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もの問う石像
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少女たちは不思議な力を持っていて、近くを歩こうとするものにすぐ気づく。たとえ、注意深く後ろを通り抜けたとしても。
「せいぜい進めて二・三歩。それ以上行けば少女たちの集中砲火にあう」
道具を駆使して捕獲しようとしても焼き払われ、倒すなどもってのほかだったという。
ノアは深いため息をついて前を指さした。
「失敗してみろ、あのだだっ広い場所じゃ、逃げる場所も隠れる場所もない」
「それはそうだが……」
「ほら、あそこに見えるだろう? あの黒いのは、歩き始めてすぐに焼かれた死体の群れだ。冒険者がグループ丸ごと。ああなっちまうとどうしようもなかった、って先に来た連中は言ってた」
愛生《あい》はそれに目をやって、唸った。
「……正直に教えてくれてどうもな。それでさっきの先遣隊が不満そうに帰ってきたわけか」
「いや、完全に空手ってわけじゃない。見つけてきたものがある。それで、お前の知恵を借りたいと思ってな」
ノアはそう言って手招きした。
「あっちに腰を下ろしてる奴がいるだろ」
愛生はノアの手の先を覗く。
荒野の一番手前、愛生の左手側に、大きな石像のような灰色の眷属が座り込んでいる。ちょうど神社の前に立っている狛犬のような格好で、太い首はほとんど肩に埋もれ、足は太く短い。
その獣の胸には、こう刻まれていた。
「仲間外れの少女を探せ」
「広場にいる少女は、必ず一番近い少女だけを見つめる」
「見つけた者、ここを無事に通るべし」
愛生は苦笑した。急に現れてドラゴンを倒せと言うかと思ったら、今度はクイズのまねごとか。
「何考えてるんだ、ゲームマスター……?」
密かにつぶやいた愛生だったが、それに回答はなかった。相変わらず行方の分からないマスターだ。
「これは課題だと思うんだ。謎かけが好きな魔物もいるっていうから、この問いに答えれば、なんとかなるんじゃないかと思ってな」
愛生は考えた。黙っている様子が不安だったのか、ノアが慌て出す。
「どうした。やっぱりここは、俺たちが通っちゃいけない場所なのか……?」
「いや」
愛生たちは決して無力ではない。愛生が想定している内容の問題なら、別にズルをしなくても突破できるだろう。渋面をしているのは、そんな理由ではないのだ。
本当に意味ありげなその言葉を守る気があるのか、それが問題なのだ。
その日は結局、洞窟に帰って寝てしまった。翌日、日が昇ってから、改めて愛生は全員の状態を検分する。ノアが考えすぎてろくに眠っていない様子だったが、他の連中の顔つきはまあまあだった。
「今日はあの眷属をやっつける。進む準備をしよう」
愛生が切り出すと、話し声がぴたっとやんだ。
「大丈夫かよ。あの質問の答えが分かったのか?」
「ああ」
「自信があるのはいいが……こっちに迷惑かけないでくれよ」
他の面子は困っていたが、ノアは愛生の意見を尊重し、とりあえず好きにしろ、と言ってくれた。
一行は最低限の荷物を持って洞窟を出る。愛生が失敗したとき、素早く逃げるためだ。その可能性もあるのだから、愛生は気にせず先に進んだ。
「見えたぞ」
昨日、観察したのと同じ場所に着いた。愛生は石像を見上げ、次いで荒れ果てた土地の少女たちを見た。配置は変わっていない。
「ここで待っててくれ」
男たちを五十メートルくらい後方に残し、愛生は前に進み出る。
「挑戦者は俺だ」
その場が静まりかえる中、石像は愛生に冷たい視線を向け、嘲笑うように低く鳴いた。愛生はそれを承認ととり、正面を見つめたまま弟を呼び出す。
「京《けい》。あそこに立ってる女が何人いるか数えろ」
「一人、二人、三人……あれ、あの子数えたっけ?」
京はそう言ってぽかんとしている。度しがたい。とうとう算数まで不確かになったか。歴代の家庭教師たちがさぞ嘆きそうな惨状だ。
「適当でいい?」
「誰がそんなこと言うか。補助のマーカーとか付箋とか、なんでもいいから使って数えろ!! 数え終わったら俺に位置も教えるんだ」
愛生は深い深いため息をつきながら指示した。
「……全部で十五人。何回も確認したぞ」
情報を整理する。もちろん、京が間違っていた場合に備えて、実物と見比べることも怠らなかった。
ようやく正確なデータを手に入れた愛生は、眷属をまとめる石像を見つめた。依然、それは冷たく、人間たちをゴミのように見下ろしている。
そんな目ができるのも今日限りだ。
愛生はそう思ったが、できるだけ静かな口調できりだし始めた。
「分かったので答えたいんだが」
「よかろう」
「まず仲間はずれの意味だ。少女は必ず、側の誰かを見ている。それは全員共通だ。しかし、一人だけ、誰からも『見られていない』少女が存在する。そいつが仲間はずれだ」
石像はうなずきも否定もしない。愛生はさらに続けた。
「これは細かい間違い探しというより、数学の問題だ。俺の仮説を証明するために、まずここに、仲間はずれの少女なんていないと仮定してみよう」
