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第2章 押し付けマナーの果てに ~正しさと孤独の分岐点~
第17話 フォークは左、村人は混乱
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収穫祭の夜、農村の広場は人であふれていた。篝火が照らす木の机に焼きたての肉と芋の皿。香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
「いいな……こういう素朴な宴も、また趣がある」
俺は感慨深くうなずいた。だが次の瞬間、村人たちが素手で肉をつかみ、手づかみでかぶりつく光景に、心が凍る。
「ま、待ってください! 皆さん!」
立ち上がった俺に、リディアが嫌な予感に顔をしかめた。
「やめろよ正樹、頼むから今日は黙って食え」
「駄目です。こういう場こそ、正しい作法を学ぶ絶好の機会!」
俺は懐から取り出した——フォークとナイフを掲げた。旅の間、命より大事にしている携行セットだ。
「ナイフは右手、フォークは左手に持ちます!」
「フォー……ク?」村人の一人が首をかしげた。
「肉を押さえて切る! ほら、こうやって!」
俺は見本を見せようとしたが、木の皿に芋を乗せた途端、フォークが沈んだ。刺さらない。
「無理だろ!」リディアが叫ぶ。「器も足りねえんだよ!」
「礼儀は環境に勝つ!」
「勝たねえよ!」
周囲はざわつき、笑い混じりの怒号が飛ぶ。フォーク代わりに枝を使おうとした村人が芋を潰し、汁が飛んで隣の顔に命中。
「うわっ!」「目に入った!」
「だから言っただろ!」リディアが頭を抱えた。
「事故は想定内です。大事なのは挑戦する心です!」
「挑戦ってなんだよ! 祭りだぞこれ!」
だが村人たちは笑い出した。怒っていない。むしろ面白がっている。リディアも呆れながら笑っていた。
そのとき、老人が言った。「お前さん、面白いな。次はどうすりゃいい?」
「乾杯の仕方です!」
リディアが「もういいって!」と突っ込むが、老人は興味津々。「やってみろ」と杯を持ち上げた。
「高く上げすぎず、軽く傾け——」
説明が終わる前に、全員が「おーっ!」と勢いよくぶつけ合う。酒が飛び、笑いが広がる。混乱の渦の中でガレスが「うおーっ!」と叫び、ミラが魔法の火で肉を焦がす。
「火加減にもマナーが!」と言いかけたところで、リディアが首根っこを掴んだ。「お前なぁ、今日は黙れ」
「だが——」
「抜きすぎは品がねえけど、今はその方がいい」
俺は口を閉じた。笑い声と歌が夜空に溶けていく。泥まみれの子どもが転び、老人が抱き上げ、誰も怒らない。リディアが肩で息をして笑った。
「なあ正樹、見てみろよ」
火の明かりの中、村人たちは輪になって踊っていた。靴も脱ぎ、泥だらけだ。
「みんな、楽しそうだろ?」
「……確かに、笑顔は揃ってますね。角度も」
「角度は関係ねえ!」
二人で吹き出す。火の粉が舞い、星が近く見えた。
やがて村長が近づき、俺に杯を差し出す。「あんたのおかげで笑いが増えたよ。変なやり方だが、楽しかった」
「恐縮です」俺は深く一礼した。角度は自然と四十五度。だが誰も文句を言わなかった。
そのとき、小さな手が袖を引いた。昼間、遊んでいた子どもだ。「ねえ先生、これあげる」差し出されたのは削った枝の“なんちゃってフォーク”。不格好だが、温かい。
「ありがとう。よくできてるな」
「お父ちゃんが言ってた。『人の言うことも試してみろ』って」
胸が熱くなる。俺はそれを胸ポケットに挿した。「じゃあ今度は俺の番だ。——歌のマナーを教えよう」
「歌にも?」
「ある。下手でも大きな声で歌うこと、笑ってもいいこと、それが一番のマナーだ」
リディアが苦笑する。「最後、自分の言い訳だろ」
「違います。崩れる小節は仲直りの合図です」
俺は手拍子を刻み、輪の中に混ざった。子どもが真似をし、母親が肩で揺れ、老人が頷く。やがて声が重なり、歌が広がる。下手でも、少しずつ重なる。
歌い終わると、村長が笑って言った。「あんた、いい先生だな。うちの祭りは“手が汚れるほど幸せ”なんだ。忘れるな」
「……いい言葉です」
俺は深く息をつく。「最初に正そうとした。でも、最初に見るべきは“楽しんでる顔”でした」
リディアは短く頷く。「それなら合格だ」
篝火が小さくなり、夜風が頬を撫でた。俺はポケットの枝フォークを指でなぞる。角度も規格も違う、世界に一本のフォーク。
「なあリディア」「ん?」「“礼儀は環境に勝つ”って言ったろ」「ああ」「訂正する。“礼儀は環境に寄り添う”」
