やっぱり義姉には敵わない!/天才少年パティシエのオレ、母が再婚するんで渡航して義妹に会ったら義姉だし内戦が起きてるんだが?

春倉らん

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第3章 義姉もそんなに悪くない?

第6話 ワール国に忍び寄る影

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 ホワイトボードを回り込む女性教師を追って歩きつつ、京旗の頭の中では、どんな女の子だろう、というより積極的な想像が、あれこれあれこれ走馬燈のように駆け抜ける。
 ツーテールに赤いリボンを結んだ女の子だとか。
 サラサラストレートをボブカットかセミロングにした、色白の伏し目がちの女の子とか。
 キリッとしたツリ目で、ハキハキとものを言う優等生タイプの美少女とか。
 まだ見ぬ義妹《いもうと》を妄想する頭とは別に、目に入るのは、ホワイトボードの下から見える脚。
 机の天版の下、椅子に腰掛けている紺スカートのプリーツは、きっちりしていた。覗く脚は太くなく、ソックスの足首はきゅっと細い。
 めいあじゃないな。
 ホワイトボードを回ると全身が見えた。紺のプリーツスカートは、腰で切り替えになりつつ肩までつながるジャンパースカートで、ブラウスの白い袖、白い襟と、襟元の細い薄桃色のリボンタイ。なんとなく古風な制服だった。そして、その襟より上の細い首筋と細面には、しかし、見覚えがあった。
 京旗の口から、ひきつった笑いとともに、皮肉な声が出る。
「なんのコスプレっすか、それ?」
「なんだよ、似合わないってことかぁ~?」
 むむう、と口をとがらせ、言い返すあゆ。
 たちの悪い冗談だ、とムカムカしながら京旗は、
「はっはっは。十七歳っていうのはウソだったとでも? 高校生は、とっととフレンチスクールかアメリカンスクールに……」
 言いつのる京旗の袖を、ちょいちょい、と担任の女性教師が引っ張った。まったく、と、その顔が、呆れた溜め息でもつきそうだ。
「一色さん。竹邑さんは十七歳だけど、確かに、歴としたここの中三生なのよ」
「へ…………?」
 ナイーブなお年頃なんだから、察して気を使ってあげてちょうだい、とぷんぷんしているような女教師の声に、ヤバい!と京旗のカンが告げる。
 しかしあゆは、傷つけられた顔もせず、へらりと頭をかきかき笑いつつ、
「実はあゆは、日本にいたころ、中学生をなんだか上手くやりきれなくてな~。出席日数が五〇〇日ほど足らなくて、卒業できなかったのだ~」
 えへへ。
「なん……ッ!!」
――ヘラヘラ告白することかぁッ、それがぁッ!!
 ハリセンでもあったらすぱかーん!とぶちまかしてやりたい衝動がきた。
 いや、それはとりあえず後まわしだ。京旗はひきつり笑いを浮かべつつ、鋼の意志で、
「あの~、先生、それじゃ、中学三年生は、他には?」
「いないわよ?」
「他の学校とか、現地校とかにも?」
 だらだらと汗をかいて、京旗は聞いた。
「ええ。でも、どうしてそんな質問を?」
「な、なんでもないっす……」
「そう?」
 じゃ、授業に入るわよ、さあさあ、一色さんのパリの学校ではどこまで進んでいたのかな~、と、女教師がホワイトボードに向かう。
 用意されていた空き机と椅子に着席しながら、京旗の肩は、ふるふるふる、と抑えても抑えても不穏に震えだしていた。
<言い忘れてたけど、彼女は中学三年生だって。あんたと同じねぇ>
――同じじゃねェ。
――同じだけど年齢が同じじゃないっすよぉ、兆胡さぁんッ!!


