31 / 101
情報集めは調査の基本
しおりを挟む
村の高台に、数戸の家がまとまってあった。少し下れば河があって、そこからの水を田んぼに引き込んでいる。
弥助《やすけ》たち三人が家に入っていくと、お帰り、と明るい声がした。弥助の妻と娘だろうと思われる女性たちが、大量の野菜を包丁で刻んでいる。
最奥には、生きているのか疑わしいくらい動かない爺さんが一人座っていた。こっちは弥助の父と推察される。全ての水分が抜け出たような、細い老人だった。
「早かったねえ。まだお菜の準備が済んでないよ」
「天気が良かったんで、早く芝刈りと草抜きが終わったんだ」
「だったらその辺で草鞋でも編んでておくれよ、かさばるったらない。……おや、その方は?」
会ったことのない男を認めて、奥方は眉間に皺を寄せた。
「旅の方らしい。一晩うちに泊まっていかれる」
「あれま。ろくな布団もないけど、それでもよけりゃ休んでいきなされ」
「ありがとうございます」
気安い態度に、愛生はほっと息をついた。
家の壁紙や床板は年月を経てくすんでいたが、その分触れると心地よい感触があった。娘たちが愛生の周りに集まってくるので、高い高いをしてやる。
ついでにフェムトで竹とんぼや毬を作ってやると、想像以上に喜ばれた。宿代がわりに差し上げます、というと、奥方の表情もさらにゆるむ。
「いいのかねえ。その毬なんか、ずいぶん高そうじゃないか」
どうせタダですから、と言いたいのを飲みこんで愛生は笑った。
「お兄さんは行商人か何かかい?」
そこまで考えていなかった愛生はため息をつく。
「もっと遠くに行くはずだったんですが、途中で船が壊れてしまいまして。私ひとり、ここに流れついたんですよ。一緒に商売していた娘もいなくなってしまって、探してはいるんですが……」
奥方は軽く嘆息した。
「それじゃ、どこに行ったかも分からないのかい。その娘さんは。あんたのいい人だったの?」
「……はい。夫婦になる約束をしていました」
愛生が言うと、一瞬、場が静かになった。ややあって、弥助が愛生の表情をうかがいながら口を開く。
「一応、村の連中にも伝えておくよ。その娘さん、あんたと同じような服を着てるのかい? 顔立ちは?」
「それは助かります」
愛生は微笑み返しながら、龍《りゅう》の特徴を伝えた。龍の溢れんばかりの美しさを口頭で伝えるのは難しかったし、なんなら相手が若干引いているような気もしたが、言いたいことは言えたと思う。
「さあさ、煮えましたよ。召し上がってください」
出された椀には、葉野菜がたっぷり入った味噌汁がつがれている。一口すすって、愛生はその温かさに顔をほころばせた。煮た具材に味噌の味がたっぷりとしみこんでいる。
「うまい。奥様は料理上手ですね」
褒め言葉を聞いて、弥助が笑う。この味噌汁はどう考えても愛生の実家の味だから外から持ってきたのだろうが、フェムトでできた彼らにはその認識はない。
「いつもの食事で申し訳ないがね。魚も肉も、ここじゃ滅多に食べないんだ。外の人はよく食べるんだろう?」
「一般的には。ここはかなり暖かいから、立派な野菜が育つでしょう」
日本地図を頭の中に思い浮かべながら、愛生は言った。
「冬はあんまり寒くないから、一年中なにかしら取れる。ありがたいことに、暮らしには困らないよ。その代わり、夏は暑い。幸い雨も多いから、米が枯れるってことはないがね。東にはここらへんの村や町を束ねる領主様の城があって、南にずっと行くと、海がある」
「西に街はあるんですか?」
「あるよ。ただ、東から風と雨が来ると、この街を囲んでる長い河が暴れるもんで、橋をかけても流されちまう。だから、ここは周囲から孤立してるのさ」
「うまくいかないものだ。それじゃ、ものの売り買いはどうするんです?」
「河船に乗って、西街の商人が来るのさ。北の山を越えれば陸地を使って行けないことはないが、寒いし足元は悪いしとば口は少ないしで、今じゃそんなことをする物好きはいないね」
「逆に北から何かがくる可能性はないわけですね」
愛生はなんとなく、四国の南東側を思い浮かべた。おそらく愛生を閉じ込めるために、フェムトたちが意図的に作った地形なのだろう。
「その船はどのくらいの頻度で来るんです?」
「河の水量が多いときは、週に一回ってところかな。今はまだ雨が降って無くて、ほとんど来ないが。その船が、たまに干し魚や薬、塩なんかの調味料を運んでくるよ。ここはそういう特産品が全然ないからね」
あまりに船がなく、そういう者が必要になった時は仕方無く山を越えるのだが、そうならないよう祈っていると息子は言った。
「探し人がいなけりゃ、もう少しして雨が降ってから、西に渡った方がいいんじゃないかね」
西の街は交通の要所であり、良い港があって、もっと大きな船も来るのだと言う。当然、人が集まれば情報も集まる。龍が逗留している可能性は十分あった。
「どれくらいで雨になるんでしょう?」
「例年通りなら十日以内には降る。天気のことだから、絶対にということはないが……空気が湿ってきてるから、近いはずだ」
ほとんど超能力のような話だが、現地民が言うならそうなのだろう。
