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発見された死体
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「生体反応……」
龍《りゅう》は嫌悪感ではなく、違和感で顔をしかめた。こちらの検死技術でそこまで特定できそうな気はしないが、データとして必要だからマスターが言わせているのだろう。
「なんのために……拷問か?」
「危険な賊が犯人だとしたら、ありえなくはないな」
医師はベルトランに言ってから、龍に向き直った。
「殺害を示すような大量の血痕はありませんでした。文字通り、数十人が目玉だけ残して一気に消えてしまったような感じなんですよ。あそこに、そんなに人がいたようには見えませんでしたが」
「あったんです。小さな里が」
龍は肩を落としながら答えた。もう隠しても意味がないことなので、隠れ里であったことを洗いざらい打ち明ける。ベルトランは顎が外れんばかりに驚いていた。
「まさか……でもそれなら、まだ生存者がいるかも」
思わぬ情報に声をうわずらせる医師を見て、龍は寝覚めが悪い気分になった。
「里の人口はそう多くなさそうでしたから……助かった人はいないかと思います」
再び空気が重くなった中、龍は口を開く。
「他の痕跡──切り落とされた首などは見つからなかったんですか? 命を奪うには、それが一番確実でしょうに」
「どうしてか、その形跡はないんですよ。冷たくなった屍どころか、他の体の一部さえありません。自警団も、ずいぶん探したようですがね」
医者は頭をかいた。
どういうことだ。村人は一人残らず、目玉を残して出ていったというのか。造作も無く抜けるはずはなく痛みも相当なものだろうし、そもそも頼りとなる視覚もない状態でどこへ行こうというのか。
襲撃犯がいて連れ去ったのだとしても、そんなまどろっこしいことをして何になる。見せしめにするなら、一人二人抜けば十分なはずだ。
龍は少し困った。ミステリー好きを自負する愛生が、これまで謎解きの主体となってくれていた。彼が外の世界にいる以上、この謎は自分で解かなくてはならない。
苛立ちながら龍が地面を踏みしめた次の瞬間、部屋の扉が勢いよく開いた。そこから、白衣姿の若い男が転がり込んでくる。
「先生!」
「来客中だ、少しは気にしろ」
医師が男を見返し、首を横に振った。しかし男は続ける。
「それが──早馬で報告がありました。遺体が、一体だけ見つかったようです!」
龍の体が、反射的に震えた。廊下が一瞬、水を打ったように静まりかえる。人々の視線をうけた男が、居心地が悪そうに身をすくめた。
「なぜ最初の捜索で見つからなかった」
「かなり街に近い、見通しの悪い谷底に落ち込んでいまして……現場検証の後、こちらへ運び込む予定です。先生の予定をあけておいてくれ、と言われまして」
ただ、つり上げるにも危険を伴うため、到着は少し遅れるとのことだった。それを聞いた龍はすぐに立ち上がる。
「先生、ありがとうございました。私はそちらの現場へ行ってみます」
ベルトランの反応を見る暇もなく、龍は部屋を飛び出した。歩いていた人々の奇異の視線を受けながら、馬を見つけて飛び乗る。
「虎子《とらこ》、現場へ案内して」
「分かった。でも、お姉ちゃん自身の安全確認も忘れないでね」
それから数十分後。時刻が昼になり太陽が天頂へ昇った頃、草をなぎ倒すようにして細い山道へ駆け込んだ龍を見て、警察と軍は両方とも目を丸くした。
「おい、止まれ!!」
「ベルトラン少尉の許可は受けています。道をあけて」
龍は無理矢理に彼らを押しのけた。
森の中に不意に深い沢があり、その途中にまるで廂のような小さな出っ張りがあるのが見えた。その一つに遺体が乗っている。少し地震が起これば、今にも滑り落ちてしまいそうな危ういバランスだった。出っ張りからはみ出した手が、頼りなく揺れている。
警察が主に現場の保全や死体回収を行い、軍は周辺の捜索をしているようだ。龍は手近な警察官に聞いてみる。
「これからどうするつもりなのですか?」
「とりあえず、一人ロープで降下してみることになった。危険だが、やってみる価値はある」
周りの枯れた木は打ち倒され、岩にしっかりとロープが結びつけてある。沢まで遮る物はなにもなく、障害はないように思えた。まず年配の警官が降下し、現場の様子を何枚か写真に撮る。
「頼むぞ」
「分かりました」
その後、若くて細身の警官が死体を引き上げにかかった。彼はロープを腰に巻き、吹っ切ったように地面から足を話す。そのまま切り立った崖を蹴り、しばらくして出っ張りにさしかかった。彼は二本の腕で、死体を難なく抱え上げた。
「いいぞ、上げてくれ」
無事に崖を上がるに思えたその時、大きな氷が地滑りを起こし、こちらへ向かってきた。氷がロープを支えていた岩に激突し、そのまま沢へ落下する。ロープは今の衝撃で大きく傷つき、切れそうになっていた。ひっかかっていた警官は、つられて下へ引っ張られていく。
「おい、誰かなんとかしてくれ!!」
