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忘れられた一族
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「……外の、人間か?」
その中のひとり、老人だけが、口を開いた。彼は八十を超えているように見えたが、それでも龍《りゅう》に向けられる視線には力があった。彼が長なのだろう。
龍は敵ではない、という証明に空手を振ってみせた。それでも、ぼろぼろの薄布をまとった大人たちの表情は複雑だった。
「なぜ、ここまで。この子たちとどういう関係なんだ」
長がサレンとスルニに聞く。
「この人は呪いが効かないんだって。その証拠に、ちゃんと入り口までは、一人で来たのよ」
「途中からも、私たちを見失わなかったし」
「馬鹿な」
長はそれを聞いて仰天した。そして長く嘆息した後、龍を見上げる。
「あんたはここに何を望む」
「……何があったか、あなた方は誰なのか、知りたいのです。それに、ひとり人を探していまして」
「そんなことか」
狼狽していた長は、少し肩を落とした。
「しょせん我らには抵抗する術がないでな。望むなら来るがいい」
その口調はうんざりした様子だった。何かを望んでいたのに、それが叶わなかったような仕草だ。
龍がそのことについて聞く前に、長は洞窟のさらに奥を指さした。
奥に進んでも、不思議な青い炎がともっていて足元が見える。空が見えない閉塞感はあったが、転ばずに進むことができるのはありがたい。
道半ばには、大きな氷の板がある。白く輝く滑らかなその板には飾り紋と、神話の物語のような、隻眼の男女の絵が描かれていた。繊細かつ正確な筆致は、とても飢えた者が作ったとは思えなかった。
長が振り返る。しばらく龍の様子を見守った後、彼は口を開いた。
「我ら一族の始祖、リリと名を馳せた邪竜との戦いを描いたものだ。我々はこれを、文明の残り香とも呼ぶ」
「残り香?」
「我々では、とてもこれ以上の物など作り出せない。崇拝する祖先の神話は、ここでひっそりと息づくのみ」
龍は失礼だとわかっていたが、うなずかざるを得なかった。この周囲は荒れ地や瓦礫の山のみで、文明の色が見られるのはその壁画のみだった。壊れていくものを修理する材料も気力もないのだろう。
「こっちだ」
龍は周囲を見渡す。ここは集会室のようで、美しく彫られた氷の彫像が見下ろす下に、岩を削って作った円卓があった。だいぶ年月を重ねた岩は、角が丸くなっていた。
人数が少ないので、洞窟ががらんとして随分広く感じる。ある一角をさされて、龍はうなずく。膝をついて座り、集まってきて遠巻きに腰を下ろす大人たちの顔を改めて観た。一応、客人扱いはされている。
聞きたいことがありすぎて、龍はどう切り出そうか一瞬迷った。それを見て、長が周りに座っていた大人たちと視線を交わし合う。大人が手を貸しに、前に進み出た。
長は関節炎でも患っているのか、座るときにひどく億劫そうだった。
「あんた、どこの出だ」
「私は外国から来ました」
「……そのようだな。少なくとも私は、そういう顔つきの人間を見たことがない」
龍は長を見返した。
「なら、知らぬのも無理はないか。凡庸な歴史だが、語ってみるか」
そう言って長は話し始めた。
遥か昔、この土地に魔物が住み着いた。火を多用する敵に、人間はあまりにもあっけなく蹴散らされた。
「……相手は、全てを焼き尽くすといわれるドラゴンだったからな」
戦線を開くと、あっという間にドラゴンは跳躍し、空からの攻撃を開始した。長をはじめとする主力以外は焼き殺され、無惨な骸と化した。しかしそれでも、なすすべがなかったわけではない。
「わしらの祖先は勇敢に戦った。親も子も、一族総出で戦った。そのおかげで、戦は大量の死者を出しつつも、なんとか勝利に終わったのだ」
「あの墓は、まさかその時の……」
「そうだ。あれだけのわずかな土地だが、供養のために残してある。骨すら拾えず、遺品が埋まっているだけだがな。もう全て土に還ったろうが、それでも魂のためになるだろう」
龍は絶句した。神妙な顔で姉妹が手を合わせていた理由が、ようやく理解できた。遠い先祖のことであっても、塗炭の苦しみをなめた一族への祈りは、欠かしていないのだろう。その敬愛の気持ちは立派なものだった。
「それなのにこんな辺境に追いやられ、食うや食わずの生活をしておられるのは、一体どういう……」
長は龍を見上げて、ため息をついた。
「一難去ると、王は我らを遠巻きにし始めた。余計な敵を抱え込んだ、と思ったのかもしれん。権力者は安心するということを知らんとみえる」
龍はうつむいた。最近は人間の醜さを思い知らされることが多かったが、ここでもまたそうだ。つくづく嫌になってくる。
「嫌でもその敵意は分かった。だから我々の一族は、国を出たのだ」
寂しそうなその言葉と表情に、龍は引き込まれた。
「しかし、故郷と同じようにはいかぬ。大した交流もなく、祖国からは敵視された一族、誰も助けてなどくれぬ。数万いた同胞もわずか二千まで減った……昔の栄華は、見る影もなし。廃墟を凍らせた隠れ家に、今や見張りをたてる余裕すらない。死した我らがここに埋められたら、徐々に歴史すらも消えるであろう」
