインに告白される。

ようやく自分にも春が来たのか、感涙に浸る主人公。



色んな思い出を作る中で、彼女に対する思いが育まれていく主人公。

次第にヒロインの事を大切にしたい、ずっと一緒にいたい、そう思うようになる。

形から始まった恋愛関係は、既に本物になりつつあった。

しかし、この告白は決して淡いものではなかった。

季節が移ろい、秋が終わりを迎えるころ、ヒロインから突然の告白を受ける。



『私、元カレと復縁することに決めたの』



心が通じ合っていると思っていた主人公には何が起こったのか理解できなかった。

高校を中退し、主人公の目の前から姿を消したヒロイン。

裏切られた、そう思う以上に、虚無で心が覆われていた。

奇跡のような時間が嘘のように消えてしまった。

あの思い出も、この思い出も、全てが幻だったのか、頭で考えることが出来ずに、自暴自棄に陥る主人公。

しかし、そんな打ちひしがれた思いを抱えながらも、それでも主人公は立ち上がり前を向く。

淡い春を置き去りにして___





ーーー





本を閉じる。

そして、スマホを取り出し、事前に教えてもらった連絡先に読破したことを報告する。

直ぐに返事が来ることはなかったが、取り敢えず報告だけは済ませておいたほうが良いだろう。

やることを終えた後、俺は部屋を後にして、リビングに向かう。



「暗いなあ……」



階段を下りながら、独り言ちる。

気持ちの問題ももちろんあるが、単純に本の感想だ。

初めから中盤にかけてずっと明るい恋愛小説だと思って読み進めていたが、終盤に至るまでは終始辛い展開が続いた。

突然の元カレ登場に、ヒロインの辻褄の合わない行動、そしてこれまで読んでいく中で自己投影してきた主人公の心情の変化、どう見てもハッピーエンドとは言えない作品だった。



「はあ……」



思わずため息をつく。

俺はバッドエンドが嫌いだった。

読み終えた後に、こんなに胸が引き裂かれるような痛みを知りたくなかったからだ。

どんなものだってそうだ。

楽しい方がいいに決まってる。



リビングに着いた俺は、リモコンを手にしてテレビの電源をつける。

いつもこの時間は、録り貯めた番組を消化することに勤しんでいる。

せっかくの日曜日なんだ、もっと有意義な時間の使い方がしたい。

憂鬱な気持ちを払いのけるように、自分の好きなバラエティ系の番組にカーソルを合わせ、ソファに寄りかかる。

軽快な音楽と共に至福の瞬間が訪れる。



「よし、午後はこのまま___」



だらだらしよう、そう言いかけた瞬間、ポケットが振動した。

手を突っ込み、スマホ画面を確認する。



「……」



指を動かしたくなかった。

このままボタンを押さなくても今日だけは許してもらえないだろうか、そんな期待をする。

何度かコールに連動して振動し続けたスマホは、しばらく経ってから静止した。



……終わったか?



と、思った直後、再びバイブレーションする。

どうやら俺が応答するまで、続ける気らしい。



他人の迷惑を考えろよ……



自分の事を棚に上げた俺は、ようやく電話に出た。



「もしもし?」

『ちょっと、直ぐに出てよ!』

「ごめんって、ちょっと立て込んでてさ」

『……そう、ならいいけど』



少し怪しまれたが、堂々としていれば問題ない。



「てか、急に電話してきて何か用事でもあるのかよ?」

『読み終わったんでしょ? だったらすぐに話し合いしようよ』

「いや、すぐにって言われても___」

『この後暇? 暇でしょ? だったら駅前のカラオケに集合ね!』

「はあ?! おい、ちょっと待___」



電話が途切れた。

自分の言いたいことだけ言って、満足したようだ。



「勝手すぎるだろ……」



相手の気持ちを考えましょうって小学生で習わなかったのか?

