やっぱり義姉には敵わない!/天才少年パティシエのオレ、母が再婚するんで渡航して義妹に会ったら義姉だし内戦が起きてるんだが?

春倉らん

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第3章 義姉もそんなに悪くない?

第4話 大使公邸料理人

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 なっ……!!
「まだ僕、なんとも言ってないっすよ?」
 ひきつっているのを押し隠して、京旗は無邪気にニッコリ笑ってみせた。
「あっはっはっは!!」
 男はからっと明るい笑い声を、ひとしきりホールに轟かせた。京旗の本心が読めていて、かつ、歯牙にもかけていない様子だ。
 めいあが京旗に耳打ちする。
「公邸料理人の伊太郎さんよ。勝鹿伊太郎さん、二〇歳」
「こっ、公邸料理人?!」
 この伊太郎という男は、東京の下町出身だが、大阪にある日本有数の料理学校に通っていて、在学中に、その頃ワール共和国に赴任が決まった大使に、学校から強烈に推薦されたという。首席で卒業と同時、大使に付き従ってこの国に来て、以来公邸料理人を務め、二年目だった。それは後で聞いた話だったが、
――この若さで、この実力……!!
 京旗は、もう一度目の前のタルトを見やり、息を呑んだ。
 しかも伊太郎はパティシエでなく、料理人。料理全般の中の一芸として菓子をたしなむだけなのだ。
 デザートをドルチェと言ったことからして、専門はたぶんイタリア料理だろう。だが、日本大使公邸料理人に推薦されたというからには、オールマイティにハイレベルと思うぺきだ。
 あゆによる京旗のシュークリーム評を思い出す。
<まずい>
<はぁっ?>
<うちのシェフが作るドルチェの方がうまい>
<パードン?>
 シェフとは、伊太郎のことだったのだ。公邸料理人補助のあゆから見ての、公邸料理人。
 京旗は、ガーン、となった。あのときは何を、と思っていたが、あゆの言うシェフ・伊太郎のドルチェを食べた今は、もう駄目だ。
 確かに負ける。
 親方は、こういう相手がいつか出てくるのを見越していたのか。これが親方の言っていた、オレの限界ってやつなのか?!
「ところでと」
 伊太郎が、立てた親指で、厨房に続く廊下を指して、アゴをしゃくった。
「うちの調理補助が、奥で、オレの指示でないアンコウを山ほどおろしてるんだが、ありゃ、てめえのためか?」
 きょとん、とするしかなかった。
「ななななな、なんで、あんなんがオレのためですかッ!」
「そうか、知らねぇのか」
 人の悪い笑みを、ニヤリと浮かべる伊太郎。
 めいあが、熱いコーヒーカップの中味をふーっと吹きながら、
「あゆちゃんって、すご~くワケわかんないこと、い~っぱいするけど、たいてい、後になってみると、ちゃんとそれなりの理由が分かったりするんだよね~」
「へぇ~、そうなんすか~」
と、京旗は平和的にあいづちを打って微笑して見せたが、
――誰が信じるかバーロー!
 マルシェでの臭気と視覚の暴力の恨みもこめて、内心ではそう叫んでいた。
「ところでめいあちゃん、話の途中だった日本人学校のこと、聞きたいんすけど……」
 めいあが何年生か聞きだしたいのだが、いきなり聞くとナンパのようなので、遠回しにした。
 と、めいあは突然パッと立ち上がった。
「あっ! パパ! 来てたの?!」
 大きな目が向くその正面には、ちょうど二階から階段を回って下りてくる、二人の紳士がいた。
 片方がめいあの父の桑原、片方はレイの父でワール共和国日本大使――ここの主だった。
 自己紹介して、少し緊張しながらの握手を京旗がすませると、桑原はめいあに、
「さ、帰るぞ!」
と、エントランスへ向かって小刻みな歩調で歩きだした。
「え? でもめいあ、まだ――」
遊んでいきたいのに、と顔に書いてある。
 レイが助け船のように、あら、今日はあたくしと遊びにいらしたんですし、夕食までには車でお送りしますのに、と桑原氏に言った。