言った瞬間、彼女は笑った。火の粉が揺れ、夜空が柔らかく包み込んだ。
歌が再び響く。俺は小さく頭を下げた。今度の礼は、誰に見せるためでもない。隣の笑いを邪魔しないための、静かな礼だった。
「いいな……こういう素朴な宴も、また趣がある」
俺は感慨深くうなずいた。だが次の瞬間、村人たちが素手で肉をつかみ、手づかみでかぶりつく光景に、心が凍る。
「ま、待ってください! 皆さん!」
立ち上がった俺に、リディアが嫌な予感に顔をしかめた。
「やめろよ正樹、頼むから今日は黙って食え」
「駄目です。こういう場こそ、正しい作法を学ぶ絶好の機会!」
俺は懐から取り出した——フォークとナイフを掲げた。旅の間、命より大事にしている携行セットだ。
「ナイフは右手、フォークは左手に持ちます!」
「フォー……ク?」村人の一人が首をかしげた。
「肉を押さえて切る! ほら、こうやって!」
俺は見本を見せようとしたが、木の皿に芋を乗せた途端、フォークが沈んだ。刺さらない。
「無理だろ!」リディアが叫ぶ。「器も足りねえんだよ!」
「礼儀は環境に勝つ!」
「勝たねえよ!」
周囲はざわつき、笑い混じりの怒号が飛ぶ。フォーク代わりに枝を使おうとした村人が芋を潰し、汁が飛んで隣の顔に命中。
「うわっ!」「目に入った!」
「だから言っただろ!」リディアが頭を抱えた。
「事故は想定内です。大事なのは挑戦する心です!」
「挑戦ってなんだよ! 祭りだぞこれ!」
だが村人たちは笑い出した。怒っていない。むしろ面白がっている。リディアも呆れながら笑っていた。
そのとき、老人が言った。「お前さん、面白いな。次はどうすりゃいい?」
「乾杯の仕方です!」
リディアが「もういいって!」と突っ込むが、老人は興味津々。「やってみろ」と杯を持ち上げた。
「高く上げすぎず、軽く傾け——」
説明が終わる前に、全員が「おーっ!」と勢いよくぶつけ合う。酒が飛び、笑いが広がる。混乱の渦の中でガレスが「うおーっ!」と叫び、ミラが魔法の火で肉を焦がす。
「火加減にもマナーが!」と言いかけたところで、リディアが首根っこを掴んだ。「お前なぁ、今日は黙れ」
「だが——」
「抜きすぎは品がねえけど、今はその方がいい」
俺は口を閉じた。笑い声と歌が夜空に溶けていく。泥まみれの子どもが転び、老人が抱き上げ、誰も怒らない。リディアが肩で息をして笑った。
「なあ正樹、見てみろよ」
火の明かりの中、村人たちは輪になって踊っていた。靴も脱ぎ、泥だらけだ。
「みんな、楽しそうだろ?」
「……確かに、笑顔は揃ってますね。角度も」
「角度は関係ねえ!」
二人で吹き出す。火の粉が舞い、星が近く見えた。
やがて村長が近づき、俺に杯を差し出す。「あんたのおかげで笑いが増えたよ。変なやり方だが、楽しかった」
「恐縮です」俺は深く一礼した。角度は自然と四十五度。だが誰も文句を言わなかった。
そのとき、小さな手が袖を引いた。昼間、遊んでいた子どもだ。「ねえ先生、これあげる」差し出されたのは削った枝の“なんちゃってフォーク”。不格好だが、温かい。
「ありがとう。よくできてるな」
「お父ちゃんが言ってた。『人の言うことも試してみろ』って」
胸が熱くなる。俺はそれを胸ポケットに挿した。「じゃあ今度は俺の番だ。——歌のマナーを教えよう」
「歌にも?」
「ある。下手でも大きな声で歌うこと、笑ってもいいこと、それが一番のマナーだ」
リディアが苦笑する。「最後、自分の言い訳だろ」
「違います。崩れる小節は仲直りの合図です」
俺は手拍子を刻み、輪の中に混ざった。子どもが真似をし、母親が肩で揺れ、老人が頷く。やがて声が重なり、歌が広がる。下手でも、少しずつ重なる。
歌い終わると、村長が笑って言った。「あんた、いい先生だな。うちの祭りは“手が汚れるほど幸せ”なんだ。忘れるな」
「……いい言葉です」
俺は深く息をつく。「最初に正そうとした。でも、最初に見るべきは“楽しんでる顔”でした」
リディアは短く頷く。「それなら合格だ」
篝火が小さくなり、夜風が頬を撫でた。俺はポケットの枝フォークを指でなぞる。角度も規格も違う、世界に一本のフォーク。
「なあリディア」「ん?」「“礼儀は環境に勝つ”って言ったろ」「ああ」「訂正する。“礼儀は環境に寄り添う”」
言った瞬間、彼女は笑った。火の粉が揺れ、夜空が柔らかく包み込んだ。
歌が再び響く。俺は小さく頭を下げた。今度の礼は、誰に見せるためでもない。隣の笑いを邪魔しないための、静かな礼だった。
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