   ACT 2 さいはての楽園に泳ぎついた魚 ~Africa~


 アッタの自分のマンションに帰って来るやいなや、電話器に飛びついて国際電話をかけた。
「兆胡サンッ!」
『あ、気が付いたあ?』
 電話の向こうのマドモアゼル・ショコラは、息子の怒りの声音だけで何の要件かを察したようだ。してやったり、とご機嫌な声。
「くっ……! てことは、知ってて、あんた……!!」
『うっふふ~ん、でもあたし、ウソは言ってないわよぉ? <彼女は中学三年生だって、あんたと同じねぇ>って言ったのと、<誕生月はあんたの方が先みたい>って言っただけだもぉ~んっ』
 日本人学校に、中学三年の女生徒は一人きり。けれどそれでも、京旗は最初は気付かずに、誤解する回路をドタバタと走り抜けていく。それに必要な周到な仕込みを、兆胡はしていたわけだった。
『で? 竹邑あゆ嬢には、ちゃんと名乗って挨拶したんでしょうねぇ? 弟になるかも知れない一色京旗です、って』
「だ、誰がしますかッ!」
『あら……』
 意外そうな声で、兆胡は言った。
『そんなにキッパリ嫌わなくても。なに怒ってるの? どおしてよぉ?』 
「お義姉さんとは疑いもせず、義妹と思いこんでたオレもバカはバカっすけど、実際、ヤツはお義姉さんってだって呼べなさそうな女なんすよッ! 魚臭いし凄むしトロいし義務教育をドロップアウトだし宗教がアンコウだし!」
『あははははは、つまり、上手くやれそうなのね? 安心したわぁ~』
「なんで、そうなる~~~ッ!」
『だって、京旗クンがヒトのこと話すのにそんなにコメント付けるなんて、初めてのことじゃなぁい?』
「~~~~ッ!」
 絶句した。
 理不尽さがこみあげてくる。確かに京旗は、他人に対して淡泊な質だ。これほど人に語れるくらい気にした相手は、珍しい。だが、これとそれとは全く違う! 断じて違う!! 違うんだ!! 頼むから違うと言ってくれ、誰かぁぁぁぁぁああ!!
『あらあらあら、ずいぶん動揺しちゃってるみたいね?』
 口を開こうとしては閉じ、また口を開きかけては絶句し、結果として黙りきってしまった京旗。くすくすくす、と華やかな兆胡の笑い声が、電話口に漂った。
 ガッチャン!!
 凄まじい音がして、あとは回線が沈黙した。
 緯度にして二〇度ほど遙か北の彼方、フランスの大西洋に面した河口の町ボルドーのホテルの一室で、兆胡はぽかんとあっけにとられて、白い受話器を見つめることになった。
「え……? あら、からかいすぎちゃったかしら……? でも、いきなり切るぅ?」
 あー、と溜め息をついて、兆胡は電話機のフックに受話器をそっと戻す。
「そーいえば、京旗クン、パスポート盗まれたらしいけど見つかったの? パスポートないと自由に出国できないんでしょっ……て、脅すの、忘れちったなぁ」
 ペロリと、舌を出す。
 そんなことを言ったら、ますます京旗が怒髪天をついただろうとかいうことは、考えない。
 ふと、テレビの音に振り向くと、窓の下、つけっぱなしだったチャンネルで、ニュース番組が始まった。
 お馴染みの<チャンネル2>――フランス国営放送――の男性アナウンサーが、原稿を読み上げる。
 ワール国の映像が流れた。
 内戦が起ころうと、他国に侵略されようと、日本ではテレビ報道などされず、新聞に二〇行程度の小さな小さな記事でも出ればいい部類。だがフランスでは違う。関係が深いからだ。
 ハッとなった。
 カメラマンが現地に入っていなかった都合だろう、映像は、これまで繰り返し流用されている、ワール国のお国紹介程度の首都の摩天楼やサバンナやバナナ農園の画像だ。だが、アナウンサーの声は、昨日起きた政府軍と反政府軍との衝突と負傷者の数を伝えていた。
 フランスがわとしては、大統領府のアフリカ担当顧問を現地入りさせるというが、それは、以前から決まっていたヤムイモン市での四者和平会議の行方を見守るためだ。それも、見守るのであって、決して和平のためにアクションを起こすわけではない。
「大丈夫かしらぁ、成悟クン……」
 京旗がこれを聞いていたら、おいおい息子のことはッ?!と、激しくツッコミを入れたに違いない。


――
この物語はフィクションであり、実在の団体・個人・事件とは一切関係ありません
――
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