龍《りゅう》と一緒によく解かされた、数学クイズ。最初は嫌いだったが、それがまさかこんなところで役に立つとは思わなかった。愛生は苦笑する。
「せいぜい進めて二・三歩。それ以上行けば少女たちの集中砲火にあう」
道具を駆使して捕獲しようとしても焼き払われ、倒すなどもってのほかだったという。
ノアは深いため息をついて前を指さした。
「失敗してみろ、あのだだっ広い場所じゃ、逃げる場所も隠れる場所もない」
「それはそうだが……」
「ほら、あそこに見えるだろう? あの黒いのは、歩き始めてすぐに焼かれた死体の群れだ。冒険者がグループ丸ごと。ああなっちまうとどうしようもなかった、って先に来た連中は言ってた」
愛生《あい》はそれに目をやって、唸った。
「……正直に教えてくれてどうもな。それでさっきの先遣隊が不満そうに帰ってきたわけか」
「いや、完全に空手ってわけじゃない。見つけてきたものがある。それで、お前の知恵を借りたいと思ってな」
ノアはそう言って手招きした。
「あっちに腰を下ろしてる奴がいるだろ」
愛生はノアの手の先を覗く。
荒野の一番手前、愛生の左手側に、大きな石像のような灰色の眷属が座り込んでいる。ちょうど神社の前に立っている狛犬のような格好で、太い首はほとんど肩に埋もれ、足は太く短い。
その獣の胸には、こう刻まれていた。
「仲間外れの少女を探せ」
「広場にいる少女は、必ず一番近い少女だけを見つめる」
「見つけた者、ここを無事に通るべし」
愛生は苦笑した。急に現れてドラゴンを倒せと言うかと思ったら、今度はクイズのまねごとか。
「何考えてるんだ、ゲームマスター……?」
密かにつぶやいた愛生だったが、それに回答はなかった。相変わらず行方の分からないマスターだ。
「これは課題だと思うんだ。謎かけが好きな魔物もいるっていうから、この問いに答えれば、なんとかなるんじゃないかと思ってな」
愛生は考えた。黙っている様子が不安だったのか、ノアが慌て出す。
「どうした。やっぱりここは、俺たちが通っちゃいけない場所なのか……?」
「いや」
愛生たちは決して無力ではない。愛生が想定している内容の問題なら、別にズルをしなくても突破できるだろう。渋面をしているのは、そんな理由ではないのだ。
本当に意味ありげなその言葉を守る気があるのか、それが問題なのだ。
その日は結局、洞窟に帰って寝てしまった。翌日、日が昇ってから、改めて愛生は全員の状態を検分する。ノアが考えすぎてろくに眠っていない様子だったが、他の連中の顔つきはまあまあだった。
「今日はあの眷属をやっつける。進む準備をしよう」
愛生が切り出すと、話し声がぴたっとやんだ。
「大丈夫かよ。あの質問の答えが分かったのか?」
「ああ」
「自信があるのはいいが……こっちに迷惑かけないでくれよ」
他の面子は困っていたが、ノアは愛生の意見を尊重し、とりあえず好きにしろ、と言ってくれた。
一行は最低限の荷物を持って洞窟を出る。愛生が失敗したとき、素早く逃げるためだ。その可能性もあるのだから、愛生は気にせず先に進んだ。
「見えたぞ」
昨日、観察したのと同じ場所に着いた。愛生は石像を見上げ、次いで荒れ果てた土地の少女たちを見た。配置は変わっていない。
「ここで待っててくれ」
男たちを五十メートルくらい後方に残し、愛生は前に進み出る。
「挑戦者は俺だ」
その場が静まりかえる中、石像は愛生に冷たい視線を向け、嘲笑うように低く鳴いた。愛生はそれを承認ととり、正面を見つめたまま弟を呼び出す。
「京《けい》。あそこに立ってる女が何人いるか数えろ」
「一人、二人、三人……あれ、あの子数えたっけ?」
京はそう言ってぽかんとしている。度しがたい。とうとう算数まで不確かになったか。歴代の家庭教師たちがさぞ嘆きそうな惨状だ。
「適当でいい?」
「誰がそんなこと言うか。補助のマーカーとか付箋とか、なんでもいいから使って数えろ!! 数え終わったら俺に位置も教えるんだ」
愛生は深い深いため息をつきながら指示した。
「……全部で十五人。何回も確認したぞ」
情報を整理する。もちろん、京が間違っていた場合に備えて、実物と見比べることも怠らなかった。
ようやく正確なデータを手に入れた愛生は、眷属をまとめる石像を見つめた。依然、それは冷たく、人間たちをゴミのように見下ろしている。
そんな目ができるのも今日限りだ。
愛生はそう思ったが、できるだけ静かな口調できりだし始めた。
「分かったので答えたいんだが」
「よかろう」
「まず仲間はずれの意味だ。少女は必ず、側の誰かを見ている。それは全員共通だ。しかし、一人だけ、誰からも『見られていない』少女が存在する。そいつが仲間はずれだ」
石像はうなずきも否定もしない。愛生はさらに続けた。
「これは細かい間違い探しというより、数学の問題だ。俺の仮説を証明するために、まずここに、仲間はずれの少女なんていないと仮定してみよう」
龍《りゅう》と一緒によく解かされた、数学クイズ。最初は嫌いだったが、それがまさかこんなところで役に立つとは思わなかった。愛生は苦笑する。
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