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第四章 ハルピュイアと悲劇の少女
第十三話 ケーキに込めた想い
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オレと遠野さんは仲直りし、一緒に登下校するようになった。
部活は情報が集まっていないらしく休止状態だが、バイトは人手が足りないため、すぐに再開する事になる。
遠野さんのケーキ修行もある程度終了し、自分のケーキを開発する段階になっていた。
バイト先の喫茶店『ドライアド』のプロモーションメニューが続々と追加していく。
売り上げも上々の様だ。
そして、ついに遠野さんとお祖母さんの決戦となる。
審査員はオレのみ、何事も問題なければ、遠野えるふの圧勝で勝てるはずだ。
決戦会場は、遠野さんの家だ。
敷地内は広く、多くの人が入っても問題は無い。
本来ならば、オレと黒沢さん、水霊(みずち)くらいが見守る予定だったのだが、学校の生徒も多く来ていた。
まあ、プロモーションもしたし、遠野さんの新しい友達も多く来ている。
しかし、テレビ局まで来るのは予定外だった。
犬神今日子が社長をしているテレビプロダクションの影響力だろう。
しかし、そこまでの状況を予想していた人物が一人いた。
遠野さんのお母さんは、オレと遠野さんに近付きこう言う。
「ふふふ、えるふちゃん。
彼氏の木霊君を審査員にしたから、あなたに勝負を勝たせてあげる気なんだ、とでも思いましたか?
甘い考えですよ。
むしろ、あなたの敗北の一文字を存分に味わってもらうために、いろいろ準備しておいたのです。
私とあなたの力の差は歴然!
いくら一ヶ月猛特訓をしたとしても、覆す事の出来ない圧倒的な力の差があるのです。
そこの木霊君でもそれが分かるでしょう。
この聴衆の中で、明らかな審査違反はできないはずです。
正々堂々と戦い、母親の強さを噛み締めなさい!
さあ、愛する彼氏から敗北という素晴らしい審査をプレゼントしてもらいなさい!」
何だ、このドSなお母さんは……。
この人は、自分が負けるなんて微塵も考えていない。
遠野さんを完全敗北させる気満々だった。
彼氏が審査するという好条件を逆に利用し、遠野さんを精神的に攻撃して来たのだ。
オレが明らかな審査違反をした場合、聴衆はオレに怒り出すだろう。
審査は公平にしなければならない。
しかし、その場合、遠野さんに勝ち目は無い。
対戦相手の冷菓さんは、恐るべきラスボス感を誇る強敵だった。
遠野さんは、どうする気なのだろうか?
二時間ほどして、遠野さんと冷菓さんの作品が完成した。
普通のケーキ対決だが、どちらも似たようなケーキを作り出したようだ。
遠野さんの作品は、いちごのショートケーキ。
冷菓さんの作品は、桃と蜜柑のフルーツケーキ。
どちらもスポンジを使ったケーキだ。
スポンジケーキを焼き、それを二つに分ける。
その間にフルーツを挟み、生クリームでデコレーションした物だ。
勝負の決め手は、スポンジケーキの出来次第で決まる。
冷菓さんは、勝利の笑みを浮かべながら、遠野さんに尋ねる。
「まさか、同じスポンジケーキを使ったショートケーキとは思いませんでしたよ。
たとえ木霊とかいう小僧が、味覚異常だったとしてもケーキの違いは分かるはず……。
比較的簡単なババロア系なら、まだ実力差は分からなかったはずなのに、どうしていちごのショートケーキにしたのですか?
まさか、私とガチの勝負がしたかったとでも言うのですか?
生意気よ、えるふちゃん!」
オレは、冷菓さんに相当嫌われているようだ。
まあ、冷菓さんと黒沢さんの真剣勝負で、黒沢さんの方を美味しいと言ったのが原因だろう。
遠野さんはゆっくりと考えながら言う。
「いえ、私の実力では、どんなケーキでもお母ちゃんには勝てないでしょう。
勝負の勝ち負けは捨てて、木霊君に私の想いを伝えたかったのです!