長の語りはそこまでだった。
その中のひとり、老人だけが、口を開いた。彼は八十を超えているように見えたが、それでも龍《りゅう》に向けられる視線には力があった。彼が長なのだろう。
龍は敵ではない、という証明に空手を振ってみせた。それでも、ぼろぼろの薄布をまとった大人たちの表情は複雑だった。
「なぜ、ここまで。この子たちとどういう関係なんだ」
長がサレンとスルニに聞く。
「この人は呪いが効かないんだって。その証拠に、ちゃんと入り口までは、一人で来たのよ」
「途中からも、私たちを見失わなかったし」
「馬鹿な」
長はそれを聞いて仰天した。そして長く嘆息した後、龍を見上げる。
「あんたはここに何を望む」
「……何があったか、あなた方は誰なのか、知りたいのです。それに、ひとり人を探していまして」
「そんなことか」
狼狽していた長は、少し肩を落とした。
「しょせん我らには抵抗する術がないでな。望むなら来るがいい」
その口調はうんざりした様子だった。何かを望んでいたのに、それが叶わなかったような仕草だ。
龍がそのことについて聞く前に、長は洞窟のさらに奥を指さした。
奥に進んでも、不思議な青い炎がともっていて足元が見える。空が見えない閉塞感はあったが、転ばずに進むことができるのはありがたい。
道半ばには、大きな氷の板がある。白く輝く滑らかなその板には飾り紋と、神話の物語のような、隻眼の男女の絵が描かれていた。繊細かつ正確な筆致は、とても飢えた者が作ったとは思えなかった。
長が振り返る。しばらく龍の様子を見守った後、彼は口を開いた。
「我ら一族の始祖、リリと名を馳せた邪竜との戦いを描いたものだ。我々はこれを、文明の残り香とも呼ぶ」
「残り香?」
「我々では、とてもこれ以上の物など作り出せない。崇拝する祖先の神話は、ここでひっそりと息づくのみ」
龍は失礼だとわかっていたが、うなずかざるを得なかった。この周囲は荒れ地や瓦礫の山のみで、文明の色が見られるのはその壁画のみだった。壊れていくものを修理する材料も気力もないのだろう。
「こっちだ」
龍は周囲を見渡す。ここは集会室のようで、美しく彫られた氷の彫像が見下ろす下に、岩を削って作った円卓があった。だいぶ年月を重ねた岩は、角が丸くなっていた。
人数が少ないので、洞窟ががらんとして随分広く感じる。ある一角をさされて、龍はうなずく。膝をついて座り、集まってきて遠巻きに腰を下ろす大人たちの顔を改めて観た。一応、客人扱いはされている。
聞きたいことがありすぎて、龍はどう切り出そうか一瞬迷った。それを見て、長が周りに座っていた大人たちと視線を交わし合う。大人が手を貸しに、前に進み出た。
長は関節炎でも患っているのか、座るときにひどく億劫そうだった。
「あんた、どこの出だ」
「私は外国から来ました」
「……そのようだな。少なくとも私は、そういう顔つきの人間を見たことがない」
龍は長を見返した。
「なら、知らぬのも無理はないか。凡庸な歴史だが、語ってみるか」
そう言って長は話し始めた。
遥か昔、この土地に魔物が住み着いた。火を多用する敵に、人間はあまりにもあっけなく蹴散らされた。
「……相手は、全てを焼き尽くすといわれるドラゴンだったからな」
戦線を開くと、あっという間にドラゴンは跳躍し、空からの攻撃を開始した。長をはじめとする主力以外は焼き殺され、無惨な骸と化した。しかしそれでも、なすすべがなかったわけではない。
「わしらの祖先は勇敢に戦った。親も子も、一族総出で戦った。そのおかげで、戦は大量の死者を出しつつも、なんとか勝利に終わったのだ」
「あの墓は、まさかその時の……」
「そうだ。あれだけのわずかな土地だが、供養のために残してある。骨すら拾えず、遺品が埋まっているだけだがな。もう全て土に還ったろうが、それでも魂のためになるだろう」
龍は絶句した。神妙な顔で姉妹が手を合わせていた理由が、ようやく理解できた。遠い先祖のことであっても、塗炭の苦しみをなめた一族への祈りは、欠かしていないのだろう。その敬愛の気持ちは立派なものだった。
「それなのにこんな辺境に追いやられ、食うや食わずの生活をしておられるのは、一体どういう……」
長は龍を見上げて、ため息をついた。
「一難去ると、王は我らを遠巻きにし始めた。余計な敵を抱え込んだ、と思ったのかもしれん。権力者は安心するということを知らんとみえる」
龍はうつむいた。最近は人間の醜さを思い知らされることが多かったが、ここでもまたそうだ。つくづく嫌になってくる。
「嫌でもその敵意は分かった。だから我々の一族は、国を出たのだ」
寂しそうなその言葉と表情に、龍は引き込まれた。
「しかし、故郷と同じようにはいかぬ。大した交流もなく、祖国からは敵視された一族、誰も助けてなどくれぬ。数万いた同胞もわずか二千まで減った……昔の栄華は、見る影もなし。廃墟を凍らせた隠れ家に、今や見張りをたてる余裕すらない。死した我らがここに埋められたら、徐々に歴史すらも消えるであろう」
長の語りはそこまでだった。
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