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第一章 カプリコーンと魔術師(マジシャン)の卵

第二話 一緒の帰宅

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オレが学校に着くと、生徒達はある事を噂し始めていた。
この学校の生徒が、美人社長を刺殺したという噂だ。
犯人は良く分かっていないらしいが、目撃者がいると言う。
場所はオレの家から近く、昨日の夜に女性とぶつかった場所だった。

オレは、見間違いだろうと思っていると、本当に死体も出てきたと言う。
突然の殺人事件にオレも人ごとではない怖れを感じる。
身近でそういう事件が起こると、防犯意識が高まるモノだ。
普段知っている街も、危険な場所として認識し始める。

家族と連絡を取り合い、自分の家族は無事なのを確認する生徒や親もいた。
犯人が捕まっていないという事はそれほどの脅威なのだ。
もしも、通り魔的な犯行ならば、オレも狙われる危険がある。
そう思って女子高生達の話に聞き耳を立てていると、ある生徒の名前が聞こえて来た。

「鏡野さんが犯人を見たんだって。
あのB組(バックべアー組)のショートカットの女の子。
通りを歩いていたら、この学校の生徒が女性を刺殺したのを見たんだってよ!」

「でも、あいつは大阪で何十件も事件に遭遇しているんだろ。
案外、あいつが犯人かもよ……」

「そうそう、刺殺された女性だけどね、貞先生の彼氏と付き合っていたって噂だよ。
お金目的で貞先生を振って、その女性社長と付き合い始めたんだって……」

貞先生とは、独身でもうすぐ三十歳になるという女性教師だ。
本名は、貞麗子(さだれいこ)、貞子のような綺麗な黒髪を持つ美人だ。
吹奏楽部の顧問をしていたが、合宿や部活の時間に全く来ないという事で、顧問をクビになった。
来ない原因は、酒の飲み過ぎや彼氏に降られたなどの個人的な理由だ。
その噂話が広がり、『きっと来ない貞子』と呼ばれている。
部活に顔を出さない事で有名なのか、婚期が来ない事でそう呼ばれているのかは不明だ。

「うっそー! じゃあ、貞先生が刺殺したって可能性もあるじゃん。
殺人を誤魔かすために、生徒の服を着て女性社長を殺したとかね?」

「そうかもね。
鏡野さんの他にも目撃者がいて、そっちの目撃証言は、女性が女性社長を刺殺したらしいよ。
案外その推理が合っているかも……」

彼女達がそう言い合っていると、問題の貞先生がクラスルームに来る。
そう、貞先生はオレ達の担任なのだ。
もしも貞先生が犯人なら、新学期早々に担任が変わる事になる。
みんなの注目度が高い事件なのも頷ける話だ。

「コホン! くだらない噂が飛び交っているようね。
真犯人はすぐに見付かるわ! 
警察の方々が尽力してくれているからね。
みんなも根拠のない噂は信じない様に……。
では、クラスルームを始めます!」

貞先生は何事もないように授業を始める。さすがは、プロの教師だ。
犯人の可能性があるといっても、落ち着いて授業をしてくれる。
計画殺人だった場合、この状況も想定済みだろうから落ち着いていても犯人じゃないと言い切れないんだが……。

しかし、この緊張感は、オレにとっては好都合かもしれない。
遠野さんを心配する振りをしてお持ち帰り、うまく母親と会わせる事ができれば母親も満足するだろう。
一回か、二回会わせれば、オレの約束は果たした事になる。
本当の彼女じゃなくても良いんだし、一瞬でも会わせればオレのノルマは達成されるのだ。
そう思って、遠野さんを一緒に帰るように誘ってみる。

「近所で殺人事件が起こってちょっと怖いね。
オレと家が近いなら、しばらく一緒に帰らない? 
オレもさすがに一人は怖いし、事件が解決するまでだけでもどう?」

「うん、良いよ。
木霊君の家、うちの近所だと思うし、事件現場からも近いからね」

案外あっさりとOKが出た。
これも最新のiPhoneの力なのだろうか? 
物事が超順調に進んでいる。
一つ良い事があると、連鎖するように良い事は続くモノだ。
しかし、一つ悪い事が起こると、連鎖するように悪い事は続くのも現実なのだ。
しかも、良い事より圧倒的に多く起こる可能性が高い!

 オレと遠野さんが一緒に帰宅しようとすると、貞先生から生徒指導室まで来るように言いつけられた。
オレが、遠野さんに先に帰っても良いよと言うと、彼女は一緒に来ると言う。
まあ、力仕事を押し付けられる可能性もあるし、一緒の方が安心だろう。
そう思って一緒に来てもらう事にした。

オレ達が生徒指導室に来ると、黒板に貞先生が書いた伝言があり、会議で遅れるという。
オレ達は仕方なく空いた席に座り、お喋りを始める。
確かに、遠野さんに近付くきっかけは新しい携帯電話が欲しい事だが、女の子に興味がないわけではない。

同じ携帯電話のカバーを色違いにしたのも少しは意識してのことだろう。
まあ、デザインも気に入ったのだが……。
オレは新しい携帯電話を遠野さんに見せる。
便利なアプリなんかもついでに教えてあげる。