一ヶ月前の私には無くて、一ヶ月間ずっと木霊君を想っていたからこそできたいちごのショートケーキです。
このケーキには、夢をあきらめた木霊君に対しての想いが籠っています。
どうそ、お召し上がりください!」
冷菓さんはそれを聞き、自分のピンチを悟った。
彼氏のオレを審査員にした事が仇になったのだ。
小声で状況を判断しているようだ。
「くっ、予想外だわ……。
まさか、こんな手があったとは……。
これでは、木霊の回答次第によっては、えるふちゃんに負けてしまうかもしれない」
オレの座っているテーブルに、二人の作品が並べられて来た。
見た目だけなら、どっちが美味しいかは分からない。
オレは先に遠野さんのケーキを食べてみる。
思えば、これがゴールデンウィーク後から一カ月して、遠野さんの目の前で食べるケーキだった。
一流プロのケーキとは違い、技術が未熟ではあるが、ゴールデンウィークの時に食べたケーキとは段違いの美味さだった。
遠野さんの想いが詰まっている気がした。
しかし、どんな想いを込めたのかは、オレには分からない。
改めて、遠野さんにどんな想いを込めたのか訊いてみた。
「オレのために作ったいちごのショートケーキらしいけど、オレにはまだ遠野さんの想いが分からない。
遠野さんから直接教えてもらえないかな?」
遠野さんは飛切りの笑顔で答えてくれる。
この笑顔とエプロン姿を見ていると、まるで新妻を見ているようだった。
オレはその情景を想像し、少し照れる。
「はい! 木霊君の夢がまだ潰えていないので、分からなくても無理はありません。
しかし、私は悪い事ですが、木霊君が夢を諦めたと思っていました。
木霊君を励ますために、私が美味しいケーキを焼く事によって、木霊君にも新しい未知の可能性がある事を知って欲しくて頑張って焼きました。
一ヶ月でここまで進歩したのです。
木霊君も頑張れば、まだまだ他の才能が開花する可能性があるのです。
でも、その想いも無駄になってしまいましたね。
私にも嬉しい誤算です!」
オレは立ち上がり、遠野さんに感謝する。
それほどまでに嬉しかったのだ。
「いや、無駄にはなっていないよ!
オレの夢は変わっていないけど、考え方を新しくするという点では同じだ!
新しい技術や知識を身に付けるという事では、オレも遠野さんに負けないように努力したいと思ったよ!」
遠野さんは、オレの言葉を聞き、涙を浮かべて喜んでいた。
「私の想いは、無駄ではなく、ちゃんと木霊君に伝わったのですね。
一ヶ月努力し続けて、多くの友達も出来ました。木霊君とも仲直りできた。
この勝負に負けても悔いはありません!」
会場内に、遠野さんを祝福する拍手が沸き起こる。
遠野さんの友人も彼女を応援している声が聞こえて来た。
冷菓さんは、会場内の盛り上がりから敗北を自ら悟ったようだ。
「ちっ、このメンへラ共が……。
これじゃあ、私のケーキがどんだけ美味くても勝ち目がないじゃない。
木霊とかいう小僧にかけた愛情なんて、せいぜい審査員に選んだくらいよ。
それも、えるふちゃんを嵌めるためだったし、勝っても嬉しくないわ……。
仕方ない、相撲に勝って、勝負に負けるしかないわ」
オレが冷菓さんのケーキを食べる前に、冷菓さんが遠野さんに近付いて来る。
そして、手を出して握手を求めて来る。
「負けたわ……、えるふちゃん。
いつの間にか大きくなっていたのね。
愛情の差を盾にされたら、私がどんなケーキを作ろうと、勝負にすらならない。
あなたの勝ちよ!」
遠野さんはその握手に応じる。
会場内は素晴らしい光景で盛り上がっていたが、オレだけが遠野さんの声と表情を見逃さなかった。
「痛い!」
そう言って、遠野さんは顔をしかめていた。
後で、遠野さんの手を見てみると、恐るべき能力で握られていた事が判明した。
遠野さんの手が氷のように冷たくなっていた。
どれだけ負けず嫌いなんだ、冷菓さんは……。
とにかく、遠野さんは勝ち、犬神今日子の用意した特別賞を受け取る。
「はい。『イルカと一緒に泳ぐ事ができる特別招待券付きの水族館チケット』よ。
木霊君と行って来てね♡」
「うわー、ありがとうございます」
遠野さんは笑顔で賞品を受け取った。
冷菓さんは冷酷にこう言う。
「あら、『ホオジロサメと一緒に泳げる特別チケット』の方が良いんじゃないの?」
犬神今日子は笑顔で言う。
「一応、ありますけど……。いる?」
遠野さんがそれを断ると、メアリーと鏡野が欲しがる。
犬神今日子は、不敵な笑顔をして、それをメアリーに渡した。
「うわー、真近でサメを見るなんて、滅多にないよ。
良いもん貰ったわ!」
「特別な檻は用意してないらしいけどね♡」
冷菓さんは、悪役にありがちなセリフを残して去って行く。
もう同い年にしか見えないほどの精神年齢だった。
「今回は負けを認めてあげるけど、次は叩き潰してあげるんだからね!