 桑原は神経質そうに、
「何かと危険な情勢ですから」
 決めつける父親に、めいあが、ぷうと膨れる。
 父の桑原の代わりに大使が、めいあに笑いかけ、諭すように言った。
「北部の闘争が、激化しているらしいという情報が飛び込みましてね。お父様は、それで心配なさっているんですよ」
「でも、パパは心配性すぎなんだよ~」
 確かに心配性すぎて、付き合いづらそうな親父だ。
 京旗の頭を、ちらりと未来像がよぎる。桑原親子が兆胡・京旗親子に加わった家族像。
 でもまさか、この男を、兆胡サンが再婚相手に選ぶか? 
 いや、あの人、意外にインテリで繊細な野郎も好きだし、あり得なくはない……
「でもめいあさん、心配しすぎるということはありませんよ。ここのところのごたごたで、日本の外務省も、ワール国への評価を落としているくらいでしてね。こんど、中部のヤムイモン市で、和平会談が予定されてはいるんですが……」
 大使は、残念そうなため息をついた。日本本国の意向はともかく、彼個人はワール共和国をひいきにしたい様子だ。
「スーパーマンでも出てきて、紛争をやめさせてくれるといいのですが。現実には、そんなことは起きないですからね……」
 そう言う大使と、JETRO――日本貿易振興会――の駐在員たる桑原とは、二階でその紛争激化情報についての意見交換をしていたのだろう。
 桑原が、めいあへ、
「政情不安を理由に、ODA打ち切りも検討されているんだ。私見だが、そうなったら企業も団体も全て引き上げ、日本人はこの国から一人残らず出国ということになるだろうな」
「じゃあ引っ越すの?! 学校、変わらなくっちゃならないの~ッ?!」
 めいあの目が、急に潤みだした。
 桑原は眼鏡を押し上げ、
「もしもの話だが、現実となったら、それは当然だな。日本人学校も閉鎖か、すくなくとも休校になるんだからな」
 京旗は思わず、
「いつ? いつから閉鎖になってしまいますか?」
 大使が、おや、と目を向けたが、
「まあ、今日明日という話ではないよ。安心しなさい」
 京旗は、なんだ、とホッとした。
 悪いが、義妹と知りあうきっかけができた後なら、ここの小さな日本人学校がつぶれようと、知ったこっちゃない。何でわざわざ旅行先でまで学校に、と思っていた京旗にとっては、ぶっちゃけ、休校になってくれたほうがいいくらいだ。
 意外だったのは伊太郎の反応で、
「しかし、そいつぁ参ったな……」
 太い眉根をよせて、腕を組んでアゴをさすっていた。
「ヤツの人生にゃ、ここの日本人学校が、必要不可欠なんだがな……」
 人生なんて、ずいぶん大仰なことを言う。と京旗が怪訝な顔で振り返り、伊太郎を見ると、
「おう、一色もそう思わぁな?」
「え? え、ええまあ確かに、学校がなくなるのは、困ってしまうかなーと……」
 京旗は曖昧ながら、外面のいいところを見せる。だが、伊太郎の言うことは十分の一も分かっていなかった。「ヤツ」というのは……?
「っと、もうこんな時間か。ディナーの支度をしねえとな」
 夕刻にさしかかった時刻を示している時計に気がつくと、伊太郎はさっさと厨房へ消えていった。
「そうだ、もうこんな時間なんだ。さあ帰るんだ、めいあ」
 桑原も娘の手を掴んで、引っ張って歩き出す。めいあは眉をひそめて、実の父親を敵のように睨み上げていた。が、哀しいかな非力で、ずるずるとひきずられていく。
 途中で精一杯の抵抗のように、
「あっ、一色さん! 一緒に帰ろう!! パパの車でアッタまで送るよっ?!」
 ピタリと桑原が止まり、振り向いた。
「そうですね、お送りするべきでしょう。ついでですから」
 眼鏡をクイと押しあげた。
――なーんかイヤなオヤジだな。
 と思う京旗。なぜならば。
――娘が提案するからそうするが、本心はイヤだと思っていると、顔に書いてあるぜ、バーロー。

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