やっぱり義姉には敵わない!/天才少年パティシエのオレ、母が再婚するんで渡航して義妹に会ったら義姉だし内戦が起きてるんだが?

春倉らん

文字の大きさ
9 / 49
第2章 義妹は同級生?

第2話 マドモアゼル・ショコラ

しおりを挟む
 そのとき、携帯の着信音が、その落ち着かない室内に鳴り渡った。
 誰からかを知って、仏頂面で、京旗は出た。
「…………」
『京旗~ぃ?』
 脳天気な、鼻にかかった、舌っ足らずの声がした。ふくよか女とは違う。高く澄んだ、可愛い声質だった。
「なんすか、兆胡(ちょうこ)サン」
 ぶっきらぼうに、京旗は答えた。別に恋人とかじゃない。母親だ。
 確か今日もパリにいない。フランスの南の方、大西洋に面したボルドーに出張で、何日か泊まる、とか言ってたな。
 一色兆胡は見てくれは童顔でぽやんとした女だが、頭はよく回り、キャリアウーマンだ。
『あーあ、ツレないんだ。ねぇ、あんた、サロン・ド・ショコラのコンテストで、負けたんだってぇ?』
「すいませんねっ」
 電話してきて三秒で、不機嫌にしてくれるんじゃねぇっ。頼むから。
『あははははは~、ホントだったんだ~。あんたのお菓子、おいしくないもんねぇ?』
「い……っ?!」
 さすがに京旗は、絶句した。
 三週間前、京旗の働く店に来て、嬉しそうに全種類お買いあげしていった女の口から出た言葉か、本当に?!
<あれも、これも、あっちも。京旗クンが作ったんなら、ぜーんぶ、ちょおだい>
 山盛りにケーキの箱を抱えて、腕にはクッキーや焼き菓子の袋をどっさり下げて、車との間を何度も踊るように往復した、ピンク色のワンピースの母親。
<じゃあね~ん>
と、運転席から手を振って、店の前から走り去っていった車。
 親バカまるだしだったじゃねぇかッ!
「た、食べたんすよね?」
『ちゃあんとね。うん、おいしくなかった~』
「あんたの味覚、狂ってんじゃないんすか?」
『ひっどぉお~い。あたしの舌が肥えてるの、京旗クンがいちばんよく知ってるじゃなぁい。ホントのことしか言わないよ、あたし』
「ホントにまずかったってですか!」
『ホントにホントに』
 こくこく、と電話の向こうで、一色兆胡はうなずいていた。
「か~っ……。母親のくせに、冷たいヒトだ……」
 京旗はがく~っと、手のひらに額をつっぷしていた。
『母親だからじゃないの~。正直に言ってくれるのは、家族だけよ~』
 あんたの他に、そういうことを言ってくれる人がいたんすけどね。
――たく、あのジジイ、家族以上に……
 思い出してしまって、舌打ちをする。くっそう、ありがた迷惑なジジイめ!
 さすがは、あの日京旗を拾ってくれたジジイだ。基本的に、お人よしで、優しくて、どこまでもオレに親身なんだよな。
 分かっている。京旗だって分かっているのだ。こんな事態になったのは、親方のでいではなく、互いにとって不運だっただけだということは。
 頑固オヤジが、京旗の作る菓子に警鐘を鳴らしはじめた、その頃にちょうど、たまたま、コンクールで何故か失格判定を受けるという事件がかぶってしまった。京旗も不正をしていないことを立証できないし、最中は焦るばかりで、運営に申し立てをすることなど思いつきもしなかった。ほんの微塵も。だから親方としては、ああ言うしかなかった。ほんとうに、互いにとって不運だったとしか言いようがない。
「ねえ、誰とお話なさってるの?」
 いきなりダミ声が顔面三センチの至近距離にのぞきこんで、
「わッ!」
 京旗は飛び上がってのけぞった。
 ニコニコと機嫌のいいふくよか女にドシッと隣に座られて、ソファの反対側に待避。
 メモに走り書きして返事をする。<母さんからだよッ>と。
「まあっ、お母様っ?! ご挨拶しなくっちゃ!!」
「なんでだー!!」
 電話を取り上げようとする彼女を、じたばたしてかわす。
 電話の向こうでは、京旗のコンクール敗北を笑って、兆胡が、
『マドモアゼル・ショコラの息子が、台無しねっ』
――楽しそうに言うんじゃねぇっ!