凍りつくほどの恐怖を、その身に叩き込んであげるわ!
覚悟していなさい、えるふちゃん!」
こうして、遠野さんと冷菓さんの戦いは幕を閉じた。
次の日には部活も再開し、オレと遠野さんは部室に久しぶりに来る。
廊下を歩きながら、今日の出来事を話していた。
「最近休む男子生徒が多いけど、風邪でも流行っているのかな?
遠野さんも気を付けてね」
「うん、ありがとう。
一応、うがいと手洗いはしっかりしているよ。
貞先生に聞いてみたけど、体調不良の原因は良く分かっていないんだって。
軽い下痢とか、腹痛らしいけど」
「ちょっと怖いな。気を付けないと……」
オレが部室のドアを開けると、すでにメアリーが中にいた。
オレ達に気付いていない様で、何かをつぶやいて薬を扱っている。
「この薬を使えば、徐々に木霊を弱らせる事ができる。
味もしないし、気が付かないだろう。
いやー、実験用のモルモットが一杯いて、幻住学校は良い所だ。
長い時間をかけて木霊をやれば、殺人を疑われる事も無い。
僕の良心も痛まない。
さて、木霊達が来る頃だし、そろそろ薬を仕込むとしますか……」
メアリーは、家庭課室から持って来たケーキ切り用のナイフに何かを仕込んでいた。
「メアリー? 何している?」
オレがそう訊くと、メアリーは表情が変わることなくこう言う。
「お前を殺すためにいろいろ仕掛けをしているの。
お前がいなければ、えるふは僕の物だからな……。
あっと、木霊本人か……。
冗談、冗談! 面白かった?」
この日以降、メアリーはことごとくオレの命を狙って来るようになった。
犯罪にならない様に、偶然や病死を装って……。
黒沢アリア(くろさわありあ)
本名 黒沢奏子(くろさわそうこ)
本人が名前を嫌っているため、自分で考えた名前を使用。
母親はイギリス人と日本人とのハーフ。
幻住高校近くのお屋敷に住む令嬢
二十歳の見た目だが、年齢は不詳。
身長 175センチ 体重 58キロ
血液型 B型 B90 W62 H87
誕生日 9月6日
性格 基本ドSの百合だが、母親らしい一面を見せる。
子供を産み事ができない身体のため、主人公を娘のように愛する。
ご主人は死別しており、彼女の母親が使っていない別荘を与えた。
主人公が来た当初は、まだ引っ越しが済んでしばらくしてからだった。
そのため、誰もいない状況になっていた。
料理が得意だが、掃除は苦手。
黒い傘(ブラックアンブレラ)は母親から譲られた物で、世界に十二本ある。
色によって名前が違い、黒い傘は『アロンダイト』という名前。
特別な機能などは無いが、全体が鉄でできているため重く、護身用として用いられる。
身体の鍛練と通常の傘として使用される。
傘自体が重いため、相合傘をした場合は、二人で支え合わないといけない。
そのため、自然と手が触れ合うという機能も持っている。
部活は情報が集まっていないらしく休止状態だが、バイトは人手が足りないため、すぐに再開する事になる。
遠野さんのケーキ修行もある程度終了し、自分のケーキを開発する段階になっていた。
バイト先の喫茶店『ドライアド』のプロモーションメニューが続々と追加していく。
売り上げも上々の様だ。