弥助《やすけ》たち三人が家に入っていくと、お帰り、と明るい声がした。弥助の妻と娘だろうと思われる女性たちが、大量の野菜を包丁で刻んでいる。
最奥には、生きているのか疑わしいくらい動かない爺さんが一人座っていた。こっちは弥助の父と推察される。全ての水分が抜け出たような、細い老人だった。
「早かったねえ。まだお菜の準備が済んでないよ」
「天気が良かったんで、早く芝刈りと草抜きが終わったんだ」
「だったらその辺で草鞋でも編んでておくれよ、かさばるったらない。……おや、その方は?」
会ったことのない男を認めて、奥方は眉間に皺を寄せた。
「旅の方らしい。一晩うちに泊まっていかれる」
「あれま。ろくな布団もないけど、それでもよけりゃ休んでいきなされ」
「ありがとうございます」
気安い態度に、愛生はほっと息をついた。
家の壁紙や床板は年月を経てくすんでいたが、その分触れると心地よい感触があった。娘たちが愛生の周りに集まってくるので、高い高いをしてやる。
ついでにフェムトで竹とんぼや毬を作ってやると、想像以上に喜ばれた。宿代がわりに差し上げます、というと、奥方の表情もさらにゆるむ。
「いいのかねえ。その毬なんか、ずいぶん高そうじゃないか」
どうせタダですから、と言いたいのを飲みこんで愛生は笑った。
「お兄さんは行商人か何かかい?」
そこまで考えていなかった愛生はため息をつく。
「もっと遠くに行くはずだったんですが、途中で船が壊れてしまいまして。私ひとり、ここに流れついたんですよ。一緒に商売していた娘もいなくなってしまって、探してはいるんですが……」
奥方は軽く嘆息した。
「それじゃ、どこに行ったかも分からないのかい。その娘さんは。あんたのいい人だったの?」
「……はい。夫婦になる約束をしていました」
愛生が言うと、一瞬、場が静かになった。ややあって、弥助が愛生の表情をうかがいながら口を開く。
「一応、村の連中にも伝えておくよ。その娘さん、あんたと同じような服を着てるのかい? 顔立ちは?」
「それは助かります」
愛生は微笑み返しながら、龍《りゅう》の特徴を伝えた。龍の溢れんばかりの美しさを口頭で伝えるのは難しかったし、なんなら相手が若干引いているような気もしたが、言いたいことは言えたと思う。
「さあさ、煮えましたよ。召し上がってください」
出された椀には、葉野菜がたっぷり入った味噌汁がつがれている。一口すすって、愛生はその温かさに顔をほころばせた。煮た具材に味噌の味がたっぷりとしみこんでいる。
「うまい。奥様は料理上手ですね」
褒め言葉を聞いて、弥助が笑う。この味噌汁はどう考えても愛生の実家の味だから外から持ってきたのだろうが、フェムトでできた彼らにはその認識はない。
「いつもの食事で申し訳ないがね。魚も肉も、ここじゃ滅多に食べないんだ。外の人はよく食べるんだろう?」
「一般的には。ここはかなり暖かいから、立派な野菜が育つでしょう」
日本地図を頭の中に思い浮かべながら、愛生は言った。
「冬はあんまり寒くないから、一年中なにかしら取れる。ありがたいことに、暮らしには困らないよ。その代わり、夏は暑い。幸い雨も多いから、米が枯れるってことはないがね。東にはここらへんの村や町を束ねる領主様の城があって、南にずっと行くと、海がある」
「西に街はあるんですか?」
「あるよ。ただ、東から風と雨が来ると、この街を囲んでる長い河が暴れるもんで、橋をかけても流されちまう。だから、ここは周囲から孤立してるのさ」
「うまくいかないものだ。それじゃ、ものの売り買いはどうするんです?」
「河船に乗って、西街の商人が来るのさ。北の山を越えれば陸地を使って行けないことはないが、寒いし足元は悪いしとば口は少ないしで、今じゃそんなことをする物好きはいないね」
「逆に北から何かがくる可能性はないわけですね」
愛生はなんとなく、四国の南東側を思い浮かべた。おそらく愛生を閉じ込めるために、フェムトたちが意図的に作った地形なのだろう。
「その船はどのくらいの頻度で来るんです?」
「河の水量が多いときは、週に一回ってところかな。今はまだ雨が降って無くて、ほとんど来ないが。その船が、たまに干し魚や薬、塩なんかの調味料を運んでくるよ。ここはそういう特産品が全然ないからね」
あまりに船がなく、そういう者が必要になった時は仕方無く山を越えるのだが、そうならないよう祈っていると息子は言った。
「探し人がいなけりゃ、もう少しして雨が降ってから、西に渡った方がいいんじゃないかね」
西の街は交通の要所であり、良い港があって、もっと大きな船も来るのだと言う。当然、人が集まれば情報も集まる。龍が逗留している可能性は十分あった。
「どれくらいで雨になるんでしょう?」
「例年通りなら十日以内には降る。天気のことだから、絶対にということはないが……空気が湿ってきてるから、近いはずだ」
ほとんど超能力のような話だが、現地民が言うならそうなのだろう。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる