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第四章 ハルピュイアと悲劇の少女

第五話 脱出不能の罠!

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 オレは遠野さんがどこにいるかをお姉さんに尋ねる。
お姉さんは、キッチンに来るように手招きをする。
オレは警戒しつつも、キッチンへ向かう。
すると、キッチンの横に鉄の扉があり、そこが開きっ放しになっていた。
どうやら寝室エアコン用の室外機が設置している場所らしい。
キッチンは、まだ調査してなかったから見落としていたようだ。

お姉さんが手振りで言うには、ここに遠野さんがいると言う。
オレは恐る恐る扉の向こうを覗き込むと、確かに遠野さんがいた。
しかし、気を失っているようで、意識が無い。
そして、当たりを見回すと、アザラシのように眠っている鏡野真梨とメアリーがいた。
オレがキッチンに戻ろうとすると、硬い鉄の扉が閉められた。
別荘の内側からカギをかけられ、室外機のある外に閉め出されてしまったようだ。

オレはとりあえず、遠野さん達の安否を確認する。
まだ夕日が出ており、周りが少し明るい。
遠野さんはオレが身体を揺すると、すぐに目を覚ます。
どうやら薬品を嗅がされたらしく、意識がもうろうとしているが、身体は大丈夫のようだ。鏡野真梨とメアリーは、ただ単に眠っているだけだった。
オレがお姉さんに扉を開けるように叫ぶと、若い男性の声が聞こえてくる。

オレは手に持っていた高校の卒業アルバムを開き、さっき見たクラスの写真を捜す。
化粧やら、ネイルアートやらで、女装している事が分からなかったが、近くで見ると何となく分かった。
ちょっと女性っぽい顔をしているが、確かに男だった。
オレは犯人の名前を、扉越しに叫ぶ。

「お前は、羽比名翔矢(はねびなしょうや)だな!
ここに閉じ込めて、鷲野つばめさんを殺したんだな。酷い奴だ!」

「あれは事故だった。
どうせ後から家族が来ると思って置き去りにしたのに、二、三日経った時にはもう死んでいた。
あいつ、嘘付いていたんだ。
俺とは友達だよとか言っていたくせに、俺と一緒にずっと生活しようとしていたんだ。

あいつの方が俺をここに閉じ込めて、私と結婚してくれって迫って来たんだ。
婚姻届も持参して、俺がうんと言うまで出さないとか言うから、仕方なく結婚の約束をしたんだ。
そしたら扉が開いたから、あいつを代わりに閉じ込めてやった。
本当の恐怖を味わえば、あいつも俺を諦めると思ったんだ。
まさか、死んでしまうなんて思わなかった。

一週間くらいして、ここに訪ねて来たらあいつが死んでいて驚いたよ。
でも、俺がこの別荘の合鍵を持っていると知っているのはあいつだけだし、俺との関係が分からなければ見付からないと考えたんだ。
あいつの遺体をここから出して掃除し、あいつの汚れた身体を洗ってやり、服を着替えさせた。
そして、リビングのソファーに寝かせてやった。

後は、俺がいた痕跡をできる限り消して逃げて来たのさ。
警察は、俺の思惑通り病死として処理してくれた。
だが、お前達がここに来た。
面白半分でこの事件を解決しようとしたのか知らないが、遠野とかいう小娘に犯行がばれた時は驚いたよ。

でも、俺の正体までは分からなかったようで、油断していたから背後から薬品を嗅がせて気絶させたんだ。
あんまり効果は無かったようだが、ここへ閉じ込める事は出来た。
小僧も俺の名前まで分かるとは、なかなか恐れ入ったぞ。

しかし、推理ゲームもここまでだ! 
そこから脱出する方法は無い。
鉄の扉だから壊して別荘に入る事は出来ないし、外は切り立った崖だ。
足場も無いし、落ちれば間違いなく死ぬだろう。
衰弱死した頃に、扉を開けてやるよ」

「お姉さんというのも嘘だったのか? 
遠野さんとメールで連絡を取っていたのは誰だ?」

「ああ、ひばりなら俺の彼女になっているぜ。
本当は、ひばりと付き合うために、妹のつばめに近付いたからな。
つばめが死んで、ひばりが傷付いている所を慰めてやったんだ。
君のせいじゃないよ、あれは病気だったんだ、と言ってな! 
妹の死が気になるから、誰かに相談したいと言うから、俺がホームページを作って管理していたんだ。

そして、事件の調査をしたいと言ってきた時には、俺が変装して応対していたのさ。
演劇部で化粧や演技には自信があったからな。
中には、凄腕の探偵とかいうのも応援に来ると言っていた時もあったが、高額の請求をして来たから断ったんだ。
無償で調査して来るようなバカは、お前らだけだったよ。
旅行気分で来た所悪いが、謎を解いてしまった以上、俺の幸せを守るために死んでくれ! 

