やっぱり義姉には敵わない!/天才少年パティシエのオレ、母が再婚するんで渡航して義妹に会ったら義姉だし内戦が起きてるんだが?

春倉らん

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第4章 ただのパティシエに何ができる?

第5話 反政府組織とショコラティエの裏表

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 問題は抱えているが、バイトにはちゃんと出る。京旗が大使公邸の厨房に行くと、しかし、伊太郎がいなかった。
 廊下の先で、ホールをそぉっとのぞき見している背中を見つけて、京旗は、
「趣味が悪い。シェフ、立ち聞きっすかァ?」
「うわぁっとォ!」
 伊太郎は躍るようなリアクションとともに、振り返った。声は潜めて、
「なんだ、一色か。見逃してくれ。な?」
「何を覗き見アンド盗み聞きしてたんすか?」
 つきあって声は落としたが、ひょいと頭だけをホールに覗かせた京旗の目に映ったのは、染矢大使と桑原や数人の大人達だった。
 頭出しすぎだっ!てめっ!と伊太郎が引っこめさせつつ、耳打ちする。
「内戦激化と治安悪化の問題でな。企業各社の駐在員やら大使館で集めた情報と、ワール国政府から出された話の検討会みてぇだ」
 大人たちの間のテーブルに書類が広がっている。遠望レンズで撮られた写真や新聞のコピー。
 写真の中では、ダメジャンの警官がデモ行進を抑えている。サバンナで、迷彩服の黒人がトラックの荷台の木箱から銃を取り出している。サファリ姿の怪しいヨーロッパ人と、すがめを交わすヨーロッパ人青年。
 あっ!と、京旗は叫んでしまっていた。
 瞬間、大人達が振り向いた。廊下のアーチの下にいる京旗を発見。
 こうなったら、隠れてもしょうがない。京旗は、つかつかと前進した。
 うわっと、大使が書類を隠そうとする。
「なんすか、その写真」
 京旗は突っ込むように言った。
「ななななんでもないよ、テロリストや工作員のことなんて、キミたち子供は心配しなくても……」
 京旗の目が、唖然となった。
「そのフランス人、オレ、知ってるんすよ」
「なにっ?! 名前とか、何をしてた人物か、とかもかい?!」
 大使に、大人たちから一斉に非難の視線が集中していたが、京旗は大使が彼らに気付かないよう、彼の目をまっすぐ捕らえてしまった。
「ええ。セザール・グディノー。パリのショコラティエです」
「ますますわけがわからなくなってきましたね。なんだってそんな男が、この国で暗躍を?」
「というと、何をやらかしてるんですか?」
「北部と西部の反政府組織に、裏から援助をしているらしい男なんです。最近、どこからか降って湧いた。でも、フランス人とは……! フランスがそんなことをしているとなったら、コトです。フランスを問いつめるなんてこともできなければ、この男にワール国政府をけしかけることもできませんし…… 何を考えているんでしょう、これでは本当に、私たちはここを去らねばならなくなる」
 苦悩を浮かべる大使。
 テロリスト? フランスの工作員? 京旗の顔には、苦笑が浮かんでいた。
「待って下さい、いくらなんでも、それはなんかの間違いでしょ――?」
「いいえ。彼が最近積極的に活動していることは確かです。国際的な規模で人の命のかかった問題に、お友達が関わっていると考えるのは、確かに、イヤなことでしょうけれど……」