てか、俺は行くなんて一言も言ってないのに……



横暴すぎる彼女の発言に辟易する。



……



時計を見る。

まだ短針が1を指していた。

これから見たい録画を見るには十分な時間だった。

むしろ少しお釣りがもらえるくらいだ。



選択を間違えてはいけない。

自分の事の方が大切なんだ。

別に彼女の事なんて無視すればいいじゃないか。



ここで俺は賢く選択しないといけない。





ーーー





「あ、遅いよ!」

「……ごめん」

「ほら、さっさと入るよ」

「……」



彼女に導かれるがままに、建物に入っていく。



結局、俺は無視できなかった。

脅されていることも考慮していたが、それだけが理由ではない。

認めたくないけど、こんな風に他人に振り回されることに悪い感情を持てなかった。

今までこんな経験をしたことがなかったからだろう、好奇心が勝ってしまった。

そうと決まれば、俺は出かける準備を始めていた。

そして自転車に乗って15分、厚ヶ崎駅東口に到着して、待合場所に向かっていた。

駅周辺は商業施設が立ち並び、共存するように娯楽施設も並列している。

また、高層ビルはほとんど見られないが、アパートやマンション等の集合住宅は駅を離れるに比例して数を減らしている。

自宅がある住宅街や個人経営の田園が点在している地域に比べて、駅前だけは国道が隣接しているのもあって、全体的に発展している。

そんな国道に沿った建物の一つに、カラオケ店が入っていた。

近くまで歩くと、入口付近に人影が建っていくのが確認できた。

あの日のようにマスクと眼鏡を装備して、仕上げに帽子を被る姿は、この辺であまり見られないスタイルだったから、むしろすれ違う通行人に奇妙な目を向けられていた。





そして、声をかけた後は今に至る。

受付で料金を払い、指定されたボックスに案内され、そのまま二人で入る。

中に入ってみると、二人で利用するには十分すぎる広さだった。

対極になるようにお互い位置取ると、彼女は装備していた一式を取り外していた。



「それさ、変装のつもりなの?」

「え? そうだけど」

「周りから注目されてたけど」

「……嘘でしょ?」

「いや、本当だって。歩いてる人みんな見てたし。子供なんて二度見してたからな」

「…………」



言われて初めて気づいたらしい、少し恥ずかしそうにしている。

むしろ自分で気づいてほしかった。



でも、今までどうしてたんだろうか。

声優に自信を持っていたようだし、結構芸歴が長いのだろうか。



「今までどうしてたんだよ?」



俺は疑問に思ったことを彼女にぶつけてみる。



「いや、今まで表舞台に出たことなんてなかったから……。あんたと会った時のイベントが初めてだったの」

「そうなのか? てっきりもっと出演しているもんだと……」

「あれが初めて受かった作品だったの。今までずっとオーディションに受かったことなかったし」



意外だった。

いや、確かにパンフレットの出演作品には何も書かれていなかった。

色々あってあの日の出来事をすっかり忘れていた。

けど、それにしては、イベント終了後のあいさつで、はっきりと自信を持って喋っていた。

だから、本当は水面下で活躍しているのではないかと思っていたんだけど。



「だから、あの作品に関われたのはすごく嬉しかった」



彼女は最後にそう言った。



「そっか」



苦労しているんだな。



そう心の中でつぶやく。

でも、そんな苦労とは無縁そうに、彼女の顔は嬉しそうな表情をしていた。



……



なんでだろうか。

母さんの姿が重なった。

一瞬だけだったけど彼女の姿を見ていると浮かんで見えたんだ。



「…………」

「……どうしたの?」

「……いや、なんでもない」



いや、今は関係ない。

それよりも目の前の事を優先しよう。

俺は即座に気持ちを切り替える。



「今日は何をするの?」



ずっと気になっていた質問をする。

話し合いとは聞いていたけど、具体的なことはまだ聞かされていない。



「だから話し合い。私が読んだ感想とあんたが読んだ感想を比べようと思って」

「……それだったら、わざわざ会わなくても電話で出来たじゃん」

「私、外にいたし。どうせなら一緒の方がいいでしょ?」

「俺は家にいたんだけど?」

「いいじゃん。外にいても不健康だよ」



もはや屁理屈だった。

自分の都合しか考えていない言動。

マイペースを通り越して、単なる我儘な性格なのがよく伝わってくる。

もう慣れるしかないのだろうか。



「……わかったよ。で? 感想はどうだったの?」

「あんたが先に教えてよ」

「……」



会話の主導権を握ることは出来なかった。

決めた、もう慣れよう。



「じゃあ言うけど、俺の考えでしかないんだから、あまり期待すんなよ?」

「しないしない」



彼女はテーブルに頬杖をつきながら答える。

期待してほしくなかったけど、そこまで無関心な態度をされると、それはそれでむかついた。

面倒な性格をしていると我ながらに思う。



「まあ、後半はずっと暗い内容だったよ、前半が明るかったから余計に」



読んだ感想をありのままにして告げた。

本なんて滅多に読まないし、このくらいの感想を言えれば及第点だろう。



「……え、それだけ?」

「うん、そうだけど」



彼女はあっけらかんとした表情をしていた。



あれ、間違ってたかな?