 ムカッとくる。
『ねぇ、知ってるでしょ、あたし、マドモアゼル・ショコラって呼ばれてるのよ』
「はいはい。前に聞きましたよそれは。チョウコ→チョコ→フランス語よみでショコだからショコラなんでしたっけね」
『呆れたみたいにいわないでよぉ。うふふ~、マドモアゼル・ショコラよ、マドモアゼル・ショコラ』
「……もしかして、マドモアゼル、の方を強調したいんすか?」
 ふくよか女の魔の手を避けて、すいっすいっと身を捻り、ジャンプまでしながら京旗は言う。
『あぁったりぃ~~~』
 頭痛がしてきた。
 シングルの女性だから、確かにマドモアゼルだが、もうそういう年齢じゃないだろ。
 口の中で、毒突く。この際ショコラは許してやってもいいから、マダムと呼ばせんかっ。
『でもね、もう少ししたら、マダム・ショコラになるかもしれないの』
「いッ?!」
 さすがに、頭に土星あたりがガンッと直撃してきた気がした。
 ふくよか女が腕をひろげて抱きついてきそうになって、慌ててエビぞり、ついでにバク天をきる。天井が高くてよかった――つーか、一流ホテルのスイートでやるこっちゃねぇ!!
「てか、ちょっと待ってください、まさか、けけけ結婚?! つか再婚?!」
『そぉ!! あぁったりぃぃいいいい~!! 兆胡サン、プロポーズされちゃったぁ~~~』
 ……おいおいおい……
『でもね』
 蒼白になって汗をだらだらとかいている京旗に、しおらしい声が聞こえてきた。
『京旗クンがイヤだって言うなら、マドモアゼルでいてもいい……と思ってるの』
「…………」
 徹底して強引にゴリ押ししてこられると、反発心も燃え上がる。でも、こうやって引かれてしまうと、ちょっと弱い。
 ふくよか女のタックルを、身をよじってかわして次の間へ逃げつつ、母親に対して絶句している自分に気付く。
『ねえ、京旗クン。反対してもいいからさぁ。相手にいちど会ってきてくれないかなあ? ううん、カレよりね、ほんとは兆胡サン、気になってることがあって……カレの娘と上手くやれそうか、確かめてきてよ』
「えっ……?! てことは、コブつきぃ?!」
 京旗の声は、これで何度めか、裏返っていた。
『なぁにいってんのよ、あんただってアタシのコブでしょぉがあ』
「はっ……そーいえばそーでした。けど、けどですよ?!」
 油断した瞬間、どーんと背中から衝撃をくらって、肉弾に、強烈につんのめさせられた。
 さっき逃げこんだのが運悪く寝室で、キングサイズのベッドに鼻先から突っ込むことになる。
――うげっ!
「うっふふふふ~ん、つっかま~えた~♪」
 ふくよか女のダミ声がささやき、ニタリと笑う。京旗はゾーッと青ざめた。ホールドされ、多大な体重が、京旗を脱出不能にしている。
『ねぇ、あたし、ちょっと仕事が詰まってて休みとれないの。代わりに事前見聞してきて。旅費はもちろん出してあげるわ。旅行のチャンスよ♪ 向こうで滞在するマンションも、用意したげるっ』
「行く! 行きマス!! 行かせてクダサイ!!」
 とにかくこの女とこの状況から抜け出したい!
 京旗は切実に絶叫していた。
『決まりねっ』
 弾んだ声の兆胡。
『言い忘れてたけど、彼女は中学三年生だって。あんたと同じねぇ』
――同い年の義妹~ッ?!! ちょっと待てッ!!
「てゆーか、しーッ! しーッ! かーさん、僕いま十七歳ですよ!!」
 誰かに聞かれたら、どーすんだ!!
 手で必死に押しやった、ふくよか女の顔。その顔が目を点にしている。
「えええっ? 中三ですってぇ?!」
 兆胡の声は括舌がよくて華があるから、携帯を飛び出して聞こえやすい。ホラ見ろ厄介なことになった!と京旗は、
「ちち、ちがうちがう、聞き間違いっすよ!! やだなぁ!!」
『向こうの日本人学校に、中学三年クラスへの転入の書類、送っといたからね~』
「だーッ! しーっしーっしー!!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...