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天才の転落
しおりを挟む「シュレイン、君……剣が……」
鞘から抜き去った筈の持ち慣れた剣が抜いたそばからボロボロと灰になり崩れていく。
ポツリと零した唯一の友人であるルート・ダルトンの声にざわめきが一気に広がった。
あまり親交は無いが嫌われている自覚はなかった者、俺の爵位の為かもしれないが確かに尊敬と好意を持ってくれていたはずだった者、成長が楽しみだと声をかけてくれていた教官、彼らの目に嫌悪と嘲りと落胆が見えた。
それらは水に落とした墨のようにじわじわとしかし着実に広がり、俺の価値を素早く計算し直したようだった。
騎士は誓いを立て、それが認められると生涯でただひとつの剣と紋章を賜る。
神聖な加護を受けた一対のそれは魂と結びつき死ぬまで共にあり、例え剣が折れたりしても二度と代わりはない。
騎士はできうる限りの欠片を拾い集め、修復のため魔術師の元へ走るものだ。
「どうして……こんなことに」
唯一の友が顔を伏せて声をふるわせる。
彼は3年前にこの学園に来てからずっと友でいてくれた。
人との関わりが薄くまた、その術も持たない俺にも公平で明るい彼は元は平民で伯爵家に迎えられたらしい。
表向きは平等を謳いこそすれ、確実に身分格差のあるこの学園で、彼は何故か不思議と受け入れられた。
真っ直ぐで飾らず努力家なルートだからこそ、納得であるしそんな彼が俺を1番の友と呼んでくれたことが誇らしかった。
ルートが顔を上げる。
サラサラの短い黒髪が揺れて帝国では珍しい漆黒の瞳を真っ直ぐと見つめながら、思ったより冷静なことに驚いた。
剣は持ち主を選ぶ。
剣が主の元を去るということは、主を見限ったということだ。
主に仕える価値がないと判断したのか、人間的に駄目だと判断されたのか。
どちらにしてもそうそうない事に違いはなく、それは騎士が何よりも恥とする事だ。
なぜ、剣が俺の元を去ったのか検討もつかない。何も特別なことは無かったはずなのに。
「シュレイン、その、」
暖かい手が冷たくなった俺の手を包み持ち上げられた。
「ルート」
「シュレイン。大丈夫だ。これは何かの間違いだよ」
漆黒の瞳が瞬きもせずにこちらを見ている。
ああ、彼はなんて良い奴なんだろう。
恐らくそう思ったはずだし、周りの連中のルートへ評価ははうなぎ登りだ。
剣に見限られた哀れで恥ずかしい友。それでも手を取ってくれるとは。
もう何の価値もないというのに。
……多分、俺もそう思っていた。
「大丈夫さ。アーガルドの塔へ行こう。あそこならきっと何かが分かるはず」
「だが、俺はもうアーガルドではいられない。それどころか騎士ですらない。あそこには入れない」
「大丈夫だよ。俺が何とかするから」
にっこり笑った人懐っこい顔。
漆黒の目。その奥がまるで深い闇のようだ。おかしい、そんなこと今まで思ったことないのに。
……あれ、そういえば彼はアーガルド位だっただろうか? しかしでも、俺がアーガルドの塔に行く時は必ず共に居た。
誰も指摘しなかったし、俺も気にしていなかったが、アーガルドの塔はその位を賜った者以外立ち入り禁止だ。 例えば親族や友人であっても。
どんどん握る手の力が強くなっている。
俺は何となく不快でやんわりと手をほどこうとした。
そして、手を引いた時に見えた、彼の手首の赤い紋章。
細かい火花が散ったような、緻密な造形の紋はとても馴染みのある物だった。
何故なら、12歳で誓いを立ててから5年間、ずっと、俺の右胸にあったものだからだ。
「シュレイン、君は天才だよ。それは学園中が知っている。だから……」
ルートは親切だ。
俺のような友達のいない面白みのない男を1番の友と言ってくれる程。
彼は善良で公平で…………
「だから、大丈夫。君はどこででもやっていけるよ」
「ルート、お前……」
ルートはいつものように朗らかにニッコリと笑った。
闇のように真っ黒の瞳は光すら吸収してしまいそうだ。
俺はようやく、理解した。
何がどうしてこうなったのかは分からない。
他人の剣を奪う術など聞いたことがない。だけど、
俺はこの男にはめられたのだと。
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