そう思っていると、テーブルに手をつき、身を乗り出してこちらに近づいてきた。



「うお?!」



思わず身じろぎしてしまった。

そのまま受け手に回っていると、勢いのままに彼女が啖呵を切った。



「もっと読み取れるところがあったでしょ?! 登場人物の心情とか、内容表現とか、情景描写とか色々!」

「いや、あったとは思うけど、説明しろって言われると難しいって言うか……」

「私が聞きたかったのはそこなの! メインヒロイン役を演じるんだから当然でしょ?!」

「ごめん……」



確かに彼女の言う通りだった。

言われていなかったから、そんな理由が通るとは思えなかった。

てか、期待してんじゃん……



「……しょうがない。じゃあ、私が順番に言っていくから、解釈が同じか違うかで教えてよ。それだったら出来るでしょ?」

「まあ、そうしてくれるなら……」



俺は感情に流されずに、彼女の素晴らしい提案に乗る。

イエスかノーで答えられるなら、正解の分からない説明を強要されるよりかは遥かにましだった。



「じゃあ最初のこの場面、主人公がヒロインに告白される冒頭のシーンだけど……」



そう言ってカバンから取り出した冊子を素早く開き、指定のページを指摘する。



4月初め、体育館裏に呼び出された主人公はヒロインに告白される。

クラスも違う、ましては知り合いだったわけでもない。

正真正銘の初対面だった。

それでも、ヒロインは主人公に告白する。

これから知っていければ十分、そう語るヒロイン。

初めての告白に浮かれた主人公はその告白を受ける。



これから物語が始まっていく、そういった冒頭のワンシーンだった。



「ここ、私は変だと思うの」



彼女はこちらを見ずに羅列された文字を凝視している。



「変ってどこが?」



俺は普通に読み進めていたから、彼女が感じた違和感が分からなかった。

素直に彼女の次の言葉を待つ。



「だって初対面でいきなり告白って、普通は考えられないでしょ?」

「確かに……、でも小説なんだから、そういうものなんじゃないの?」

「いやいや、ありえないでしょ。だって、主人公を好きになる要素が無いし」

「まあ……」



初めて会ってそのまま告白だなんて、辻褄が合わないと言ったらそうなのだろう。

確かに論理が破綻している。



「その後だって、楽しいことばっかしてたのに、急に別れるなんておかしいし」

「そこは同意見だな、突然話が変わったからびっくりした」

「でしょ? なんでこんなあやふやな展開にしたんだろう?」



主人公とヒロインが仲良くなっていき、傍から見ていてもカップルだと疑いようもない程であったはずの二人。

それが終盤に差し掛かると不穏な雰囲気に切り替わり、ヒロインから別れ話を切り出される。

そのまま話し合うこともなく、ヒロインも退学という形で、主人公の元を離れてしまう。

普通に考えれば、ヒロインが別れ話を切り出したのには理由があるはずである。

スマホを取り出して、ブラウザで検索してみる。

すると、レビューは賛否両論のようだ。



『途中で全てを投げだした駄作』

『前作の方が面白かったです』

『主人公の浩志君が只々可哀そう』



いや、非難の意見が圧倒的だった。

不自然な行動をとるヒロインにヘイトが集まっている。

まあ、いきなり主人公との関係を断ち切るのは不自然だとは思った。

何か出来事があって、それが原因で関係を終わらせたいと思ったのか。

論理的に考えてみても、整合性の取れた解釈は難しかった。



それでも映像化が決まっているのだから、人気はあるのだろう。

詳しくは知らないけど、きっと理由があるのだろう。



そんな風にスマホと睨めっこしている最中、彼女は冊子と格闘をしていた。

さながら拮抗した試合を観戦している観客のように、息をこらえて思案している彼女。

難解なパズルを解くかのように考えを巡らせているのが伝わってくる。



「どうしても辻褄が合わないの。整合性が取れないと、彼女の心情が読み取れないし……」

「主人公視点からしか読み取れないから、全部は難しいよ」

「でも、因果関係が分からないと、演技の方向性が決まらないし……」