そして、ついに遠野さんとお祖母さんの決戦となる。
審査員はオレのみ、何事も問題なければ、遠野えるふの圧勝で勝てるはずだ。
決戦会場は、遠野さんの家だ。
敷地内は広く、多くの人が入っても問題は無い。
本来ならば、オレと黒沢さん、水霊(みずち)くらいが見守る予定だったのだが、学校の生徒も多く来ていた。
まあ、プロモーションもしたし、遠野さんの新しい友達も多く来ている。
しかし、テレビ局まで来るのは予定外だった。
犬神今日子が社長をしているテレビプロダクションの影響力だろう。
しかし、そこまでの状況を予想していた人物が一人いた。
遠野さんのお母さんは、オレと遠野さんに近付きこう言う。
「ふふふ、えるふちゃん。
彼氏の木霊君を審査員にしたから、あなたに勝負を勝たせてあげる気なんだ、とでも思いましたか?
甘い考えですよ。
むしろ、あなたの敗北の一文字を存分に味わってもらうために、いろいろ準備しておいたのです。
私とあなたの力の差は歴然!
いくら一ヶ月猛特訓をしたとしても、覆す事の出来ない圧倒的な力の差があるのです。
そこの木霊君でもそれが分かるでしょう。
この聴衆の中で、明らかな審査違反はできないはずです。
正々堂々と戦い、母親の強さを噛み締めなさい!
さあ、愛する彼氏から敗北という素晴らしい審査をプレゼントしてもらいなさい!」
何だ、このドSなお母さんは……。
この人は、自分が負けるなんて微塵も考えていない。
遠野さんを完全敗北させる気満々だった。
彼氏が審査するという好条件を逆に利用し、遠野さんを精神的に攻撃して来たのだ。
オレが明らかな審査違反をした場合、聴衆はオレに怒り出すだろう。
審査は公平にしなければならない。
しかし、その場合、遠野さんに勝ち目は無い。
対戦相手の冷菓さんは、恐るべきラスボス感を誇る強敵だった。
遠野さんは、どうする気なのだろうか?
二時間ほどして、遠野さんと冷菓さんの作品が完成した。
普通のケーキ対決だが、どちらも似たようなケーキを作り出したようだ。
遠野さんの作品は、いちごのショートケーキ。
冷菓さんの作品は、桃と蜜柑のフルーツケーキ。
どちらもスポンジを使ったケーキだ。
スポンジケーキを焼き、それを二つに分ける。
その間にフルーツを挟み、生クリームでデコレーションした物だ。
勝負の決め手は、スポンジケーキの出来次第で決まる。
冷菓さんは、勝利の笑みを浮かべながら、遠野さんに尋ねる。
「まさか、同じスポンジケーキを使ったショートケーキとは思いませんでしたよ。
たとえ木霊とかいう小僧が、味覚異常だったとしてもケーキの違いは分かるはず……。
比較的簡単なババロア系なら、まだ実力差は分からなかったはずなのに、どうしていちごのショートケーキにしたのですか?
まさか、私とガチの勝負がしたかったとでも言うのですか?
生意気よ、えるふちゃん!」
オレは、冷菓さんに相当嫌われているようだ。
まあ、冷菓さんと黒沢さんの真剣勝負で、黒沢さんの方を美味しいと言ったのが原因だろう。
遠野さんはゆっくりと考えながら言う。
「いえ、私の実力では、どんなケーキでもお母ちゃんには勝てないでしょう。
勝負の勝ち負けは捨てて、木霊君に私の想いを伝えたかったのです!