 嘘だろ、と京旗は思った。
 セザール・グディノーが?!
 大人たちの会議のお陰で長引いた厨房仕事を終えると、飛んで帰った。
 部屋の電話の前で、腕を組んで二度、三度と右往左往したあと、
「しょおがねぇ。助けは借りたくないが、背に腹はかえられないし……!!」
 意を決すると、受話器を取り上げた。
「――もしもし、兆胡サン? はばかりながら、お願いがあるんですが。セザール・グディノーっていう元パティシエについて――」
そっちで調べられますか、と言葉を続けるつもりだった京旗の言葉は、兆胡の焦った感嘆によってぶったぎられた。
『え~?! アフリカにいて、どぉして彼だって分かったのッ? 鋭すぎじゃないっ!? 京旗クンたらさすがすぎっ!!』
 でかい声に、耳を押さえてしゃがみこむ、京旗。
「……ヤツが、なんですって……?」
『だから、犯人よ』
「何のだっ! ったくもう、兆胡サン、前から言ってるじゃないですか! 頼むからまともな言語喋ってくださいよ、5W1Hに気をつけるとか、会話は文脈に沿って話すとか、それからそれから――」
『あら違うんだ? なぁに? じゃあ何が彼についてどうしたっていうの?』
――ったく、聞く気ナシかよっ!!
 京旗は、頭を煮やした。
「……調べて欲しいんですよ。ヤツが今はどこでどうしてるか、ワール国のダメジャンで見かけるのは、何でか!」
 電話の向こうが沈黙した。
 兆胡はそのとき、目を寄り目にして、眉間に縦ジワを刻んでいるところだった。
『……それって、どぉゆうことぉ? 京旗クン、大丈夫なの~?』
「はい……?」
『さっきの話、するね。あたし、あのあと実は調べてもらったの。京旗くんのうお菓子、あたしにとってはまずいとはいえ、三位にも入んないのはやっぱりおかしいもん。そしたら<サロン・ド・ショコラ>のショコラトリー・コンクールのときの京旗くんの材料チョコ、ヘローナ社の搬入業者にお金を渡して、すりかえさせたヤツがいて、それが、例の金賞の人だったの。セザール・グディノー』
「なにぃっ?!」
『調査書の写し、ファックスしてあげようか? うふふ、兆胡サンが濡れ衣を晴らしてあげたから、パリに帰っていらっしゃい。ねっ、京旗クンっ』
 弾んだ声が言った。
「…………」
 京旗が沈黙を返すと、兆胡の口調がガラリと変わった。
『グディノーは、なんでかしらないけど、きっと相当あんたに恨みがあるのよ。ダメジャンにいるなら、あんたを追っかけてった以外にナイわ。プッツン野郎に危害を及ぼされないうちに――』
「それは、ナイです。楽しい妄想急展開中、すいませんけど」
――オレを追いかけてたなら、あゆより先にオレに気がつくはずだし。
 京旗の憮然とした声が言い切った。
「まだ帰りません、こっちで、ちょっと用事ができまして――」
 兆胡の口調は心配そうで真剣そのもの、面白がっているのでないのはわかっていた。が、京旗は耳を貸すわけにいかなかった。
 セザールが本当にそんなことをしたなら許せない。
 京旗にとっては、チョコレートに――菓子に作る側として関わっている人間が、そんな卑怯なことをするとは、信じられなかった。
 神聖な――といってもいい気持ちで菓子作りに専念してきた京旗にとって、想定外の発想だった。
 自分が金賞をとるために、チョコレートに異種油脂を混ぜる? たかが勝負のために? フランスって国の、<BMS>まで取得しているパティシエが?
 大事なこと。それに寄せる想い。
 たった一人の母親に心配をかけても、譲れない。
『京旗クン、でも、グディノーは避けて通るべき相手よ』
「帰りません。――安心して下さい、別に危険なことは何もないですよ?」
『あたしの話を聞いてよっ! ――あんたのお菓子はまずいけど、まだ道を諦めるほどじゃないんだから、一息入れて回りが見えたら、ほら……、こんどは一刻も早く、努力を再開するものよ?』
 語尾がふわりと、京旗を包み込むように広がった。
――そーいう説得の仕方をしますか。
 説得のための説明みたいに、耳を上滑りしていかないのは、彼女の本心からの言葉だからだろう。裏打ちされてて、威力がある。
――きったねぇ。ドタンバになって真心をかざすとは。
 息子としては、黙るしかなくなっちゃうじゃないか?
 でも、それだったらこっちにだって、言うことがある。
「ですが、オレ、帰れないっスよ。なんてったって、マドモアゼル・ショコラの再婚相手をまだ、拝んでいないんで」
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