「うーん……」



どうすればいいのだろうか。

答えのない問題を解いている気分だ。

答えがない以上、いくら時間を費やしても点数は得られない。

模範解答が用意されない限り___



「……そういえばなんだけど」

「何?」

「この本の作家さんから色々聞いた方が確実なんじゃない?」



思ったことをそのまま告げた

問題を作成した人に答えを聞けばいい。

執筆者がこの物語を創作したのだから、当事者に聞いた方が確実だ。



「私もそう思ったんだけどね……」

「だったら教えてもらえば___」

「まだ二次オーディションだから、声質が役に合っているかまでしか審査されないんだよね。それに情報漏洩にもなるし」

「……?」

「最終選考まで残れば、実際に台本をもらって声合わせが出来るようになるらしいの。そこまで行けたら、制作側からの説明があると思う」



彼女は詳細に教えてくれたが、途中で聞こえてきた言葉が頭から離れなかった。



ん? 声質……? 

業界用語なのだろうか?



「なあ、声質が合うって何?」



気になって、俺は話を遮って自分の主張を通す。



「声質? そのままだけど……」

「てことは、いかに自分の声が作品にマッチしているかってところしか審査されないってこと?」

「そう」

「え? じゃあ、この本は使わないの?」

「一応、冒頭の部分だけは使うよ?」

「……それってさ、わざわざ全体を解釈しなくてもいいってことだよね?」

「うん」



演技ってそういうものなんだろうか。

要は、審査対象でない部分も含めて全てを頭の中で整理しているということ。

ヒロインを理解しようとしているんだ。



「すごいな……」

「このくらい普通」



当たり前でしょ? そう言っているように見えた。

でも俺からしたら、それが当たり前と言える時点で行動力があると思うし、何より彼女を尊敬できる。

自分勝手な部分が圧倒的だけど、それも含め、全てが目標のため。

妥協を惜しまない姿に、俺は惹かれた。



……自分にできることはないのだろうか?



乗り気ではなかった思考が段々と彼女に引っ張られていくのを自覚する。

面倒に感じていた討論も、次第に楽しんでいる自分がいた。

だったら、そのまま身を委ねてしまえばいい。

今まで選ばなかった選択肢に初めて手をかけた。



「……なあ?」

「ん、何?」

「一つ提案があるんだけどさ……」

「うん」

「その前に、ここのページを見てほしいんだ」



そう言って、俺は終盤に差し掛かっていた討論を序盤まで巻き戻す。

開いたページには、主人公とヒロインが初めてデートをする場面が記載されていた。

関係を深める始まりのシーン。

このシーンが主人公とヒロインの心の距離を縮めたことに変わりはないはず。

だったら、それを再現すればいい。



「このページの通りにさ、デートしてみればいいんじゃない?」



思ったことを告げる。

俺が主人公役になって、安藤がヒロイン役になる。

小説の展開通りに事を進めていけば、心情を疑似体験できるという寸法だった・



「……え? 本気で言ってるの?」



未確認生命体を見るかのように懐疑的な目を向ける彼女。



「うん、完璧だろ?」

「いや、そうかもしれないけど……え、マジで言ってるの?」

「協力してるんだからマジだよ」

「いやいや! 急すぎるって!」

「散々振り回しておいて、いまさら何言ってんだよ」

「それはそうだけど……」



手をあたふたさせて明らかに動揺している彼女の反応は正直意外だった。

だが、ついに、俺はこの場の支配権を手にしたのだと確信した。

仕返しの意も込めて、積極的に仕掛ける。



「別に俺は個人情報をばらされても無傷だし、協力する理由なんてないんだけどなあ?」

「なあ?! あんなにビビってたのに何言ってんの?!」



嘘だったけど、立場を逆転するチャンスだ。

ここは駆け引きだ。

妥協せずに手持ちのカードを切っていく。



「芸能関係者のお前が、関係ない一般人をつるし上げたとなれば、一気に知名度が上がるだろうなあ? 