一ヶ月前の私には無くて、一ヶ月間ずっと木霊君を想っていたからこそできたいちごのショートケーキです。
このケーキには、夢をあきらめた木霊君に対しての想いが籠っています。
どうそ、お召し上がりください!」
冷菓さんはそれを聞き、自分のピンチを悟った。
彼氏のオレを審査員にした事が仇になったのだ。
小声で状況を判断しているようだ。
「くっ、予想外だわ……。
まさか、こんな手があったとは……。
これでは、木霊の回答次第によっては、えるふちゃんに負けてしまうかもしれない」
オレの座っているテーブルに、二人の作品が並べられて来た。
見た目だけなら、どっちが美味しいかは分からない。
オレは先に遠野さんのケーキを食べてみる。
思えば、これがゴールデンウィーク後から一カ月して、遠野さんの目の前で食べるケーキだった。
一流プロのケーキとは違い、技術が未熟ではあるが、ゴールデンウィークの時に食べたケーキとは段違いの美味さだった。
遠野さんの想いが詰まっている気がした。
しかし、どんな想いを込めたのかは、オレには分からない。
改めて、遠野さんにどんな想いを込めたのか訊いてみた。
「オレのために作ったいちごのショートケーキらしいけど、オレにはまだ遠野さんの想いが分からない。
遠野さんから直接教えてもらえないかな?」
遠野さんは飛切りの笑顔で答えてくれる。
この笑顔とエプロン姿を見ていると、まるで新妻を見ているようだった。
オレはその情景を想像し、少し照れる。
「はい! 木霊君の夢がまだ潰えていないので、分からなくても無理はありません。
しかし、私は悪い事ですが、木霊君が夢を諦めたと思っていました。
木霊君を励ますために、私が美味しいケーキを焼く事によって、木霊君にも新しい未知の可能性がある事を知って欲しくて頑張って焼きました。
一ヶ月でここまで進歩したのです。
木霊君も頑張れば、まだまだ他の才能が開花する可能性があるのです。
でも、その想いも無駄になってしまいましたね。
私にも嬉しい誤算です!」
オレは立ち上がり、遠野さんに感謝する。
それほどまでに嬉しかったのだ。
「いや、無駄にはなっていないよ!
オレの夢は変わっていないけど、考え方を新しくするという点では同じだ!
新しい技術や知識を身に付けるという事では、オレも遠野さんに負けないように努力したいと思ったよ!」
遠野さんは、オレの言葉を聞き、涙を浮かべて喜んでいた。
「私の想いは、無駄ではなく、ちゃんと木霊君に伝わったのですね。
一ヶ月努力し続けて、多くの友達も出来ました。木霊君とも仲直りできた。
この勝負に負けても悔いはありません!」
会場内に、遠野さんを祝福する拍手が沸き起こる。
遠野さんの友人も彼女を応援している声が聞こえて来た。
冷菓さんは、会場内の盛り上がりから敗北を自ら悟ったようだ。
「ちっ、このメンへラ共が……。
これじゃあ、私のケーキがどんだけ美味くても勝ち目がないじゃない。
木霊とかいう小僧にかけた愛情なんて、せいぜい審査員に選んだくらいよ。
それも、えるふちゃんを嵌めるためだったし、勝っても嬉しくないわ……。
仕方ない、相撲に勝って、勝負に負けるしかないわ」
オレが冷菓さんのケーキを食べる前に、冷菓さんが遠野さんに近付いて来る。
そして、手を出して握手を求めて来る。
「負けたわ……、えるふちゃん。
いつの間にか大きくなっていたのね。
愛情の差を盾にされたら、私がどんなケーキを作ろうと、勝負にすらならない。
あなたの勝ちよ!」
遠野さんはその握手に応じる。
会場内は素晴らしい光景で盛り上がっていたが、オレだけが遠野さんの声と表情を見逃さなかった。
「痛い!」
そう言って、遠野さんは顔をしかめていた。
後で、遠野さんの手を見てみると、恐るべき能力で握られていた事が判明した。
遠野さんの手が氷のように冷たくなっていた。
どれだけ負けず嫌いなんだ、冷菓さんは……。
とにかく、遠野さんは勝ち、犬神今日子の用意した特別賞を受け取る。
「はい。『イルカと一緒に泳ぐ事ができる特別招待券付きの水族館チケット』よ。
木霊君と行って来てね♡」
「うわー、ありがとうございます」
遠野さんは笑顔で賞品を受け取った。
冷菓さんは冷酷にこう言う。
「あら、『ホオジロサメと一緒に泳げる特別チケット』の方が良いんじゃないの?」
犬神今日子は笑顔で言う。
「一応、ありますけど……。いる?」
遠野さんがそれを断ると、メアリーと鏡野が欲しがる。
犬神今日子は、不敵な笑顔をして、それをメアリーに渡した。
「うわー、真近でサメを見るなんて、滅多にないよ。
良いもん貰ったわ!」
「特別な檻は用意してないらしいけどね♡」
冷菓さんは、悪役にありがちなセリフを残して去って行く。
もう同い年にしか見えないほどの精神年齢だった。
「今回は負けを認めてあげるけど、次は叩き潰してあげるんだからね!