女子高生達が別荘の鍵を開けて侵入して来て、閉じ込められたって事にしておけば、事故死で片付けられるだろうからな! 
定期的に来る掃除会社の人間も、昨日来たばっかりだから期待しない方が良いぜ。
一週間この辺一帯は、確実に無人になる。
残念だったな……」

「ちょっと待て!」

犯人の羽比名翔矢(はねびなしょうや)は、オレの言葉も聞かずに別荘を飛び出して行った。
ご丁寧にも、合鍵を使い、別荘の鍵をかけて逃げる。
山奥の方から虫の鳴き声が響いていた。
崖下を脱出するには、鳥のように飛べる以外に方法はない。

 オレはとりあえず、遠野さんを介抱した後、鏡野とメアリーを起こす。
全員がスタンガンで気絶されていたようで、外傷は無かった。
二人はしばらく状況が理解できていないようだった。
理解した時には、堰を切ったように騒ぎ出す。

「嘘やん……。ウチら、あんなミイラみたいな死に方するんかい! 嫌や!」

「うおおおお、開けろ! 
ピッチピッチのまま死なせてくれ! 
乳が垂れる姿とか晒したくないよ!」

鏡野とメアリーが暴れるのを見て、オレは逆に冷静になる。
確かに、閉じ込められているが、オレ達がいない事に誰かが疑問を持てば、探しに来てくれるだろう。
オレ達は四人居る。

誰か一人くらい、家族が心配して探してくれるはずだ。
二、三日程度なら、死なずに助かるかもしれない。
多少衰弱はするが、何とか一週間は生き残れるはずだ。
オレはそう思い、彼らの家族の予定を聞く事にする。

「遠野さんの家族は、遠野さんが帰って来ない事で捜したりしてくれるかな? 
今週の予定とかはどう?」

「今週は、ゴールデンウィーク一週間魔法(マジック)の旅ツアー二名様が当たったので、お父さんもお母さんもいません。
お兄ちゃんとお姉ちゃんは、元々帰ってくる予定はありません。
全く力になれなくてすいません」

遠野さんはそう言って謝る。
なんか、聞き覚えのある旅行ツアーだった。
オレは気を取り直して、鏡野真梨に訊く。
顧問の貞先生がいないのは、むしろ好都合だった。

今日、遠野さんと待ち合わせしている場所に行っても、誰もいなければ警察に通報してくれるかもしれない。
そうなれば、最悪数日後に救助が来てくれるはずだ。
オレはそれを期待し、訊いてみる。

「貞先生は、いつ頃くらいに静岡に着く予定なのかな? 
待ち合わせ場所とかはどこ?」

「ああ、貞子ちゃんなら、今日はこれへんと思うで。
ゴールデンウィークに静岡のホテルで合コンやるって言っていたから、彼氏ができたらそのまま合同デートとかするんちゃう。
貞子ちゃん、顔はまあまあやから一週間くらいなら振られる可能性は低いと思うし、助けに来る可能性は低いで……」

鏡野は、暗い声でそう言った。
オレはそう言われ、思わず遠野さんの携帯電話を見る。
オレ達の旅行に来る予定じゃなかったのだろうか? 
オレに急かされ、遠野さんはメールを確認する。

「ごめーん、ちょっと遅れると思います。
午後五時頃には、ホテルに着くと思うので、そこから合流お願いします!」

というメールの後で、こういう返信をして来ていた。

「あれ? 返信間違えた? 
ごめん、ごめん。
今日は予定があるから部活はいけなくなりそう。
まあ、木霊君なら女子を襲う気も無いでしょ。
鏡野さんがいれば、生命にかかわるだろうし……。
三人で民宿でも泊まって楽しんでね。
じゃあ、また学校で!」

オレ達がスーパーに行っていた時に、返信が来ていたようだ。
マナーモードにしていたのが仇となった。
これでは、オレ達の生命に危険が迫りつつあった。
ゴールデンウィークが終わった頃には、オレ達は変わり果てた姿になっている事だろう。
オレは、わらをも掴む思いでメアリーに尋ねる。
誰か心配してくれる人はいるのだろうか?

「駄目だ……。
じじいが僕が居なくなった事に気が付くのは、最短でも一年くらいはかかるだろう。
三年間、中学に行っていない事も知らないだろうからな。
僕も今日初めて知ったし……」

(終わった……)

最悪の状況だった。
オレの妹・水霊(みずち)が家にいるが、DVDを見続けているため、オレが居ない事に気が付くのは、ゴールデンウィーク最終日くらいだろう。
遺体が発見されて初めて異変に気が付くレベルだ。
オレは、最後の賭けに出る事にした。
オレは遠野さんに尋ねる。