「……私が被害を受けましたって告白すれば、あんたの人生終わるんだよ? 何で開き直ってんの?」

「開き直ってないよ。こうすればいいんだから___」



そう言って俺はすぐさまカメラを起動して、自撮り写真を撮る。

機械音と共に響き渡る声が、俺の勝利を祝福してくれているようだった。



「ちょっと! 何勝手に撮ってんの?!」

「カラオケで秘密裏に男と会合、これをばらまけば、お前の主張が信頼されることはない」

「あんたがばらす素振りを見せたら、先行して告白すれば問題ないし……」

「男性ファンがこの事を知ったら、どんな反応するんだろうな?」

「……分かってくれるよ」

「前に自分で言ったこと覚えてるか? 粘着気質のファンがいかに恐ろしいか、怖いだろうなあ……」

「…………」



戦意が喪失したらしい、言葉を失って呆然とする彼女。

その姿を見て、やっと振り回されることのない関係が築けると確信した。

以前自宅にやってきた彼女に脅される形で始まった関係。

自分の意見よりも彼女の意見が優先される現状に不満を持っていたのは確かだった。

いつまでも飼い犬になっているつもりは毛頭ない。

この現状が平常化する前に、楔を打つことが出来た。

少し、期待以上の効果があったのには驚いたけど。



でも、これで少しは関係が改善される、そう思っていた。



「……なんで、そんなことするの?」

「……え?」



雰囲気の変わった口調に、思わず固まる。



「やめてよ、そんなこと…、怖い…のに……」

「え、ちょっと……?」



彼女は下を向いて、肩を震わせていた。

顔を覆い、体育座りになって、声に陰りが生まれる。

この瞬間、俺は自分の行いを後悔する。



やりすぎてしまった。

支配とかそういう問題じゃない、いじめだった。

完全に調子に乗りすぎてしまったのだ。



「ごめん! そこまでするつもりは___」



慌てて謝罪する。

でも、これで済むなら、そこまで深刻な問題ではない。



「許さない……」



隠れている表情は、涙を抑えているのか確認はできない。

でも、声の機微から怒りをあらわにしていることだけは伝わって来る。



「ほ、ほら! ちゃんとデータ消したから! もうあんなことは言わないって約束するからさ……」



そう言って、スマホを彼女に向ける。

フォルダに残されていた写真のデータ消滅を確認してもらうために。



「面と向かって謝りたいんだ。だからさ、顔を上げて___」



最後まで伝えたかったが、いきなり彼女にスマホを掴まれて、思わず動転してしまう。



……え?



言葉にする間もなく、顔を上げてスマホの画面を凄まじスクロールする彼女。

淀みのない一連の行動に見惚れてしまった。



「……うん、ちゃんと消えてる」



はい返す、そう言ってスマホを返却する。

呆然としている間、何が起こっていたのか理解できなかった。



「え? どういう……」

「これで証拠も隠滅出来たし、私を脅す材料は無くなったね」

「……」

「全く……、まだ反抗する余力があったとは思わなかった」



騙された。

演技だったのだ。

彼女の長所をふんだんに使ったマジックに、完全に振り回されていたのだ。



「……」

「でも、振り回してばっかであんたのことを蔑ろにしてたのは謝る……」



そう言いながら、彼女は視線を横に逸らす。

その表情は先ほどまでの演技と違っていて、本心からの言葉なのだと分かる。



……



なんだろう。

再び主導権を握られたというのに、心が軽い。

いっそ清々しいと言った方が適切か。

彼女の本領を間近で体験して、その凄さに畏怖しているのかもしれない。

でも、少なくとも、先ほどまでの仕返ししてやろうという気持ちは消えていた。

この人になら振り回されてもいい、そう思えた気がした。

再び自分の好奇心に従う。

一緒にいれば何かが起こるような、そんな期待に。



「そっか……」



今の気持ちを言葉にする。

多分今の自分は笑っているのだろう、彼女の奇妙なものを見る目がそれを物語っている。



「怒らないの?」

「いや、なんかどうでもよくなった」

「そう? ならいいけど」

「それよりさ、どうするの? 疑似デートの話」

「……まあ、せっかくの提案だし、やるだけやってみてもいいかな」



彼女が了承してくれた。

少しは、我儘を働いた成果があったらしい。

今となっては結果を期待していなかったが、もらえるものならば受け取った方が良い。



「じゃあ、やってみるか」



俺たちはデートすることに決まった。

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