「ほら、昨日新しく買った携帯電話だよ。遠野さんと色違い。
使い易くて良いね。遠野さんはどんなアプリを入れているの?」

「本当だ、色違い……。お揃いだね。
カバーの種類もないし、同じ機種だから仕方ないけど……」

「あ、キモいとか思った? 
全然、意識はしてないから偶然だからね……」

「いや、分かっているけど。別に、同じでも私は嫌じゃないよ。
何なら、同じストラップあげる。嫌いじゃ無ければだけど……」

遠野さんは幻獣ストラップをくれた。カプリコーンか……。
遠野さんはセイレーン。なかなか可愛く出来ている物だ。

「ありがとう。なかなかいい感じだね、カッコいいから気に入ったよ!」

「そう? 私のオリジナルだよ!」

「うっそ! 遠野さんがデザインしたの?」

「一応、そういうアルバイトしているから……。
私がデザインして、作ってもらっている。
可愛い奴は売り出しているらしいよ」

「へ―、すごいね。オレは父親のアルバイトくらいだよ。
いずれは、仕事に就かないといけないんだろうけど大丈夫かな? 
オレ、成績もあんまりだし、仕事をしてポイント上げないと駄目なんだよ。
遠野さんは自然とお金が入って来る仕事みたいだからいいけど……」

「私もそんなにすごくないよ。
テストは中間くらいだし、仕事も趣味程度の収入で、定期的に稼げるわけじゃない。
だから私は部活に入って、社会的信頼を得ようとしているんだ」

「へ―、この学校で真面目に部活する奴を初めて見たよ。
みんな、アルバイトや勉強に力を入れているっていうのに……。
運動系? そっち方面で頑張る奴なら、この学校でもうまくいきそうだけど……」

幻住学校は、勉強以外にもアルバイトや収入などが進学に関係している。
入学で見られるのは、学力と収入率や成長率だ。
どれだけ社会の役に立てるかを検査され、勉強と仕事が両立できると判断された者だけが入学できる。
前科者や問題児でも、特別に技術がある者を選別して入れている。

オレの場合は魔法技術(マジックスキル)によって入学できた。
はっきり言って、勉強には付いて行くのがやっと……。
平均点さえ取るのが難しいレベルなのだ。
成績優秀者は自動的に進学できるらしいが、オレの場合はかなり困難だ。
そのため、アルバイトでもしてポイントを稼いでおかなければならない。
アルバイトをすれば、社会適応能力が高いなど勉強の弱さを補える。

この学校で進学するには、アルバイトをして社会適応能力を磨くか、勉強に打ち込むか、文化部・運動部で記録を残すか、アルバイトと勉強を両立するかのどれかしかないのだ。
文化部で遊んでいるような奴は一握り(定期的に収入がある、または家が金持ちなど)しかいない。
遠野さんは数少ないその一握りのようだが、本人のやる気から少し気になる。
真剣に打ち込もうとしているようだが、どんな部活だろうか? 

遠野さんは言う。

「私、本物の幻獣を見付け出さないといけないの。
どうしても解決しないといけない問題があるから……」

(うん、本当に遊びの部活のようだ。金持ちというのは、気軽に生きていけて良いね!)

声が出そうになったが、彼女と仲の良い関係を続けて行きたいと思ったので止めた。
言葉とは、人を励ますこともできれば、トドメを刺す一言も放つのだ。
自分は冗談のつもりでも、相手にとっては致命傷になりかねない危険がある。
人を傷つけるようなギャグは、夫婦間でもしてはいけないのだ。

「そうなんだ。オレは仕事に頼らないと進学できないから、一緒の部活は無理そうだね!」

「そんな事ないよ! 
いろいろ進学できるような制度はあるから、努力次第ではうまくいくよ! 
お姉さんも個々の生徒の努力を見て判断するって言っていたし……」

オレは疑問に思う。この子はなんでそんな事を言うのかと……。そして、結論が出る。

「遠野さんのお姉さん、学校関係者なの?」

「うん、理事長だよ!」

なんてこった!
学校生活を平穏に送るためのキーパーソンがこんなに近くにいるとは……。
つまり、遠野さんとの関係が拗れれば、学校生活が危ない。
だから、みんな近づき難そうにしていたのか?

オレはもう近付いてしまったから、関係を拗らせない様にしなければならない。
下手な突っ込みやボケはとても危険だ。
ケンカなど以ての外、一気に人生の形勢が決まってしまう。
オレの態度が少し変わると、遠野さんは不安げに言う。

「そんなに考えなくて良いよ。いつも通りにしてよ……」

そんな危険な権力をもった奴に、いつも通りの対応は難しい。
どうしたっておべっかを使ったり、余所余所しくなったりするモノだ。

「まあ、慣れるまで待ってね……」

オレはそう言って会話をやめた。しばらくの沈黙が辺りを襲う。
彼女の両親がモンスターペアレントだった場合、仲良くしているというだけで抹殺対象となるのだ。
彼女が性格の良い子だとしても、絶対に安全とは言い切れない。
彼女の両親から不審な目で見られた場合、学校生活が終わってしまうのだ。
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