光速文芸部Ⅱ~夢のうちに想ひぬ~

きうり

文字の大きさ
5 / 7

第五章

しおりを挟む
   五

「ところで、事実として」
 倉持くんは言う。
「正志さんは、この文章の意味が分かっていない」
「そうね」
「だが少女は、正志さんは木下さんのことを知っているはずだ──と思っている。このすれ違いはなんだ」
 確かにその点は不可解だ。
「忘れているんじゃないかしら」
 思いつきで言ってみた。そもそも夢の中の話なのだから実在するかどうかも怪しいのだが──という考えも一瞬頭をよぎる。
「でも正志さんはまだ十代だわ。知人をこれほど完全に忘れることなんてありうるかしら」
「ないとは言えないが、どうかな……。また木下さんが実在するとすれば、この少女だって本当にいるかも知れない。だが他人の顔について『君とそっくりね』なんて言える親しい間柄だぜ。それなのにこれも完全に忘れてる」
「小学校以前の話かも知れないわ。少女も木下さんも、正志さんの幼少期の知り合いとか」
「そんなに前か。確かにそれなら忘れていても不思議じゃない」
「そもそも夢に出てくるのはそういう幼女だし」
「だが腑に落ちないぞ。木下さんという人は職業集団に属している可能性が高い。だからまあ、何かの店員だと考えてみよう。しかし小学校以前の年齢で、店員の名前を覚えるほど頻繁に通う店なんてあるか」
 ここで私たちは、子供の頃に通っていた店を思いつくままに挙げてみた。だがどうも掴み所がない。
「話を変えましょう。気になっていたんだけど、子供の頃の私たちは大人をどう呼んでいたかしら」
「ん?」
「名前に、さん付けで呼ぶことはあまりないわよね」
「ああそういえば」彼は頷く。「子供は、大人を名前じゃなくて属性で呼ぶな。おじさんおばさん、おじいちゃんおばあちゃん、それに友だちの親は『○○ちゃんのお父さん』とか」
「他にも『花屋さん』とか『お巡りさん』とか」
「そう考えると変だな」首をかしげる彼。「木下さん、って呼び方はあり得なくないか?」
「いいえ。小さい子供が、大人をさん付けで呼ぶ場合がひとつだけあるわ」
「ひとつだけ?」
「親の真似をしているのよ」
「おお」倉持くんはかるく手を叩く。「親が○○さんと呼んでいるから、子供もそう呼ぶ……。それはあるな。じゃあ少女と正志さんは小学校以前に、親と一緒に木下さんの店によく通っていたのか。それで親の言い方を真似し始めた」
「そうね。それも店に行ったのは一度や二度じゃないと思う。何気なく、君は木下さんに似ている──なんて言うほどだから、相当身近な存在だわ」
「かと言って、少女と正志さんは家族じゃない」
 そうだろう。それならさすがに忘れまい。
「じゃあ少女と正志さんは、それぞれの家族で木下さんの店に通っていたのか。それで、二人にとって木下さんという人は共通の話題になった、と」
「どうかしら。それだけでは弱い気がするわ。子供がここまで親近感を持って話題にするということは、具体的に二人一緒に木下さんと交流する機会があったんだと思う」
「うーん、保育士か? でもそれなら先生って呼ぶよな」
「考えられるのは、二人が家族同士で出かけるような近所同士か親戚同士というケースね。少女と正志さん、どちらかがどちらかの家族と出かけることもありうるような」
「すると木下さんはどういう店に勤めているんだ? 少なくとも、親戚ぐるみで年に一回の温泉旅行とか、そういうシチュエーションで行く店ではないな」
 そうかも知れない。子供が店員の顔と名前を覚えるほどの頻繁さと、家族ぐるみで出かけることのイベント性は矛盾している。
「こう考えたらどう。木下さんはもっと身近な存在なのよ。近所のイベントにも必ず参加するような」
「イベント……。出店か? 屋台というか、露店みたいなやつだな。──だがこういうパターンもありうるぞ。親戚一同が揃っているところに、いつも出前を持ってきてくれる近所のラーメン屋」
 山形県では、そういう場合にラーメンをご馳走として出前で取ることがある。
「どうかしら。雪の中で眩しい顔をするのは屋外の方がしっくり来るわ」
「それもそうか。すると木下さんの商売というのは、雪が降っていても屋外でできて、近所同士で売り買いがなされて、子供連れでも気軽に行けるような……」
「やっぱり祭りの露店ね」
 屋台では、子供だけでは行かないだろう。フリーマーケットやバザーは、冬の山形県で実施するのは現実的ではない。
「だが、そういう露店は、いつも同じ場所にあるとは限らないし、年に数回の祭りでしか出くわさないものだぜ。子供にとって身近な存在になるかな」
 もっともだ。私はしばらく考え込んでから、別の案を出した。
「朝市とか産直の販売所はどう。農家が採れたての農作物を持ち寄るような」
「おお。ありそうだ」彼は感心していた。「催事場とかスーパーの駐車場でやってるようなやつね。すると木下さんは農家か?」
「どうかしら。バイトの売り子かも知れない。あるいは主催者側の人かも。──そういうお店は、どういう団体が主催するものかしら」
「俺もよく知らないよ。場所を提供するスーパーってこともあるだろうし、商店街とか行政が主体ってこともあるだろう」
「そうね。あるいは……」
「あるいは?」
 倉持くんは畳みかけてきたが、私は言葉を切った。
「思いつくのはそれくらいね。でもこれで、木下さんという人のイメージも大まかに見えてきたわ。年齢とか」
「年齢も分かるか?」
「手がかりはあるわよ。露店で売り子をやっていて、さん付けで呼ばれていて子供ということはないと思う。最低でも当時十八歳として」
「そうか。正志さんが小学校に入る前と考えれば、今から約十年前だな。すると現在の木下さんは最低でも二十八歳くらい」
「上限は決められないわね。もし、当時退職間際の年齢だったとすれば、今は七十。でも退職後の人が農業をやって売り子をしていた可能性もあるわ」
「そうだな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...