龍は無力な警官に視線を移すと同時に、ワイヤー弾を発射した。それは警官を巻き取り、一段下の岩棚へと固定する。動きが止まれば、すぐに救援を出すことができた。
龍《りゅう》は嫌悪感ではなく、違和感で顔をしかめた。こちらの検死技術でそこまで特定できそうな気はしないが、データとして必要だからマスターが言わせているのだろう。
「なんのために……拷問か?」
「危険な賊が犯人だとしたら、ありえなくはないな」
医師はベルトランに言ってから、龍に向き直った。
「殺害を示すような大量の血痕はありませんでした。文字通り、数十人が目玉だけ残して一気に消えてしまったような感じなんですよ。あそこに、そんなに人がいたようには見えませんでしたが」
「あったんです。小さな里が」
龍は肩を落としながら答えた。もう隠しても意味がないことなので、隠れ里であったことを洗いざらい打ち明ける。ベルトランは顎が外れんばかりに驚いていた。
「まさか……でもそれなら、まだ生存者がいるかも」
思わぬ情報に声をうわずらせる医師を見て、龍は寝覚めが悪い気分になった。
「里の人口はそう多くなさそうでしたから……助かった人はいないかと思います」
再び空気が重くなった中、龍は口を開く。
「他の痕跡──切り落とされた首などは見つからなかったんですか? 命を奪うには、それが一番確実でしょうに」
「どうしてか、その形跡はないんですよ。冷たくなった屍どころか、他の体の一部さえありません。自警団も、ずいぶん探したようですがね」
医者は頭をかいた。
どういうことだ。村人は一人残らず、目玉を残して出ていったというのか。造作も無く抜けるはずはなく痛みも相当なものだろうし、そもそも頼りとなる視覚もない状態でどこへ行こうというのか。
襲撃犯がいて連れ去ったのだとしても、そんなまどろっこしいことをして何になる。見せしめにするなら、一人二人抜けば十分なはずだ。
龍は少し困った。ミステリー好きを自負する愛生が、これまで謎解きの主体となってくれていた。彼が外の世界にいる以上、この謎は自分で解かなくてはならない。
苛立ちながら龍が地面を踏みしめた次の瞬間、部屋の扉が勢いよく開いた。そこから、白衣姿の若い男が転がり込んでくる。
「先生!」
「来客中だ、少しは気にしろ」
医師が男を見返し、首を横に振った。しかし男は続ける。
「それが──早馬で報告がありました。遺体が、一体だけ見つかったようです!」
龍の体が、反射的に震えた。廊下が一瞬、水を打ったように静まりかえる。人々の視線をうけた男が、居心地が悪そうに身をすくめた。
「なぜ最初の捜索で見つからなかった」
「かなり街に近い、見通しの悪い谷底に落ち込んでいまして……現場検証の後、こちらへ運び込む予定です。先生の予定をあけておいてくれ、と言われまして」
ただ、つり上げるにも危険を伴うため、到着は少し遅れるとのことだった。それを聞いた龍はすぐに立ち上がる。
「先生、ありがとうございました。私はそちらの現場へ行ってみます」
ベルトランの反応を見る暇もなく、龍は部屋を飛び出した。歩いていた人々の奇異の視線を受けながら、馬を見つけて飛び乗る。
「虎子《とらこ》、現場へ案内して」
「分かった。でも、お姉ちゃん自身の安全確認も忘れないでね」
それから数十分後。時刻が昼になり太陽が天頂へ昇った頃、草をなぎ倒すようにして細い山道へ駆け込んだ龍を見て、警察と軍は両方とも目を丸くした。
「おい、止まれ!!」
「ベルトラン少尉の許可は受けています。道をあけて」
龍は無理矢理に彼らを押しのけた。
森の中に不意に深い沢があり、その途中にまるで廂のような小さな出っ張りがあるのが見えた。その一つに遺体が乗っている。少し地震が起これば、今にも滑り落ちてしまいそうな危ういバランスだった。出っ張りからはみ出した手が、頼りなく揺れている。
警察が主に現場の保全や死体回収を行い、軍は周辺の捜索をしているようだ。龍は手近な警察官に聞いてみる。
「これからどうするつもりなのですか?」
「とりあえず、一人ロープで降下してみることになった。危険だが、やってみる価値はある」
周りの枯れた木は打ち倒され、岩にしっかりとロープが結びつけてある。沢まで遮る物はなにもなく、障害はないように思えた。まず年配の警官が降下し、現場の様子を何枚か写真に撮る。
「頼むぞ」
「分かりました」
その後、若くて細身の警官が死体を引き上げにかかった。彼はロープを腰に巻き、吹っ切ったように地面から足を話す。そのまま切り立った崖を蹴り、しばらくして出っ張りにさしかかった。彼は二本の腕で、死体を難なく抱え上げた。
「いいぞ、上げてくれ」
無事に崖を上がるに思えたその時、大きな氷が地滑りを起こし、こちらへ向かってきた。氷がロープを支えていた岩に激突し、そのまま沢へ落下する。ロープは今の衝撃で大きく傷つき、切れそうになっていた。ひっかかっていた警官は、つられて下へ引っ張られていく。
「おい、誰かなんとかしてくれ!!」
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