凍りつくほどの恐怖を、その身に叩き込んであげるわ!
覚悟していなさい、えるふちゃん!」
こうして、遠野さんと冷菓さんの戦いは幕を閉じた。
次の日には部活も再開し、オレと遠野さんは部室に久しぶりに来る。
廊下を歩きながら、今日の出来事を話していた。
「最近休む男子生徒が多いけど、風邪でも流行っているのかな?
遠野さんも気を付けてね」
「うん、ありがとう。
一応、うがいと手洗いはしっかりしているよ。
貞先生に聞いてみたけど、体調不良の原因は良く分かっていないんだって。
軽い下痢とか、腹痛らしいけど」
「ちょっと怖いな。気を付けないと……」
オレが部室のドアを開けると、すでにメアリーが中にいた。
オレ達に気付いていない様で、何かをつぶやいて薬を扱っている。
「この薬を使えば、徐々に木霊を弱らせる事ができる。
味もしないし、気が付かないだろう。
いやー、実験用のモルモットが一杯いて、幻住学校は良い所だ。
長い時間をかけて木霊をやれば、殺人を疑われる事も無い。
僕の良心も痛まない。
さて、木霊達が来る頃だし、そろそろ薬を仕込むとしますか……」
メアリーは、家庭課室から持って来たケーキ切り用のナイフに何かを仕込んでいた。
「メアリー? 何している?」
オレがそう訊くと、メアリーは表情が変わることなくこう言う。
「お前を殺すためにいろいろ仕掛けをしているの。
お前がいなければ、えるふは僕の物だからな……。
あっと、木霊本人か……。
冗談、冗談! 面白かった?」
この日以降、メアリーはことごとくオレの命を狙って来るようになった。
犯罪にならない様に、偶然や病死を装って……。
黒沢アリア(くろさわありあ)
本名 黒沢奏子(くろさわそうこ)
本人が名前を嫌っているため、自分で考えた名前を使用。
母親はイギリス人と日本人とのハーフ。
幻住高校近くのお屋敷に住む令嬢
二十歳の見た目だが、年齢は不詳。
身長 175センチ 体重 58キロ
血液型 B型 B90 W62 H87
誕生日 9月6日
性格 基本ドSの百合だが、母親らしい一面を見せる。
子供を産み事ができない身体のため、主人公を娘のように愛する。
ご主人は死別しており、彼女の母親が使っていない別荘を与えた。
主人公が来た当初は、まだ引っ越しが済んでしばらくしてからだった。
そのため、誰もいない状況になっていた。
料理が得意だが、掃除は苦手。
黒い傘(ブラックアンブレラ)は母親から譲られた物で、世界に十二本ある。
色によって名前が違い、黒い傘は『アロンダイト』という名前。
特別な機能などは無いが、全体が鉄でできているため重く、護身用として用いられる。
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