「遠野さん、空を飛べる幻獣に変化できないかな? 
このままだと、オレ達が死んでしまうよ……」

遠野さんはオレの言葉を聞き、一瞬ビックっとなる。
何の反応なのだろうか? 
さすがに、空を飛ぶ事は無理なのだろうか? 
それなら、オーガモードに変化して、鏡野真梨と一緒に鉄の扉を破壊するしかない。
しかし、かなり頑丈な扉だから無理かもしれない。
オレがそう考えていると、遠野さんが小さい声で言う。

「できますよ。ただ、条件があります」

「おお、どんな条件なんだ? 難しい事かな」

オレは少し緊張してそう尋ねた。
できそうにない事なら、オレ達の将来が断たれる事になるかもしれない。
遠野さんが小さい声で話すのも気になる。

「条件は難しくありません。
木霊君が、私と今夜一緒にいてくれれば、空飛ぶ幻獣に変化して助けを呼びに行けます。折角の新しい幻獣モードを、魔法陣のアレンジ付きで変身できないのは残念ですけど……」

「オレが今夜一緒にいればいいのか? 
分かった。約束するよ。
緊急だから、幻獣モードの変身は我慢してください。
命にかかわっているから……」

遠野さんが自分の決めたルールを守ることができずがっかりしていると、メアリーが語り掛けて来る。

「幻獣モードの変身か……。
魔法陣は無いけど、僕がアシスタントしてやるよ。
僕は、えるふと幻獣召喚ごっこしていたから、えるふの性格は分かっているよ。
こういう変身の工程は無駄なように見えるけど、本人のやる気を出すのに重要なんだ。

幻獣になったと思い込む事により、経験があまりないような状況でも脳内でイメージされるからな。
本来は空を飛ぶという恐れを抱くような行為も、シュミレーションする事により克服する事が容易になる。
まあ、心理学の分野になるのだがね」

「ありがとう、メアリーちゃん。じゃあ、アシスタントお願いね!」

メアリーは、遠野さんの携帯電話を握りしめ、セリフを唱え始めた。
それに合わせ、遠野さんの携帯電話も音を出す。

「我が盟約により、ここに幻獣を召喚する。
大空を飛び交うハーピーよ、ここに現れ、悪しき者に戒めを与えよ! 
盟約召喚・ハーピーモード!」

メアリーは、遠野さんの髪型をサイドアップのお団子ヘアにする。
すると、遠野さんの髪と眼の色が緑色に変わり、腕が翼の形に変化をした。
どうやら、オーガモードの強化版の様で、翼を支える強靭な筋力が付け加えられている。
空を飛ぶには、バランスが必要だが、翼もしっかりしていなければならない。
力強い翼は、一振りで周囲の塵を吹き飛ばすほどの威力を誇っていた。
遠野さんは、ハーピーモードを理解しているようで制限を語る。

「このハーピーモードは、人間を一人運ぶ事ができますが、全員を一気に運ぶ事は出来ません。
それに、今の私の筋力では一人を運ぶのがやっとで、残り二人を運ぶには体力の回復を待たないといけません。
一人運んだ後は、急激に体力が無くなり動く事ができなくなります。
おそらく体力が回復するのに、最短でも一晩は必要だと思います」

遠野さんがハーピーモードになるのをしぶっていたのは、体力の消耗が激しいためだった。確かに、便利な能力かもしれないが、回復するのに一晩かかるのはリスクが高い。
しかし、今はたとえ遠野さんを含め二人しか脱出できなくても、救助を呼びに行くためにハーピーモードになるしかない。
問題なのは、誰を脱出させるかだ。
三人いるが、一人しか脱出する事はできない。

 オレと遠野さん、メアリーは、状況を理解していたが、鏡野真梨だけが分かっていなかった。
その証拠に、遠野さんの幻獣化について初めて疑問を持つ。
まあ、今回の幻獣化は、エルフモードやオーガモードと違い、人間じゃないと明らかに分かるから仕方ない。
鏡野はこう訊く。

「遠野さん、どうしたんや? その姿は……」

メアリーが咄嗟に返答する。

「我が盟約により、えるふに飛行能力が与えられたのだ! 
これによって、えるふともう一人が脱出可能になったのだ!」

「マジでか! ちょっと、触らせて!」

鏡野真梨は、遠野さんの翼と化した腕に触る。
空を飛べる事を理解すると、こう提案する。

「ウチが先に脱出するわ! 
そんで犯人を捕まえて、別荘の鍵を取って来るわ。
あいつはまだ遠くに行っていない。
今なら、犯人逮捕もお前らの救出も同時にできるわ!」

鏡野真梨が得意満々にそう言い切った。
犯人逮捕なんて、本当はかなり危険が伴うはずだが、自信満々の鏡野を見ているとできそうな気がして来る。
まあ、犯人に逃げたとしても、オレ達の中では一番走るのが速い。

オレに選択の余地は無かった。
遠野さんは、鏡野真梨を連れて、大空を飛んで行った。
オレとメアリーは、飛んで行く友人達を見送った後、沈んでいく夕日をしばらく眺めていた。
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